265 新たな力
7/28の更新は執筆の締め切り作業のためお休みになります。
次回更新日は8/4になりますので、よろしくお願いいたしますm(_ _)m
聖女イリスを丸呑みした植物モンスター。
いまや私は、あの花のモンスターと完全に融合しています。
あの花のモンスターの意識はもう無いけど、残滓のようなものはまだ感じられる。
だから、ちょっとだけわかるの。
魔物として弱かったあの花のモンスターは、聖女である私が乗っ取ったことでアルラウネとして進化した。
そして再び、新たな力を得ようとしていると!
「ヘカテさま、これはいったい、どういうこと、ですか?」
「余の色で染めてやったのだ。そなたからは嫌なあの女の光の気配がしていたからな」
ヘカテさまの指先から、闇のオーラが蠢きだしました。
その闇のオーラが、私の全身を包み込む。
ペチュニアの花がマンドレイクに変わったあの時のように、何かが私の中になだれ込んできます。
「余の力をわけてやったぞ。愛い我が子には、贈り物をしてやらんといけないからな」
光とは正反対の、闇の気配。
強大な新しい力を、自分の中から感じる。
その力は一気に膨れ上がり、電流が走ったように体が跳ねます。
呼応するように、私の花冠が大きく開きました。
「見るがいい天使よ、このトロンとしたアルラウネの表情を! 余に骨抜きになっておるぞ」
体の中に小さく存在していた、闇の種。
私がアルラウネになる前の、本来の体の持ち主であった植物モンスターとしての力。
元々存在していた小さな力が、大きく花開いた感覚がしました。
その力の種が、一気に弾けます。
「ち、力が、抑えられ、ない……!」
森が躍動する。
私と根で繋がっているアルラウネの森が、ざわめきます。
変化は唐突に表れました。
破壊された森が、急激に再生して元に戻ります。
さらに変化は続きます。
森の木々が、これまでよりも大きくなっていく。
同時に、魔物としての私の力が、脈動する。
狂暴で野生じみた乱暴な感情が、私を支配しようとしているのがわかる。
でもその寸前に、待ったをかけるように聖女としての私がストップをかけました。
すでに私の中で開花していた光の花が、対抗するように立ちはだかります。
聖女としての力と、新たに芽吹いた力が拮抗する。
まるで陰と陽。
二つの属性の力が、私の中で蠢いていました。
「体が、熱い……!」
体内へと流入した闇の魔力が、葉脈を伝って全身を駆け巡ります。
以前、姉ドライアドの枝を吸収して、精霊の力を得た時と似た感覚。
自分の中で、別の何かが暴れまわっている感じがします。
けれども、最初は異物だと思ったそれは、すぐに体に馴染んでいきました。
まるで光と闇が混ざり合い、中和されたよう。
落ち着いたところで、空の景色が変わっていることに気が付きます。
「いつの間にか、夜に、なってる!」
ヘカテさまから闇のオーラが溢れ出し、空が暗闇に包まれていきます。
日が落ちる時間にはまだ早いはずだけど、もう夜が降りてきている。
きっとヘカテさまの力だね。
そこで今度は、自分の体の変化に気が付きます。
「あれ……? 私の花の色が、薄く、なってる!?」
夜が満ちていくにつれて、私の体の一部が闇の魔力へと転じていきます。
紅色の自慢の花冠が、色が落ちたように白くなっていきました。
それだけじゃない。
いくら日光を浴びても変わることのなかった人間部分の肌が、日焼けをしたように健康的な小麦色の肌へと変わっていました。
「もしかして、髪の色も!?」
黄緑色だった髪も、真っ白になってるよ!
まるでヘカテさまみたい。
それに魔女っこと同じ髪色になってるせいか、お揃いみたいでちょっと嬉しい。
私が自身の変化に驚いていると、ヘカテさまがしてやったりといった顔でこちらを見ます。
「その頭の花は、精霊の力の象徴だろう? 余の色に染めておいたぞ」
どうやら頭に生えている赤い花も、白色になっているみたい。
褐色の肌に、白色の髪と花。
これってもしかしなくとも、ヘカテさまの力を吸収したってことだよね?
見た目が変わるとは思わなかったから、ビックリしちゃった。
「夜になれば闇の力はより深くなる。夜こそが余の時間、ゆえに夜の間はアルラウネも余の力の一部を使えるようになったというわけだな。これは愉快愉快」
夜になったことで、体が変化した?
ということは、朝になれば元に戻るということかな。
夜と朝で色が変わる花。
まるで酔芙蓉みたい。
酔芙蓉は、朝は白色、午後はピンク色で、夜には紅色に順次変化するお花のことです。
私は紅色から白色になったから、酔芙蓉と真逆の色になっているけどね。
とにかく、なんだか新鮮な気分!
