223 帝国兵の子守をするなんて聞いてません
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
魔女王の仲間だったスキンヘッドが、アフロになって帝国の将軍になっていたの。
男子三日会わざればなんとやらと言うけど、ここまで変貌している人は初めて見たよ。
「アルラウネのお嬢とはまた会いたいと思っていましたが、まさかこんなに早く再会できるとは思ってもいませんでしたねえ」
男の名前はディーゼルというらしい。
スキンヘッドからアフロになっていただけじゃなく、魔女王の仲間の傭兵が帝国の将校になっている。
なにこれ、どうなってるのー!
「あ、この髪型ですかい? いま流行りのシャンプーというのを塗ってみたら、こんなになってしまったんですよお」
「……そのシャンプーって、もしかして、聖髪料ですか?」
「よくご存じで。やはり瓶に描かれていたアルラウネだけのことはありますねえ」
それもバレてるー!
ち、違うんです。
自分で自分のことをアピールしようと思ったんじゃなくて、あれは勝手に描かれていたんです!
というか、いまはそんなことどうでもいいから。
とりあえずなにがどうなっているのか教えてほしいんだけど!
「なんで帝国に、いるんですか? 魔女王は、もういいの?」
「あっしは傭兵ですからねえ。金さえもらえれば、誰にだって尻尾を振りますよ」
嘘だ。
あれだけ魔女王を慕っていたように見えたこの男が、今さら袂を分かったとは思えない。
それに、ただの傭兵がいきなり帝国の将校になるのも無理。
なにか裏があるんだろうね。
「そんな怖い顔しないでくだせい。あっしらは、なにもむやみに侵略しに来たんじゃないんですよお。正当な理由があって、あるお方をお迎えに来ているだけですぜい」
「あるお方って、まさか……」
「そのお方は、数年前に帝国の宮殿から盗まれた、この大陸で唯一無二の存在。金羊毛のバロメッツ様のことです」
やっぱりバロメッツさんのことかー!
彼女ね、実は私のお友達なんですよ。
「バロメッツ様が誘拐されてから大陸中を探しましたが、情報は皆無。それが最近になって、やっと所在がわかったのです」
ディーゼルはアルラウネ印の聖髪料を指さしながら、愉快に笑います。
「塔の街からこの聖髪料を持ち帰った皇室御用達の商人がですねえ、一緒に金色の綿製品を持ち帰ったんですよ。どうやら塔の街では金色の綿を栽培しているらしいと」
ニヤリと口を歪めるディーゼルは、金色のハンカチを懐から取り出す。
それは、塔の街で作られたハンカチでした。
「皇帝はたいそうお怒りでしてね。こうしてバロメッツ様を救出するために、お迎えの兵を寄越したわけですよお」
バロメッツさんは帝国の宮殿で暮らしていたはず。
そこでテディおじさまに盗まれて、炎龍様の植物園に植えられることになったけど、そんな魔王軍の事情を帝国は知るすべはない。
私のせいで、塔の街にバロメッツさんがいると勘違いさせてしまった。
だから私がその誤解を解いてあげないといけないよね。
「塔の街には、バロメッツさんは、おりません」
「それはあっしらが、街を探し回ってから決めることですぜい。なにもしないで帰ると、皇帝に叱られてしまうもんで」
「帰っては、いただけない、ということで、よろしいですか?」
威嚇するように、蔓を大きく広げてみる。
ついでに下の球根も大きく口を開けちゃうよ!
「何もしないわけにはいきませんのでねえ……でも、このまま街を攻められたくなければ、アルラウネのお嬢があっしらを止めてみせてくだせい」
まるで私に兵を止めて欲しいというような言葉。
いったい何が目的なんだろう。
「私があなたたちと、戦うと、帝国に目を、つけられる、ことになるのでは、ないですか?」
「お嬢はモンスターでしょう? 隣国に住むモンスターに兵がやられたからといって、わざわざ討伐に来ることはないはずですぜい」
たしかにそんな話はあまり聞かないね。
国の重要人物に何かあったりしたら、また変わってくるんだろうけど。
「ただし、兵が死んだら話は違うかもしれませんが」
どうやら同じようなことを考えていたみたい。
もしかしてディーゼルさんは、私に帝国の兵を止めさせようとしているの?
