268 魔女の真実
「魔女を、産んだのが、ヘカテ……?」
つまり魔女王キルケーは、ヘカテの娘だってこと!?
今日一日で、何度驚いたのかわからない。
聖女として生きていた頃には知りえなかった情報が、湯水のように流れてきます。
「キルケーは、闇の女神である余の力を多く持っている。千年近く生きているのがその良い証拠だ」
以前、疑問に思ったことがありました。
魔女は、魔女王キルケーが作り出していた。
なら、その魔女王は、いったいどうやって魔女になったんだろうと……!
その答えは、闇の女神だったんだ。
「つまり、魔女は余が生み出した存在なのだよ。魔女とは、余の力の一部を受け継いだ者たちなのだ」
闇の女神ヘカテが、魔女王を生み出した。
そうしてこの世に、魔女が誕生したんだ!
「闇の女神である余の力の一部を受け継いだキルケーは、人間に刻印を与えることで魔女にする力を持っている。そして余のために、魔女を増やしていったのだ」
ヘカテに娘がいたなんて、いまだに信じられない。
同じ女神であるセレネ様には、そういった存在はいなかったはずだから。
とはいえ、前世の知識がある私にとって、神に子供がいることはそこまで不思議なことではありません。
日本神話やギリシャ神話など、多種多様な方法で子供を産んだ神はたくさん存在するから。
「刻印を刻まれた人間が魔女になるのは、余の闇の魔力を受けた花がマンドレイクになるのと似たような仕組み──魔女の黒魔法とは、余の力の一部なのだ」
前からずっと不思議に思っていた。
魔女っこが使う魔女の黒魔法は、他の魔法とは毛色がまったく違っていることに。
自分の姿を変化させるのも、天候を操るのも、そして空を飛ぶことができるのも、他にはない特殊な魔法な気がしていた。
それが女神の力の一部であるなら、魔女だけが黒魔法を使えることも理解できる。
魔女の刻印にしてもそうだ。
なぜ刻印を受けたルーフェが人間から魔女という種族になってしまったのか。
その理屈をずっと奇妙だと思っていたけど、それが闇の女神の力であるならば合点がいきます。
魔物を生むことができる闇の女神の力の一部が、黒魔法として魔女王に継承されていたんだ!
「余が推測してやろう。キルケーは、この娘のことを手に入れようとしていたであろう?」
「…………なんで、そう思った、んですか?」
「図星のようだな。余は嬉しいぞ」
魔女王は、魔女っこをずっと狙っていた。
たしか、自分の後継者にするつもりだという話だったはずだけど。
「キルケーがこの娘を手に入れたかった理由──それは、余に献上するためだったのだよ。余の体としてな」
魔女っこの体を乗っ取ったヘカテが、自分の体を抱きしめます。
まるで我が物であるように。
「魔女とは、余の依り代となる役割がある。余のためだけに、魔女は存在するのだ」
「魔女が、依り代……?」
「余が降臨するための器といったところか。だが、余の力を受け継いだ魔女はまがい物ばかり…………依り代にすることもできない失敗作ばかりだったのだが、この娘は違う」
雪のように白い髪が、宙に舞います。
「混じりけのない純白の髪は、余の力を濃く受け継いでいる証。この小娘は、余の体として生きるにふさわしい」
魔女王キルケーは黒魔法によって、魔女の刻印を人間の女に刻む。
そうして次々に、魔女を生み出したのだ。
すべては、闇の女神ヘカテのための依り代を作るため。
闇の女神ヘカテが自由に使える、器となる人間を集めていた。
それが、魔女。
魔女は、ヘカテのために作られた存在だったのだ。
「わけあって、いまの余は力を完全に取り戻せていない。ゆえに、余のための依り代が必要なのだ」
魔女っこが、魔女になった元凶。
それは魔女王キルケーのせいだと思っていたけど、それだけじゃなかった。
この闇の女神ヘカテが自分の体となる魔女を手に入れたいと願ったことで、ルーフェは魔女になってしまったんだ。
すべては依り代となって、闇の女神に体を捧げるために……。
「闇の女神に、体を奪われる、ためにだけに、ルーフェが、魔女になった、なんて……!」
怒りで我を忘れてしまいそう。
ヘカテを睨みつけてみたけど、まったく気にした様子はありませんでした。
むしろ、楽しそうにこちらに笑みを向けてくる。
「なに、魔女を作り上げたのは余の依り代にするためだけではない。手駒となる配下を増やして聖女を殺すこと、そしてセレネへの意趣返しも兼ねておる」
その言葉で、気がついてしまいます。
魔女は聖女を執拗に狙ってくる。
その理由は、女神ヘカテと女神セレネとの諍いが原因だったんだと。
「セレネの奴は人間どもと手を組み、聖女を生み出して教会を作り上げた。そんなセレネが愛しいと思っている人間を魔女にして余の眷属にしたらどれだけ面白いことか。余は愉快で仕方ない」
ヘカテは、女神セレネ様への嫌がらせをしたかったみたいだね。
