250 森のパーティーの始まりです
「なんとか、準備は、間に合った、みたいだね」
今日は、領主のマンフレートさんと、皇姫フロイントリッヒェの結婚祝いのパーティーです。
この日のためにいろいろと準備をしてきた身としては感慨深いけど、これからが本番。
気合を入れて、頑張らないとね。
一人で「えいえいおー」と蔓を上げていると、妖精キーリが空を見ながらこんなことを言いました。
「アルラウネさまー。もうお客さんが来たみたいだよ」
ええ、もう来たの!?
パーティー開始時刻まで、まだかなり時間があるのに。
いったい誰が来たんだと顔をあげると、森の上空に大きなモンスターが滞空していました。
──ドラゴンが飛んでる!
しかも、背中に誰か乗っているみたい。
森にドラゴンで乗りつけてくるお方は、一人しかいない。
そう、炎龍様こと、魔王軍のグリューシュヴァンツ様です!
ドラゴンが森に着陸し、鞍に座っていた男性が私の前に姿を現しました。
「炎龍様、お久しぶり、です」
「アルラウネも息災のようで何よりだ。なるほど、今日は鉢植えの姿なのだな」
本日の私は、鉢植えアルラウネになっての参加しています。
こっちの姿のほうが、パーティーでは便利かなと思ったんだよね。
ついでに頭や体に花をたくさん咲かせて、おめかしもしているよ。
そんな私を運んでくれるのは、妹分のアマゾネストレントです。
トレントにもお揃いのお花を付けてあげたら、すごく喜んでくれたんだよね。
「その花は今日のために咲かせているのだな。とても美しい」
「お褒め頂き、光栄です。そう言う、炎龍様の、今日の衣装も、とても素晴らしい、ですね」
炎龍様は人間の姿に変身していて、赤髪のイケメンになっています。
品のあるそのスーツの襟や袖口には、金の刺繍で細密なドラゴンの模様が織り込まれていました。
どこかの貴族というのを通り越して、王族と言っても問題ないようなオーラを放っているよ。
炎龍様のことを魔王軍のお偉いさんと説明するのは問題がありそうだから、みんなにはその設定で進めてみようかな。
「約束通り、ここでは、人間のフリを、してください、ね」
「承知している。今日はお忍びで来ているのだ、我のことはただの客の一人だと思うがいい」
ただの客の一人にだって、そんなことできるわけないじゃんー!
炎龍様は超VIPですよ。
正体を絶対に知られてはならないうえに、機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。
なによりもパンディア司祭に会わせないようにしないとね。
どれか一つでも失敗して炎龍様が怒ったりした日には、森は──いや、塔の街ごと燃やされちゃうかもしれないよ!
「我は森のパーティーとやらを堪能しに来ただけだ。もちろん、其方の蜜も楽しみにしている」
うん、決めた。
炎龍様には、私の蜜をたくさん飲んでもらいましょう。
ちなみに炎龍様の付き人として、執事のテディおじさまも来ています。
私にはクマのぬいぐるみにしか見えないけど、他の人にはダンディーなシルクハットのおじさまにしか見えないらしいから、問題ないはず。
魔族であることは隠して人間のフリをして参加してもらうことは、事前に手紙でやり取りをしていたから完璧だね。
「我から其方へ土産がある。受け取るがいい」
「え…………お、おおー!!!!」
金銀財宝とは、このことだよ!
ドラゴンは宝石とかの財宝を蓄えるのが好きって聞いたことあったけど、あれって本当だったんだ。
これ、本当に貰っちゃっても、いいんですか?
「これまで送ってもらった蜜の礼も兼ねてだ。ついでに結婚する主賓にも渡すがいい」
「主賓というと、街の領主である、人間に、渡すことに、なるのですが、良いのですか?」
「問題ない。その金で軍備を整えようが、好きにするがいい」
炎龍様、太っ腹だよ!
敵に塩を送るどころか、結婚祝いに金銀財宝を送りつけてるんですが!!
