245 どうやら元をたどれば私がきっかけらしいですよ
『女神の羽衣』のことを魔女っこが知ってるの!?
な、なんでぇえ!?
「ど、どうして、ルーフェが、そのことを、知ってるの? それに、羽衣のおかげで、帰って来れたって、どういうこと?」
「そういえばアルラウネには詳しく話してなかったかも。前にわたしが魔女王に誘拐されて魔女の里に連れ去られた時に、その羽衣を見たことある」
──あの時か!
魔女っこが魔女の里に誘拐されていたのは、もう一年以上前のことです。
あれはたしか、四天王の姉ドライアドを倒してすぐのことだったはず。
私が姉ドライアドと戦っている間に、街の住人に化けていた魔女王に魔女っこを連れ去られたんだっけ。
懐かしい。
あの頃はまだドリュアデスの森に住んでいたから、いま私たちがいるアルラウネの森は存在すらしていなかったんだよね。
当時の私は、誘拐された魔女っこを取り返しに行く手段がなかった。
精霊の力を得て成長したとはいえ、私は単独では長距離移動ができない。
転移は使えるけど、根っこが届く範囲にしか体を生やすことはできないのだ。
ひとりで出来ることには、限界があったの。
そもそもの話、魔女の里がどこにあるのかもわからない。
だから私は、魔女っこを自力で取り戻すことができなかった。
そんな時、森に炎龍様がやって来たんだっけ。
私の蜜が欲しい炎龍様は、とある取引を申し出て来た。
それは、私が蜜を炎龍様に提供し続ける代わりに、炎龍様が魔女王からルーフェを取り返してくれるという内容でした。
あの時、炎龍様は「魔女王には貸しがいくつかあるゆえ、それで手を打つはずだ」みたいなことを言っていた気がする。
結局、魔女っこは炎龍様の手によって戻ってきた。
だけど、炎龍様がどういう方法で魔女っこを取り戻したのかは、今日まで知らなかったのでした。
「アルラウネと仲良いドラゴンがいるでしょ。あのドラゴンが魔女王に羽衣が入った箱を渡すのを見た」
私と仲が良いドラゴンというと、炎龍様のことだよね。
ということは、炎龍様が魔女王に羽衣を渡したんだ!
ミュルテ聖光国から魔王軍に奪われていた『女神の羽衣』を、魔王軍である炎龍様が魔女王に渡した。
魔女王はその羽衣を交換条件に【女神の巫女様】に体を治療してもらった。
たしかに辻褄は合う。
「ドラゴンが魔女王に羽衣を渡す代わりに、わたしは解放されたの」
魔女王が箱を確認したときに、魔女っこは光る羽衣を目撃したらしいです。
つまり、魔女っこは『女神の羽衣』と交換されたということだ。
きっと炎龍様は、魔女王が『女神の羽衣』を欲しがっていたことを、知っていたんだろうね。
だからそれを条件に、ルーフェを救い出した。
そうやってルーフェは、私のところに帰ってきたんだ!
ということは、だよ。
「もしかして、私が、原因?」
炎龍様が私の蜜を欲しがらなければ、『女神の羽衣』は魔女王の元に渡ることもなく、そしてミュルテ聖光国へと戻ることはなかった。
そうなっていればいま頃、魔女王は私のヤドリギによって文字通り植物人間状態になって、無事では済まなかったかもしれない。
ミュルテ聖光国が数百年ぶりに『女神の羽衣』を奪還することも、ニーナが巫女様の前で聖蜜を飲んで私の蜜がエリクサーだと勘違いされることだってなかったはず。
これらのすべてが、元をたどれば私が原因だったのだ。
風が吹けば桶屋が儲かるということわざがあるけど、まさか身をもって体験するとはね。
一見、何も関係なさそうなところまで影響が及ぶことがあるというお話だけど、本当にそういうことってあるんだ。
そう考えると、炎龍様は先見の明があるかも。
魔女っこを取り返すための条件だったこともあり、私はいまだに炎龍様に聖蜜を無償で大量に送り続けている。
聖蜜は人間の市場ではかなり値上がりしているはずだけど、それを無料で手に入れられるんだから、転売したらかなりの儲けになりそうだよね。
まあ炎龍様が転売をするとは思えないけど。
全部、自分で飲んでいるんだろうし!
炎龍様の体は、それはそれは大きいのだ。
それも、クマパパよりもずっと。
「それでアルラウネ。その『女神の羽衣』ってなんなの?」
「詳しくは、知らないけど、聖域にある兜と、同じような物、だと思う」
現代では『勇者の兜』と呼ばれているけど、あれは昔『聖兜』と呼ばれていたと聞いたことがある。
あの兜は、女神様の力によって結界を作成する能力があった。
なら、羽衣は何ができるか。
手紙によると、装備した者は聖魔結界を無効化することができるのだとか。
魔女王は『女神の羽衣』を欲しがっていたみたいだけど、いったい何に使おうとしたんだろう。
どうせろくなことではないのは間違いないけどね。
それをミュルテ聖光国に返上したということは、もう使い終わったあとなのかもしれない。
それとも、『女神の羽衣』が必要なくなった理由があるとか……。
──やっぱり、王都のことが気になる。
ガルデーニア王国で聖魔結界が張ってあるのは、王都だけ。
もしも魔女王が『女神の羽衣』を使って何かをしたのなら、きっと王都だ。
ゼルマのこともあるし、一度様子を見に行きたい。
幸い、この一年近くずっと王都を目指していた私の根っこは、ガルデーニア王国の南部に広がるフライハイト大平原を越えました。
もうすぐ王都に根が届く。
そうなれば転移を使って、王都へと体を生やすことができるかもしれない。
問題は、私はモンスターになっちゃったから、聖魔結界を越えられないってことだよね。
まあ、それでも外から様子を見ることくらいはできるでしょう。
懐かしい、あの王都を。
そうして冬の日々は過ぎ去っていきます。
この冬は、他に目立った出来事は起きませんでした。
昨年、私がフロストゴーレムを破壊したせいか、一昨年のような大雪が森を襲うこともなかったの。
それでも森は寒いから、暖まるために私主催の鍋パーティーなんかもやってみたよ。
私と魔女っこ、妖精キーリにアマゾネストレントのいつものメンバーに加えて、新たに森に住むようになったエルフのメルクーレェと、チャラ男ことカイルも参加しています。
聖蜜を売り上げたお金で、私は様々な野菜を入手しています。
そのおかげもあって、私が植物生成で生み出せる野菜の種類は、かなり多くなっているの!
