238 皇太子妃マライ・グランツヴァイスハイトの黄金鎧
「すべて、話して、もらいま、しょうか」
私の言葉に対して、黙秘を続けるマライ皇太子妃と悪魔ネビロスさん。
もちろん二人とも捕まえたままです。
ネナシカズラで拘束中の皇太子妃と、ツノゴマで拘束中の悪魔は、下を向いたまま口を開きませんでした。
それにしても、マライ皇太子妃の右目から悪魔が出てきた時はどうなるかと思ったけど、なんとか倒せてしまったね。
闇魔法の霊体の手は、相手の心臓を握りつぶすことのできる強力な魔法だった。
だけど動きが遅すぎるうえに、聖女の光魔法が弱点だったので、すぐに無効化できたのだ。
しかも私、心臓ないからね。
植物だから、心臓潰しは効かないのです。
「捕まえた、ままだと、あの魔法の手は、出せないん、ですね」
なかなか口を割ってくれないので、他の話題を振ってみることにします。
どうやら悪魔の腕を拘束すれば、魔法の手も出すことはできないみたい。
念のため、光魔法を帯びさせた蔓でグルグル巻きにしているから、万が一あの魔法を使われても大丈夫なはず。
そんな絶賛黙秘を続ける悪魔ネビロスさんに、魔女っこが近づいて行きます。
手には、なぜか木の棒を持っていました。
「アルラウネにセクハラしちゃダメ!」
──パコンッ!
ええっ!?
魔女っこが、木の棒で悪魔を叩いたんだけどー!
いきなり何してんのさ、魔女っこー!?
悪魔に近付いたら、危ないって!
というか、悪魔が私の体に霊体の手を伸ばしたこと、なんで魔女っこが知ってるの?
あれ、他の人には見えないんじゃなかったの?
「まさかこの白髪の子供は魔女? だからわたくしの“栄光の手”が見えたのか?」
どうやら聖女以外にも、魔女にも視認できる魔法の手だったみたいです。
見えさえすれば、遅すぎるあの手を避けるのは簡単なはず。ちょっとだけど安心はしたかも。
「“栄光の手”は人間の聖女、魔女、そして魔族には視認できてしまうのだ。だから聖女と同じで魔女も苦手…………こうなった以上、降参するしかない」
無敵に思えた悪魔の手は、どうやら制限付きの力だったみたい。
しかも見えなくとも察知する方法があったようで、「私には見えなかったけど、認識はできたわよ」とエルフのメルクがそんなことを言いました。
視認はできずとも、エルフの白魔法で精霊の力を借りることで、霊体の手を察知することができたみたい。
つまり人間特化の魔法だったってわけだね。
もう逃げられないと悟ったのか、悪魔さんがガクリと項垂れながら懇願してきます。
「さあ、わたくしの能力はすべて明かした。もう戦う意思はない。だから、食べるのだけは止めてくれ……」
私の下半身を見ながら怯えているみたい。
そんな怖がることはないのにね。私はただの綺麗なお花なのに。
失礼しちゃいます。
「このまま武功を積めば将軍だけではなくいずれは四天王にだって夢じゃないと思っていたのに、まさかアルラウネの胃袋に溶かされることになるなんて」と嘆く悪魔ネビロスさん。
「食べられたく、なければ、すべてを、話して、ください」
私の言葉に反応した悪魔ネビロスさんが、顔を上げました。
何を企んでいるのか、話してくれそうだね。
私も魔女っこも、そしてメルクすらも、悪魔が次になんと喋るのかを待っていました。
でも、みんなの意識が悪魔に向いていたからでしょう。
もう一人の捕虜が、動き出していたのに誰も気づきませんでした。
「みなさんは悪魔が気になるようですね。もう私に用はないようなので、先に帰らせていただきます」
気がついた時には、拘束していたはずのマライ皇太子妃が空に浮いていました。
──ネナシカズラが溶かされている!?
どういうわけか、彼女の身を縛っていたネナシカズラの一部が消えていた。
マライ皇太子妃の体を貫いていた部分だけ、溶けたように無くなっている。
いったいどうやって……!
「アルラウネもうっかりしましたね。皇太子妃である私が敵地に侵入しているのです。奥の手はなにも悪魔だけではありません」
魔女の浮遊魔法で逃げる気だ。
でも、逃がさないよ!
