243 モンスターですが、文通相手はたくさんいます
わたくし、植物モンスターのアルラウネ。
モンスターですが、文通相手はたくさんおりますの。
さて、本日はどちらのお手紙から拝見しましょうか。
久しぶりに公爵令嬢の気分に戻って、蔓でつかんだままの手紙とにらめっこしてみます。
──うん、なんだろう。
蔓を使って手紙を受け取っている時点で、全然公爵令嬢っぽくないね。
むしろ、人間から手紙を奪った植物のモンスターにしか見えない。
というか、植物が手紙を読むってなんだ。
しかも、モンスター。
お嬢様気分からいつもの調子に戻ったところで、魔女っこの家庭教師をしている司祭様がこちらに視線を向けました。
「植物モンスターなのに、手紙が読めるのでございますか……?」
やっぱりパンディア司祭に怪しまれてる!
でも、大丈夫。
私の不安を知ってか知らずか、魔女っこがフォローを入れてくれたのだ。
「アルラウネにはわたしが文字を教えたの。すごいでしょ」
実は、文字の読み書きについては、前にルーフェに教えてもらったことがあったんだよね。
ちなみにその時は、「アルラウネはもう文字覚えたの!? 天才かも!」って魔女っこに褒められたの。
でも、本当は魔女っこ以上に読み書きが得意だなんて言えなくて、ちょっと申し訳なくもあったんだよね。
そういうこともあって、魔女っこには正体を明かし辛いのだ。
魔女っことパンディア司祭が授業に戻ったのを確認してから、手紙に視線を戻します。
まずはヴォル兄の手紙から読もう。
ニーナとフロイントリッヒェ皇女の手紙を蔓でつかんだまま、人間部分の腕を使ってヴォル兄の手紙を開きます。
蔓だと、封筒が開きにくいんだよね。
細かい作業をするのは、やっぱり人間の指を使うのが一番。
おかげで人間の手って本当によくできているんだなと再認識してしまったよ。
いまなら、炎龍様のように人間の姿に化ける魔族の気持ちがよくわかる。
人間の体って、魔族や魔物と比べると脆弱で心配になるけど、色々と手先が器用で便利なんだよね。
ヴォル兄からの手紙には、最近の王都の情勢、クソ後輩であるゼルマについて、そしてイリスの実家の現状などが書かれていました。
クソ後輩であるゼルマは王都を不在にしているから、あまり情報は書かれてはいない。
ゼルマが王国南部に慰問に行きたいと自ら志願して街を巡っていたところに、帝国兵の領土侵犯が起こり、交渉団として帝国に訪問したことが記載されていました。
クソ後輩については、グランツ帝国に滞在していたこと、そしてミュルテ聖光国に向かったことをすでに把握している。
概ね、私の予想通りのことが書かれていました。
改めて思ったけど、ゼルマの行動は怪しい。
クソ後輩には訊きたいことがあることだし、いずれお礼参りが必要かもね。
あと、イリスの実家について教えてくれたのも助かりました。
とりあえずだけど、みんな元気にしているみたい。
王国上層部では、聖女イリスは国を裏切った反逆者という認識になっている。
そのせいで実家に影響も出ているはずだから、ずっと気にしていたんだよね。
無事なのであれば、いまはそれだけで十分……。
そしてヴォル兄からの手紙で一番気になるのが、ここの部分です。
『詳しくは書けないが、いま王城で大問題が起こっている。その対応に追われているから、当分は連絡が取れなくなる』
王城で大問題って、いったい何があったんだろう?
手紙に書けないくらいの事件なのはわかるけど、こう書かれてしまうとちょっと気になる……。
しかもヴォル兄は、少し前からアンナに仕事を手伝ってもらっているみたいです。
女剣士アンナはつい最近までは塔の街にいただけじゃなく、私と一緒に冒険者パーティーを組んでいた。
あの後にヴォル兄の仕事を手伝ったのか、それともあの時にはすでにヴォル兄の仕事をしていたのかな。
次に、皇姫フロイントリッヒェ──フリエからの手紙を開きます。
彼女から手紙をもらうのは、私がイリスだった時以来。
そんな懐かしい手紙だというのに、こちらには物騒なことが書かれていました。
フリエは、無事にガルデーニア王国の国王陛下に拝謁できたみたい。マンフレートさんも一緒だって。
だけど、塔の街から王都に行く最中に、ちょっと事件があったようです。
『馬車で王都へ向かっていた道中に、魔女に襲われました』
──フリエが魔女に襲われた!?