魔王軍が人間にプレゼントをするとか、みんなが知ったら驚くだろうね。
まあどれだけ軍備を拡張しても、炎龍様が出てきたら全部燃えちゃうから関係ないんだろうけど。
「贈り物は他にもある。これは我から其方へのサプライズだ」
空から荷物を持ったドラゴンがもう一匹下りてきました。
どうやら、大きな鉢植えを運んできたみたい。
もしかして私に植物をプレゼントしてくれるのかなと思ったところで、鉢植えに生えている何かが手を振ってきました。
「お会いしたかったのですわ、アルラウネさん!」
「あ、あなたは、まさか!?」
五本の根茎で立っている黄金の毛におおわれた羊の女獣人が、鉢植えから生えていました。
髪は綿毛のようになっていて、頭から二本の羊の角が伸びています。
上半身は薄幸の美少女といった感じなのに、腰から下は丸い実のようなものになっている。
間違いない。
魔王軍の植物園にいた、金羊毛のバロメッツさんだ!
「あたくし、やっと憧れの森に来れましたの!」
私はかつて魔王軍の植物園で、バロメッツさんといろいろな話をしました。
その中で特に記憶に残っているのは、バロメッツさんが森に憧れを持っているということ。
一度でいいから、森に行ってみたい。
そうバロメッツさんが私に語ってから、二年近くが経ちました。
だけど今日、ついにその夢が叶ったんだ!
「でも炎龍様、いったい、どうして?」
「会いたいと言っていたから連れて来た。バロメッツのことは、其方に預けよう。森で自由にさせるがいい」
バロメッツさんは私の植物友達です。
もう二度と会うことはできないかもと思っていたから、こうやってまた顔を合わせることができて本当に嬉しい。
炎龍様に感謝の言葉を告げて、バロメッツさんと向かい合います。
蔓と綿で抱き合って感動の再会を果たす、私とバロメッツさん。
話したいことは山ほどある。
バロメッツさんと別れてから、本当にいろいろあったから。
というわけで、バロメッツさんが期間限定で森の仲間になりました。
積もる話は後程ということになり、バロメッツさんはパーティーの一角に運ばれて行きます。
せっかくだから、バロメッツさんにもパーティーに参加してもらいましょう。
「そうだ、炎龍様に、お願いが、あります」
「其方から願い事を申し出るとは珍しいな。良いだろう、言ってみるがいい」
「あのですね、私の分身を、一人、魔王軍の厨房で、働かせて、ください」
「なん、だと……!?」
予想外の申し出だったのか、炎龍様が一瞬固まりました。
私もこんなお願いをすることになるとは、今朝まで思いもしなかったからね。
料理好きのあの子の熱意に、私は負けたのだ。
だからモンスターでも一流の料理人になれる場所で、立派になれるよう修行して欲しいの。
「其方の分身一人くらいなら問題ない。受け入れよう」
こちらの交渉も、すんなりと通りました。
私じゃなくて分身がだけど、料理人のスキュラさんとまた会えるよ!
一緒にタピオカミルクティーを作ったのが懐かしい。
というか私、すっかり忘れていたけどタピオカミルクティー作れるじゃん!
タピオカはすぐには無理だけど、ミルクティーだけなら急いで作ればまだ間に合うよね。
キーリに伝令役になってもらって、さっそく料理班に仕事を頼まないと。
こうして炎龍様との話し合いの結果、料理好きのアルラウネ(分身)は魔王城の厨房に料理修行しに行くことになりました。
結果的に、森でバロメッツさんをお預かりする代わりに、私の分身を交換留学する形になったね。
「あとはパーティー用のワインを大量に持ってきた。自由に使うがいい」
炎龍様、本当に至れり尽くせりなんですが!
こんなに受け取っちゃっても、いいのかな。
なんか逆に怖くなってきたよ。
「それでアルラウネ、ちょっと良いか?」
顔をクイッとさせて、人気のない場所に視線を移す炎龍様。
どうやら二人きりで内緒話がしたいみたい。
炎龍様がパーティー開始時間よりも前に来たのは、そのためだったのかと悟ります。
私と炎龍様は、トレントたちから離れた場所に移動しました。
ここなら誰にも聞き耳を立てられる心配はない。
なんの話をするつもりなんだろう。ちょっと緊張するね。
「アルラウネは、魔女王キルケーの居場所を知っているか?」
内緒話は、まさかの魔女王案件でした。
そういえば炎龍様は、魔女王とも親しかったんだっけ。
でも残念ながら、魔女王がどこにいるのか知らないんだよね。
「魔女王が、ミュルテ聖光国の、聖都を出た、ところまでは、知っていますが、それ以降は……」
「そうか……其方も知らないのでれば、仕方ないな」
魔王軍も魔女王の行方はつかんでいないみたい。
ニーナの手紙によると、教会が魔女王に追手を差し向けていたはず。
ということは、まさか教会が魔女王の身柄を押さえているのかな。
「炎龍様は、魔女王の、行方に、なにか心当たりは、ないのですか?」
「アルラウネが知らないとなると、残る候補は一つ。おそらく魔女王はガルデーニア王国の王都にいる」
王都に魔女王がいるの!?
