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252 パンディア司祭の正体

 私、植物モンスターのアルラウネ。

 パンディア司祭が私を守るために、炎龍様に喧嘩を売ったところです。


 パーティー会場のみんなは、まだ眠りについたまま。

 臨戦態勢になっているパンディア司祭、炎龍様、そして私以外に目を覚ましている者は誰もいません。



 パンディア司祭は、炎龍様のことを敵だと言った。


 でもね、そもそもだけど、いまの私にとって炎龍様は敵ではないのです。

 いや、魔王軍だから敵の勢力といえばそうなんだけど、魔王軍も一枚岩ではないの。


 良い魔族だっていっぱい存在している。

 炎龍様以外にも、悪魔であるヤスミンのような友達もできた。


 だから魔族だからといって、必ずしも敵になることはないことを、私は理解しています。



 だけどそれは、元聖女で現植物モンスターである私の理屈。


 人類を守護する教会のパンディア司祭目線だと、そうはいかない。

 彼女たちからすれば、魔族というだけで『敵』になるのだから……。



「パンディア司祭、聞いてください。私は炎龍様に、何度も、助けられた、ことが、あるんです。あの魔女王からも、助けて、くれました!」



 魔女王に誘拐されたルーフェを救ってくれたのは、炎龍様です。

 もしも炎龍様がいなければ、魔女っこは森には帰って来なかったはず。


 それだけじゃない。

 魔女王によってもたらされた塩害を、黒炎で完璧に除去してくれたのも炎龍様だ。

 蜜取引によって身を守ってもらう協力関係も結んでいる。


 それに──



「炎龍様は、人間をむやみに、傷つける、お方では、ありません!」


 もしも炎龍様が好戦的であれば、すでにガルデーニア王国は滅びているはず。

 それほどまでに、この方は強いのだ。


 それだけでなく、こうして人間の結婚祝いのパーティーに参加してくれて、お祝いの品までたくさん用意してくれた。

 ついさっき、領主のマンフレートさんと気さくに会話だってしていた。


 炎龍様は、人間と敵対するつもりはないんだと思う。



「いくらアルラウネさんの言葉とはいえ、信じられないのでございますよ。この邪龍は、聖都を滅ぼしかけたという経歴があるのですから」


 ──そ、そうなの!?


 私は炎龍様へと視線を向けます。

 するとやれやれと言った様子で、炎龍様が口を開きました。


「我が500年前にミュルテ聖光国に攻め入ったことは事実だ。だが、あれはそもそも人間側が魔族を狩ったことが原因でもある。そうして戦争が激化したのだ」



 人間は、魔族と1000年近く戦争を続けています。

 時代によっては戦争が激化したこともあれば、冷戦のような状況になっていたこともあるようです。


 そして500年前といえば、人類が滅亡しかけた時代だったはず。


 魔王が暴れに暴れて、ミュルテ聖光国やガルデーニア王国などの一部の国以外は、すべて一度滅んだと伝えられています。


 聖女見習い時代に学んだ歴史を思い出していると、炎龍様がパンディア司祭に向かって話しかけました。



「そこの女。見覚えがあると思ったが、やはりあの時の…………死んだと思っていたが、よく生きていたな」


「あなたに殺されかけましたが、エリクサーのおかげで一命を取り留めました。ですが、こうして動けるようになるまで500年もかかったのでございますよ」



 え、ちょっと待って。

 いま、500年って言った!?



「パンディア司祭、あなたは、いったい……」


 パンディア司祭は、まるで500年前から生きていたかのように話しています。


 だけど、それはおかしいよ。

 だって炎龍様のような魔族でなければ、どんなに長生きだとしても人間では500年も生きるなんてありえないのだから。



「アルラウネさん、黙っていて申し訳ありません。実はわたくしもアルラウネさんと同じで、人間ではないのでございますよ」



 (みずか)ら人外宣言をするパンディア司祭。

 でも私と違って、彼女の見た目は完全に人間です。


 しかも、それだけじゃない。

 パンディア司祭からは、光魔法のオーラが出ているのが見える。

 光魔法は、女神セレネに選ばれた人間の女性にしか扱えないはず。


 それなのにパンディア司祭は、自分のことを人間ではないと言った。


 そうなると、彼女は人間ではないのに、光魔法が使える存在ということになる。


 私の中に、二つの候補が浮かんできました。

 そのうちの一つは、さすがに絶対にありえない。

 となると、パンディア司祭の正体は、まさか……!



