日誌 魔女っこ、はじめての里帰り
魔女っこ視点です。
わたしの名前はルーフェ。
アルラウネを育て始めて、それなりの時間が経ちました。
当初のわたしの想像以上に、アルラウネは立派に成長した。
なんか、魔王軍の四天王や魔女王を倒すくらい強くなった。
最初から強いとは思っていたけど、本当にすごいお花だったみたい。
アルラウネの強さに、最初に気が付いたのはわたし。
だから、みんながアルラウネの強さを認めてくれて嬉しい。
成長したのは、なにも強さだけじゃない。
頭のほうも、まるで人間のように成長している。
野菜を領主に売ったり、聖髪料を発明したり、他にもいろいろなことを考えつくようになった。
森の中でひとり泣いていたあの赤ちゃんの頃と比べると、大人になったね。
もしかしたらわたしの教育が良いからかも。
お姉さんとして、わたしはずっと妹の教育をしてきたつもり。だから姉として鼻が高い。
そんなアルラウネが冒険者に興味を持ったみたいで、なぜか街の冒険者たちと一緒にパーティーを組むことになった。
アルラウネは生まれてまだ2年くらい。
そのせいもあって、いろんなことに興味を持つお年頃です。
お姉さんとして、妹のわがままには付き合わないといけないよね。
なので、アルラウネの保護者としてわたしも一緒に冒険者たちと行動を共にすることにしました。
世話のかかる妹を持つと大変。
わたし、良いお姉さんだよね。
久しぶりにバケツに入ったアルラウネを持って、わたしは人間たちと行動する。
冒険者たちは、ドリュアデスの森をずっと進んでいった。
このまま進むと、わたしが住んでいたあの村に着いてしまう。
それは、なんだか嫌。
だけど危惧していた通り、恐れていたことが起きた。
──どうしよう、あの村に着いちゃった!
わたしが暮らしていた村は、炎のドラゴンによって壊滅し、廃墟になっていた。
あの時の村人は誰もいなくなっているはずだけど、それでもできれば来たくはなかった。
村長に杖で叩かれた頭の痛みや、石を食べさせられたときの砂利の舌触り、磔にされて火刑にされる瞬間の村人たちのあの視線を思い出すから……。
村に着いてから、なんだか気持ちが落ち着かない。
アルラウネも「大丈夫?」と心配してくれるけど、我慢できなかった。
「ここには、いたくない……」
わたしがそう言うと、アルラウネは村の外へと蔓を指しながら村から離れようと提案してくれる。
アルラウネはやっぱり優しい子。
わたしに気を使ってくれているのがわかって、なんだか嬉しい。
村の近くで、エルフの女と、人間の少年と出会った。
エルフは別にいいんだけど、問題なのが男の子のほうだった。
「あのお姉さんが小さくなってるなんて面白いな! ちょっと貸してよ!」
男の子が、アルラウネが入ったバケツへと手を伸ばす。
いきなりなんなの、こいつ。
わたしからアルラウネを奪い取らないで!
男の子の手をはたいて、わたしは彼をにらみつける。
「あなた、いきなり現れてアルラウネのなんなの?」
「なんだこのガキ。というかお前、なんで髪が白いんだ?」
うん、わかった。
この男の子とわたしは、あいいれない関係みたい。
アルラウネによると、この男の子はアルミンというらしい。
それで思い出したんだけど、たしかこの少年は、前にアルラウネと一緒にいた男の子だ。
アルラウネに蜜を与えられて、村に戻ってからずっと蜜のことを呟いていたのを覚えている。
つまりアルミンは、わたしよりも先にアルラウネと知り合っていたことになる……。
やっぱりこの男の子は気に食わない。
アルラウネに懐いているみたいだし、きっとわたしからアルラウネを取り返そうとしているんだ。
口喧嘩をするわたしとアルミンを、アルラウネとエルフの女がそれぞれ間に入って仲裁する。
決めた。わたしは絶対にこの男の子には負けない。
なにがあっても、あの男の子からアルラウネを守ってみせる!
そしてそれとは別に、アルラウネについては気になることができた。
エルフの家に、お墓があった。
このお墓に書かれている名前に、わたしは聞き覚えがあったの。それも何度も。
「聖女イリスって、いったい誰なの?」
わたしの問いに、エルフは答えてはくれなかった。
イリス──それは、アルラウネに似ているという、聖女の名前。
実は、街の領主の館で、聖女イリスの肖像画を見せてもらったことがある。
たしかに、アルラウネによく似ている人だった。
でも、聖女イリスの髪の色はアルラウネと違って金髪だし、下半身は植物じゃなくてちゃんとした人間のもの。
つまり、似ているけど別人。当たり前だよね。
それでも、聖女イリスとアルラウネの顔は、本当によく似ているらしく、いろんな人が噂をしていた。
そのせいもあって、わたしは聖女イリスという人のことが気になるようになっていた。
すでに死んでいるらしいけど、その聖女はかなり有名だったみたい。
そういえば小さい頃に、お父さんとお母さんが聖女イリスの話をしていたことがあった気がする。
村の女の子も、みんな聖女イリスに憧れていた。
わたしも、その一人だったかも。
結局、聖女イリスについては、なにもわからないまま。
わかったことは、聖女イリスがエルフの元仲間で、そしてこの森で死んだということだけ。
もうこの世にいないのであれば、アルラウネとは関係ないはず。
アルラウネも聖女イリスのことは知らないみたいだし、きっと顔が似ているのは偶然だよね。
それに聖女イリスって人よりも、わたしはアルラウネのほうが大事。
大切な妹だから。
わたしは両親の墓に、アルラウネを連れて行きました。
妹ができたことを報告するために。
わたしはもう一人じゃないんだよ、それを両親に言いたかった。
だけどお参りの最中に乱入者が現れて、いろいろと大変だった。
その騒動の最中に、アルミンとは和解した。
クマのモンスターを倒す際に共闘したんだけど、あいつも意外にやるやつだったみたい。
それにアルラウネをわたしから奪うつもりもないと言っていた。
アルミンも、アルラウネのことが好きなんだって。わたしと同じ。
でも、わたし以外にもアルラウネのことを好きな人がいるのは、ちょっと嫌。
まあ、アルミンは蜜が大好物みたいで、アルラウネに餌付けされてしまったのが原因みたい。
アルラウネの蜜が目当てなら、街にいる人間たちや聖女のニーナさんと同じ。
それならまあ、いっか。
帝国の魔女とも遭遇した。
マライというその魔女は、前に魔女の里で聞いたことがある名前だった。
きっとこいつも、あの魔女王の仲間。
わたしの人生を変えた存在の一人。許せない……!
