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226 皇姫フロイントリッヒェの密かなる野望

 短い秋も過ぎて行き、冬の足音が近づいてきました。


 街の郊外の畑では、農家の人によってすでに小麦の種が()き終わっています。

 来年の初夏には、一面が黄金色の麦畑に染まるはず。

 収穫時期が楽しみだね。



 そうやって冬が近づいて来たことで、人の出入りも活発になっていきました。

 そのせいか、最近の塔の街にはいろいろな人物がやって来る。


 それはおもに、私のシャンプーを巡った商人たちです。

 なかには、聖髪料の製造方法を入手しようと、無法者やスパイなんかも紛れ込んでしまっているみたい。

 街の騎士団や冒険者のみんなが治安維持を頑張っているみたいで、いまのところ大きな事件は起きていません。

 

 でもまさか、魔女っこのためにシャンプーを作ったことで、こんなことになるなんて思いもしなかった。

 私のシャンプーがこわいよ。

 まあそれでも毎日使っているんだけどね。

 使うと艶が凄いの。



 街にやって来る人が増えたこと以外に変わったことといえば、一つしかありません。

 帝国のお姫様が、塔の街に住み始めたのだ。



「それで、なんでこの三人で、お茶会する、ことになった、んですか?」


 ここは塔の街の、領主の館。

 そこの花壇の前で、領主のマンフレートさん、そして皇姫フロイントリッヒェ様、そして私の三人がなぜかお茶会をしています。


 いったいなにがどうなれば、このメンバーでお茶会をするはめになったのか。

 この流れは予想だにしなかったよ。



「わたくしがアルラウネ師匠とお話をしたかったのです。それに、わたくしはこの街に当分お世話になるつもりですから、マンフレート様とも親睦を深めたいと思ったのですわ」


 フロイントリッヒェ皇女は私のことをアルラウネ師匠と呼ぶことにしたみたい。

 生前はイリス師匠と呼ばれていたのが懐かしいけど、私の正体が聖女イリスであることは彼女には明かしていない。

 だからアルラウネ師匠と呼ばれるのは、正体がバレているんじゃないかとひやひやなのだ。


 ちなみに、マンフレートさんもさっきから引きつったような表情をしています。

 国王陛下から聖髪料のことで王都へと呼び出しを受けているだけでなく、皇女が勝手に街に住み着いてしまったのだ。

 気持ちはわからないでもないよ。


「フロイントリッヒェ様は、いつまで、この街に滞在、されるのですか?」


「決めておりません。そもそもわたくしはグランツ帝国とガルデーニア王国の平和のため、かけ橋になるつもりでこちらにやって来ました。人質だと考えれば、もう二度と祖国へ帰ることはないかもしれません」


 皇女様が覚悟の(こも)った言葉を発しました。

 お遊び感覚でこの街に滞在するつもりだと思っていたけど、それなりの事情があるみたい。



 でもその回答は、マンフレートさんにとっては頭の痛い問題だったようでした。

 げっそりとした表情のまま、フロイントリッヒェ皇女へと口を開きます。


「皇女殿下が街に滞在している間は、我が館にて歓迎いたします。それが国王陛下の命でもありますから……」


「ええ、お願いいたしますわ。そういえば、お隣の部屋に聖女イリスの肖像画が飾られているのをお見かけしましたが、マンフレート様もイリス師匠とお知り合いだったのですね」


「は、はい、そのとおりですッ! 聖女イリス様は私の憧れのお方。何度も王都へと足を運んで、あのお方の美しい姿を目に焼き付けたのです。ちなみにですが、その肖像画は、私が描いたものなのですよッ!」


「まあ、お上手です。生前のイリス師匠のお姿そのものですわ」


「そ、それほどでも……!」


 見るからに喜んでいるマンフレートさんに、フロイントリッヒェ皇女はにこりと笑みを向ける。


「実はわたくしも弟子になるくらい、イリス師匠に憧れていたのです。わたくしたち、似たもの同士ですね」


「フロイントリッヒェ様……!」


 さっきまで意気消沈していたマンフレートさんが、聖女イリス(わたし)の話題になったことで息を吹き返したように饒舌(じょうぜつ)になっていた。

 しかもちょっと前までは、フロイントリッヒェ皇女にいやいや付き合わされてお茶会していたと顔に出ていたのに、いまではすっかり意気投合している。


 これが私の話題でなければ、面白く鑑賞できていたのにね。

やっぱりむずがゆい!



