30 春よ、来い
夢を見ていた。
私が人間に戻って、両足で歩いている姿を。
聖女として王城で冬を越しているのだ。
隣にいるのは王子であり婚約者である勇者様。
長椅子に座ると彼は横に腰かけてきて、私の左手を優しく包み込んでくれた。
ああ、幸せだな。
こんなに幸福なことなど他にあるだろか。いや、ないよね。
勇者様、なんだかね、私悪夢を見ていたの。
森の中で植物に転生させられて、そこでずっと一人ぼっち。
しかも冬には大雪が降ってきて、氷漬けになって枯れそうになってしまう始末。
そんな人生はおかしいよね。
私、耐えられる自信がないよ。
だからね、ずっと私の側にいてよね。
約束だからね、勇者様。
ふと、左手から勇者様の温もりが消える。
代わりに、温かい何かが噴き出てきた。
気がつくと、部屋が赤い血で染まっている。
いったい何が起きたのかと左手を見ると、そこには何もなくなっていた。
勇者様が、私の左手を持っている。
切り離された、私の左腕ごと。
気配を感じて私は後ろを振り返る。
そこには聖女見習いの後輩がいた。
なぜか風魔法で作りだした鎌を手にしている。
彼女は国から才能があると認められ、将来が期待されている後輩だ。
だから世話をかけてあげていたりもした。
私が知る光魔法の知識を全て、彼女に教示した。
私より胸が大きくて、たまに勇者様の視線が彼女の胸部に釘付けになっていたのは知っていたけど、そのことも飲み込んで優しく指導してきたつもりだった。
なのに、そんな聖女見習いの後輩がなんで私の腕を切り落としたの?
左腕があった場所から、血が噴き出ている。
すぐさま超回復魔法を使用し、腕を元通りに再生する。
立ち上がって逃げようとしたら、なぜか両足がなくなっていた。
後輩に切り落とされたのだ。
私は回復魔法を使おうとするが、なぜか発動しない。
なんで。
腕は再生できたのに、なんで足だけは再生できないの。
これじゃ椅子から動けないよ。
なら魔法で反撃しなければと右手を掲げようとしたら、何も上がらなかった。
右腕も、後輩に切り落とされていた。
泣き叫ぶ私。
そして再生したばかりの左腕も切断される。
もう何もできない。
いったいどうすれば良いの。
助けて勇者様。
そう祈りを込めて彼に視線を移すと、なぜか後輩と抱き合っていた。
二人が密着している。まるで恋人のよう。
そうだ、私は捨てられたんだった。
そうして裏切られたのだ。
ふと、足元を見る。
そこには足の代わりに、花冠があった。
さらに下には球根があり、そこから地中に根が伸びている。
体は雌しべに変わり、両腕のように自在に操れる無数の蔦が生えている。
そうだ、思い出した。
私は、植物モンスターになったのだった。
──ひらり。
蕾が開いた。
無機質な雪原に降り立ったかのような、ツンとした刺激を感じるような匂いがする。
森は雪に包まれていた。
そういえば私は、雪に埋まったのだったね。
でも、どうして氷漬けになっていたはずの蕾が開いたのだろうと辺りを見回す。
すると、不自然に私の周囲だけ雪がなくなっていた。
どういうことだろうね、これ。
最後の記憶をたどれば、頭まで雪に覆われた気がしたんだけどなあ。
でも、実際は私だけ穴に落ちたように雪がなくなっている。
まるで、誰かが雪かきをして私を助けてくれたみたい。
もしそうなら、いったい誰が私を助けたの?
