日誌 魔女っこ、はじめての姪っ子
魔女っこ視点です。
わたしの名前はルーフェ。
ここ最近はパンディア司祭に勉強を教えてもらったり、アルラウネが開いたパーティーの準備をしたりと、なにかと忙しかったりしました。
そんななか、アルラウネのパーティーが終わってからすぐに、ちょっと変なことが起きました。
「あれ…………ここ、どこ?」
実はわたし、ここ最近ちょっと記憶をなくすことがあるの。
それが初めて起きたのは、森でのパーティーの翌日のことです。
いつものように近所の農家さんのところに、野菜と卵を交換してもらいに行きました。
その農家さん夫婦もアルラウネのパーティーに参加していたから、「昨日のパーティーは最高だった!」とお礼を言われたりもした。
そのせいで、いつもより多めに卵をもらったことまでは覚えている。
農場を出たあとはそのまま街に買い物に行こうと思ったけど、卵をたくさん貰いすぎたから、いったん森に帰ることにした。
森に戻ってアルラウネと一緒にお昼ご飯を食べた後、街に買い物に行こう。
そうしようと思っていたのに、気が付いたら時刻が夕方になっていた。
わたしの中の時間が、飛んでいたの。
籠に入れていたはずの卵の姿も、なぜか消えていた。
「え……なんで?」
空を見上げると、日が暮れていました。
さっきまで、まだお昼前だったはずなのに。
そもそもわたし、いままで何をしていたんだっけ?
まったく覚えていない。
「農家さんのところに行ったのは、もしかして夢だったの…………?」
そう思ったわたしは、再び農家さんのところに飛んで行った。
でもわたしを見た農家さんの言葉によって、夢ではなかったことを悟ります。
「あれ、ルーフェちゃん、忘れ物かい?」
どうやら、今朝わたしが卵を取りに来たのは現実だったみたい。
それじゃあ、あの卵はどこに行っちゃったの?
朝から夕方まで、私は何をしていたの?
「もしかして、寝てたのかな」
パーティーの準備で、ここ数日忙しかった。
昨日も夜遅くまで片づけをしていたから、眠くて眠くてしかたなかった。
そのせいで森で居眠りをしてしまい、卵は動物に盗まれてしまったのかも。
わたしとしたことが、うっかりしていたみたい。
こんなこと、初めて。
森に帰ったわたしは、アルラウネに「卵、落として割っちゃった」と嘘をついた。
そんなわたしに対して、アルラウネは「いいよ」とすぐ許してくれた。
それからはアルラウネが作った野菜を中心に夕食の準備をして、みんなで晩御飯を食べた。
野菜のスープを飲みながら、「もしわたしが卵を無くさなければ、このスープに卵が入っていたかもしれない」と、そんなことを思ってしまった。
アルラウネはわたしよりも年下だから、きっとまだ育ち盛りのはず。
姉として、妹には栄養のある食べ物を食べて欲しい。
明日こそ、きちんと卵を持って帰ろう。
次の日は、無事に卵を森に持って帰ることができた。
今日は居眠りをすることは一度もなかった。
わたしったら、偉い。
もう記憶をなくすくらい居眠りをするなんて失態は、二度としない。
だってわたしは、お姉さんなんだから!
一人前のお姉さんが、きちんとお使いもできないなんて恥ずかしい。
明日からも、アルラウネのお姉さんとして頑張ろう。
でも翌日。
また不思議なことが起きました。
「あれ…………ここ、どこ?」
気が付くと、知らない場所にいた。
いや、よく見てみると、知っている場所だ。
ここは、塔の街の裏道。
でも、なんでわたし、街にいるの?
