書信 出稼ぎ冒険者の王都遊覧記
元伍長の出稼ぎ冒険者フランツさん視点です。
俺の名前はフランツ。
塔の街で出稼ぎ冒険者をしている。
冒険者稼業という危険と隣り合わせの仕事を続けているのは、田舎で暮らす女房と子供のためだ。
たまには家に帰ってやりたいのだが、悲しいことに塔の街で出世してしまったせいで忙しくて帰れない。
そう、俺はアルラウネと出会ったことで、人生が変わった。
いろいろと災難に巻き込まれるようにはなったが、その代わりなぜか運が向いて来たんだ。
たとえば、俺は街のやつらよりも聖蜜を比較的入手しやすい立場にある。
それは、アルラウネの嬢ちゃんが街の商人に蜜を直接売ろうとした時に、顔見知りになっていた俺が仲介役を引き受けたからだ。
そのこともあってアルラウネの嬢ちゃんからお礼に聖蜜をたくさんもらったので、家族に聖蜜をたくさん送ってやった。
だが、なぜか妻からは花の蜜じゃなくて金を送ってこいとお怒りの手紙が帰ってきた。
違うんだ!
その蜜はただの花の蜜じゃなくて、あのアルラウネの蜜なんだ!
そう弁明しても、アルラウネのことを知らない妻にはその蜜の凄さは伝わらなかった。
聖蜜を売って金を送る手もあったんだが、金よりも聖蜜のほうが喜んでもらえると思った俺が間違いだったようだ。
大人しく金を仕送りするため、頑張って働こう。
そう思ったのも束の間、俺は塔の街の領主様から直々に依頼を受けるようになった。
四天王フェアギスマインニヒトが塔の街を襲った時に、領主のマンフレート様の命を救った縁で、いろいろと贔屓してもらうようになったからだ。
おかげで、今度は家族に金をたくさん送ることができた。
だが最近になると、今度は妻から『アルラウネの蜜をたくさん送って』という手紙が届くようになった。
ついに故郷の村にも、アルラウネの嬢ちゃんの聖蜜の凄さが伝わったのだろう。
聖蜜の値段は、俺が家族に初めて聖蜜を送った頃の十倍以上に膨れ上がっている。
だが、安心して欲しい。
領主様から、大きな仕事の依頼を受けたところなんだ。
だからその依頼が終われば、まとまった金を故郷に送ることができる。
家族の笑顔のために、今日も働くとするか。
冒険者としての腕を買われた俺は現在、領主様の護衛役を引き受けている。
依頼内容は、塔の街から王都への往復の警護だ。
領主のマンフレート様と、その結婚相手となる予定のグランツ帝国の皇姫フロイントリッヒェ様の身の安全を守って欲しいという内容だった。
二人の結婚を、王都におられる国王陛下に認めてもらうための旅らしい。
本来であれば、そこまで危険な依頼ではない。
魔王軍との最前線である塔の街の騎士は屈強なことで有名であり、その領主が乗る馬車を襲う馬鹿はこの国にはいないからだ。
俺以外にも護衛の騎士を何人も引きつれているし、さすがにこの馬車を襲う人間はいないとは思ったが、なんと人間じゃないやつが襲ってきた。
魔女だ。
魔女の集団が、空から魔法を放ちながら襲ってきた。
王都の城壁はすぐ目の前だっていうのに。
魔女たちの中には、前に街で見かけた白髪に金色のメッシュが入った女もいた。
たしかアルラウネの嬢ちゃんが、「魔女王補佐」と呼んでいた女だったはず。
空を飛ぶ無数の魔女によって、護衛団は壊滅的なダメージを受けてしまった。
魔女が恐れられる所以は、相手は自由に空を飛べるということ。
こちらの攻撃は、空中の魔女にはほとんど当たることはない。
そのせいで、一方的に蹂躙されてしまった。
しかも、それだけじゃない。
魔女王補佐が、強すぎたのだ。
天候を操るその魔女によって、一人、また一人と、騎士たちが倒れていく。
俺も、魔女王補佐の雷によって、体を貫かれてしまった。
胸が焼けるように痛い……体も、動かない。
もしかしたら俺は、もうダメかもしれない。
せめてあと一度でいいから、故郷の家族とまた会いたかったなぁ…………。
草原に倒れた俺は、護衛対象であった皇姫フロイントリッヒェ様が氷の槍で貫かれるのを眺めることしかできなかった。
だが、魔女の狙いが皇姫に集中していることで、俺は理解してしまう。
──やつらの目的は皇姫だったのか!