でも、王都には聖魔結界があるから、魔女王は入れないはず──いや、入れる!
教会には、『女神の羽衣』があるんだった。
羽衣を使えば、聖魔結界を越えて王都に魔女王を入れることができるんだ!
結界の中に一度入れてしまえば、そう簡単に外へは逃げられない。
仲間の魔女も、王都には入れないだろうからね。
魔女王にとって、完璧な牢獄だ。
けれども、なんで王都なんだろう。
ミュルテ聖光国の聖都で隔離したほうが、確実に完全なはずなのに。
「最後にもう一つ忠告をしておこう。むしろこれが、今回の来訪の目的でもある」
炎龍様が、真面目そうな雰囲気になります。
深刻な事実を告げるように、重い口を開きました。
「魔女王キルケーを探して、ある人物が動き出した。用心しろ」
「……ある人物?」
「どこの誰かとは言えぬ。だが、アルラウネにも興味をもっているようだった。十分気を付けるがいい」
もしかして姉龍のことかな。
それにしては、かなり深刻そうな雰囲気だよね。
魔王軍の宰相である姉龍なら、私に対して正体を隠さなくていい気がするのに。
あとは魔王くらいしか要注意人物が思いつかないけど、その魔王はおそらく────
となれば、他に名前を言えないほどの危険な人物なんて思いつかない。
いったい誰なんだろう。
炎龍様がわざわざ忠告するほどの大物が、他にも存在するってことなのかな。
「その者にとって、魔女王は娘のような存在だ。ゆえに、助けるため重い腰を動かした」
魔女王の母。
それはつまり、魔女王キルケーの生みの親ということ。
その時、私に一つの疑問が浮かびました。
すべての魔女は、魔女王が生み出した。
なら魔女王は、いったい誰の手によって生み出されたのだろうと…………。
内緒話はそれで終わりました。
炎龍様に運ばれて、パーティー会場へと戻ります。
そこには、パーティーの手伝いに来ていたヤスミンパパが待ち構えていました。
「グ、グリューシュヴァンツ様!? な、なぜここにあなた様がいらっしゃるのですか!?」
「其方、悪魔ネビロスだな。たしか長期休暇を申請していたはずだが、なぜここにいる?」
「じ、実は行方不明になった娘を探していたのですが、いろいろあって娘の友人の手伝いをすることに…………」
魔王軍に長期休暇とかあるんだ。
ホワイト企業すぎてうらやましいよ!
ちょうどいい。炎龍様のことは、ヤスミンパパに任せるとしましょう。
私の鉢植えは、炎龍様から妹分のアマゾネストレントへと受け渡されます。
そのまま私は、パーティーの準備へと戻りました。
会場の設営は完璧。
料理のほうも、着々と進んでいます。
あとはお客さんを待ち構えるのみ!
そうして準備万端になったところで、ついに次のお客さんがやって来ました。
「フランツさん、いらっしゃい!」
元伍長であるフランツさんです。
最近まで王都に行っていたから、久しぶりの再会になるね。
「今日は誘ってくれてありがとう。実は土産があるんだが、王都でこんなものを見かけたんだ」
フランツさんが私に王都土産を持ってきてくれたみたい。
て、これは聖蜜…………いや、違う。
──聖蜜の偽物だ!
「王都の商店で買ったんだ。粗悪品以外にも、偽物も流通しているようだな」
まさか聖蜜の偽物が売られているなんて……!
でも、驚くのはまだ早いです。
フランツさんから、王都で広まっているという、私の衝撃的な噂を知ってしまったのだから。
「聖蜜を、飲んだ人の、怪我が、なんでも治ってる!?」
私の蜜を飲んで、四肢の欠損が治るなんて知らなかったんですが!