地中から巨大なハエトリソウを生やします。
自由に空を飛ぶ魔女だとしても、私のハエトリソウからは逃げられないんだから。
しかしハエトリソウがマライ皇太子妃の体を捉える瞬間、彼女が驚くべき行動に出ました。
「うっかりです。つい右目を落としてしまいました」
信じられないことに、マライ皇太子妃が自分の右目に指を突き刺しました。
指でぐりぐりと右目を取り出した皇太子妃は、迷うことなく自らの目をぽいっとハエトリソウに向かって投げ捨てます。
捨てられた目はすぐさま膨れ上がり、どういうわけか肉塊へと変化しました。
その肉塊が、ハエトリソウの攻撃の身代わりになったのです。
私の追撃をかわしたマライ皇太子妃は、そのまま遠くへと飛んでいきます。
しまった、逃げられたよ。
そう嘆いているのは、私だけではなく悪魔さんも同じでした。
「おい帝国の女! 悪魔であるこのわたくしを置いて逃げるとはどういうことだ!」
「おっと、これは失礼、悪魔のことを忘れていました。どうやら私はうっかり者のようですね。だから許してください」
「あの女、悪魔のようなやつだな!」と、泣きわめく悪魔さん。
ちょっと可哀そう。
悪魔を置いていったことに関しては絶対にうっかりしてない皇太子妃は、そのまま空の彼方へと消えていきます。
さすがの私も、遠くまで飛んで行った敵には攻撃できない。
だって私は植物。
地上戦は得意だし、自分の周囲の空くらいなら支配力はあるけど、遠くの空となるとなにもできないの。
そう私が諦めたところで、弓矢を構えながらメルクが前へと出ます。
「ここは私の番ね」
どうやらメルクが何とかしてくれるみたい。
何年ぶりだろう。
メルクの弓術を目にするのは。
メルクが弓を構える。
勇者パーティーで最も遠くの敵に攻撃を与えることができたのは、エルフのメルクーレェです。
彼女から逃げられる魔族はいなかった。
「この地に御座す精霊の御霊よ、悪しき魔の者を祓う力をお貸しください」
メルクのそう告げた瞬間、私の体に変化が起きます。
なんだか体から力が抜けていく……まるで生命力を吸い取られているみたい。
「すごいわ……こんなに力を集められたのは久しぶりよ」
メルクの弓に、白色のオーラのような魔力が集まっていました。
その白色の魔力はどこから出ているのか。
驚くことに、なんと私からでした……!
私の体から白色の球体のオーブがふわりと抜けて浮かび上がっていたの。
その白色のオーブが、メルクの矢に集まっていく。
それに、私だけじゃない。
この周辺の植物、すべてから生命力が集約されていました。
メルクが矢を放ちます。
あれはメルク必殺の白魔法、“白矢”。
エルフの白魔法は、精霊や古木などの自然から力を借りる魔法だとメルクから聞いたことがある。
つまりさっきの白色のオーブみたいなのは、私から出た精霊の力。
まさか私がメルクの魔法の補助をすることになるとは思ってもいなかった。
いまの私は植物なだけじゃなく、精霊のようなものみたいだから仕方ないけど。
白色の矢がほうき星のように空を駆けていく。
まるで流星のよう。
直撃すれば、ただの人間であれば跡形もないほどの威力です。
でも、相手は空を自由に飛ぶことができる魔女。
皇太子妃が体をわずかに捻って、メルクの矢を避けようとします。
「可愛い抵抗ね、でも無駄よ」と、メルクがにやりと笑みを浮かべました。
皇太子妃が避けた矢から、白色の無数の手が生えます。
それらの白い手が、皇太子妃の体へと伸びていきました。
「これだけ強力な精霊の力を借りられたのだもの。そう簡単に私の矢からは逃げられないわよ」
巨大な白い手が皇太子妃を包み込む。
そして白色の光を散らしながら爆発しました。
皇太子妃の鎧が崩れながら地面へと落ちていく。
同時に、彼女の体が意識を失ったように落下しました。
いとも簡単に鎧を破壊する威力、そして敵を逃がさない二段構えのあの白い手。
やっぱりメルクは強い。
こんな攻撃を遠距離からばんばん撃ちまくられた日には、私だって対処するのは難しいかもしれません。
でも、おかげで皇太子妃を倒すことができた。
さすがは私の親友だよ!