警護の兵士に犠牲があっただけでなく、フリエも致命傷を負ったらしい。
フリエの光回復魔法でも治癒できないくらいの深い傷で、もう命はないと思われた時に、私がお土産に持たせた聖蜜を飲んで九死に一生を得たのだとか。
標的が死んだと勘違いした魔女たちが撤退したあと、私の聖蜜のおかげでフリエの致命傷は完全回復したようでした。
『師匠のおかげで命拾いしました。さすがは師匠です!』
と、感謝の言葉が書かれている。
私の蜜のおかげでフリエが死ななかったのなら、それは良い。
問題なのは、魔女がフリエを狙っていたということ。
帝国の皇女であるフリエは、まだ魔女に命を狙われているということになるね。
暗殺を命令したのはやっぱり魔女王…………いや、帝国の皇子という可能性もある。
皇位継承を争っている仲だし、それに皇子の妻はあのマライ皇太子妃だ。
むしろ動機がある分、皇子のほうがフリエを殺したい理由はある。
フリエの手紙を読み進めていくと、物騒な内容から社交界の華やかなお話になりました。
王国の貴族たちと仲良くするのは大変だと思うけど、頑張って欲しいね。
ええと、なになに──
『王都のご令嬢やご夫人たちとお茶会をしたのですが、アルラウネ印の聖髪料の話題が中心でした。私がそのアルラウネとお友達だと話したら、みんな食いつくように是非紹介してくださいとおっしゃっていましたわ。さすがは師匠、どんな姿になっても人気者ですね』
その貴族の令嬢たち、絶対に私の知り合いじゃん!
王都の貴族なら、全員私の顔見知りだから。
なにがあっても会いたくないんですけど!
『なによりも一番驚いたのが、王都では聖蜜と聖髪料が大流行していることです。王都の貧民街の子供から、王族までもが聖蜜を食べているのですって。
商店では聖蜜によって莫大な資金が動き、黄金よりも聖蜜のほうが価値ある物だと広場で演説していたシスターを見かけました。
彼女たちは師匠を女神のように讃えており、日を追うごとに信者数も増えているようです。おかげで教会から目をつけられているらしいのですが、その教会の幹部は聖蜜が大好物らしく、さらには聖女大聖堂のトップも聖髪料のファンらしいので、あまり無下にはできないでいるとか。
師匠、王都に来たらきっと人気者になれますよ。良かったですね!』
──良くないわ!
というか、なんで私を信仰する一派が王都に発生しているの!?
それに私のことを演説しているシスターがいるって、まさかあのシスターさんじゃないよね?
彼女も王都に行っていたはずだけど、別人だよね……?
シスターさんは用事があるから森には来てくれなかったけど、まさか王都から帰ってこないのが本当の理由なのでは…………。
というか、この話が本当であれば、聖蜜を生むアルラウネは王都の人間たちにとって好印象な存在なのかもしれない。
もしかして私、この姿で王都に行っても討伐されないで済むのかな。
さすがに聖蜜が大流行しているだけじゃ、王都の人たちがモンスターを受け入れてくれるとは思わないけどさ。
それでも、この手紙の内容からちょっとした光明が見えた気がする。
私の信者──じゃなくて、ファンと連携することができれば、あるいは……!
「なんだか、頭が痛く、なってきたけど、もうこれ以上は、さすがに、ないよね……?」
皇姫フロイントリッヒェからの手紙を読み終えた私は、おそるおそる最後のニーナからの手紙を開きます。
ニーナからの手紙は、要約するとこんな感じでした。
『いま、王都では大美容ブームが到来しています!』
『見たことのあるシスターさんが王都の広場でいかに聖蜜が素晴らしいか熱弁をふるっていたので、あたしも一緒に演説してきました』
『美容の女神アルラウネ信仰が王都に芽生えています』
『いつの間にか、あたしが懇意にしている食堂が王都の聖蜜の聖地になっていました』
『前に聖蜜をあげて病気から助けた孤児たちがいるのですが、みんな命の恩人のアルラウネに一度会ってみたいと話していましたよ』
『平民だけでなく、高位の貴族の夫人や令嬢を中心に、聖蜜が王都中で大流行しています』
『聖蜜のおかげで王都から病人が消えました』
『王都での聖蜜の価格が高騰しています。聖蜜が行き届かない聖蜜難民が出てきたので、もっと蜜を送ってください!』
──なに、これ?