運が良いのか悪いのか、皇姫様が倒れたタイミングで光明が見えた。
援軍だ!
街道から新手の騎士たちが駆けてくるのが目に入ってくる。
馬車が王都のすぐ近くまで来ていたこともあり、城門から援軍の騎士たちがこちらに向かってくるのがわかった。
それに気が付いた魔女たちは、空を飛んで撤退していく。
標的であった皇姫フロイントリッヒェ様を殺めたことで、目的を達成したからだろう。
皇姫様の体には、何本もの氷の槍が刺さっている。
いまも苦しそうに、口から血を吐いていた。
きっと、もう助からない。
これで二人の結婚は終わった。
ここでフロイントリッヒェ様が亡くなれば、王国と帝国の関係は最悪なものになるだろう。
唯一良かったことは、領主のマンフレート様は攻撃対象ではなかったようで、無事だったことくらいだ。
「死ぬな、フロイントリッヒェ!」
領主のマンフレート様が、皇姫様に走り寄っていく。
そして黄金色の液体が入った瓶を開けると、彼女に急いで飲ませる。
すると、奇跡が起きた。
「けほっ、けほっ……わたくし、まだ生きていますの?」
皇姫フロイントリッヒェ様の傷が、一瞬のうちにすべて治ったのだ。
瀕死の重傷を負っていたにもかかわらずに。
「間に合ったか…………さすがはアルラウネ殿の聖蜜だ」と、領主様が安堵の声を漏らしている。
どんなに深い傷であろうと、たちまち治癒してしまうのが聖蜜だ。
塔の街では、聖蜜によって命を救われた者は数えられないほどいる。
さすがはアルラウネの嬢ちゃんの蜜だ。常識離れしている。
「アルラウネ師匠のおかげで、命拾いしたようですわね」
息を吹き返した皇姫様が、領主様と体を寄せ合う。
安心している二人の表情が、なぜか目に焼き付いた。
政略結婚なのかと思っていたが、意外にも二人の心は通じ合っていたらしい。
それに今回、九死に一生を得たことで、二人の絆はさらに増すだろう。
──お似合いな二人だな。
森のアルラウネに感謝の言葉を述べる二人を見ていると、そんなことを思った。
護衛していた騎士や冒険者たちにも聖蜜が配られ、負傷者はすべて回復した。
何かあった時のために、聖蜜を大量に用意していたらしい。
聖蜜がなければ、何人死んでいたかわからない。
もしかしたら俺も、あのまま二度と起き上がることはできなかっただろう。
おかげで、また家族に会うことができる。
塔の街に帰ったら、アルラウネの嬢ちゃんには礼をしないといけないようだ。
ひと悶着はあったが、結果的に無事に王都へと到着することができた。
けれども領主様と皇姫フロイントリッヒェ様が王都に滞在している間、俺は暇になった。
一応警護の仕事は続いているのだが、専属の騎士たちがいるため、俺の出番は少ない。
せっかくだ、王都見物でもしよう。
そう思って王都をぶらぶらしていると、不思議な光景に出会った。
「あの男、なんで道端の花なんかに祈っているんだ?」
赤い花に祈りを捧げている者がいる。
セレネ教にそんな教義はない。不可解だ。
どうやらさっきの俺の言葉はその男に聞こえていたようで、そいつが驚くべきことを言い返してくる。
「お前、余所者か。ならわからないかもしれないが、オレは花に祈っているわけじゃない。紅花姫アルラウネ様に祈りを捧げているんだ」
「な、なんだって……!?」
「別に花ではなくとも、このアルラウネ様の木像でもいいんだ。祈れば救われる、オレのようにな」
男は右腕を見せつけてきた。
いったいどういう意味だろう。
「信じられないだろう、オレは先月まで隻腕だったんだ。だが魔王軍との戦いで失ったこの右腕が、聖蜜を飲んだら生えてきたんだよ!」
悦びの声をあげる男の周囲に、ぞくぞくと民衆が集まって来る。
「ワシはこの左目じゃ。顔の半分が魔族の炎に焼けて失明したあげくに火傷が酷かったのじゃが、この通り顔が男前に戻ったんじゃ!」
「すべてアルラウネ様のおかげだ!」
「シスター様から教えてもらったとおり、アルラウネ様は聖蜜を生みだす新しい女神様じゃ!」
「ああ、あそこにおられるのは、シスター・ヒルデガルト様ではないですか!」
いつの間にか、広場には大勢の人間が集まっていた。
その中心にいるのは、驚くべきことに塔の街のシスターだったのだ。
塔の街ではアルラウネ狂信派として有名だったが、王都でいったい何をしているんだ?