 それから私がひとりで光合成に(はげ)んでいる間、二人はずっとおしゃべりをしていました。

 ねえ、もしかして私、いらなくない?

 

 マンフレートさんは自分の好きな話をフロイントリッヒェ皇女に振られて、ものすごくご機嫌。

 聖女イリスがどれだけ素晴らしいかを、自分が描いた絵画を見せながら語り続けている。


 対するフロイントリッヒェ皇女も、ニコニコと微笑んで質問を()り交ぜながら会話を円滑に進めていた。


 あれ?

 もしかしてこの二人、意外とお似合いなのかな。

 趣味も同じみたい。

 

 まあ、フロイントリッヒェ皇女がマンフレートさんを上手く(おだ)てて気分を良くさせているようにしか見えないけど……。

 しかも、マンフレートさんはそのことにまったく気がついていないみたいだし。



「おっと、もうこんな時間だ。それでは仕事があるので私はこれにて……お二人はごゆっくりしてください」


 私たちを置いて、マンフレートさんは席を立った。

 執務で忙しいというのに、こうやって皇女様のお茶会にも付き合わなければならないのは大変だ。

 もしもマンフレートさんが結婚していれば、代わりに領主夫人がフロイントリッヒェ皇女のお相手ができるんだけどね。



 婚約者が決まる前に前領主であるご両親が亡くなり、若くして領地を継ぐこととなったマンフレートさん。

 縁談の話もたくさん来てはいたんだろうけど、誰とも結婚していないとなると、あまり良いお話ではなかったのでしょう。

 後ろ盾がなくなった若い領主の領地を乗っ取ろうとする輩は、どこにでも湧いてくるのだ。



 ──さて。

 皇女様と二人っきりになっちゃったぞ。

 まだお茶会を続けるみたいだし、なにを話そうか。


 そういえばこの子はバロメッツさんを気に入っていると言っていたし、もしかして植物が好きなのかな?

 それとも、植物モンスター好き……?


「フロイントリッヒェ様は、バロメッツさんとは、いつからの、付き合い、なんですか?」


「わたくしが物心ついたころからですわ」


 子供の頃からバロメッツさんと触れ合っていたせいで、アルラウネ(わたし)を見てもまるで人間を相手するような普通の反応をしてくる。

 こういうのは魔女っこ以来だから、ちょっとこっちも困っちゃう。


「バロメッツちゃんと会えないのは寂しいですが、それを(おぎな)えるくらいこの街は良いところですね。辺境ですが広大で肥沃(ひよく)な領地に良き領民。領主の爵位も悪くない。森には精霊や妖精も住んでいて、ちょっと不思議な場所。魔王軍との最前線の場所なのも、悪くないです」


「……魔王軍が、攻めてくるかも、しれないのに、怖くはない、のですか?」


「怖いですが、いまのわたくしにとって、それは悪いことではありません」


 フリエ……大人になったね。

 あの小さなお姫様が、一国を(うれ)うような、為政者の目つきになっている。

 見た目も綺麗に成長していて、淑女として立派な立ち振る舞いです。

 きっとお相手にも苦労しないで、引く手あまたなのでしょう。


 でも、魔王軍との最前線の場所が悪くないというのは、どういうことなんだろう?