だけど、そんな帝国の魔女を、アルラウネは撃退してくれた。
魔女の右目から出てきた悪魔も、簡単に倒しちゃった。
やっぱりアルラウネはすごい。
こんなに立派なお花は、世界中のどこにだっていないはず。
乱入者を全員追い払ったアルラウネは、鉢植えの子供の姿から大人の姿へと戻っている。
見た目はわたしよりもお姉さんだけど、中身はまだ子供。
だから、わたしがお姉さんとして引っ張ってあげないといけない。
それに、自慢の妹であるアルラウネは、わたしのことを『家族』だと呼んでくれた。
その言葉のおかげで、再認識する。
「わたしにはもう、家族がいるんだ」
妹というのは、同時に家族でもある。
つまり、わたしとアルラウネは、家族。
わたしにまた、家族ができたんだ。
帝国の魔女を撃退した翌日。
わたしとアルラウネは、再びお墓参りにやって来た。
お父さんとお母さんのお墓に、わたしは語りかける。
「わたしね、家族ができたんだ」
アルラウネの蔓を握りながら、両親に報告する。
「だから、もう心配しないで。わたしはもう、一人じゃないから」
アルラウネはどんな時も、わたしと一緒にいてくれる。
わたしよりも年下のくせに、いつもわたしを守ってくれた。
それだけじゃない。わたしの正体が魔女でも、迫害しない仲間もできた。
妖精や枯れ木のモンスターだけでなく、いまでは街の人たちもわたしのことを受け入れてくれている。
魔女でも、わたしを歓迎してくれている。
あの村人たちのように、悪い人間だけじゃないんだって、わかったの。
だから、もう心配はいらないよ。
わたしはお父さんとお母さんに守られていた頃の、何もできないわたしじゃないから。
両親への報告を終えると、アルラウネがわたしに声をかけてきた。
「ねえ、ルーフェは、私のこと、好き?」
アルラウネはなにを言っているんだろう。
そんなの答えは決まってるのに。
「好きだよ」
わたしがそう言うと、アルラウネは恥ずかしそうに顔をそむける。
本人は隠しているつもりかもしれないけど、照れてる表情もかわいい。
「じゃあ、まだ、聖女イリスに、ついて、知りたいと、思ってる?」
「……ううん、それはもういい」
なんでそんな質問をしてきたのかはわからない。
だけど、想像くらいはできる。
たぶんアルラウネは、自分の顔が聖女イリスに似ているということが気になっているんだ、
同時に、わたしもそのことが気になっていることを、理解している。
もしかしたら、アルミンにアルラウネが奪われるとわたしが勘違いしたように、アルラウネもわたしが聖女イリスのところに行こうとしていると勘違いしているのかも。
わたしがアルラウネを置いて、聖女イリスについて調べるために森を離れると思わせちゃったのかもしれない。
子供の頃、魔女となったわたしを置いて、両親がどこかへ去っていく妄想を何度もしたことがある。
だから、アルラウネの気持ちは痛いほどよくわかる。
でもね、そんな聖女のことなんて、正直どうでもいい。
だから安心して。
「わたしにとって、アルラウネは一番大切な家族。だからね、そんな見たこともない聖女のことなんて、どうでもいい」
それとも本当は、アルラウネは勘違いなんてしていないのかな。
実は、アルラウネと聖女イリスにはなにか関係があったりして。
アルラウネになにか秘密があることは知ってる。
だってこんなに凄いお花、どこにもないから。
さすがのわたしだって、アルラウネが普通ではないことくらいはわかる。
それに、聖女のニーナさんたちと、なにやらこっそり連絡を取っていることも知っている。
でも、詳しく聞くつもりなんてない。
アルラウネは子供だし抜けているところはあるけど、そこまでバカじゃない。
だから、アルラウネなりに、なにか考えがあるんだと思う。
それにアルラウネは、わたしの家族だ。
わたしが両親に、自分が魔女になったことを打ち明けたあの日のように、アルラウネもきっといつか話してくれるはず。
だからそれまでは、わたしはなにも考えない。
村を出る前に、わたしとアルラウネは、一緒に墓にお花を供える。
わたしの両親の墓、そしてさっきアルラウネと作ったばかりの村人たちの墓に。
「わたしはもう、大丈夫だから!」
最後に、両親に挨拶をした。
もうわたしはひとりぼっちじゃない。
だから、心配しないで。
お父さんとお母さんの娘は、元気にしているから。
そう両親に笑顔を見せながら、わたしはアルラウネの蔓をぎゅっと握りしめた。
というわけで、魔女っこことルーフェ視点となりました。
次回、私の故郷です。