219 姉妹で洗いっこ
「それじゃあイリス様。お元気で」
王都へと出発するニーナが、最後に私に挨拶に来てくれました。
お土産の聖蜜たくさん持たせて、私は蔓を大きく振りながら新米聖女を見送ります。
「ニーナも、元気でね。あまり無理を、しないで、気を楽にね」
「大丈夫です。あたしがイリスさまの分まで、聖女として立派にお勤めを果たしてみせますから!」
私はニーナとヴォル兄に、真実を話しました。
勇者とクソ後輩に呼び出され、そこで殺されたこと。
両手両足を斬り捨てられ、植物モンスターに食べさせられたことも。
体を溶かされながら、光回復魔法を使って抵抗していたら、いつの間にか植物モンスターと合体してアルラウネになっていた。
そうして生まれ変わったことも、すべて。
真実を知った二人は、最初は驚いていたけど、次第に勇者とクソ後輩の行動については納得してくれました。
それだけ、あの二人の言動は怪しい点があったということみたい。
だけど、イリスは死んでいたので、勇者たちの話を信じるしかなかったらしいです。
私が殺された流れについては納得してくれたみたいだけど、なんでアルラウネに転生しているかについては、そこまで驚かれませんでした。
アルラウネになった経緯については目の前に生き証人がいるので、深くは考えないことにしたみたいだね。
胸を張りながら「あたしに任せてください」というニーナは頼りになるけど、同時に心配でもあります。
私を殺すことに躊躇わなかった勇者とクソ後輩のことです。
きっとニーナの命を奪うことも迷わないでしょう。
だから、ほどほどに情報だけ教えてくれればいいの。
無理だけはしないで欲しい。
そうして私の協力者になった二人は、塔の街を去っていきました。
祭りも終わり、知人だけではなく敵も帰って行った。
それからは、平和な日々が続きました。
魔女王からは賠償品の石灰が届けられ、みんなで除塩作業を続けています。
これまでの騒動が嘘のように、私の周囲は静かになった。
気がつけば、季節はもう夏。
植物にとって、一番気持ちの良い季節になりました。
私は次の目標のために、やることを決めることにします。
私はいずれ、王都へ行く。
ガルデーニア王国の王都へ行って、勇者とクソ後輩に会う。
魔女王キルケーに言ったように、あの二人にも相応の罰を受けてもらうのだ!
そのためには、王都へ移動しなければならないんだよね。
歩けない私にとって一番楽で確実な方法は、やっぱり転移です。
鉢植えになって移動する手段もあるけど、この状態のままのほうが私は無敵だからね。
なので、王都まで根を伸ばすことにするよ。
この夏、私は自分の勢力圏を広げることに意識を集中させることにしました。
夏は植物が大きく成長する時期。
もちろん、植物モンスターである私もその恩恵を受けるの。
すでに私の根は、アルラウネの森から離れた隣町を通り越して、フライハイト大平原へと差し掛かっています。
植物が生い茂るこの夏の気候を利用して、無人の大地へ根を伸ばす。
そうすれば、私は根の先の場所へと転移できる。
いずれは王都にも。
だから私、頑張るよ!
「なんだか、平和、だなあ」
特に何の事件も起こることなく、根を伸ばし続けます。
私を狙う余所者がやって来ることがないというのは、こんなにも平和なことだったんだ。
アルラウネに転生してからずっと来客続きだったから、ここまで静かになるとは知らなかったね。
魔王軍も最近は大人しいです。
炎龍様が向かったという北部はかなり慌ただしいことが起きているらしいけど、この辺りは平和でしかない。
外からのお客様といえば、蜜の運送屋となっているハーピーのパルカさんくらい。
先日ちょうどパルカさんがやって来たので、私を魔王軍四天王にしようとしたことに一枚噛んでいたでしょうと問い詰めてみたの。
そうしたら、「此方は上司に命令されたから仕方なくやっただけ。アルラウネを裏切るつもりはないぞ」と、堂々としていました。
ここまではっきりと言われると、逆に許しちゃったよね。
パルカさんはどうしようもない変態だけど、聖女イリスと同じ顔をしている私のことが大好きなのは本当みたいだから、信用しても良いと判断しました。
魔王軍宰相が画策した、私を四天王にしようとした計画は失敗に終わったとか。
魔女王が敗北したことで、宰相の姉龍はお怒りだったらしいよ。
次の手を打つまで、当分は私にちょっかいをかけることはないだろうと、パルカさんは教えてくれました。
