242 第一回、魔女っこの家庭教師は誰だ
最近、なんだか魔女っこが成長した気がする。
出会った頃よりも少しだけ身長が伸びたというのもあるけど、それだけでなく精神的にもかなり成長しているような気がするんだよね。
街の人間たちに怯えないで話ができるようになったし、周囲にも目がいくようになった。
以前であれば、私以外のことにはまったく興味がないという感じだったけど、ここのところはキーリやトレントとよく一緒にいるのを見かける。
そしてなによりも、なんだか責任感が増したのだ。
こないだなんて、このアルラウネの森の経営について、意見を言ってきたの。
例えば、
「アルラウネ、これ食べて。あのエルフにお願いして新しい野菜の種をもらったから、これを畑で育てよう」とか、
「アルラウネが稼いだお金はわたしに任せて。経理……? ていうやつを勉強するから、わたしが管理する」
というような感じです。
これまでお金に関しては、たしかに魔女っこに一任していました。
とはいえ、ただお金を貯めていたような状況です。
具体的にいうと、森の金庫(私が作った木製の箱)にしまうだけ。
買い物の際には必要な分だけ、魔女っこが持ち出していたの。
けれども、聖蜜や聖髪料の莫大な売り上げが発生したことによって、ついにこのままではいけないと思ったみたい。
つまり、魔女っこが、勉強をする気になったのだ!
まるで子供が大人になろうと努力しているみたい。
魔女っこも、もうただの子供ではないのかも。まだまだ私にとってはちいさな妹分だけどね。
魔女っこが変わろうと思ったきっかけは、きっとルーフェが住んでいた村に行ったから。
両親や村人たちのお墓参りをしたことで、なにかふっきれたのかもしれない。
変わろうと思っているのなら、姉としてこれほど嬉しいことはないよ。
ここは、魔女っこのお姉さんとしてひと肌脱がないとね。
「私が、勉強を、教えてあげる!」
胸を張りながら、魔女っこに宣言しました。
これでも、前世では元学生。
計算はこの時代の人と比べれば、かなり得意な自信があるよ。
「アルラウネは算数わかるの?」
「…………」
「数字は十以上、数えられる?」
「………………」
私、めちゃくちゃバカだと思われてる!?
まさか公爵令嬢であったこの私が、十よりも大きな数字がわからないと言われる日がくるなんて…………ふふふ、ふふふふふ。
「アルラウネはまだ子供なんだから、わからなくても無理ないよ。でも大丈夫、代わりにわたしが勉強するから」
どうやらバカだと思われていたんじゃなくて、子供だと思われているからみたい。
まあ森生まれの植物のモンスターが「計算は得意です!」なんて言うのは不自然すぎるからね。
元人間だと魔女っこにバレてしまう恐れがあるから、そこまで魔女っこに知識をさらけ出すことができない。
だから私は、魔女っこの姉として、勉強を教えることはできないでいるのだ。
なぜなら私は元女子高生でもなければ、元聖女でもない。
森生まれのただの植物モンスターのアルラウネ、ということになっているのだから。
いくら正体を隠すためとはいえ、「1+1はね」と魔女っこから教えてもらうのはかなりきつい。
主に、元公爵令嬢としてのプライドが!
私が魔女っこの家庭教師ができないことで頭を抱えていると、なんと立候補者が現れました。
「オレでよければ、教えてやるぜ!」
金髪長身の男、カイルことチャラ男です。
こいつは暇なのか、よく森に遊びに来るのだ。
見た感じ、頭はそこまで良さそうには思えない。
どちらかといえば脳筋なイメージなんだけど、チャラ男に先生はつとまるのかな。
「なに、金の収支と支出を計算したいだって? そんなの計算してどうするんだよ。適当でいいだろう」
そう言いながら、チャラ男はすぐに匙を投げました。
やっぱりダメじゃん!
こいつは炎龍様の弟とはいえ、人間の街で冒険者になって遊び呆けているようなやつだから、先生にはむいてないと思ったよ。
端っこで筋トレを始めたチャラ男のことは放っておきましょう。
というか期待していませんでしたとも。
そう、あくまでチャラ男は前座だ。
本命は他にいる。
街で勉強ができそうな人で、わざわざ森に出向いてくれそうな人。
そんな人物に、私には心当たりがあった。
冒険者ではないよ。
彼らは暇な時は暇だけど、忙しいときは何日も帰ってこないということがあるからね。
なので、定期的に家庭教師に来てもらえる人をピックアップさせていただきました。
本命は誰か。
それは、シスターさんです!