「アルラウネさんにはいずれ明かすつもりだったので、丁度良いですね。わたくしの正体をお教えいたしましょう」



 パンディア司祭の体が、光を帯びていきます。

 そして彼女の背中から、白色の翼が生えてきました。


 六枚羽のその翼は、彼女がとある存在であるといった証でもあります。

 神々(こうごう)しくて、つい目を(そむ)けてしまいたくなってしまう。



「わたくしの種族は、教会の教典でいうところの『天使』なのです。聖天使と呼ばれていた時代もございました」


「天使……!」



 それは教会の聖女であったイリス(わたし)にとって、とても聞き覚えのある言葉でした。


 天使とは、女神セレネさまに仕える天の使いのことです。

 女神様と一緒に、天界から地上に降りてきたと、教典には書かれていました。


 背中に白い翼が生えた天使の姿は、絵画などを教会で目にすることもできるため、民衆への認知度も高い。


 そのせいで、白い翼を背中に生やした魔女っこのことを『天使』だと、街の人が誤解してしまったくらいです。

 だけど、そう誤解されてしまったのは、誰も天使を見たことがないから。


 天使という存在は私たち人間には広く周知されているけど、本当にいるのかは誰も知らないため、神話の中の存在だろうという認識でした。


 その天使が、目の前にいる。



 教会の聖女として長年生きて来た私にとって、白い鳥の正体が魔女っこだったということに並ぶほどの衝撃です。

 長年応援していたアイドルと、ついに握手をしてしまったような気分。


 ある意味、感動さえしてしまう。

 だって天使は、聖女であるイリス(わたし)が女神セレネの次に祈り捧げていたお方だから。


 パーティーに水を差さされたことが吹き飛ぶくらい、呆然(ぼうぜん)としてしまいました。



「パンディア司祭は……そのう、本物の、天使なのですか?」


「そうでございます。誰かに正体を明かすことは、本来しないのでございますが、今回は特別なのですよ」



 天使が存在していた。


 それはつまり、人間の上位存在が実在しているということ。

 天使がいるなら、女神様もいるかもしれない。


 いや、そもそも女神は存在しているはずです。

 だって女神様によって、人間は光魔法を授かっているのだから。



 それでも日本人としての前世の知識を持つ小紫菖蒲(わたし)にとっても、天使が存在するということに驚愕してしまいます。

 そして聖女としてのイリス(わたし)にとっては、感激で涙が出てきそう。



「ワタクシは天使なので、女神様の御力である光魔法を扱うこともできれば、それを宿す存在を視認することもできるのでございますよ」


 パンディア司祭と初めて会った時の謎が解けました。


 あの時パンディア司祭は、私が光魔法を使うことができることを看破した様子でした。

 パンディア司祭が光魔法を扱える天使だったから、私の光のオーラを見抜けたんだ!



