266 白色のアルラウネ
先週はお休みをいただきありがとうございました!
紅色のアルラウネだった私は、純白のアルラウネへと変化しました。
真っ赤だった花冠は、穢れなき白色となって輝いている。
まるで、ウェディングドレスのよう。
聖女イリス時代で着ることのなかった晴れ着を想像してしまい、ちょっとだけ心が浮き足立ってしまう。
──白も、悪くないかも。
それに、魔女っこの髪の色と同じだしね。
私がこうなってしまったのは、ヘカテの闇の魔力のせいです。
夜になったとたん、闇の魔力が反応して、体が変化してしまったのだ。
新たに手に入れた、闇の魔力。
この新しい力でいったい何ができるのか、まだ私は理解できていません。
自分の体を強化すること以外に何かできそうだから、いろいろと試してみたいところだね。
たとえば、かつて戦った姉ドライアドが使用していた闇精霊魔法。
あれは植物を腐敗させる瘴気を発生させるだけでなく、それを受けた植物に闇精霊魔法を連鎖させる強力な魔法でした。
いまならわかるけど、あれは闇魔法と精霊魔法を掛け合わせた特殊な魔法だったのだ。
とはいえ、森を腐敗させることなんて私にはできないし、そもそもやりたくない。
だから私なりに、応用して真似てみるとしましょう。
「まずは、天使の翼抱擁を、完全に無効化、させてもらい、ますよ」
闇魔法の弱点は光魔法だけど、同時に光魔法の弱点は闇魔法となることもある。
そのこともあり、いくら天使とはいえ、パンディアさんの光魔法はもう私には効かない。
神話の魔法だろうと、光と闇を兼ね備えた私の光合成の力は、すべてを吸収してしまうのだ。
だから私は、天使の翼抱擁の攻撃を受け止めるために、とある植物を生み出します。
──ニョキニョキ。
植物生成によって、地面からとある茎を伸ばしました。
植物というには巨大なその茎は、森を突き抜けて大きな蕾を実らせます。
「アルラウネさん、なにをなさるつもりでございますか?」
「私は、パンディアさん……あなたを、止めたい、だけですよ」
この場の最善手はなんなのか。
それは、パンディアさんとヘカテ──そのどちらも傷つけることなく、この争いを終わらせること!
パンディアさんとは敵対したくない。
かといって、ヘカテがいる手前、放っておくこともできない。
なら、どうするか。
強引に、両者を止めるしかない!
こういうのは、喧嘩両成敗っていうからね。
全力を出して、二人を止めてみせますとも!
まずは、パンディアさん。
私は、あなたの敵ではありません。
だからこれは、私から友人であるあなたへの、メッセージです。
「その植物、茎にトゲが生えているのでございます。やはりワタクシを攻撃するつもりで…………」
「違い、ますよ」
トゲが生えているその茎の正体。
それは、私にとって、忘れられない花です。
「まさかこれは、バラでございますか?」
蕾が開き、花が咲きます。
アルラウネの森に、巨大なバラの花が誕生しました。
黄色に咲き誇るそのバラは、パンディアさんの天使の翼抱擁の光をすべて飲み込みます。
闇魔法によって強化されたバラは、植物である私の光合成の特性によって光魔法を完全に無効化して吸収する。
天使の翼抱擁によって巨大なバラの花に、光魔法のオーラが充満していきました。
まるで太陽のように光り輝いている。
──ああ、光合成おいしいな。
「ワタクシの天使の翼抱擁が消滅した……ですが、このバラはいったい?」
「この花は、私からパンディアさんへの、プレゼントです」
パンディアさんは、仇敵であるヘカテさまを目の前にしているせいで、冷静さを失っている。
話が通じないのは、きっとそのせい。
ゆえに、パンディアさんの心を落ち着かせる。
それがこの戦いを無傷で鎮める、唯一の手段のはず!
「黄色いバラ…………それがいったい、なんなのでございますか?」
「パンディアさんとも、あろうお方が、わかりま、せんか?」
魔女っこの家庭教師を務めたパンディアさんは、知識が豊富だ。
きっと、この意味もわかるはず。
私とあなたは、友達。
だから争う必要なんて、これっぽっちもないの。
それを、思い出して欲しい。
「私は昔、この黄色いバラを、大切だと思っていた人から、受け取った、ことがあります」
かつて私は、婚約者であった勇者にこの黄色いバラをプレゼントされたことがある。
当時は、プレゼントをもらったということだけで、とても喜んでしまった。
だけど、黄色いバラの花言葉は、『嫉妬』『薄らぐ恋』『別れ』
私と勇者が破局するのは、きっとあの頃には決まっていたんだと思う。
けれども、黄色いバラには、他にも意味がある。
「黄色いバラの、花言葉は──友情」
私とパンディアさんは、友達になった。
天使と魔物。
立場も種族も違っても、その友情に偽りはないはず。
だからこそ、思い出して欲しい。
私はあなたの敵では、ありませんよ、と。
「私は魔物の、味方でもなければ、人間の敵でも、ありません。ただ森で、静かに暮らしたい、だけ…………ですから、パンディアさん。私の言葉を、聞いてください!」
私はパンディアさんへと、蔓を伸ばします。
そして蔓の先から、一輪のバラを生み出しました。
「パンディアさんは、私の大切なお友達、です。お互いどんな、立場になったとしても、そのことだけは、忘れないで、欲しいんです」
私がアルラウネになってできた友達は、数えるくらいしかいない。
モンスターと友達になりたいなんて酔狂な人は、そうはいないから。
でも、そんな私と、パンディアさんはお友達になってくれた。
私を守ろうと、パーティーで炎龍様に立ち向かってくれたことは、いまでも忘れられない。
そんなパンディアさんを止めるには、武力行使をするのはダメだと思った。
いまの私であれば、たとえ相手が天使であろうとも対等に戦えるかもしれない。
でもそれをしてしまったら、私とパンディアさんの関係も終わってしまいそう。
それだけは絶対に、嫌だ。
私は、私を捨てたあの勇者とは違う。
大切な人を、なにがあっても傷つけたりはしない!