街の教会の関係者であれば、塔を造った経緯からいまの私とは繋がりがある。
それに、私は蜜を教会にはいくらか卸しているのだ。
この街の教会は、貧しい人に私の蜜を与えるという慈善事業をしているみたいなの。
だから私の蜜をシスターさんが取りにくるついでに、ちょっと魔女っこに勉強を教えてもらおうと思ったんだよね。
私ったら、完璧な計画だね。
「噂をすれば、来たみたい、だよ」
森の中を、一人の人間が歩いている。
その人間は私がいる場所へとたどり着くと、無表情のまま挨拶をしました。
「お呼びとのことで参上いたしました。セレネ教の司祭、パンディアでございます」
あれ…………?
なんか、シスターさんじゃない人が来たんだけどぉおお!!
「あのう、シスターさんは、どうされた、のですか?」
「彼女は外せない用事があったので、代わりにワタクシが参りました。これでも司祭を賜っている身、一介のシスターよりも勉学は得意なつもりでいますが、なにか問題でも?」
「いえ、ありません、とも……」
教会の司祭が、シスターの代わりで来るなんて想像できなかった。
というかその話、絶対に嘘じゃん!
司祭よりもシスターのほうが忙しいとか、あり得ないでしょう。明らかに森に来る口実だよね。
「約束通り、三日に一度こちらで教鞭を執らせていただきます。よろしければ、報酬として先に聖蜜をいただきたいのですが、よろしいでございますか?」
「え、私の蜜、なんかで、いいの?」
「シスターも絶賛していましたし、興味があるのでございます。それにあなたの蜜よりも高価なものは、そうはありませんでございますからね」
なんだ、そんなものでいいんだね。
わざわざ司祭自ら出向いて来たのだから、もっと無理難題を吹っ掛けられるものだと思っていた。
精霊の力を得たいまの私は、蜜なんていくらでも出せる。
好きなだけプレゼントしますとも。
植物生成で木製の樽を作ります。
その中に報酬の前払いとして、蜜をたっぷりと詰め込みました。
「口から蜜を出すのですか。本当に植物なのでございますね」なんて言いながらこちらを観察するパンディア司祭を横目に、蜜樽を完成させました。
「これが、家庭教師代の、前払いです。ルーフェを、よろしく、お願いしますね」
「もちろんでございますとも。さて、ワタクシの生徒は、そちらの銀髪の君ですね」
パンディア司祭の鋭い視線が、魔女っこに降り注ぎます。
咄嗟に私の後ろに隠れた魔女っこが、私の葉っぱを握りながら身を固めました。
教会の上層部にとって、魔女という存在は天敵。
ある程度の教会の実力者には、魔女を見つけ次第、捕獲、もしくは殺害を推奨しているくらいです。
魔物や魔族と同じく、魔女は『魔』の存在。
教会の教義的にも、存在を許すことはできない。
だからこそ、パンディア司祭と魔女っこを会わせるのは危険すぎる!
パンディア司祭は、聖女並の力を持っています。
つまり、その辺の聖女見習いとは比べることもできないほどの実力者。
単独で魔女を討伐することも、不可能ではない。
そんなパンディア司祭が、わざわざ理由をつけてここに来た。
それはもしかして、魔女っこを狩るためなのかも……。
蔓を構えて、警戒します。
なにがあっても魔女っこを守る姿勢をしたところで、彼女が「ふむ」と言葉を続けました。
「あなたですか。街の者から天使だといわれているのは」
──天使。
それは、光の女神セレネ様に仕えるという、配下のことです。
背中に翼が生えていると云い伝えられているその存在は、女神に近い存在だと書物には書かれていました。
あくまで伝承上の存在とされているけど、過去に魔王と戦って人間の世界を守ったという伝説もある。
天使を目撃したことがある人とは会ったことはないけど、光魔法という女神様の加護が実在する以上、天使という存在も教会ではとても大きなものになっている。
そして問題なのは、なぜか街の人たちは魔女っこのことを天使だと勘違いしているのだ。
きっかけは、魔女王が街と森を襲った時に、魔女っこが天気を操って火事を治めたこと。
部分変身魔法で背中に翼が生えていたルーフェの姿は、街の人からしたら伝承上の天使様に見えたと、後から街の人から教えてもらいました。
教会の許しもなく、勝手に『天使』を名乗っている少女。
魔女っこの意思でないとしても、教会からすれば目障りな存在ではあるはず。
パンディア司祭が来たのは、こっちの理由かと納得してしまった。
「天使と呼ばれているわりに、光魔法の素質は皆無でございますね。もしも才能があれば、聖女見習いに推薦するつもりでしたが、残念でございます」
「あなたが、わたしの家庭教師の先生……?」
「ええ、そうでございますよルーフェさん。見たところ背中に翼は生えていないようですが、まさかそぎ落としたわけではないのでございますよね?」
──マズイね。
やっぱりこれ、疑われているよ。
背中に翼を生やす魔法なんて、聞いたことがないからね。
少なくとも、人間族が扱える魔法ではない。
魔女の変身魔法の応用だと見抜かれたら、魔女っこがパンディア司祭に殺されてしまう……!