「人類の守護者である教会の天使として、悪しき邪龍をこの場で見逃すことも、黙って友が(だま)される姿を見るのも、いかないのでございますよ」


「天使よ、我は争う気はない。しかもここは祝いの場だ。冷静になるがいい」


「黙るのは貴様のほうでございますよ。アルラウネさん見ていてください、ワタクシがこの邪龍の企みを暴いてみせるのでございます」


 パンディア司祭が大きく息を吸い込む。

 そしてソプラノボイスの歌を歌い始めました。


「ワタクシの【聖歌】を聞いた者は、誰もが精神を正常に保つことはできません。すべてワタクシの支配下に置くことができるのでございます」


「そういえば、其方(そなた)も神域魔法の使い手だったな」


「耳を(ふさ)いでも無駄でございますよ。ワタクシの神域魔法は、骨伝導でも効果があるのですから」



 ──神域魔法。

 それは禁忌とも呼ばれる、この世界の10番目の魔法のことです。


 神に近い領域の者にしか使えないと、パンディア司祭が教えてくれました。


 神域魔法は、世界の(ことわり)をも変えるほどの神の力を持っているそうです。

 そのため、教会によってその存在が秘匿されたのだとか。


 生まれて初めて目にする神の魔法に、私は目と耳を奪われてしまいます。


 ──美しい。これが天使の歌声なんだ。


 音による攻撃であれば、防御は不可能。

 しかも精神を支配するとなれば、無敵に近い力を持っている。


 パーティー会場のみんなが寝ているのも、おそらくその神域魔法の効果なのでしょう。

 ハーブの音色が変わってからみんなが寝てしまったから、おそらく音に魔法を乗せているんだ。



 そんな魔法、聞いたことがないよ。

 神話に出てくるだけあって、天使というのは規格外の存在みたい。

 この攻撃に対抗できる者なんて、想像もつかない。


 だというのに、炎龍様に変わった様子はありませんでした。



「もしやとは思っていましたが…………ワタクシの【聖歌】は、あなたには効かないのでございますね」


「だから其方は我に敗北したのだ。神域魔法が使えるのは、何も天使だけではない」



 炎龍様も神域魔法が使えるような口ぶりです。

 ということは、炎龍様は天使じゃないのに、神の力を持っているってこと?


 な、なんでぇ!?

 天使は女神に仕えているから神の力が使えるのはわかるけど、なんで魔族である炎龍様も同じ力を持っているの??



「我の見立てでは、アルラウネにも効果がないようだな。それでも念の為、天使の力を無効化させてもらう」



 炎龍様の右手から、黒い炎が現れました。


 あれは、森から塩害を除去した黒炎!

 地中の塩分だけを一瞬で燃やしつくした、不思議な炎です。



「我の神域魔法である【黒炎】は、任意の存在だけを燃やすことができる。ゆえに、この会場内での()()だけを消滅させてもらった」


 歌声だけを燃やすって、なにそれ。

 チート能力なんですけど!!


 パーティー会場が黒い炎で包まれるのと同時に、パンディア司祭の歌声が消えました。

 まるで火災現場みたいになっているのに、会場の設備どころか誰も燃えていない。


 本当に、歌声だけ燃やしてしまったの?

 塩害を除去してくれた時と同じで、蔓で触れてもまったく熱くないよ。



「ハープを使えばまだ攻撃手段があるだろうが、そうなるとこの会場の幻惑は解除される。聖天使よ、ここはおとなしく引いたらどうだ?」



 よく見ると、炎龍様の体には黒い膜のようなものが張ってありました。

 黒炎を体に(まと)わせて、パンディア司祭の【聖歌】を無効化していたんだ。


 というか、私の体にも黒い炎がまとわりついてるんですけど!

 もしかして炎龍様、私のことを守ってくれていたの……?



「邪龍がアルラウネさんを(かば)うなんて、信じられません。まるで敵ではないようではありませんか」


「我は今回、パーティーに参加しに来ただけだ。神に誓って、争いを起こすつもりはない」



 圧倒的強者である炎龍様は、紳士な態度を取ったままです。


 さすがのパンディア司祭も、何かおかしいと思ったのでしょう。

 なんだか子犬のようにシュンとしてる。

 もしかして、自分の早とちりだって気がついた?


 追い打ちをかけるなら、いまがチャンスだね!



「パンディア司祭、今日のパーティーは、種族を問わず、楽しむ会でも、ありました。ですから、この場は、私のことを、信じて、(ほこ)を収めて、くれませんか?」



 二人の間に蔓を伸ばして、私が壁になります。

 今日のパーティーの主催者は私なの。

 争うつもりなら、まずは私を倒してからにしてくださいね!