さっきまで森にいたはずなのに。
たしかに街に行こうとしていたけど、わたしの最後の記憶ではまだ森の中だった。
時間も進んでいる。
「また居眠りしちゃったのかな?」
それにしては、場所が移動していることが気になる。
でも、事実わたしは森から街に移動している。
また寝ながら街まで飛んできたのかもしれない。
「なんだろう…………すごく疲れてる気がする……」
二日前に居眠りをした日も、ちょっと体が疲れている気がした。
でも今日は、あの時の比ではない。
まるで、全身の筋肉と関節が悲鳴をあげているみたい。
なぜか魔力も底をつきかけている。
「もしかしてわたし、何かしていたのかな?」
そうであれば、記憶をなくすくらい疲れていたのもうなずける。
ここ最近は、いろいろと忙しかった。
寝ぼけたまま空を飛んで森から街まで移動したのであれば、記憶がないのも疲れているのも納得できる。
でもそれは、かなり危ないことだということも、同時に理解してしまう。
寝ながら飛ぶなんて、あまり良い状況ではないかもしれない。
「早く森に帰ろう」
とにかく、アルラウネに会いたかった。
会えばきっとなんとかなる。
だってわたしとアルラウネは、そうやって今日まで生きてきたんだから。
でも心配されるだろうから、このことはまだアルラウネには黙っておこう。
多分、ちょっと疲れていただけだと思うから。
森に帰ると、アルラウネが見たことのない植物を持っていた。
「ただいまアルラウネ。それ、どうしたの?」
アルラウネの蔓が、謎の植物をつかんでいる。
顔のようなものがついているそれは、植物のモンスターのようにも見えた。
いったいなんだろう、あれは。
「ルーフェ、逃げて!」
「オンギャァアアアアアアアア!!!」
なにこれ、うるさい。
耳の奥が痛い。
あ、意識が────────
バタリ。
ここ最近、気絶をすることがある。
この間のように、記憶がなくなることはなくなった。
でもその代わり、気絶させられることが増えた。
原因は、あいつだ。
アルラウネがまた子どもを生んだ。
しかも、今度は小さなアルラウネじゃない。
顔のついた、変な根っこだ。
いろいろあったけど、アレはアルラウネの子どもであって、子どもではないことがわかった。
とはいえ、アルラウネから生まれたことには違いない。
だからこのマンドレイクは、わたしの姪っ子ということになる。
「アレが姪っ子なら、わたしは何になるんだろう?」
姪にとって、わたしは何?
お姉さんのお姉さんってことは、大お姉さん?
よくわからない。
今度、キーリに訊いてみよう。
とにかく、マンドレイクが新しい森の家族になった。
だけど気に食わないことに、アルラウネがマンドレイクのことを構うことで、私とアルラウネの時間は少なくなった。
バケツに入ったマンドレイクは、土からすっぽりと抜け出るといつものように叫び出す。
そうなると、わたしとキーリはすぐ気絶してしまった。
マンドレイクの声を聞いても大丈夫なのは、同じ植物であるアルラウネとトレントだけ。
そうなると、おのずとマンドレイクの世話をアルラウネがすることが多くなっていった。
それがなんだか、嫌だった。
そんなことを思っていると、ついにマンドレイクのお世話をする機会がやって来た。
雨の日の夜、わたしが寝泊まりしているウッドハウスにマンドレイクを避難させたからだ。
わたしは寝る前に、マンドレイクの様子を確認する。
「アルラウネの子どもにしては似てないけど、それでもアルラウネから生まれたのには変わりないんだよね」
そう思うと、憎い相手であっても少しは可愛く思えてくる。
もしも見た目が子アルラウネのようにアルラウネとそっくりになれば、わたしもこの子を本当の姪っ子だと思えるかもしれない。
「大きくなったら、アルラウネみたいになるんだよ」
その時、マンドレイクの頭に咲いている花の色が、変化していたことに気がついた。
マンドレイクがペチュニアという花だった頃は紫色だったのに、なぜかいまは真っ白になっている。
色が変化する。
まるで私が魔女になった時みたい。
髪が真っ白になったあの日のことは、いまでも覚えている。