そう思ったのも束の間、メルクが声を震わせながら呟きます。
「なによ、あの鎧……!?」
地面へと落ちて行った皇太子妃の黄金の鎧が、いつの間にかドロリとした液体に変化していました。
金色の液体が、皇太子妃の体を包み込みます。
そして謎の金色の液体は、さらに形を変化させる。
鳥のような形状になったその液体は、皇太子妃を包んだまま羽ばたきました。
「なんなのあれは……」と、メルクの困惑した声が聞こえました。
だけど、私はあの謎の液体の正体がなんなのか、知っていました。
──あれは、スライムだ。
黄金色に輝く液状のスライムが、皇太子妃を保護しながら空へと飛んでいきます。
同時に、私のネナシカズラを秘密裏に溶かしたのは、あのスライムだったことを理解してしまいました。
メルクはあんなの見たことがないと声を漏らしています。
そうだね、私もあれを初めて見たときは驚いた。
あれは金虎皇子が魔法で創ったゴールデンスライム。
帝国最強の男が、実はスライム使いだということを知っている人は、そうはいない。
あの男のスライムは何でもありの反則スライム。
だから皇太子妃を逃がすために、鎧に化けていたスライムが鳥の形に変化して飛んでいくことには驚きはありません。
おそらく皇太子妃マライが装備していたあの鎧は、金虎皇子のスライムが擬態していたんだ。
ということはマライの夫は、やっぱり金虎皇子で間違いなさそう。
でも、これではっきりした。
帝国の皇太子は、マライが魔女だということを知っている。
皇太子妃の右目に悪魔を宿したのも、きっと彼だ。
「なんだかわからないけど、逃がさないわよ」
メルクが次の矢を放ちます。
さっきと同じ、白魔法の特別性の矢です。
吸い込まれるようにスライムへと飛翔する白色のほうき星。
けれども矢が直撃した瞬間、ゴールデンスライムが矢を飲み込みました。
「信じられないわ……」
メルクの白魔法が、黄金色のスライムに吸収されます。
そして、反射するようにスライムから白色の矢が放たれました。
あのスライム、メルクの矢を跳ね返したんだ!
このままあの白い矢がここに飛んで来れば、この場は隕石が落ちて来たような巨大なクレーターができあがるはず。
私はそれでもなんとか再生できるけど、他のみんなはそうはいかない。
慌ててメルクが次の矢を放って迎撃しようとします。
でも、それじゃ間に合わない。
──大森林の支配権!
私たちの前面に、急いで樹海を誕生させます。
樹海の盾が矢に直撃する瞬間、私は精霊の力を全開させる。
「その白色の、魔力は、元はといえば、私のもの、なんですからね!」
あの矢には、メルクの白魔法によって私の力が込められている。
つまりあの矢の強さの秘密は、元はと言えば私の精霊の力なのだ。
だから返してもらいますよ!
──生命力吸収!
これはドライアド様が私に使ってきた精霊魔法。
相手の精霊力や魔力を吸い取る技です。
精霊並みの力を得ているいまの私は、ドライアドの技でも簡単に扱うことができるのだ。
反射された白魔法の矢は私に力を吸われ、ただの普通の矢へと戻ります。
木の盾に矢が刺さって、それで終わり。
なんとか防げたよ。
「あなたは、その姿になっても凄いのね……」
私が攻撃を防いだことに驚愕するメルク。
なんだか女神を前にしたのではというように、目を輝かせている気がする。
「いまのあなたは、まるで精霊女王様みたい。あのドライアドの双子でも、ここまではできなかったでしょうね」
いやいや、そこまで褒めてもなにも出ませんよ。
それに、四天王の姉ドライアドはかなりの強者でした。
きっとこの攻撃くらいじゃ、あの精霊は死なないと思うよ。
残念ながら、皇太子妃には逃げられてしまった。
だけど、全員に逃げられたわけでもありません。
私は拘束したままになっている悪魔をこちらへ引っ張ってきます。
皇太子妃に置き去りにされ捨てられた悪魔は、涙目でこちらに顔を向けました。
この悪魔はいい感じに筋肉がついていて、張の良さそうな体をしている。
特に内包されている魔力がすごい。けっこうな栄養になるかも。
「ひぃ! このアルラウネ、やっぱりわたくしを……どうかお助けをー!」
う~ん、この悪魔どうしようかな~。
別に食べても、いいのかな……?
大きく成長したばかりでお腹もすいてるし、ちょっとくらいいいよね……。
「ま、まだ死にたくない! 故郷には娘だっているんだ、だから見逃してくれ!」
「それ、本当、ですか?」
その姿は、悪魔の将軍と呼ばれるにしては無惨なものでした。
威厳なんてもの、どこかへ捨てちゃったみたい。
それにしても、この悪魔の言っていることは本当なのかな。
命乞いをしようと嘘をついているようにも思えなくもない。
だけど、ここまで助命を嘆願されたら、ちょっとパクリとしづらいね。
そこまで私は悪魔ではないのです。
仕方ないから、栄養にするのはやめてあげようかな。
そう思っていると、森の調査に出ていたヤスミンたちが戻ってきました。
そういえばヤスミンも悪魔だったよね。
ということは、この悪魔と同じ種族ということ。
悪魔ネビロスさんについて、ヤスミンがなにか知っているかもしれないね。
私がそんなことを考えていると、帰還したばかりの私の仲間たちを目にした悪魔ネビロスさんが驚くべきことを口にします。
「そこにいるのは我が愛娘ヤスミン! た、助けてくれぇ!」
「うげぇ! もしかしてパパ!? な、なんでこんなところにいるのよ!」
──パパ!?
パパって、つまりパパって意味だよね……!?!?
ええっと、つまりこういうことなのかな。
この悪魔、ヤスミンのパパだったみたいー!!!!
次回、ごきげんよう悪魔パパさん、私は娘さんのお友達ですよです。