それだけの理由で、人間を魔女に変えた。
そうやって同族であった人間に魔女狩りにあって、犠牲となった人がこれまで何人いたことか。
「人間が魔女になるのを見るのは愉悦であった。だが、余の子供たる魔物が聖女を食い、同化してセレネが与えた光の力を奪い取った成功例を目にすることができるなんて──長生きはするものだな。余は感激だ」
「………………」
私が聖女の力を持った植物モンスターであることは、ヘカテも見抜いている。
だけどヘカテは一つ、誤解をしています。
たしかに花のモンスターは、聖女イリスを食べた。
けれどもアルラウネとなったこの体を主体としてコントロールしているのは、魔物である花のモンスターではなく、聖女イリスだ。
魔物が聖女の力を吸収して、強くなったのは事実だけど、正確には違う。
聖女であるイリスが魔物に食べられたことで体が同化し、イリスは植物モンスターであるアルラウネになってしまったのだ。
このアルラウネの精神は、元聖女であるイリスのもの。
それを、ヘカテは誤解している。
私の体は魔物になってしまったけど、心はまだ聖女のままのつもりです。
そして女神セレネ様に仕える聖女は、魔族と敵対している。
つまり私とヘカテは、元々は敵同士だったというわけだったんだね。
「すべての魔の者は、余の家族同然。アルラウネであるそなたも、余の娘の一人だ。ゆえに、余に力を貸すがいい」
「……ヘカテさまと、仲良く、しても良いとは、思っていました」
魔族の女神であるヘカテは、人間の敵なんだと思う。
でもいまの私は、もう人間じゃない。
だから別に、ヘカテとある程度は仲良くしても良いとは思う。
魔物である私にとっては、完全に悪い人というわけでもなさそうだしね。
だけど──
「ルーフェの、体だけは、なにがあっても、返してもらい、ます!」
ヘカテに奪われた、魔女っこの体を取り戻す。
これがいまの、私の最優先事項です。
魔女っこの身の安全が保障されるまで、ヘカテと仲良くすることはできない。
「女神に逆らうとは、魔物の風上にも置けぬやつだ。余は我慢ならん」
怒っている様子だけど、なぜかヘカテは不満を口にするだけで何もしてきません。
これだけ挑発をして、ヘカテは私を排除しようと攻撃をしかけてこない。
やはりヘカテは、まだ完全には魔女っこの体を支配できていないんだ。
──どうすれば、魔女っこの体を取り戻せるんだろう。
そういえばヘカテは、自分の力がもうないとも言っていた。
だとしたら、残りの力をすべて奪ってしまえばどうなるのか。
もしかしたら、魔女っこの体に、戻るかもしれない!
となれば、ひとつ試してみましょうか。
「ヘカテさまは、言いました、よね。私は、精霊の力を、完全に手にしていると」
「そう申したが、精霊の力ごとき、余の前では特に役に立つこともない」
「でしたら、味わって、みませんか?」
「ん?」
ヘカテさまは何を言っているのかわからないといった表情です。
それなら、身をもって教えてあげましょう。
姉ドライアドから受け継いだ、この精霊の力を!
「アルラウネの頭の花が、元の色に戻っていく……余の力を跳ねのけたのか!?」
私の頭に咲いている花が、ヘカテに染められた白色から元の赤色へと変化しました。
ヘカテから授かったこの闇の力は、魔物である私の潜在能力を強化した。
それだけでなく、光の力と混ざり合い、私の力は一つ上のステージへと進化することができた。
でも、ね。
私の力は、それだけじゃないの。
精霊である姉ドライアドを吸収したことで、精霊の力を身に宿しているんだから。
「余は女神だ。ドライアドの精霊の力であっても、余には無意味」
「やって、みないと、わからない、ですよ?」
闇の魔力をまとったアルラウネとなっても、別に他の力が使えなくなったというわけではない。
むしろ、闇の魔力によって、こういった相手に害をなす技は強化されているはず!
ヘカテの体に、蔓を巻きつける。
それでもヘカテは、余裕そうに笑みを浮かべています。
「ただの精霊の技ごときで、余に危害を加えることなど、できるはずない」
「なら、遠慮なくいかせて、もらいます──『生命吸収』」
ドライアドが使う、精霊魔法『生命吸収』。
これでヘカテの闇の力を、蔓で吸わせてもらいます。
「ば、ばかな…………余の力が、吸われているだと!?」
ヘカテが動揺している。
つまり、この技がヘカテに有効だということ。
思った通り、ヘカテの魔力が無くなれば、憑依が解けるかもしれない!
「ぐぬ、余の魔力が急激に無くなっていく…………せっかく手に入れた余の依り代が……!」
「残りの魔力も、全部いただき、ます!」
いくらあなたが闇の女神だろうと、魔女の生みの親だろうと、そんなの関係ありません。
その体は、ルーフェのものです。
だから、返してもらいますよ!
次回、力の継承です。