 そして命がけの私の行動に、パンディア司祭の心が動かされます。



「どうやらワタクシがアルラウネさんを困らせてしまったようでございますね…………アルラウネさんの顔に免じて、今日のところは見逃してやるのでございます」



 パンディア司祭が天使の翼をしまい、人間の姿に戻りました。

 もう攻撃の意思はないと、両手を挙げています。



「アルラウネさん、そして邪龍グリューシュヴァンツ。ワタクシがパーティーを台無しにしてしまったようでございますね。この通り、謝罪いたします」


「謝らないで、ください。私のために、してくれたのは、理解しています。それにパーティーは、台無しには、なっていませんよ」


 みんな、ぐっすり寝ているだけだからね。

 この出来事を認識しているのは、この場の三人だけ。

 目を覚ましたら、何事もなかったかのようにパーティーはまた再開されるはずでしょう。



「まさか邪龍がここまで話の通じる相手だとは知らなかったのでございますよ。驚愕なのでございます」


「我も、天使がここまで人情味(にんじょうみ)あるとは思わなかった。500年前は、何を考えているかわからない無機質で人形のよう雰囲気だったからな」



 どうやらパンディア司祭は、私の言うことを信じてくれたみたいです。

 炎龍様との敵対意識よりも、この場は私との友情を取ってくれたということかな。

 一時はどうなるかと思ったけど、戦いが始まらなくて本当に良かった。


 パンディア司祭は、「邪龍のことはまだ疑っていますが、友人であるアルラウネさんのことを信じます」と言ってくれました。


 それほどまでに、パンディア司祭は私との友情関係に重きを置いてくれていたんだと驚いてしまったよ。


 だからいまは、それだけで十分だよね。

 それに私を信じるというその言葉が、妙に嬉しかったの。



 落ち着いたところで、炎龍様が私のことをじーっと見つめてきます。



「この場に天使がいることも驚いたが、それ以上に天使の神域魔法がアルラウネに効いていなかったのにも驚いた。我が守るまでもなかったようだ」


「そういえば、なんで私は、眠らなかった、んだろう?」



 神域魔法が使える炎龍様が無事だったのはわかる。

 けれども、私はそんなたいそうな魔法が使えない。


 炎龍様が【黒炎】で私を守ってくれたのは、この三人で会話を始めてからだった。

 だから会場のみんなのように【聖歌】を聞いた私は、すやすやと眠っていたはずです。


 なのに、なんで私は起きているわけ?



「それはおそらく、アルラウネも神域魔法に目覚めているからであろうな。そうでなくとも、すでに神の領域に達しているのであろう」


「私が、神の領域に、達してるなんて、そんな、まさか……」


「これは前から思っていたことだが、其方はただのアルラウネにしては十分おかしい。なにせドライアドよりも、あの魔女王よりも強いのだ。異常だと言ってもいい」



 それは私の正体が、元聖女の転生者だからですよ。

 さすがにこれは二人には言えないけど。



「アルラウネが精霊を遥かに超える力を持っていることを考えると、神の力に覚醒していてもおかしくない。このまま成長すれば、神域魔法を扱うこともできるかもしれぬ」


「私に、神の力が……?」



 なんだか、とんでもないことになってきたよ。

 ただの森のお花のつもりだったけど、知らぬ間に神の領域にまで成長していたってことなのかな。


 信じられないよね。

 だってそれは、私が天使と同じくらい強いって言われているようなものだ。


 だけど真面目な顔をしているパンディア司祭と炎龍様を見ると、おのずと察してしまいます。



 神の力と言われても、よくはわからない。

 でも知らないうちに、私は天使の神域魔法を無効化していた。


 その事実から、私の植物の頭が一つの結論を導き出します。



 もしかして私って、思っていたよりも凄いのかも……!

次回、私の友達が天使だった件についてです。

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― 新着の感想 ―
きっと光合成のおかげに違いありません! 後魔女っこの愛も大きいですね! 魔女っこ「アルラウネをここまで育てた私偉いでしょ!」
[一言] 本人、歴代聖女の中でも突出していたのにそれプラス、魔物や精霊のチカラを取り込みまくりだものな。 自覚が薄いのがむしろオカシイ
[気になる点] じゃあ今のアルラウネなら黒い炎を無効化する事もできるって事?
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