240 私の故郷
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
冒険者としての旅が終わった私たち一行は、アルラウネの森へと帰ってきました!
一仕事を終えた私たちは、森のとある場所で焚火を囲みながら円になって座っています。
冒険者のパーティーメンバーを集めた私は、「コホン」と咳払いをしてから挨拶をします。
「今日は、私のおごり、ですから、たくさん食べて、飲んでください!」
私の言葉に続いて、「乾杯ー!」とみんながコップを掲げました。
同時に、それは宴の始まりの合図でもあります。
ここは私と魔女っこが住む、アルラウネの森。
そう、私たちは帰ってきたのだ!
すべての依頼を達成したことで、こうして塔の街まで戻ってきたの。
街の冒険者組合に報告を終えた私たちは、その日の夕方にお疲れさま会として宴会をすることにしたの。
もしかしたらこのメンバーで集まることも最後かもしれない。
だからせっかくだからと、打ち上げを計画したのだ。
街の酒場でするのもあったんだけど、ちょっと人外メンバーが多いからあまり目立ちたくはないからね。
なので急遽、私の森で宴会を開くことになって、いまに至ります。
「アルラウネ~! この蜜酒、美味しいわね!」
そう私の蔓に絡んできたのは、元悪魔メイドのヤスミンだ。
今回の依頼達成の陰の立役者は、ヤスミンといってもいいと思う。
森の実態調査は、ヤスミンたちが隅々まで調べてくれました。
それだけでなく、チャラ男、女剣士のアンナ、アルラウネの私、魔女のルーフェという個性豊かなメンバーをまとめ上げたのもヤスミンです。
おかげで、無事にみんなで帰ることができた。
しかも、出発時よりもメンバーが増えちゃったしね。
そのうちの一人が、私に声をかけてきます。
「アルラウネさんには本当に感謝しかない。パパはね、ヤスミンと生きて再会できて本当に感動している………うぐっ……む、娘と仲良くしてくれて、あ、ありがとうっ……うぅ」
蜜酒を飲みながら泣き上戸になっているのは、ヤスミンのパパです。
敵だと思っていた悪魔ネビロスさんは、まさかのヤスミンのお父さんでした。
そのせいか、ヤスミンパパはなぜかここまで付いて来てしまったの。
それにしても、ヤスミンパパはこれからどうするんだろう。
ヤスミンは魔王城へは帰らないと言っていたから、ヤスミンパパは一人で家に戻るのかな。
まさかヤスミンと一緒に、このまま塔の街に住むなんてことはないよね……。
ヤスミンによってべろんべろんに酔っぱらったヤスミンパパが介抱されると、今度は私の横に座っていたエルフの友人が話しかけてきます。
「これがアルラウネの蜜で作ったお酒ね、良い味しているわ。こんな上等な蜜があなたの体から作られているなんて、本当におもし……じゃなくて可愛いわね」
そんなことを言いながら私の蔓をすりすりと擦っているのは、エルフのメルクーレェです。
メルクもヤスミンパパと同じく、帰宅時に増えたメンバーの一人。
聖女イリス時代の友人とこうして再会するとは夢にも思わなかったけど、同時にとても怖い。
私の正体がバレてしまうんじゃないかと、ドキドキなの。
しかもいまの私は、大人の姿に戻っている。
髪の色と頭にお花が咲いていること以外は、イリスの顔とほとんど変わらない。
だから何かしら追及されるかもと警戒していたんだけど、メルクは「あら、イリスによく似ていて可愛いわね」としか言ってこなかった。
褒めてくれるのは嬉しいんだけど、なんだか悶々としてしまう自分がいる。
バレて欲しくはないんだけど、唯一の友人であったメルクには気が付いて欲しいという葛藤が私の中で戦いを始めていました。
だからこそ、メルクの今後の行動が気になる。
「メルクーレェさんは、これから、どうするん、ですか?」
「せっかくだし、塔の街に住もうと思っているわ。あなたという面白い研究対象もできたことだしね」
「研究は、ほどほどに、お願い、しますね……」
できれば解剖とかはしないで欲しい。
研究熱心なのは良いんだけど、私の種子については早く諦めてね……。
話題を逸らそうと、他の参加者へと視線を向けます。
チャラ男が、女剣士アンナと一緒に酒を飲み交わしていました。
結局、チャラ男のことはよくわからないままだった。
炎龍様の弟らしいという疑惑があるけど、他の人の目があったから詳しいことは聞けないまま。
しかもどうやら、チャラ男とヤスミンパパは面識ないみたいなの。
二人が嘘をついている可能性もあるけど、そんな雰囲気は感じなかった。
嘘をついていないのであれば、魔王軍に所属しているヤスミンパパと炎龍様の弟であるチャラ男が知り合いではないのは、いったいなぜなんだろう。