こっちの手紙も、私の話題ばっかりなんだけどー!
というか、なんで聖蜜が王都で大流行してるの?
しかも聖髪料までって、これはちょっと予想外です。
だって私、蜜を輸出していただけだよ?
マーケティングもしてなければ、営業だってしてないんだよ?
それがなんで、王都では知らない人はいないくらいの大人気商品になってるのさ!
しかも気になる内容がたくさんあるんですけど。
多分だけど、シスターさんだけじゃなく、ニーナも聖蜜を流行させる手助けをしてるよね?
知り合いの食堂で聖蜜を流行らせて聖地にしちゃったり、孤児たちに聖蜜を与えて蜜が大好きな子供を量産したりしていたように読み取れるのですが。
どうりで、いくら蜜を作っても商人から「まだ足りません」と言われたわけだよ。
つい最近、街の商人から「蜜の生産量を増やしてください」とお願いされたんだよね。その理由がよくわかりました。
というか王都の人たちが、私の蜜を食べてるって本当?
だってそれ、私の蜜なんだよ?
なんだか複雑な気持ちです。
私についての話題を読み進めていくと、ニーナの近況も目に入ってきます。
『正式な聖女として任命されるため、ミュルテ聖光国に行くことになりました』
そういえばそろそろ、その時期だったね。
ニーナは聖女見習いから、晴れて聖女になった。
聖女見習いから聖女として正式に任命してもらうためには、セレネ教の本部があるミュルテ聖光国に行かなければならないのだ。
そこで『聖女』として認定してもらうことで、自分のことを正式に『聖女』だと名乗ることができるようになる。
『聖女』になれるのは、大陸中でも片手の指で数えられるくらいの人数しかいない。
なにせ聖女の数が比較的多いと言われているガルデーニア王国ですら、一人か二人しかいない。
教会の『聖女』になるということは、それだけの名声と特権を授かることができる。
そのため他の職業とは違って、一人前になっても大半の人が『聖女見習い』のままになる。
彼女たちはベテランの大人になっても、『見習い』の名を外すことができない。
そのため、『聖女』と『聖女見習い』の待遇は雲泥の差があるんだよね。
その代わり『聖女』になれば一国の要人になることができるので、それまでとは比べられないくらいの権力を得てしまう。
私は特に『聖女』であることを振りかざしたりはしなかったけど、クソ後輩であるゼルマは聖女になったことで権力を笠に着て大きい顔をしているらしい。
ホント、あの子は聖女の風上にもおけないよ。
ゼルマの分まで、ニーナには頑張ってもらいたい。
イリスの分まで、ガルデーニア王国をお願いしますね。
ニーナの手紙は、王都の話題から、ミュルテ聖光国での旅行記に変わりました。
その中に懐かしい人たちの名前が出てきて、私が聖女として任命された日のことを思い出してしまいます。
私が正式に『聖女』として認定されたのは、11歳の時。
あれから10年以上が経った。
私はもう聖女ではなくなったけど、同じ志を持った後輩が、我が国の聖女となった事実に胸が打たれる。
願わくば、ニーナが偉大な聖女になりますように……。
そんなニーナからの手紙を最後まで読み終えると、私は無意識のうちに空を仰いでしまいました。
数十秒の間ぼけーっと雲を眺めてから、もう一度手紙を読み直します。
「え、なにそれ……?」
自分の身体を蔓で抱きしめます。
そこにいるパンディア司祭にこの動揺を悟られてはならないよう、音を立てず静かに。
無いはずの心臓がキュッとなる感覚に陥ってしまうほど、血の気が引きました。
植物だから、血はないんだけどね。
それでも私が植物だからこそ、人間ではないからこそ、このことは恐ろしい。
ニーナからの手紙の最後には、王都で聖蜜が流行っていることがどうでもよくなるくらいの、衝撃の言葉が書かれていたのでした。
今年もどうぞよろしくお願いします!
次回、新米聖女は聖光国から手紙を書き綴るです。







