251 パンディア司祭の秘密
森のパーティーが始まりました!
今日の主役である領主のマンフレートさんとフロイントリッヒェ皇女が到着し、鉢植えに入った私が二人を案内します。
その間は、私の分身である司会アルラウネがパーティーを進行してくれることになっているのだ。
結婚祝いとしてマンフレートさんの絵のモデルになるよう頼まれたり、フリエがバロメッツさんとの再会を喜んでくれたりと、二人はパーティーを楽しんでくれているみたい。
料理についても美味しいと言ってくれたので、とても嬉しかった。
特に山菜の天ぷらは春の季節に合うと思って工夫をした一品だったのだけど、マンフレートさんのお気に入りの料理になったみたい。
いろいろと頑張ったかいがあったよ!
そしてパーティーも一段落して、マンフレートさんたちは来賓客との懇親を始めました。
まさかマンフレートさんが炎龍様に話しかけに行くとは思わなかったけど、どういうわけか話が弾んでいたみたい。
炎龍様は人間だからと毛嫌いしない稀有な魔族だから、本当に良く出来たお方だよ!
新婦となるフリエに話しかけに行こうと思ったけど、まだバロメッツさんと談笑中でした。
フリエもバロメッツさんも、いままで見たことがないくらいの笑顔をしています。
久々の再会に水を差すのは悪いから、いまはそっとしておこうかな。
「人間の結婚式って変わってるわね。無関係の人間まで呼ぶなんて」
給仕係のヤスミンが話しかけてきました。
パーティーも落ち着いて来たし、少しくらいおしゃべりしても大丈夫だよね。
「魔族の結婚式は、どうやる、の?」
「魔族って元々は種族社会なのよ。同じ魔族だといっても種族が違うでしょ? だから結婚式だって近しい親族だけでするのよ。」
『魔族』という言葉について深く考えたことなかったけど、他種族の者たちをひとまとめにして『魔族』と呼ぶようようになったみたい。
元々は種族ごとに生活していたけど、それを魔王がひとまとまりにして魔王軍を作ったのだとか。
だから昔の名残で、結婚式はいまだに種族ごとに行うことが普通みたい。
「結婚といえば、ヤスミンは、ドリンクバーさんと、どうなの?」
「あのね……こないだ、彼にアレを書いてもらったの」
アレって、なに?
もしかして教会に提出する婚姻届のこと?
まさかヤスミン…………いつの間にか結婚していたの!?
「これを見て」
ヤスミンが一枚の羊皮紙を見せてくれます。
それには、『交際契約書』と書かれていました。
「彼と付き合うことにしたのは、前に話したわよね。そのための契約をしたのだけど、見るだけでうっとりする契約内容だわ」
え、婚約したわけじゃなくて、付き合っただけで何か書くの?
というか『交際契約書』ってなに?
「付き合うのに、契約を、結ぶの?」
「もちろんよ! 何事も契約してから始めるというのは、あたしたち悪魔では常識のことよ!」
そういえばヤスミンって、悪魔だった。
悪魔は契約にはうるさいと聞いたことがあるけど、まさかここまでだったなんて……。
「あたしの一族はみんなこうするわ。契約魔法をかければ安心できるし、それさえすればあとはなんでも自由にできるからね」
どうやら悪魔特有の闇魔法で、契約魔法というのがあるみたい。
契約を結んだら最後、破ったら命はないのだとか。
──なにそれ、こわい。
つまり、ドリンクバーさんはもう逃げられないんだね…………。
私はフランツさんと仲良く喋っているドリンクバーさんへと視線を向けます。
うん、ドリンクバーさん……悪魔と仲良くね。
「そういえばアルラウネとは、友達の契約をまだ結んでなかったわね」
「……友達にも、契約が、必要なの?」
「だってそっちのほうが、気持ち良くない?」
悪魔って、わからない。
種族の差って、理解するにはいろいろと大変なんだね。
魔族の結婚式が種族ごとに行われる理由を、身をもって味わってしまった。
まあ私も植物になっちゃったから、人のことは言えないんだけど。
植物は仲人であるハチさんを介して雄花の花粉を受粉するから、相手と顔合わせすらしないんだよね。
しかも仲人の介入は強制的なので、ハチさんのさじ加減で子種を有してしまうという恐ろしい世界なのだ。
それどころか、なんなら自家受粉をすれば一人で子供だって作れる。
多分だけど植物の基準で考えた場合、どの種族からもポカンとされそう。
「あたしのことよりも、アルラウネは好きな相手いないの? やっぱり相手は花?」
さすがの私でも、お花と結婚するつもりはない。
植物生活にはどっぷり浸かってしまったけど、元人間としての思考はまだ残っているのだ。
というか婚約破棄されて殺されたことによってアルラウネに転生してしまったのだから、そういうのはまだちょっと、というのが正直なところです。
いまは魔女っこという家族もいるし、現状維持できればそれでいい。
そうやってヤスミンと話をしていると、パンディア司祭が垂れ幕の内側から、外を覗いているのを目にします。
──誰か、探しているのかな?
