220 ドラゴンの夏休み
「これを見て、アルラウネ」
魔女っこが、液体の入ったガラスの小瓶を渡してくれます。
小瓶に貼られているラベルには、どういうわけか『アルラウネ印の聖髪料!』と文字が書かれていました。
そうなの。
実は、新商品のシャンプーの聖髪料が販売されてしまったのです!
整髪料ではなく、なぜか聖髪料と名付けられているのも気になるけど、その前に先に気になるところを尋ねてみましょう。
「アルラウネ、って書いて、あるけど、いいのこれ?」
「この街では、アルラウネは精霊だと思われているから、別にいいんだって。それにアルラウネが悪いモンスターじゃないとわかるように宣伝したいって領主が言ってた」
マンフレートさんがそれでいいなら、私は何も言わないけどね。
アルラウネである私が人間に受け入れられるように頑張ってくれているのは素直に嬉しい。
だけど、モンスターのイラストが描かれているシャンプーなんて、みんな使ってくれるのかな。
「それと、聖髪料の売り上げがかなり良くて驚いているって、領主が言ってた」
塔の街を通る行商人にも人気のようで、かなりの売り上げらしいからね。
聖蜜と合わせて購入する商人がほとんどらしいから、拡散力は見込めるとの見立てです。
「あとは、噂を聞きつけた帝国の大商人が大量に仕入れてくれたって、領主が言っていた」
「帝国の商人が? 隣の国まで、知名度が、上がっているんだ」
「街の人もみんなアルラウネにお礼言っていたよ。女の人が喋ってたけど、髪質が10代に若返って、光魔法を纏ったように髪が輝いていて毎日が楽しくなったって喜んでた。男の人は、無くなったはずの毛根が再生してフサフサになったから感謝してるってアルラウネの礼拝堂を拝んでた」
おかしいな。
髪が若返って光ったり、毛が伸びたりするなんて、そんなシャンプーは聞いたことがないけど……。
まあ、深くは考えないことにしましょう。
「それに、しても、帝国ね……」
塔の街は、立地的に帝国にも近い。
ここからドリュアデスの森を南下すれば、そちら側は帝国領土。
帝国は、魔女っこの生まれ故郷でもあるね。
こないだ魔女王が海から潮水を運んできたけど、それも帝国の方角からだった。
帝国については、一つ気になることがあります。
どうやらクソ後輩ことゼルマが、王都から南に向かってどこかへ移動しているらしいの。
魔女王とニーナの両方からの情報だから、たしかだと思う。
行き先まではわからなかったみたいだけど、王都から南下すると、その先には帝国がある。
まさかとは思うけど、ちょっと気になるよね。
情報はそれだけではありません。
魔女王からの情報によると、勇者がミュルテ聖光国に向かったらしいの。
ヴォル兄からの手紙にも同じことが書かれていたから、おそらく事実なんだろうね。
いったい何をしにミュルテ聖光国へと向かったんだろう。
だけど、夏に大移動をしていたのは、なにも勇者と聖女だけではなかったのです──。
魔女っこは新商品のシャンプーを私に渡すと、除塩作業へと向かいました。
ここ数ヶ月、みんな頑張って復興作業に勤しんでくれている。
あと数週間すれば、森も元の姿に戻りそうだね。
「それにしても、なんか今日、やけに熱くない?」
まるで日照りが起きた、あの夏のよう。
魔女っこの荒天魔法で雨を降らしてもらっていなければ、いま頃は干上がっていたかもしれないよ。
「特に頭上から、熱を感じる、ような……?」
空から熱気が漂ってくることに気がついた私は、ふと見上げてみました。
すると、一匹の巨大なドラゴンが、ちょうど私の下へと降りてきていたのです。
──ええっ!?
あれ、炎龍様じゃん!!!!
なんでここに来てるのぉおおお!?!?
「久しいな、アルラウネ」
私に語りかけてくるこのお方は、知り合いのお方であり、私の蜜のお得意さん。
グリューシュヴァンツ様こと、炎龍様です!
というか、こんな真っ昼間にドラゴンの姿で現れたら、大変なことになるんじゃないの?