 いくら国を想う皇女とはいえ、わざわざ最前線に出てくる必要はないよね。

 しかもここはガルデーニア王国。

 彼女にとってここは自分の国ではなく、他所(よそ)の国なのに。

 

「この街は、いまのわたくしにとって理想に近い。そのことについては、ちょうど良かった……実は、アルラウネ師匠と二人きりで話したいことがあったのです」


 フロイントリッヒェ皇女が私に話したいこと?

 聖髪料がもっと欲しいって話かな。

 マンフレートさんを通して、皇女が手に入れられるよう優先的に販売していたはずなんだけど。


「人払いもできていますし、いましかありません。アルラウネ師匠に折り入ってお願いがあります……」


 フロイントリッヒェ皇女は大きく息を吸ってから、私の顔を凝視しました。

 彼女が真面目な雰囲気になったことを悟った私は、背筋を伸ばします。


 皇女様がわざわざ私に秘密のお願いをするのだ。

 おそらく、それほどの頼み事なのでしょう。

 帝国絡みのことだったら、ちょっと嫌だな。 

 

「あのう……ここだけの話なのですが、アルラウネ師匠は……」


 なんか、かなり言い辛そう。

 もしかして、呪われたという第三夫人関連の話?

 それなら重いムードになるのもわからないでもないね。


「そのう……師匠は、媚薬を作れますか?」


「……え?」


 いま、なんて言った?

 皇女様の口から、『媚薬』だなんて言葉が聞こえたように感じたけど、私の気のせいかな……。


「可能なら、惚れ薬でもいいのです。体から分泌(ぶんぴつ)できるのであれば、採取させてください」


 き、聞き間違いじゃなかったー!!


「ど、どういうこと、ですか!?!?」


「以前、宮殿で耳にしたのです。アルラウネを素材にすると、媚薬や惚れ薬が作れるのだと」


 それ、魔女王が似たようなことを言ってた気がするよー!


 ──うぅ。

 やっぱり、私って薬の素材になるような存在なのかな……?


 そういえば蜜を出せば聖蜜として販売され、シャンプーを作れば聖髪料だと大量生産させられる毎日。

 植物の私の体は、人間にとって、便利な素材でしかないのかもしれないね……。


「わたくし、いますぐ惚れ薬が欲しいのです。アルラウネ師匠なら、作り出せるのではないですか?」


 惚れ薬なんて作ったことないよー!

 作り方だって見当もつかない。

 というか私から惚れ薬が作れるとか、それが事実だとしても考えたくもないんだけど!


「……なぜ、惚れ薬が、欲しいの、ですか?」


 冷静を装いつつ、皇女様に尋ねてみます。

 これでも私は元公爵令嬢の聖女。

 内心は大慌てしながら焦っていても、外面は平静を装うことくらい簡単なことなのです。


「わたくしは、このまま国に帰るわけにはいきません。むしろ二度と帰らなくて済むように、この地に足場を作りたいのです」


「帝国に、帰りたくは、ないのですか?」


「帰りません。マンフレート様と結婚するまでは」


「んん?」


 いま、なんと?


「わたくし、マンフレート様の下へ嫁入りしたいのです。そのために、惚れ薬をわたくしにお譲りください!」



 なにそれ、どういうこと!?


 ──でも、とりあえずごめんなさい。



 私、惚れ薬は作れないんです!!!!

次回、それは惚れ薬でありませんです。

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― 新着の感想 ―
よかったねマンフレートさん。いい縁談が降ってきましたよw しかし、帝国の動きを見るに、この皇女、もしかしてとても賢い子ではありませんか。
[一言] さて、某別作品ではチョコレートが代用品になっていたけれどもさて?
[良い点] んー、アホの子過ぎる皇女様。 純真で無垢と言えば聞こえはいいが、そんなんで皇族が務まるのか…。 父親も、傾国の美女()に現をぬかしてるくらいだし、愛に生きる一族なのかなぁ。 [気になる点…
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