「シスター・ヒルデガルト、久しぶりですね。王都にいるとは聞いていたが、こんなに人を引き連れて何をしているんだ?」
「あぁ、あなたはフランツ様ではないですかぁ! ちょうどいい、皆さんこちらの男性に注目してください!」
シスター・ヒルデガルトの言葉で、広場にいた数百名の視線が俺に集中する。
統率の取れたその行動に、体がゾクリと反応した。
なんだこれ。森で大型のモンスターと遭遇した時のような、怖さがあったぞ。
「このちょっと疲れた見た目の男性は、ただの疲れた冒険者ではありません。なんと我らが女神、紅花姫アルラウネ様と一緒に魔王軍と戦った経験をお持ちなのですぅ!」
シスターの声に続いて、聴衆から「おおぉー!」と歓声があがった。
な、なんなんだこれは!?
「よしてくれ、俺はそんな立派なことをしたことはない。ただ、アルラウネと四天王のドライアドとの戦いが終わったところに遭遇しただけだ」
「聞きましたか、皆さん! あの悪名高き闇堕ち精霊、四天王のフェアギスマインニヒトを倒したのも、実は紅花姫アルラウネ様なのですぅ!」
「そうだったのか!」「アルラウネ様は、我々を魔王軍から救ってくださっていたんだ!」「王国の救世主じゃないか!」
「その通りですぅ。アルラウネ様への感謝を忘れないように、王都中のお花を愛でましょう。花を踏むことなんて断じて許せません。むしろ花に頭を垂れて、祈るのですぅ!」
シスター・ヒルデガルトが両手を合わせると、広場の聴衆たちが祈りを捧げ始める。
アルラウネの形の木像や、道端の花、特に赤色の花に向けて熱心に両手を合わせていた。
「もしかしてこいつら……女神セレネ様じゃなく、アルラウネの嬢ちゃんを信仰してるのか…………?」
そんなこと、許されるのだろうか。
女神の眷属たる天使であれば、まだ許されるだろう。
だが、アルラウネは魔物だ。
教会の聖職者は、魔物は滅ぼせという教えを広めている。
それなのに、これは大丈夫だろうか。
いまにも聖女大聖堂か、セレネ教の本部が出張って来てもおかしくない。
何も起きなければいいのだが。
数日後には、グランツ帝国の皇姫フロイントリッヒェ様が聖蜜によって九死に一生を得たことは、たちまち王都で噂になっていた。
そのせいもあり、聖蜜の価値はさらに上昇したらしい。
だからだろう、こんな奴に遭遇してしまった。
王都のとある商店でのことだ。
「おい店主。これは聖蜜か?」
「ええ、もちろんでございますとも。そちらは塔の街から仕入れたばかりの最高級品の聖蜜でございます」
俺はこれまで、何度もアルラウネの嬢ちゃんの蜜を見ている。
いまでこそ、塔の街あげての商品になっているが、昔は違った。
ルーフェの嬢ちゃんから蜜を受け取って、街の商人に引き渡したりしたこともある。
だから、俺にはわかる。
「聖蜜にしては、色が薄くないか?」
まさか水を混ぜて薄めているのか?