「ご心配なく。わたくしの幻影魔法でお姿を隠しております」
私の心を読んだように説明してくれたのは、執事のテディおじさまでした。
炎龍様と一緒にいたんだね。
あいかわらずクマのぬいぐるみの見た目をしていてかわいい。
とりあえず、他の人には見えていないなら安心です。
私は聖女の光魔法の目を持っているから、テディおじさまの闇魔法を看破して視認してしまったんだろうね。
「アルラウネ、息災そうで何よりだ」
「炎龍様も、お元気そうで、何よりです。それで何用で、こちらに?」
「なに。ただの休暇だ」
炎龍様の体が縮んで、人型になりました。
森が傷つくから、人の姿になってくれたほうが助かるからありがたいね。
それにしても、相変わらずすごい。
灼熱の赤髪の炎龍様は、人型になるとさらに存在感を増しています。
あまりお目にかかることができないくらい整った顔を見たからというだけではない。
多分、巨大なドラゴンのすべての生命力が、人間サイズに圧縮されているからだ。
前に会った時には、ここまではっきりと炎龍様の実力を測ることはできなかった。
だけど、私が精霊に近い存在になったこともあり、昔と比べるとかなり実力を伸ばしている。
そのせいか、高すぎてわからなかった炎龍様の力の頂を垣間見ることができたのかも。
「通りかかったから寄ってみたのだ。アルラウネ、酒は飲めるか?」
炎龍様が、テディおじさまから瓶を受け取ります。
ワインを持ってきたみたい。
「お酒は、ちょっと、厳しい、かもです」
植物に酒は合わないと思うんだよね。
むしろアルコールのせいで枯れちゃいそう。
「そうか……だが、久しぶりに其方とゆっくり語らいたい。飲まなくても良いゆえ、悪いが付き合え」
炎龍様が魔法で炎の椅子を作り出します。
そのまま流れるように、優雅な所作で椅子に腰を下ろしました。
前から思っていたけど、炎龍様の動きは貴族と変わりない。
聖女時代には魔王軍の魔族は蛮族だと教わっていただけに、炎龍様を見ると少し困惑してしまう。
いまでは、魔族というのは私たちが思っていたような野蛮な存在ではないのかもしれないと思うようになりました。
「これは我の植物園のブドウから作ったワインでな、部下たちが我のためにと毎年趣向を凝らして励んでくれているのだ」
部下に慕われている炎龍様らしいね。
それにしても、炎龍様の植物園かー。
なんだか懐かしい。バロメッツさんは元気してるかな。
「アルラウネは酒が飲めないだろうと思ってな。代わりにこれを持ってきた」
「まさか、それって、肥料ですか?」
「特別製の肥料だ。我の植物園でも使っているのだが、魔力も補充できる珍しいものだ」
さすが炎龍様、わかってるねー!
うん、肥料おいしい。
これがあれば私の根っこ広げ計画もさらに進みそうだよ。
「気に入ってもらえて嬉しいが、其方には苦労をかけた。姉上がいろいろと迷惑をかけたようだな」
炎龍様の姉上というと、魔王軍宰相の氷龍のことだね。
冬に氷漬けにされたから、多分あの時のことを言っているのでしょう。
「寒かったですが、あれくらい、別に平気、でしたよ」
「さすがだな。あの姉上の策を看破するとは誰にでもできることではない。虎の子のゴーレムが奪われたと、愚痴を言っていたぞ」
フロストゴーレムで大寒波を起こして私の命を狙った罰です。
慰謝料としてゴーレムを頂戴するくらい、問題はないよね。
「キルケーもアルラウネに喧嘩を売ったと聞いた。盟約を破ったキルケーのことは、我が処罰しておこう」
炎龍様が魔女王を処罰してくれるんですか!?
そんなことありなの?
「アルラウネに手を出さないという取り決めを、キルケーは反故にした。間を取り持った身として、落とし前をつけてもらわねばな」
すっかり忘れてたけど、炎龍様って約束とかに厳しいお方だったね。
魔女王も怖い人を敵にしたんじゃないかな。
「炎龍様は、魔女王と、どういう関係、なんですか?」
「あいつとは古い知り合い……親戚のようなものだ」
ドラゴンと魔女が親戚?