首を回して、なにか見つけようとしているみたいだった。
そしてパンディア司祭の視線が、とある場所へと釘付けになりました。
──まずい!
パンディア司祭が炎龍様のほうを見ているよ!
もしかして、炎龍様が魔族だって気が付いちゃったのかな。
というかこの会場、炎龍様以外にも魔族がたくさんいるんだよね。
執事のテディおじさまとか、チャラ男とか、ヤスミン一家とか。
パンディア司祭は教会のお偉いさんです。
そして教会は、魔族を敵視している。
なにごとも起きなければいいんだけど。
けれども私の懸念した通り、事件が起きてしまいます。
それはケーキ入刀が終わり、みんなでケーキを食べ終わった時のことです。
──炎龍様、先に帰るのかな?
炎龍様が、テディおじさまを連れて出口のほうへと向かっている。
出入口でヤスミンパパに何か言っているよ。
きっと先に帰ることを、私に伝えておくようにみたいなことを話しているのでしょう。
そんな何気ないシーンだったのに、突然何かが変わりました。
──ハープの音色が、変わった!?
優雅な曲調だったものが、いきなり穏やかな子守歌のような曲になりました。
そして、異変が起きます。
「マンフレート、さん!?」
マンフレートさんが眠ってしまった。
それだけじゃない。
フリエも、妖精キーリも、エルフのメルクも、バロメッツさんもヤスミンも、私を運んでいるアマゾネストレントすら寝ている。
「会場のみんなが、いっせいに、眠っちゃった。いったいどうして?」
そういえば以前、似たような光景を目にしたことがある。
あれは四天王である姉ドライアドことフェアギスマインニヒトと戦っていた時のこと。
神樹となって巨大化した姉ドライアドが『宣告する死花の香り』を発動した瞬間、私以外の人はみんな意識を失ってしまったのだ。
『宣告する死花の香り』は、神樹の蕾を生やすことでその匂いにより周囲の生物の意識を奪うというものだったはず。
あの時の光景とそっくりだよ!
──でも、なんで私だけ寝てないんだろう?
あの時は、姉ドライアドと同じ植物である私には効果がなかった。
でも、姉ドライアドはもういない。
ならこれを起こしたのはいったい誰?
「このような祝いの会に水を差してしまい、申し訳ないのでございます」
「パンディア、司祭!?」
垂れ幕が音もなく落ちます。
そしてハープを演奏しているパンディア司祭が、姿を現しました。
「アルラウネさんには悪いことをしました。ですが、あの者を野放しにするわけには、いかないのでございますよ」
あの者、というのは誰なのか。
それはすぐにわかりました。
なぜならこの場で眠っていないのは、三名だけだったから。
私とパンディア司祭、そして炎龍様。
この三人以外の全員が、すやすやと眠っている。
「パンディア司祭、これはいったい、どういうこと、ですか!?」
みんなを眠らせたのはパンディア司祭で間違いないでしょう。
しかもパンディア司祭がハープから離れたにもかかわらず、なぜかハープは自動で演奏を続けている。
なにかの魔法なんだろうけど、見たことも聞いたこともない魔法です。
でもハープが鳴り続けているってことは、みんなを眠らせたのはあのハープが原因なのかもしれないね。
「アルラウネさんは、そこの男の正体を知っているのでございますか?」
私とパンディア司祭の視線が、炎龍様に注がれる。
さっきパンディア司祭が見ていたのは、やっぱり炎龍様だったんだね。
「アルラウネさん、あなたは騙されているのでございます」
え。私、騙されてるの!?
だ、誰に??
「そこの男は人間の姿をしていますが、その正体は悪しき魔族なのでございます」
「そ、それは……」
ごめんなさい、パンディア司祭。
炎龍様が魔族なのは、とっくの前に知ってるんだよね……!