自分は普通の人間ではなくなったと、直感的に察することができたから。
「もしかして、あなたもそうなの?」
この子はただの花から、モンスターになった。
人から魔女になった経験を持っているわたしと、花からモンスターになったマンドレイク。
もしかして、わたしたちは似たもの同士かもしれない。
不思議と、マンドレイクの白い花を見ると心が落ち着いた。
白い髪になったわたしと似た境遇だから、親近感が湧いたのかもしれない。
「マンドレイクに親近感なんて、持ちたくないんだけど」
本当はアルラウネとこの気持ちを共有したかったけど、アルラウネは森生まれの森育ち。
自分の体が変化する経験なんて、ないだろうから。
でもアルラウネには、わたしが知らない隠し事がある気がする。
例えば、アルラウネが人間の言葉や文字を理解できること。
最初はわたしが教えるのが上手いからだと思っていたけど、さすがにわたしが知らないことまで知っているのはちょっとおかしい。
あと聖女見習いであったニーナさんと、異様に仲良くなっていたことも気になった。
ニーナさんはあれだけアルラウネを仇だと言って殺そうとしていたのに、急にアルラウネのことを尊敬していますみたいな顔をするようになった。
なにか怪しい。
「顔といえば、アルラウネは聖女イリスさまによく似ているんだっけ」
その理由は、まったくわからない。
聖女イリスさまは人間だから、アルラウネと姉妹だったという可能性はないはず。
だから偶然なんだろうけど、それにしてはそっくりすぎだった。
アルラウネと聖女イリスさまの顔が同じだということを、わたしも知っている。
領主さまの館で、アルラウネと瓜二つの聖女イリスさまの肖像画を見たから。
「でも聖女イリスさまの髪は金色で、アルラウネは緑色。それなら別人のはず…………んん、髪の色?」
魔女になった際に、わたしも髪の色が変化した。
マンドレイクの花の色も変わっている。
髪の色が変わること自体は、別に珍しくもないのかも。
そう考えると、アルラウネの上半身は聖女イリスさまに本当にそっくり。
髪の色以外は、人間そのものだし、聖女イリスさまと瓜二つ。
まるで聖女イリスという人間が、アルラウネになったかと思えるほど似ていた。
「でも、人間がモンスターになるなんてことは…………さすがにないよね?」
もしそうだとしたら、おかしいことがある。
例えば、アルラウネは服を着ていない。
蔓を巻いているだけの裸同然の格好を、聖女のような尊い方がするとは思えない。
他にも、アルラウネはしっかりしているようで、アホっぽいところがある。
聖女さまがそんな抜けているわけないから、さすがにそれはない。
だからきっとこれは、わたしの思い違いだと思う。
「それに、アルラウネが何を隠していても関係ないよね」
だってアルラウネは、わたしの家族なんだから。
わたしにとって一番大切な存在。
もしアルラウネが、わたしに隠し事を打ち明けるつもりになったら、その時に聞いてあげればいい。
わたしだって、最初はアルラウネに隠し事をした。
鳥のフリをしてアルラウネに近付いて、自分が人間であることも、魔女であることも黙っていた。
それでも、アルラウネはわたしのことを許してくれた。
だから、わたしもアルラウネのことを信じる。
だってわたしとアルラウネは、家族なんだから。
魔女とモンスター。
血も繋がっていないけど、いまでは血の繋がり以上の絆を感じる。
「おやすみ、アルラウネ」
そう言いながら、マンドレイクの植木鉢を寝床に移動させる。
今夜は久しぶりに、植木鉢を抱きしめながら眠りにつくことにした。
一緒に寝るのがアルラウネではなくマンドレイクなのが気に障るけど、それでも抱きしめずにはいられない。
いまでもバケツを抱きしめると、わたしはすごく安心してしまう。
こうしていると、一人で寂しい夜も、ぐっすりと眠ることができるから。
でもこれは、わたしだけの秘密。
アルラウネにも言っていない、わたしの隠し事──
その日、わたしは夢を見た。
バケツに入ったアルラウネと一緒に、森で野宿生活をしていたあの頃の夢を。
というわけで、魔女っこことルーフェ視点となりました。
次回、天使のご挨拶です。