そら豆とカブを丸焼きにして魔女っこと食べていたのが懐かしい。
あの頃とは違って、野菜ならなんでもござれです。
魔女王が塩害を起こした時に大活躍したアイスプラントも、いまでは食材として利用しています。
アイスプラントは生でサラダにしても美味しいけど、鍋でしゃぶしゃぶにしても結構いけるのだ。
珍しい料理が食べられて、満足してもらえたみたい。
おかげで野菜ばっかりの鍋だったけど、みんなには好評でした。
チャラ男だけは肉が少なくて不満があったみたいだけどね。正体がドラゴンなら、その気持ちはわからないでもない。
いまではメルクとも、そしてチャラ男ともそれなりに仲良くやっています。
聖女イリス時代の友人であるメルクには、私の正体がいつバレるのかひやひやしてるんだよね。
でも意外なことに、メルクは鈍感だったのだ。
いまだって、私の蔓を握りながら無表情のままこちらを見ている。
植物大好きエルフなだけあって、私の蔓がお気に召したみたいですね。
その辺の植物の蔓と比べたら、艶が違うんですから。お手入れもしっかりしているのだ。
メルクと再会してからそれなりに時間が経ったけど、いまだにイリスだって気が付かない。
見た目とは違ってかなりの年長者であるメルクは洞察力も高いと思っていたけど、実は抜けているところもあったのだ。
メルクはエルフだから、私の何十倍も生きているのにね。
でも、きっとそれだけじゃない。
メルクに正体に気が付かれないのはすべて、私の演技力のおかげなのでしょう。
私、もしかしたら女優になれるかもしれないよ!
その後もアルラウネ界初の女優になるため私が切磋琢磨している間も、私は地下の根を密かに伸ばし続けていました。
すでに数百キロ先まで、私の体は広がっている。
塔の街から王都までの道中は、もはや私の勢力圏といっても過言ではない。
冬の間は寒くて、なかなか進めなかったけど、それも春になれば変わるはず。
温かくなれば、私たち植物の季節になる。
そうなれば、すぐにでも王都の近隣まで転移できるようになるよ。
そうして季節は流れ、春の足音が近づいてきました。
もうすぐアルラウネになってから4度目の春になる。
そんな季節の変わり目に、暖かい日差しとともに吉報が届きました。
森に不釣り合いなドレスに身を包んだ可憐な女性が、木々の合間から飛び出てきます。
「アルラウネ師匠、ただいま帰りましたわ!」
帝国の皇姫フロイントリッヒェ様こと、フリエです。
聖女イリス時代の弟子であった彼女は、塔の街の領主マンフレートさんと一緒に王都へ赴いていました。
二人が結婚することを、国王陛下に認めてもらうために。
街に帰ってきたということは、つまりそういうこと。
フリエの嬉しそうな表情を見れば、陛下の返答が何だったかは聞かなくともわかります。
「わたくし、結婚いたしますわ!」
マンフレートさんとの結婚を、陛下に認めてもらったんだ!
なんだろう、小さい頃からフリエのことを知っているせいか、自分のことのように嬉しいよ!
でも喜ぶのは、きっと私だけじゃない。
塔の街の住民も、すぐに歓喜の声をあげるはずです。
帝国のお姫様との婚姻話は、ガルデーニア王国中に祝福の嵐を呼ぶことでしょう。
「正式に婚約が認められたことを最初に師匠に伝えたくて、街に戻る前に来てしまいましたの」
森の近くを走る街道に馬車が通ったのを根で感じていたから、予感はしていたんだよね。
それに、フリエの服を見ればわかるよ。
まったく、せっかくの綺麗なドレスが汚れちゃっているじゃない。
「これもすべては、師匠のおかげですわ!」
二人が距離を縮めたのは、私がフリエにあげた蜜玉がきっかけでした。
それでも、二人がこうして一緒になれたのは、ひとえにフリエの頑張りと、マンフレートさんの男気があったからということを、私は知っている。
それなのに、結婚のことをわざわざ直接言いに来てくれたことが、なによりも心に染みました。
私は蔓をフリエに差し出し、こちらへと体を引き寄せます。
「おめで、とう!」
グランツ帝国で唯一生き残った皇帝の姫と、ガルデーニア王国の辺境を守る貴族との結婚。
その幸せな結婚という風は、王都を渦巻く新たな波乱を生むことになるのでした。
蔓を握られている間のことは、メルクにはもちろんすべて筒抜けです!
次回、出稼ぎ冒険者の王都遊覧記です。