「このバラは、私からパンディアさんへの、プレゼント、です。受け取って、ください」
戦いの場では、とうてい似合うことのないバラの花。
だからだろうか。
パンディアさんの戦意は、いつの間にかなくなっていました。
「たしかに黄色いバラの花言葉には、友情という意味もあるのでございます。まさかこんなプレゼントをいただく日がこようとは……」
バラを見つめるパンディアさんの瞳が、小さく揺らぎます。
「アルラウネさん……あなたはヘカテの味方になったわけでは、ないのでございますね?」
「もちろん、ですよ」
「……天使であるワタクシに、友人という存在ができるとは思ってもいませんでした。主以外に、こんなにも大切にしたいと思える相手ができるなんて、想像できなかったのでございます」
空を飛んでいたパンディアさんが、静かに地上へと降りてきます。
その表情は、さっきまでの憤怒の顔ではなく、私のよく知っているパンディアさんと同じでした。
「友人だからとモンスターを殺さなかったと主に知られたら、怒られるかもしれないのでございますよ」
パンディアさんはニコリと笑みを浮かべながら、私に微笑みかけてくれます。
その手には、私があげた黄色いバラがありました。
「しかもこのバラは、ただのバラではございませんね。見た目は植物のバラですが、それを構成しているのはすべて光魔法…………しかも、ちょっとした聖女一人分くらいの魔力が、この小さなバラに内包されているのでございますよ」
それもそのはず。
天使の翼抱擁で吸収した光のオーラを、すべてこの小さなバラに注ぎ込んだからね。
しかも光魔法によってバラを生み出し、闇魔法によってそれを固定した。
そんな不思議な植物を誕生させてしまったのです。
「まるで女神の神器のようでございます。こんなことをできる者が、セレネ様以外に存在するなんて…………」
光魔法によって、物体を創造することは女神以外にできない。
神話によれば、『勇者の兜』や、『女神の羽衣』のような特殊な光魔法を帯びた物体は、すべて女神セレネ様が創造なさった物です。
女神以外に、こういった物を作ることはできない。
そのはずなのに、なんだか似たような物ができてしまったの。
植物に光魔法を付与した、いつもの植物とは違う。
光魔法によって、植物という物体を創造してしまったのだ。
だからこそ、このバラは光魔法の色と同じで、黄色く輝いている。
聖女イリスとして、女神セレネ様から与えられた光魔法。
それが、魔物を生むヘカテの闇魔法によって強化されるなんて夢にも思わなかった。
光と闇。
相反する属性であるこの二つは、真逆の物だと思っていたけど、実際はそうではない。
私の体の中で光と闇が混ざり合って超反応を起こして、これまでできなかったことを可能にしたのだ!
「この力、まさかネメア以上でございますか?」
ネメアというのは、初代聖女様のお名前です。
もしかしてパンディアさんは、ネメア様をご存知なの?
人間という種族ではなく、天使という規格外な存在であるパンディアさんであれば、1000年前の偉人と顔見知りだとしても驚かないけど。
「初代聖女ネメアに並ぶとされた聖女は、この1000年でただ一人しか存在していないのでございます。アルラウネさん、あなたの正体が、なんとなくわかったような気がするのでございます」
──聖女イリス。
私の正体を、パンディアさんは完全に悟ってしまった。
そう確信してしまいます。
「そのお話はまた今度にするとして──アルラウネさん、あなたの言葉を信じるのでございます。ですから教えてください、なぜヘカテを庇うのでございますか?」
「外見は違うけど、この人の体は、実はルーフェ、のもの、なんです」
「ルーフェさん、ですか?」
「ルーフェの体を、ヘカテさまが、乗っ取った、みたいなんです。だから、この人が死ぬと、ルーフェも……」
「そういうことだったので、ございますか」
私が魔女っこのことを、家族のように大切にしていることを、パンディアさんは知っている。
私がヘカテに味方した理由に納得がいったのでしょう。
「それを早く言ってくれれば、良かったのでございますよ」
面目ない。
でも、言いたくても言えなかった。
だって私がこのことに気がついたのは、ついさっきのことだからね。
「さて、と。今度はあなたの番ですね」
私の胸の中でぐったりとしているヘカテへと、視線を移しました。
この人が、今回の件のすべての元凶です。
すべての魔物の味方だか知らないけど、しっかりと落とし前をつけさせてもらいましょうか!
「ルーフェの体を、返して、ください!」
イリスが勇者から黄色いバラをもらったエピソードは、「97 百合の花が、咲きました」に出たお話でした。きっと前過ぎて、覚えている人はいなかったことでしょう……!
次回、ヘカテの正体です。