「でも、見た目以外は、何が変わった、んだろう?」
わかることは、魔物としての自分が活性化しているということ。
特に下の球根が、めちゃくちゃ元気になっている気がするよ!
とりあえず、単純に魔物としての性能が向上したみたい。
これまで私は、植物としての能力と、聖女として光魔法の力を組み合わせて強敵を撃破してきました。
姉ドライアドを吸収して精霊の力を手に入れたあとは、植物としての性能は最大限まで引き上げられていた。
だけど、元はただの花のモンスターであったこの体の魔物としての能力は、それほど高くはない。
なんでも溶かす溶液を体内に持っていることくらいしか、目立った能力はなかったからね。
そのモンスターとしての力が、いま覚醒したようです。
「やはり余が見込んだアルラウネだ。闇の魔力が反発せずに良く馴染んでおる」
「もしも、反発したら、どうなっていたん、ですか?」
「その場合は、体が弾けて飛んでいたであろう。余の力は、普通の魔物では受け止められぬ」
それって、もしかしたら私、死んでたかもってこと?
ちょっとヘカテさま!
そんな危ない話、全然聞いてないんですけど!
「余の闇の魔力は強力だが、扱うのが難しい。フェアギスマインニヒトのように半人前で終わるか、それとも使いこなせるかはそなた次第だ」
姉ドライアドですら、この力のすべてを使いこなすことはできなかったことかな。
それなら、新しい力をこの場で使いこなすのは無理だろうね。
だから、やれる限りのことをするまで!
──ボコボコボコ!
地下の根が大きく膨れ上がり、地上へと姿を現します。
蔦と根が地上を覆い尽くし、森の植物たちが膨れ上がりました。
「なんでだろう。夜なのに、力がどんどん、湧いてくるよ……!」
植物である私は、夜に弱い。
光合成ができないからね。
昼間と比べると、力は数段ばかり減少していました。
それなのに、いまの私は昼間のように元気いっぱいです!
太陽光による光合成がないせいで光のオーラを上手く扱うことができないはずのに、なぜか植物生成を際限なく使用することができる。
「いまの私なら、パンディアさんの光魔法を、止められるかも?」
パンディアさんの天使の翼抱擁は、森の一部を覆い尽くすほどの強大な光魔法です。
それに対抗するには、こちらも同じ質量で対抗するしかない。
だからこそ、有り余るほどの力を、根を伝って森へと伝播させます!
だけど、私のその変化を待ってくれるような相手ではありませんでした。
天使の翼を広げたパンディアさんが、上空から私を見下ろします。
「色が変わったくらいで、ワタクシの天使の翼抱擁を防ぐことはできないのでございます!」
空から巨大な天使の翼が、森を包み込むように降りてきます。
つい先ほどの攻撃では、天使の翼抱擁によって森の一部がえぐり取られてしまいました。
大災害が森を襲ったような、爆音があちこちから聞こえていた。
だというのに、今度はなんの音もしない。
パンディアさんの攻撃によって森は削られることなく、まったくの無傷。
恐ろしい天使の翼が近づいてくるというのに、森は静寂に包まれています。
「これはいったい、どういうことなのでございますか!?」
狼狽するパンディアさんの声だけが、森に木霊しました。
加えて、先ほどの攻撃との違いが露わとなります。
天使の翼は森を通り抜けるようにこちらに近付くにつれ、その大きさを縮めていっていました。
「もしかして、森の植物たちが、天使の翼抱擁の、光のオーラを、吸収してるの?」
元聖女である私は、この植物の体によって光魔法を吸収することができます。
だけどそれは、本体であるアルラウネの体でのみのこと。
さっきのパンディアさんの天使の翼抱擁のように、私と根が繋がっている森の植物たちはその影響外にありました。
本体以外の末端の植物たちでは、光魔法を吸収することができなかったの。
それなのに、いまの私は森を使ってパンディアさんの光魔法をいとも簡単に吸収してしまっています。
森の木々の一本一本が、自分の指のように手に取るようにわかる。
いまの私であれば、これまで以上に森を上手く使うことができそう。
魔物としての潜在的な力が向上した。
それによって、元聖女としての植物の力も進化したみたい。
闇の魔力が、光の魔力をさらに強くしたのだ!
それなのに、魔物の潜在能力を強化した闇の力は、まだその一端しか見せていない。
いったい私は、どれだけ強くなったんだろう。
少なくとも、これだけはわかります。
たとえ、相手が天使であろうとも、その天使が神話の光魔法を放ってこようとも──
「私の森に、もう光魔法は、効きませんよ!」
酔芙蓉:アオイ科。一日のうちに色が変化するのが特徴で、朝は白、昼はピンク、夜は赤色に変化して、萎んでしまう一日花。色が変わっていく様子が、お酒に酔っていく姿に見えたことから、酔芙蓉と名付けられたそうです。
次回、白色のアルラウネです。