本当に炎龍様の弟であれば、きっと有名人だろうから顔くらいは知られているはず。
それなのに、二人は知り合いではないという。
魔王軍はかなり巨大な組織らしいから、面識がない人物がいても不思議ではない。
それでも、チャラ男の正体のことが、気になってしまった。
私の視線はそのまま横にスライドし、アンナの横にいる少年へと移ります。
女剣士アンナの弟が、あの蜜狂いの少年であったアルミンだということにも驚いた。
記憶の中のアルミンよりも、彼はちょっとだけ大きく成長していました。
前世の基準でいうと、小学生から中学生になった感じかな。
この年齢くらいの男の子は、成長が早くてビックリ。
前までは魔女っこと同じくらいの身長だと思っていたけど、いまではアルミンのほうがちょっとだけ大きい。
私はもう一人の中学生年齢である、ルーフェへと視線を向けます。
目が合うと、にこりと私に笑みを向けてきました。
魔女っこも大きくなった。
特に今回の旅では、精神的な成長がうかがえた。
その証拠に、魔女っこが私にこんなことを言ってきます。
「わたしね、あの村に帰って良かったと思ってる」
ルーフェにとって、今回のことは里帰りにもなりました。
同時に、アルラウネである私にとっても、あの場所は生まれ故郷と言えなくもないから、植物モンスターである私にとっての里帰りにもなっていたかも。
森は全部燃えてなくなっていたけど、またあの場所に行けて良かった。
私とルーフェの生活は、すべてがあの森から始まったからね。
「アルラウネのおかげで、お父さんとお母さんに挨拶できた」
「また、一緒に、ルーフェの故郷に、里帰り、しようね」
「うん…………でも、あの魔女はなんで村にいたんだろう?」
私たちはあの廃村で、帝国の魔女と出会ってしまった。
もう一つの依頼内容である、帝国の残党についての真実。
帝国兵の残党だと思われていたのは、実は帝国から新たに潜伏していた別働隊でした。
皇太子妃マライが何をしていたのかはわからない。
そして、なぜ帝国の皇太子が、魔女を妻にしているのかもわからない。
だけど一つ言えることは、帝国も『金髪の男』を探しているということだ。
驚くべきことに、私たち以外に帝国も『金髪の男』を探している。
正直言って、金髪の男だけじゃ誰なのかまったくわからないよ。
金髪の男でいいのであれば、チャラ男もアルミンも当てはまっているからね。
ガルデーニア王国だけでなくグランツ帝国からも指名手配されているなんて、いったい何者なんだろう……。
とにかく、今回の最大の収穫は、帝国には魔女がいるということを知れたことだね。
しかも、かなりの上層部にまで浸食している。
もしかしたら、帝国は魔女に支配されているのかもしれない。
そういえば皇姫フロイントリッヒェは、皇位継承権を持っていた兄弟が暗殺されたと話していた。
あの話はもしかしたら、ただの皇位争いではなかったのかもしれないね。
もしも暗殺に魔女が加担していたとなると、違う側面が見えてくる。
いまの帝国は、第三夫人派が支配しているらしい。
その第三夫人は儚姫と呼ばれ、重い病にふせっているのだとか。
私が魔女王にヤドリギを植えたタイミングともピッタリ合うし、可能性はある。
そうなると、どうしても──
「帝国の儚姫が、気になる」
私がその名前を口にしてしまったのは、たまたまのことでした。
だけど、ここにいるのは少し変わった人生を送っている人たちばかり。
たまたまその答えを知っている人がいても、おかしくはない。
私の言葉に反応したアルミンが、恐るべきことを教えてくれます。
「その儚姫って、帝国の第三夫人だろう? いまは帝国にいないぞ」
まるで自分は情報通だというように、アルミンは何気なく告げました。
ただの子供だと思っていた相手からのまさかの発言に、私は度肝を抜かれてしまいます。
「なんで、アルミンが、そんなこと、知ってるの!?」
「じいちゃんと帝国の宮殿に遊びに行ったんだけど、その時にね。そういえば聖女ゼルマさまにも会ったよ」
ゼルマ──私を殺した、あのクソ後輩とアルミンが顔を合わせていた?
塔の街への侵略の際、ガルデーニア王国とグランツ帝国の間で和平が行われました。
その時にゼルマが帝国にしばらく滞在するらしいという話は聞いていた。
病人を治療するためだという話だったけど、その病人は儚姫のことだとアルミンが教えてくれます。
「聖女ゼルマが儚姫の治療をしたらしいけど、まったく治らなかったみたいだぜ。それで皇帝にお願いされたじいちゃんが、儚姫を治療するためにミュルテ聖光国に連れて行ったんだ。呪いを解くためとか言ってたけど」
あのヤドリギは回復魔法では治らないし、無理やり剥がすこともできない。
だから、たしかに呪いといってもいいかもしれないね。
ならやっぱり、儚姫の正体は魔女王?