なんだか想像つかない。
「姉上とキルケーがアルラウネにしたことは、我が対応しておこう。今日はそれを伝えにきたのだ」
炎龍様がここに来た目的は、このためだったんだ。
あの二人に代わって、私に謝罪しに来てくれたんだね。
別に炎龍様が謝ることじゃないのに……。
「姉上との一件があった以上、魔王軍の四天王に誘った話は忘れてくれて構わない。もちろん魔王軍が一方的に其方を攻撃することもないだろう」
「それで、炎龍様は、いいんですか?」
「構わない。それでも我は其方のことをずっと待っているのは変わりないがな」
前に炎龍様と密会したときに、仲間になるか、それとも敵になるかという選択を迫られていたけど、返答をしなくて済んだのは幸いだったかもしれません。
手下になる気はなかったけど、それだと炎龍様とのバトルが始まっていただろうからね。命拾いしたよ。
とはいえ、わざわざ謝りにきてもらったり、魔王軍の敵判定の解除をしてもらったりと、申し訳ないです。
私が炎龍様にできることといえば、一つしかないよね。
「あのう、私の蜜、いりますか?」
炎龍様にはお世話になっています。
ハーピーの定期蜜便も続いていることだし、たまには採れたての蜜を召し上がってほしいよね。
「実は、ここに来たのは、私の蜜を、食べる目的も、あったのでは?」
「それもあるが、これは毎年の習慣なのだ。我は夏になると、ドリュアデスの森でバカンスをしているからな」
バカンス?
あの炎龍様が??
「城で言わなかったか? 我は熊肉が好きだ。ゆえに夏になるとこの森でラオブベーア狩りをするのだよ」
ラオブベーアって、クマパパのことじゃん!
炎龍様、クマパパ食べるんだ。
私と同じですね……。
「知っているか? ラオブベーアには角が生えているだろう。本来であれば肉食動物で角がある生物は少ない。むしろ、草食の動物や魔族は角が生えている者がたくさんいる」
草食動物は、捕食者から身を守るために進化の過程で大きな角を得ることが多いです。
スイギュウやシカ、ヤギとかにも角が生えているよね。角を武器として使うこともあります。
だから、基本的に大きな角が生えているのは、草食動物が一般的でした。
なら、なぜあのラオブベーアに鋭利な角が生えているか?
「我がこの森でラオブベーア狩りを始めてもう700年になる。その間に、ラオブベーアは角を生やすようになったのだ」
森の主であるラオブベーアを、捕食する立場の生物が森に現れた。
つまり、クマパパたちが炎龍様に狩られているうちに、身を守るため進化して角を得たんだ!
ラオブベーアの生態の真実を知ってしまったよ。かなりビックリ。
それから熊肉の美味しさを語り合ったり、植物園のバロメッツさんの近況を尋ねたりしました。
たわいのない時間が続きます。
思えば、炎龍様とは気兼ねなく会話できる間柄になっていました。
だから、少し踏み込んだ質問をしてみることにします。
「北方に、行かれて、いましたよね。どういった情勢、だったんですか?」
「魔王軍の北部方面総司令官は、獣王マルティコラスだった。あやつがアルラウネに敗北したので、代わりに我が北部の兵たちを鎮圧しに行っていたのだ」
炎龍様の遠征は、まさかの私が原因だったみたい!
北部には荒くれものの兵がたくさんいたけど、どうやらそれを獣王マルティコラスさんが抑えていたみたい。
その獣王がいなくなったことで、北部の魔族が勝手に動き出しちゃったのが問題になったらしいの。
そのせいで北部の人間の国と魔王軍で、大規模な戦闘があったようです。
それを粛清しつつ、大人しくさせに炎龍様が出かけていたんだって。
「北部は停戦した。我と入れ替わりで事後処理のため姉上が一時的に北部の司令官になったが、これで静かになるだろう」
炎龍様の言葉に、私は引っ掛かりを覚えます。
まるで戦うことを望んでいないような言い方。
「前から、気になって、いたのですが……炎龍様は、争いを、好んでは、いないのでは、ないですか?」
「なぜそう思う?」
「だって、その力があれば、人間なんて、とっくの昔に、滅んでいますよ」
時代によっては、勇者が存在しない時期もあった。
その時を狙って炎龍様が大暴れすれば、大陸は灰燼に帰していたはず。
それなのに、炎龍様は人間の国を襲わなかった。
まったく滅ぼす気がないというように。
だというのに、私が今まで見て来た誰よりも炎龍様は強い。
まるで伝承にある魔王のよう……。
だから炎龍様の存在を知ってから、ずっと思っていたんだよね。
「あなたは、いったい、何者、なんですか?」
物語序盤から出ていたラオブベーアと炎龍様の裏話がやっと出せました。
ここまで長かった……!
それとですが、なんと今回の更新で文字数が100万文字を超えていました!
こんなにも長く物語を紡げたのも、ひとえに皆さまの応援のおかげです。
いつも一緒にお付き合いいだだき、ありがとうございます(。・ω・。)ゞ
次回、炎龍様と黒い炎です。