「そやつの名前は、グリューシュヴァンツ。かつてミュルテ聖光国と我々セレネ教会を壊滅させかけた、憎き邪龍でございますよ」
「炎龍様が、邪龍?」
たしかに教会的には、炎龍様のことをそう言うのはわからないでもない。
なにせ炎龍様はめちゃくちゃ強いからね。
教会上層部がその存在を知っていたとしても、驚きはしません。
「アルラウネさんの聖蜜を狙ったのか、それともアルラウネさん自身が狙いなのかわかりませんが、あの邪龍がここに紛れ込んでいる以上、なにかよからぬことを企んでいることは間違いないのでございます」
「あ、あのう…………」
言いにくいんですけど、炎龍様は特に悪いことを企んでいるつもりじゃないと思うんだよね。
ただ私が主催するパーティーに参加したいだけで、しかも聖蜜に関しては一年以上前から渡し続けているし。
「きっとパーティー客に扮して、アルラウネさんを攫うつもりだったのでしょう。いまやアルラウネさんは世界中の重要人物から注目されているのでございますから」
「そ、そうなの!?」
そういえばニーナの手紙にも、教会の【女神の巫女様】に私の存在が知られたと書かれていたっけ。
パーティーが始まる前に、炎龍様からある人物が私に興味を持っているとも教えられたばかりでした。
聖蜜と聖髪料が世界中に散らばって流行したことによって、私の知名度も同じように上がっていたんだ。
「魔族に捕まったら最後、アルラウネさんは聖蜜を出すだけの実験植物にされてしまうはずでございます。わたしくしの友人をそのような目に遭わせるわけにはいかないのでございますよ」
いつも無表情のパンディア司祭の顔が、強張っていました。
緊張しているんだ。
「わたくしはここで死ぬわけにはいかないのでございますが、友人のためにここで刺し違える覚悟でございます」
「そ、それって……?」
「安心してください、アルラウネさんはわたくしが守るのでございます。すぐに邪龍を追い払って、楽しいパーティーを再開させるのでございますよ」
パンディア司祭が炎龍様とにらみ合います。
そして光魔法のオーラが、パンディア司祭から溢れました。
「この邪龍はアルラウネさんの想像を遥かに凌駕する化け物なのでございます。ですからわたくしも無事では済まないはずです…………短い間でしたが、アルラウネさんとお友達になれて嬉しかったのでございます」
まるで今生の別れをするかのような雰囲気のパンディア司祭。
「まさかわたくしが使命よりも友を選ぶ日が来るとは思わなかったのでございます。これが人間の感情というものなのでございましょうか」
「ちょ、ちょっと、待って、ください!」
私は理解してしまった。
なぜパンディア司祭が、パーティーを中断してまで行動を起こしたか。
それは全部、私のためだったんだ!
私が炎龍様に騙されていると思ったみたいだけど、教会の人間であればそう勘違いするのは不思議ではない。
だって普通、魔王軍のお偉いさんと仲良くしているだなんて想像もつかないもんね。
そしてパンディア司祭は、炎龍様の強さを知ったうえで立ち向かってくれている。
知らないふりをしてくれてもいいのに──というかそっちのほうが平和で終わったんだけど、それなのにわざわざ勇気を出して立ち上がってくれた。
私と友達になったという理由だけで、命をかけてくれたんだ。
まさかパンディア司祭が、こんなにも人間味がある人だったなんて知らなかった。
むしろ何かを隠しているのがわかっていたから、怪しいとまで思っていたのに。
これじゃパーティーに水を差されたからといって、パンディア司祭に悪く言うことはできない。
というかむしろ、黙っていた私が悪いのかも。
「待って、ください。私、知って、るんです!」
もしもパンディア司祭が炎龍様に攻撃をしたら、ここが戦場になるかもしれない。
炎龍様のことだから、パーティー会場から離れて戦ってくれそうだけど、それでも教会関係者であるパンディア司祭のことを生かして返すとも限りません。
このままだと、どちらかが死んでしまうかも。
無益な戦いが始まってしまう前に、パンディア司祭を止めないと!
「あの人が、ドラゴンなのは、よく知ってます!」
本当は、教会の人間であるパンディア司祭に、私と魔王軍との繋がりを知られたくはなかった。
このまま知らぬ存ぜぬで、二人には何事なくお帰りいただくのが理想だったけど、現実はそう上手くはいきません。
でもパンディア司祭は、私のことを心配して、命がけで行動をしてくれたのだ。
私と友達になったという、それだけの理由で。
その事実が、心に染みるくらい嬉しい。
だから私も、隠し事をしないで正直に話すことにします。
「というか、炎龍様とは、何年も前から、知り合いです。むしろ、協力関係に、あります。だから、敵じゃ、ありません!」
おかげさまでコミックス5巻が発売して、2週間が経ちました。
購入報告もたくさんいただき、とても嬉しく思っております(*´∇`*)
改めまして皆さま、いつも応援ありがとうございます!
次回、パンディア司祭の正体です。