よくあるやり口だ。
塔の街では領主様の命令によって、聖蜜を薄めることは禁じられていたが、王都ではそれも通じまい。
だが、他の店でもっと酷い物を見つけてしまった。
「そっちの聖蜜、色がちょっと黒くないか?」
「お客さん、お目が高いですね。こちらはアルラウネの森から直接仕入れた特別な蜜でして、通常の物よりも濃厚な聖蜜なのでございますよ!」
もしかしてこれ、ただの黒色の蜂蜜なんじゃないか?
田舎でこんな色の蜂蜜を見たことあるぞ。
ということは、まさか……聖蜜の偽物?
「これを一つ貰おう」
偽物を売っているとなると、塔の街の住人としては許すことはできない。
俺がこれを領主様にお見せすれば、きっとこの商人は恐怖を知ることになるだろう。
「ん、なんだあの馬車……おい店主、あれはどこの馬車だ?」
王都の中心へ伸びる道を、見たこともないくらい豪華な馬車が通った。
貴族であるマンフレート様の馬車よりも立派だ。
いったいどこの誰が乗っているのだろう。
「どうやらミュルテ聖光国からやって来た司祭様らしいですよ。なんでも、塔の街に新しく赴任されるのだとか」
塔の街の司祭様?
司祭って、あんなに立派な馬車に乗るもんなのか?
まあ、それだけ偉いお人なのだろう。それはいい。
だが気になるのは、司祭が乗るという馬車の後ろに不思議な馬車が続いていたからだ。
「最後尾のあの馬車、なんで扉がないんだ?」
あるはずの扉がひとつもなければ、窓もない。
ただの白色の箱にしか見えないな。
まるで、何かを閉じ込めているようだ。
誰かが乗っているというよりは、誰かを隔離しながら護送しているようにも感じられる。
どこに向かうのか気になった俺は、馬車の跡をつけることにした。
──目的地は、聖女大聖堂か。
教会の敷地に入っていく馬車を見届けたところで、俺は尾行を終了させる。
やはりあれは、司祭が乗っている馬車で間違いないのだろう。
そうとわかれば、なにも急ぐ必要はない。
塔の街に戻れば、その新しい司祭とやらの顔をいつでも拝むことができるのだから。
それから数日後。
先日の司祭が王都を出発するところをたまたま目にした。
教会に用事があるというマンフレート様をお送りした時に、聖女大聖堂から見覚えのあるミュルテ聖光国の馬車が現れたのだ。
司祭の馬車は一台だけ。
高貴なお方が乗る、豪華な馬車だった。
あの不思議な白色の箱を運んでいる馬車の姿はない。
あの箱はどうしたんだろうか。
「そこにいるのは、フランツ様ではありませんかぁ!」
突如、教会からシスター・ヒルデガルトがひょっこり顔を出してきた。
アルラウネを信仰しているくせに、王都の教会に出入りなんかしていいのか?
「シスター、ちょうどいいところに来た。数日前に、あの司祭の馬車がここに来たのを見たか?」
「お出迎えさせていただきましたから、見ましたよぉ。塔の街のシスターとして、ご挨拶させていただきましたからぁ!」
「あの時に馬車で運ばれていた白色の箱は、どこにいったんだ?」
「ああ、あれですかぁ。聖女大聖堂に運ばれて行ったのは見ましたが、それがどうしたんですかぁ?」
ということは、あの謎の箱はまだ聖女大聖堂にあるのかもしれない。
かなり厳重そうな箱に見えたが、ミュルテ聖光国から何か大切な物でも運んできたのだろうか。
「そんなことよりも、フランツ様も手伝ってくださいよぅ!」
「手伝うって、何をですか?」
「決まっているじゃないですかぁ!」
シスター・ヒルデガルトはアルラウネ印の聖髪料と聖蜜を両手でかかげながら、ゆっくりと空を見上げる。
そして満面の笑みを浮かべながら、恐ろしいことを口にした。
「アルラウネ様の信徒を増やすのですぅ!」
というわけで、フランツさん視点でした。
実はアルラウネ狂信派のシスターさんの名前は、今回が初登場になります!
次回、弟子が結婚するのに、師匠がなにもしないなんてありえませんです。