足跡はない。
誰かが来た形跡はどこにもなかった。
それなら、自然と私の周りから雪が消滅したということだろうか。
不思議だね。
そんなことって、起こりうるのかな。
私に体温があれば、熱で雪を溶かしたという可能性もなくはないのだけれど。
そういう植物も世の中にはいるの。
天の女神様のご加護でも得たのだろうか。
聖女だったときは女神に祝福された女性のみが使える光魔法を体得していたから、既に加護は得ていたのだけれどね。
いつの間にか私から消えていた雪。
気がついたら枯れていた近所の木に次いで、森の七不思議の2つ目だね。
──ドサリ。
私が森の謎を解こうと必死に頭を働かせていたら、頭上から何かが降って来た。
それは、僧侶が座禅を組んでいるかのように見える花だった。
深く濁ったような赤色をしており、中心部に小さい花の塊のようなものがある、珍しそうな花。
見上げると一羽の鳥が飛んでいた。
白い鳥だ。
先日のお願いをまだ聞いていてくれたのだろう。
律儀な鳥さんだね。
でも、ありがたい。
なにせこの花は、「ザゼンソウ」に似ているから。
これが本当にザゼンソウなら、こんな大雪でも咲いているのが納得できる。
それに、ザゼンソウがあれば私はこの大雪を乗り越えられるかもしれない。
ザゼンソウは変わった花なんだよね。
なにせ、自力で発熱して、雪を溶かすことができる花なのだから。
冬の間に、雪に埋まっていては花が咲けない。
なら邪魔な雪を熱で溶かしちゃえばいいじゃないと、発熱することを覚えたのがこのザゼンソウなの。
雪の下で花を咲かせると、20度くらいの熱を自分で生み出してしまうわけ。
そのまま発熱をし続けて、ゆっくりと周囲の雪を溶かしてしまう。
そうして競争相手がいない雪の中で、誰よりも早く花を咲かせるのだ。
それがザゼンソウ。
日本にも生息していたはずだ。
この世界のザゼンソウも同じ特徴を持っているのなら、私はザゼンソウの能力を得ることができるというわけ。
躊躇する必要なんてなにもないね。
パクリ。
品種改良が始まったのを感じる。
熱が欲しいと念じて発熱を意識すればほら。
少しずつ、周りの雪が溶けてきました。
植物なのに、体から湯気が出る。
極寒の零下の中、私という存在は春のように温かなものになっていた。
これ以上の雪が降って来ても問題ない。
すべて溶かして水に変えてしまえばいいのだから……!
もう、寒さは私の敵ではない。
雪も効かなくなった。
私は、この辛く厳しかった冬を攻略したのだ!
雪が溶けて、根に水が流れ込んでいく。
ああ、お水おいしい。
白い鳥さんに感謝しなくちゃ。
クリスマスローズに続いて、ザゼンソウまでお世話になっちゃったよ。
まさか雪かきをしたのも白い鳥なわけじゃないよね?
鳥さんがそんなことできないのはわかっているよ。でも、もしかしたらと思っちゃった。なんだかんだ言って、何度も助けてもらっていたからさ。
ホント、命の恩人だね。
ありがとう。ここまでお世話になったら、もう食べたりはしないよ。
感謝するべき相手はもう一人。
謎の雪かきマンのことだね。
いったい誰が私を雪から救い出してくれたのか。
足跡もない。
まるで狐につままれた気分。
それか、妖精にいたずらでもされたような感じだよ。
もしかしたら、冬だしクリスマスにちなんでサンタさんが助けてくれたのかもね。
トナカイに乗って空を駆けるから、足跡もない。なんだか辻褄はあう。
寂しく過ごすお花さんな私に、雪かきをプレゼントしてくれたのだ。
まあ、この世界にサンタなんていないだろうけどね。
前の世界にもいたとは言えないけど。
気を失っていた間のことだから、真実なんて調べようがない。
せめて足跡があれば推測ができるのに、それさえないのでは想像もつかないよ。まあ時間だけはたっぷりあるのだ。ゆっくりと真相を考えながら暇をつぶしていけばいい。
だって冬はもう怖くないのだから。
なんにせよ、助かったね。
どこのどなたとも知れないお方、ありがとう存じます。
頭を下げたら、雪の中から小さな何かがちょこんと見えていた。
蔓で雪をどけてみる。
すると、雪の下から黄緑色の芽がちょこんと生えていた。
地面から新芽が出てきたのだ。
私は春の足音が近づいてきたことを確信した。
他のところも雪かきをしてみる。
すると、地面のあちこちから植物の子どもたちが誕生していた。
新しい命が萌え出て産声を上げ始める。
長かった冬が、終わろうとしている。
生物にとって楽園の季節。
もうすぐ、春がやって来るのだ。
お読みいただきありがとうございます。
次回、森サーで舞踏会をです。