どうやら根っこを広げたことで、私の力は想像以上にレベルアップしていたみたい。
精霊の力は、もはやドライアド以上かも。
そのせいで、聖蜜の効力も知らぬ間にパワーアップしていたようでした。
フランツさんに続いて、他のお客さんたちも続々と来場します。
次は、ドリンクバーさんと、その冒険者一行がやって来ました。
対応するのは、給仕係のヤスミンです。
「ヤスミンのメイド服、似合っているね。はじめて君と出会った時のことを思い出すよ」
「バ、バカなこと言ってないで、早く中に入りなさい! うしろのみんなが見てるんだから」
あの二人、会って早々イチャイチャしてるよ!
付き合い始めたとはヤスミンから聞いてたけど、本当に仲が良いみたいだね。
とはいえこの二人は、悪魔と人間という関係です。
願わくは、種族の垣根を越えて、二人が幸せになってくれればいいな。
それから棟梁さんと大工さんたち、冒険者組合の方たち、蜜の取引をしてくれている商人さん、肥料や卵をくれる近所の農家さん等々、お客さんたちが集まってきました。
この際だから、普段からお世話になっている人も一緒に招待してみたんだよね。
もちろん、マンフレートさんたちも了承済みです。
普通、貴族は平民と一緒にパーティーをしない。
それなのにマンフレートさんは身分に関係なく接してくれるのです。
そもそもだけど、モンスターである私にも普通に対応してくれているよね。
そんな人、なかなかいないよ。
マンプレートさんはきっと良い領主に成長することでしょう。
突如、「おおー!」と歓声が上がりました。
チャラ男が丸焼きになったクマを、会場に運んできたみたい。
巨大なクマを持ち上げるチャラ男は、やはり人間ではない。
お客さんたちはチャラ男の怪力に驚いただけでなく、これから行われるクマの解体ショーへの興奮を隠しきれないでいるようでした。
でもこんな量、絶対食べきれないよね。
残ったクマ肉は、主催者である私が処分しましょう。
久々のクマ肉、楽しみだな。じゅるり。
クマ肉に熱い視線を送っていると、背後から声をかけられます。
「アルラウネさん、本日はよろしくお願いしますでございますよ」
パンディア司祭です。
彼女にはハープを演奏してもらうことになっています。
このパーティー最大の懸念点である、炎龍様とパンディア司祭を会わせないというミッションのためにも、早く演奏スペースに移動してもらわないと!
そう思ったところで、クマ肉を運び終わったチャラ男がこちらを見ながら大声を上げました。
「うげぇ!? なんであいつがここにいるんだよッ!」
チャラ男がパンディア司祭を見て驚いてる。
もしかしてチャラ男とパンディア司祭って、知り合いなの?
「わたくしはあの男のことなど、知らないのでございますよ。ですが、なにやら不穏な気配を感じるのでございます」
そうだ、チャラ男も魔族だった!
炎龍様のことばかり頭がいっていたけど、チャラ男のことは完全に抜け落ちていたよ!
「ああー、思い出したぜ! 解体用の包丁を持ってこないといけないんだった!」と、チャラ男が逃げて行きました。
幸いなことに、炎龍様はヤスミンパパこと悪魔ネビロスと談笑中のようで、こちらには気が付いてない様子。
パンディア司祭を垂れ幕の中に隠すのは、いまがチャンスだ!
「いまの男の気配、覚えがあるのでございます。もしかしてあの男は…………」
「さあ、パンディア司祭! あっちに、演奏スペースが、あるので、そこでお仕事を、お願いしますね」
パンディア司祭を蔓で押して、垂れ幕の内側に隠しました。
これでパーティー会場からはパンディア司祭の姿は見えない。
ふう、なんとかピンチを切り抜けたよ!
そうこうしているうちに、主賓であるマンフレートさんと皇姫フロイントリッヒェがやって来ました。
これで役者はそろったね。
さあ、森でのパーティーの始まりです!
おかげさまで昨日、コミカライズ版の「植物モンスター娘日記」の第5巻が発売いたしました!!
ご購入報告もいくつかいただきまして、そのたびにすごく喜んでいますヾ(≧∇≦)〃
こうして嬉しいご報告ができるのも、ひとえに皆さまの応援のおかげです。
改めまして、いつも応援ありがとうございますm(_ _)m
今後とも植物モンスター娘日記を、どうぞよろしくお願いいたします!
次回、モンスターに結婚パーティーを開いてもらった世界で初めての領主です。