──ありえるね。
それに、魔女王はゼルマと通じていた。
魔女王が惚れ薬をゼルマに流していたと話していたのは記憶に新しい。
もしかしたら、ゼルマは儚姫の正体を魔女王だと知ったうえで治療しようとしているのかも。
協力者であれば、それくらいのことをしてもおかしくはない。
となると、帝国の第三夫人である儚姫の正体は、おそらくはあの魔女王!
私はヤドリギの気配を探ります。
──うん、まだ存在を感じられる。
気配的に、魔女王に生えたままだと思う。
しかも、ここからかなり離れた場所にいるよ。
ガルデーニア王国の王都よりも遠い……海を越えた先にあるミュルテ聖光国と言われれば、納得してしまうくらいの遠い距離です。
ということは、おそらくアルミンの言う通り、魔女王はミュルテ聖光国にいる。
だけど、なにかがおかしい。
なんだかヤドリギの力が弱まっている気がするの……。
まさか解除されかけている?
ちょっと確認したほうが良さそうだね。
魔女王に警告の意味を込めて、顔に寄生させているヤドリギの花を咲かせようと遠隔操作します。
────あれ、咲かない!?
いったいなんで…………まさか、妨害されてる?
何者かによって、私の信号が遮断されている気がする。
魔女王はかなり遠くにいるから距離的な問題かもしれないけど、それだけじゃない。
私の精霊の力が、何かに阻まれているんだ。
もしかしたら結界のようなもので、隔離されているのかも。
ガルデーニア王国同様、ミュルテ聖光国の聖都にも聖魔結界が張り巡らされている。
あの結界内であれば、私の遠隔操作は遮断されてしまってもおかしくはない。
だけど、一つだけ疑問が残る。
魔女である魔女王は、聖魔結界を越すことができない。
触れただけで、全身がたちまち燃えてしまうはずだ。
それなのになぜ、呪いを治療するためにミュルテ聖光国に向かったんだろう。
まさか、魔女王には結界を越すための何か秘策があるのかな。
王都の大聖堂にいけば、結界について詳しく調べることができるんだけどね。
今度、ニーナに頼んでみよう。
とにかく、調べないといけないことができた。
雲隠れした魔女王とミュルテ聖光国、そして聖魔結界について。
結界については、魔物である私が王都に侵入するためにも、必要な知識でもあるんだよね。だからいまのうちに対策を考えないと。
そして一番気がかりなのが、私の祖国であるガルデーニア王国。
あのグランツ帝国が、実は内側から魔女に乗っ取られそうになっているのだ。
であるならば、ガルデーニア王国も似たような状況になっていなくてもおかしくはない。
魔族たちは、長い年月をかけて着々と人間の国を滅ぼしている。
そのために、内部から調略しようとしているのであれば、かなり危険なことだ。
事実、私は仲間に裏切られて殺されている。
これが敵の調略であったのであれば、妙に納得してしまう。
──そう考えると、のんびり暮らしている場合じゃないのかも。
これまで私が死んだ理由は、三角関係からくる痴情のもつれが原因だと思っていた。
クソ後輩であるゼルマが、恋敵である私を亡き者にしようと、勇者と結託して起こしたのが理由だと、てっきりそう考えていたからね。
だけど、これに裏の事情があったら、どうなるだろう?
もしも魔族がガルデーニア王国へ侵攻するために、手始めに聖女イリスを亡き者にしようとしていたとしたら……。
──こうしちゃいられないよ!
いくらこの森で静かに暮らしていても、故郷であるガルデーニア王国が滅んでしまっては心が落ち着かない。
塔の街にだって危害が及ぶだろうし、森も安全ではなくなるかも。
思い過ごしかもしれないけど、もしかしたらいまにも祖国は、内部から崩壊させられようとしているかもしれないのだ。
そうなれば、イリスとしての家族も、大聖堂の聖女見習いの後輩や先輩たち、そして王国の住民すべてが、命を落とすかもしれない。
ふと、廃村となった魔女っこの村を思い出す。
ルーフェの故郷は、炎によって滅んだ。
もしもあの光景が、ガルデーニア王国全土に広がるようなことがあれば…………。
前世の小紫菖蒲としての故郷である日本には、二度と戻れないと思う。
帰れたとしても、アルラウネのまま転移したら大問題だ。
そしてこの世界の私であるイリスの故郷は、ガルデーニア王国だ。
こっちの故郷は、行こうと思えばまだ行くことができる。
モンスターとしてだけど、王都にだって、公爵領にだって、行こうと思えば行けるんだ!
故郷が滅びるのを、ただ目の前で眺めていることはできない。
それに、森で静かに植物ライフを送るためには、解決しなければならないことがあるみたいだしね。
だから、私は自分の故郷を守るために、傍観者であることをやめる決意をします。
すべては、いまの故郷である、この森を守るために。
次回、集結する移住者たちです。