そうにしか聞こえないよ。
いったいどんな意味があるのかまったくわからないけど、いまは話に乗ってあげましょう。
塔の街は、私の住処のご近所さん。
近所迷惑になるようなお客様は、事前に私が丁重にお帰りいただかないとね。
「さすがのアルラウネのお嬢でも、四千人の兵士と戦うことは無理ですかね。買いかぶりすぎましたかねえ」
「ご安心を」
私は帝国の兵士をくるりと囲むように、マンイーターの花畑を生み出します。
それだけでなく、兵士たちを一人一人大人しくさせるために全員を茨で捕まえてさしあげました。
「すでに、この一帯の草原は、私の体の一部に、なっております」
突如として大量に出現した花のモンスターに、帝国兵たちが声を上げながら臨戦態勢に移ります。
瞬時に斬りかる兵もいるけど、そんなことは無意味だよね。
だってそのマンイーターは、私の体の一部であり、無限に咲かせることができるんだから。
「あなたたちは、最初から、私の体の上に、いたのですよ」
いまの私は、精霊であるドライアドを上回る力を持っている。
巨大な森を一から創ることに比べれば、四千人分のお花を用意することは簡単なの。
「それでは、おやすみなさい、ませ」
私は催眠成分が含まれた花粉を、マンイーターの口から散布しました。
四千人に同時に襲い掛かる眠り粉。
しかも、催眠成分の含んだ茨の棘で抱擁するという二段構えです。
「とりあえずは、こんなもの、でしょう」
草原には、四千人の兵士たちが倒れていました。
みんな、すやすやと眠りに落ちているみたい。
「これで、満足、ですか?」
ディーゼルさんに声をかけます。
だけど、彼は目をつぶって夢の世界へと旅立っていました。
寝ちゃっていたみたい。
「やりすぎたか……」
帝国軍が攻めてきた。
けれどもそんな大事件は、思いのほかあっさりと終わってしまったのでした。
「なんで、わたしが、こんな、ことを!」
数十本の蔓を使って、眠っている帝国兵を綺麗に並べていきます。
うつ伏せに倒れてしまった兵士もいたから、可哀そうだから寝やすい格好に直してあげているの。
敵なんだしこんなことする必要ないんだけど、別に私は戦いに来たわけじゃないからね。
停戦してもらうためなら、帝国兵の子守りくらいやってやりますとも。
「あれ……あそこから、変な気配が、する……」
帝国兵の中心部に、貴族用の馬車が止まっていました。
戦争をしに行くにしては、豪華すぎて似合わないね。
帝国皇室の紋章が刻まれているし、周りに護衛の兵士がたくさん寝ているところを見ると、要人が乗っているのかも。
でも、その馬車の中から、なにやら不思議な感じがするの。
かなり小さいけど、少しだけ光魔法の気配がする。
「ちょっと、動かし、ますよー」
馬車を蔓で持ち上げて、目の前まで運びます。
──ガタガタ。
びっくりした。
中から物音がする!
ということは、中の人間は眠っていないんだ。
馬車内までは眠り粉が届かなかったってことかな。
「外にいるあなた……誰ですか。兵士ではありませんよね。馬車になにをしたのですか?」
女の人の声だ。
帝国皇室の紋章が描かれた馬車に乗る相手。
間違いなくただの女性ではないはず。
「私は兵士、ではありません。ですが、扉を、開けますよ。攻撃は、しませんからね」
ゆっくりと扉を開く。
すると、黄金のドレスに身を包んだ女の子と目が合った。
「……ぶ、無礼者! って、え……あなたは……なんでモンスターに!?」
馬車内にいた少女が、私の顔を見たら驚いたように硬直しました。
一瞬のことだったけど、たしかに私の顔を見てビックリしていた。
私の下半身であるお花部分を見て驚く前に、顔を見て反応していたの。
でも、その反応は私も同じだった。
──この子、知ってる。
名乗られなくとも、わかる。
なぜなら馬車に乗っているこのお嬢さんとは、初対面ではないから。
この人は、グランツ帝国のお姫様だ。
聖女イリス時代に帝国に訪問したとき、パーティーで顔を合わせたことあるの。
馬車の中から変な気配がするとは思っていたけど、そういうことだったんだ。
前と同じで、この人からは少しだけ光魔法の気配がする。
帝国では光魔法の使い手はなかなか生まれない。
ガルデーニア王国で聖女見習いになるには少量だけど、それでも帝国では貴重な力なんだよね。
とはいえ実戦ではたいした力にはならないから、普通のお姫様として育てられた子だったはず。
「なんでモンスターが、その顔を……!」
お姫様が、震えながら私の顔を指さす。
どうやら私のことを忘れてはいなかったみたい。
それが嬉しくもあり、この状況では複雑でもあるんだけどね。
このお姫様は、聖女見習いになるほどの光魔法の力はなかった。
だというのに、自分の能力を向上しようと私にアドバイスを求めて来たの。
その時の縁があるから、知らない仲ではない。
だからこそ、ちょっと困る。
ニーナとヴォル兄以外の知り合いとは、まだ会いたくはなかった。
「似ています……わたくしの知り合いの顔に」
お姫様が私の顔に触れました。
私はモンスターだというのに、まったく怯える様子がない。
人間にこんなことをされるのは、魔女っこ以来。
魔女っこは魔女だから、ただの人間からは初めてです。
「見たところ、あなたは人間ではなく植物のモンスター……アルラウネのようですね」
「……そうです、が」
ペタペタと私の顔を触るお姫様。
他人との距離感の詰め方がバグっているこの感じ。
こういうところも昔から変わっていない。
「変です。モンスターなのに、わたくしはあなたの顔を知っています。死んだと聞いていましたが、生きていたのですか?」
不思議そうにきょとんと私に尋ねてきます。
初めて会った時に、「わたくしの師匠になってください」と頼み込んできたときと同じ、真っすぐで純粋な瞳。
「バロメッツちゃんに会いに来たのに、思いがけない人と会えましたわ」
私の顔を入念に触り終えたお姫様は、今度は私の下半身に触れました。
花びらと葉っぱの感触を確かめると、「本物の植物だわ!」となぜか喜んでいる。
好奇心旺盛なのは良いけど、少しは警戒して欲しい。
目の前にいるのは、帝国兵四千人を倒したばかりの植物モンスターなんだから。
「その植物の体には見覚えはありませんが、その綺麗なお顔を忘れるはずがありません。何年振りでしょう?」
五年ぶりくらいだね。
あの時は私より年下のお嬢ちゃんだったのに、いつの間にか年齢を追い越されてしまった。
立派になったんだね。
「ねえ、黙っていないでお返事をしてください。喋れるのはわかっていますよ」
心の中では返事をしているけど、私はいまだに彼女の言葉にきちんと返答をすることができませんでした。
だって突然すぎて、心の準備ができていないの。
ニーナとヴォル兄には正体を伝えたけど、他の人に打ち明けるつもりはまだなかったから……。
「はっきり答えてください。あなたは他人の空似なモンスター……それとも、イリス師匠ですか?」
次回、皇姫フロイントリッヒェとの邂逅です。