27 わたし今日からミノムシになります
森の主となってから早数週間。
私、暇です。
森の主になっても、特にはやることは増えませんでした。
森の敵なんてすぐにはやって来ないみたいだね。
本当ならパトロールとかしたいのだけど、出かけられないのが辛いところです。
だって私、植物だから。
植物が森の主ってちょっとおかしくないかな。今さらだけどさ。
四天王亡き今、森の生態系は大変革を迎えているはず。
この辺りは元々クマパパの縄張りだったみたいだけど、他の四天王たちの生息地域にはまた違うモンスターが幅を利かせているだろうね。
もしかしたら新生四天王とかできちゃっているかもしれないよ。
確かめに行く方法がないのが悲しいところだね。
まあ、森で変事があれば、動物の誰かが知らせてくれるでしょう。
その後どうすればいいかはわからないけど。
貢物ももう来なくなった。
これ以上配下が増えるのもあまり嬉しくないし、それはそれで良いかもね。
あら、ごきげんよう。
私の女騎士であるハチさんが来てくれました。
ハチさんとの関係は森の主になる前と変わっていない。
蜜を渡す代わりに、食料を運んでくれるのだ。
以前と違って腕試しでやってくるモンスターが皆無になったからね。
そのせいで栄養不足なの。
だからハチさんには感謝しているよ。
女騎士の力がなくとも強くなったからね。
今度は私がハチさんたちを守るのだ。
お姉さまにもよろしくね。ごきげんよう。
変わらないといえば、前に私が気になっていた枯れ木もそのままだ。
まだ私の視界の森の中にある。
でもね、ちょっと気になることがあるの。
あの枯れ木、あんな形だったかなあ。
場所は同じなんだけど、少しだけ角度が変わっているような。
もしかして、枯れているけどまだ枝が成長していたりして。謎だ。
やはり森の七不思議のひとつに認定だね。
おっと、枯れ木の側に設置していた罠に獲物がかかったみたいだね。
私の蜜をね、辺りの木につけてみたの。
それで蜜で野生のクマを誘き寄せて、蔓で捕まえてパクリ。
近くの木に毒リンゴを置いていて、それを食べて地面へと落ちたサルをパクリ。
そうやって私は飢えをしのいでいた。
だけどね、なんだか最近おかしいの。
動物たちの姿が見えなくなってきた。
私が食べ過ぎたのかと心配になるくらい、現れない。
蜜をふんだんに用意しても、野生のクマの一頭も姿を見せなくなった。
それだけじゃないの。
ハチさんもね、様子がおかしい。
いつもの何倍もの蜜を要求してくるようになったのだ。
こんなことは今までなかった。
おかげで最近は栄養も水分も十分ではなくなっている。
お水欲しい。
そう、お水だ。
雨もあまり降らなくなった。
日照りのように暑くはない。
むしろ冷えるようになったくらいなのだけど、あまり雨が降らなくなってきた気がする。どういうことなんだろう。
心なしか、根っこから供給される水も日に日に減っている。
雨が少ないというだけではない。
地中でも何かが変化しているのを感じる。
光合成から得られる栄養も前と比べると減少している気がする。もっと光合成をしていたいのは変わらないけど、前とは違って栄養的になんだか物足りない気分がするのだ。
やはりおかしい。
この森になにかが、起きている。
私ではどうしようもできない、大きななにかが動いている気配がする。
でも、それがいったい何なのかがわからない。
いったいこの先、どうなってしまうんだろう。
不安だね。
それから何日も過ぎたけど、やっぱり気候はそのまま。
むしろ徐々に酷くなっている。
それになんだか最近、寒いよね。
植物になっても、寒いとか暑いとかの感覚があるの。
植物とはいえモンスターだし、いろんな機能があるのは良いことだなんだけどさ。
私は見ての通り半裸です。
胸に蔓ブラを巻いただけの簡単な服装。そして下はなし。コートとか欲しいよね。
仕方ないので、蔓で自分をぐるぐる巻きにして、蔓布団を作ります。
気分はミノムシ。
ああ、これ、温まれるね。
決めました。
私、今日からミノムシになります。
本当は布団以外にも炬燵を用意して、暖を取りたかったんだけど。
植物だから火は苦手だけど、適度な熱なら歓迎するよ。
炬燵大好き。
炬燵はね、魔性の机なの。
女子高生時代に、よくお世話になったね。
一度入ったら二度と抜け出せなくなってしまう。
そのまま炬燵で寝たいと何度思ったことだろうか。そのたびにお母さんに怒られていたんだった。
また炬燵に入りたいな。
誰か私を炬燵に連れて行ってくれないかな。
植物だからって仲間外れにするのはよくないよね。
誰か、炬燵を。
炬燵に入らせてはくれませんか?