「……………………なんかね、生えてきたの」
魔女っこが、小さく呟きます。
まさか、自分から打ち明けるつもり?
待って、それはダメよ、ルーフェ。
早まらないで!
「アルラウネの蜜を飲み続けてたら、急に翼が生えてきた。それで力を使い終わったら、消えちゃった」
「ほう…………」
え、なにその嘘!?
魔女っこが、私に責任を押し付けてきたんだけど!
ほら、見てよ。パンディア司祭の疑いの視線が私に移ってるじゃん。
「そちらのアルラウネからは、膨大な光のオーラを感じます。そして信じられないことに聖蜜も同じ……未知の力をもつ妙薬だとは思っておりましたが、まさかそのせいで…………もしや副作用があるのでございますか?」
勝手に推察を始めるパンディア司祭さん。
私が原因だと思われるのは嫌だけど、ルーフェの正体が魔女だとバレないのであれば、それくらいのことはやむを得ません。
私が魔女っこの盾になりますとも!
「まあ今日のところはそれで良いでしょう。調べればおのずとわかることでございますからね」
パンディア司祭が、改めて魔女っこに向き直ります。
そして、鞄から荷物を取り出しました。
「これが教材でございます。さて、セレネ教の司祭として家庭教師の任を受けたからには、全力で努めさせていただきます。よろしいですね、生徒ルーフェさん?」
「は、はい」
こうして魔女っこの家庭教師が決まりました。
私が作り出した木製の机で、魔女っことパンディア司祭が勉強を進めていきます。
私はその間、暇をしていたチャラ男と、模擬戦をして時間を潰すことにしました。
チャラ男ほどの実力者であれば、練習相手にはなるからね。
というか、チャラ男の正体も魔族じゃん!
となると、ここには教会の敵である魔族と魔物と魔女が全部そろってる!
私たち、みんなパンディア司祭に命を狙われる対象でした。
これって、あまりよろしくはないよね……?
チャラ男さん、逃げるなら今のうちですよ。
ですが、一人では逃がしません。
それはなぜですって?
私はね、逃げられないの。
だって私は、植物だから…………まあ、今は転移ができるから、近場であれば移動できるんだけどね。
それでも、自力では遠くまでは移動できないのだ。
それにしても、私のもう一つの目的も失敗に終わってしまった。
シスターさんを通して、教会が知っている王都や聖女ゼルマの情報を教えてもらおうと思っていたのに。
実は私が冒険者となって南の森に行っていた間に、シスターさんは王都へ出かけていたみたいなの。
だから向こうの様子を教えてもらおうと思っていたのに、残念だよ。
とはいえ、パンディア司祭に王都の情報を尋ねることはできない。
ミュルテ聖光国から塔の街までの道中に王都へは立ち寄っているはずだけど、私がそのことを訊くのは怪しまれそうな予感がする。
ただでさえ不審に思われているから、これ以上の危険はおかせない。
それにパンディア司祭は不思議な雰囲気をまとっていて、どういう人かつかめないでいる。
しばらくは様子見だね。
「アルラウネ様ー!」
森の茂みから、鋭いフォームで走って来るトレントが現れます。
その頭に乗っかっているキーリが、手を大きく振りながら私に喋りかけてきました。
「アルラウネ様宛に手紙が来てますよー」
──ついに来た!
ずっと待ち望んでいた協力者たちからのお手紙です。
これで王都の情勢がやっとわかる。
こちらから攻勢をかける前に、情勢収集するのは基本。
情報提供者のみなさんには感謝だね。
「ありがとう、キーリ」とお礼を伝えてから、蔓を伸ばして手紙を受け取ります。
手紙は、三通ありました。
聖女のニーナ、従兄のヴォル兄、そして領主のマンフレートさんと一緒に王都へ行っていたフロイントリッヒェ皇女からです。
みんな、約束通り私に手紙を送ってくれたみたい。
良い友人を持てて、私は幸せだよ。
けれどもそのお手紙を読んで、私は頭を蔓で抱えることになる。
私が南の森に冒険に出かけている間に、王都では予想外の出来事が起きていたようでした。
しかも、書かれていたことはそれだけじゃない。
その話題は、主に私についてのことだったのだ。
次回、モンスターですが、文通相手はたくさんいますです。