気分はマッチ売りの少女です。
そこの旦那様、あなたのご自宅の炬燵に私をご招待してはくださいませんでしょうか。
見ての通り、わたくしめは寂しい独り身のお花さんです。
私が旦那様のお家に赴けば、あなたの部屋をこの綺麗な花冠で彩り与えて、夕食後のデザートに甘い蜜を差し上げましょう。
きっといつもとは違った素晴らしい一夜になりましてよ。
え、ダメですって。そんな殺生な。
こんなにも私は炬燵を欲しているのに、それを断るなんて人のすることではないですよ。
なんですか、もしかして私が植物だから炬燵に入れてくれないということですか?
もし私が人間だったら家族のように温かく迎えてくれるのに。
植物な私は外で野ざらしで結構ですか。ならいいですよ、
他の人をあたります。
あぁ、炬燵。
誰か私を炬燵に迎えてくださいませ。
まあ 炬燵に花を入れてはいけませんなんて聞いたことはなかったけど、その代わり実行している人も見たことはなかったよね。
それでも、私は身も心も震えているの。
だって寒いから。
冬には炬燵がないと、生きていけないよ。
──うん?
冬、だって??
そうか、冬だよ!
わかっちゃった。
この森に何が起きているのか。
いや、この森だけじゃない。
この地方全体が変わりつつあったんだ。
気候がおかしい理由、それは冬が近づいているからなのだ。
なんで気がつかなかったんだ、私。
ここ一ヵ月くらい、やけにお腹がすくと思ったはずだ。
体が冬ごもりの準備をしていたんだ。
クマパパとクマママを丸飲みしても栄養過多にならなかったのはそのせい。
貢物をたくさん食べてしまったのもそのせい。
たしかに私が成長していることも原因の一つだっただろうけど、それだけじゃなかったんだ。
ハチさんが私から蜜をたくさん持って帰るのも冬ごもりのしたく。
動物が姿を見せないのも冬眠を始めたからだ。
野生の動物にとって、冬は過酷な季節となる。
でも、大変なのはなにも動物だけじゃない。
植物にとっても、冬は辛い時期だ。
冬は乾燥するせいで、地中から補給できる水分が減ってしまう。
でも、それだけじゃない。
霜や凍結によって枯れてしまう植物も多い。
なにせ、寒い外気に晒され続けなければならないのだから。
雪も降ってくるかもしれない。
大雪が降れば、小さな植物など雪の下に埋まってしまう。
そうなれば光合成だってできない。
ここの地方はどれだけ雪が降るのだろうか。
もしも豪雪地帯のようなたくさんの雪が降る場所だった場合、私も雪に隔離されてしまう。
そうなれば、もうどうしようもない。
私は枯れてしまうだろう。
いかに強力な猛毒を持っていても、雪には敵わないのだから。
この辺りの冬はどうなるんだっけ。
魔王退治の旅の途中だったから、来たのは初めて。
そもそも私は王都生まれ王都育ちだから、国内でも他の場所はあまり詳しくない。
旅のパーティーでも地理が得意な仲間がいたから、そのお方が行程などを決めていたからね。
たしか近くの山岳地帯は冬の間でも雪が溶けて積もらないとは聞いたことがある。
その恩恵を受けていれば、そこまで豪雪地帯ではないのかもしれないね。
それならたとえどんなに雪が降っても、私の球根が埋まるほどの雪も積もらないはずだ。
こればっかりは、実際に冬を体験しないとわからないけどね。
数年に一度の大雪だって、いつ訪れるかわからないし。
もしも、数十年に一度レベルの大雪がこの地を襲ったらどうなるのだろうか。
家もなく屋根もない半裸な私は風邪を引くとかそういうレベルではない被害を受けるはず。
下手したら私は来年の春を迎えられないかもしれない。
まあ、そんな大雪はめったに降らないし大丈夫だよね。なにせ数十年に一回しか降らないんだから。
とはいえ、例年の冬が厳しいのには変わりない。
せめて誰かと暖が取れれば良いんだけど、そんな仲間もいないのだ。
体も寂しければ、心も寂しい。
一人ぼっちの、恐るべき危険な冬の生活が始まろうとしていた。
そうして私は、植物モンスターであるアルラウネになってはじめての冬を迎えることになる。
本日も二回更新となります。
ここで皆様にお知らせです。
一日二回更新、思っていた以上に大変でした。
GWの間は頑張ろうと一日二回更新を続けていましたが、連休も終わり、そろそろ体が限界を迎えかけています。なので、次の月曜日からは通常の一日一回の毎日更新にしたいと思います。ですが筆が乗ったり余裕ができたときはこれまで通り二回更新する日もあるかもしれません。ご了承いただければと思います。
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一日二回更新はかなりきつかったので「ちょっと応援してあげるか」くらいのお気持ちでも作者は大喜びします!
次回、大賢者の大陸見聞録です。