とりあえずだけど、安心したね。
平和って素敵。
そういえば、こういう生活をずっとしたいと思っていたんだよね。
やっと現実が理想に追いついてくれたよ。
ああ、日光気持ち良い。
眠たくてうとうとしていたら、魔女っこが空から降りてきたよ。
ねえ、魔女っこも一緒に日向ぼっこをしながら光合成でもしませんか。
「アルラウネ、なにをやってるの?」
「光合成。ルーフェも、一緒に、どう?」
「お昼寝ね。じゃあわたしも」
綿を改造して、ハンモックを作ってあげます。
金羊毛のバロメッツさんの、金の綿です。
そういえば植物園で別れてからもう一年になるね。元気しているかな。
「この綿、街の近くでたくさん生えているのを見た。商品としても売れているって街の人が言ってたよ」
金の綿はいまでは塔の街になくてはならないものになっています。
この綿を加工した綿製品は、いまや塔の街の名産品です。
おかげで、街の売り上げは上々のようでした。
それに、綿を育てているのはもう一つ理由があります。
実は、綿にも耐塩性があるの。
塩害で苦しむ場所で綿花栽培をすることで、除塩効果も期待できるとか。
そのことを街の人に教えるついでに、大量に栽培しているのだ。
「綿ってふわふわしていて手触りが良い」
魔女っこは綿製品のタオルを気に入ってくれたみたい。
バロメッツさんの綿製タオルは汗をかきやすい夏場の労働だけでなく、日常生活でも大活躍しているようでした。
人々の生活の役に立つものを作ると、魔女っこだけではなくみんなが喜んでくれる。
その笑顔を見るだけで、私まで嬉しくなっちゃうよ。
根を伸ばすだけで暇になったし、せっかくだから生活様式を向上させるお手伝いをしましょうか!
「バケツを用意して、その中に、水を汲んできて、くれる?」
「いいけど、なにするの?」
「ルーフェの髪を、もっと綺麗に、してあげる」
魔女っこが水汲みに行っている間に、私はとある植物を生成します。
妹分のアマゾネストレントがどこかから見つけてきてくれた、珍しい植物。
前世では使ったことがなかったから、試してみたかったんだよね。
「水汲んできたよー。それ、何の木?」
「これは、シャンプーの木、っていうんだよ」
正しくは、ウンカリーナという植物です。
別名をシャンプーの木といって、その名のとおりシャンプーとして使うことができるのだ!
マダガスカルにしか生息していない植物で、現地の人はウンカリーナの葉をシャンプーとして利用していたのだとか。
この世界のウンカリーナも、きっと似たような効果を持っているはず。
だから試してみましょう!
「まずは、水に葉っぱを、つけます」
水でいっぱいのバケツの中に、ウンカリーナの葉を入れていきます。
このまま葉を水につけておくと、水がドロドロになる。
この水がシャンプーの代わりになるの。
「葉っぱをしぼったら、なんか変なの出てきたけど?」
「これが、シャンプーに、なるの」
魔女っこがウンカリーナの葉を握ると、そこから粘液が滴り落ちていきました。
手がヌルヌルになっているね。
私も蔓を使って絞ってみたけど、蔓がヌルヌルになっちゃったよ。
しばらくすると、バケツの中の水は完全にドロドロになっていました。
少し黄色くなっているね。
「ルーフェ、髪を洗って、あげる」
「石灰を撒くの手伝ってきたばっかりで汗かいてたし、ちょうどいいかも」
魔女っこはゆっくりと服を脱いでいきました。
妹の面倒を見ている姉になった気分で、ルーフェを見守ります。
魔女っこは私に背中を見せて、地面に座り込みました。
私は蔓を使って、ドロドロになったシャンプーを絡めとります。
そのまま、蔓で魔女っこの髪を洗い始めました。
妹の髪を洗ってあげる姉になったつもりで、優しく洗髪してあげます。
「なんか気持ち良いかも」
前世で使っていたシャンプーと違って、泡は出ません。
代わりに、なんかヌルヌルしている。
森で連日作業している魔女っこのゴワゴワとしていた髪が、ビックリするくらい滑らかになりました。
やっぱりシャンプーの効果はあるみたい!
ウンカリーナの葉を浸さなかった予備のバケツの水を、魔女っこの髪へと流します。
洗い流された魔女っこの白髪が、輝きを増していました。
「すごい……こんなに髪がサラサラしてるの、生まれてはじめて」
白色の髪が光っているように見えて、うらやましくなるくらい綺麗だよ!
魔女っこの目まで輝いているね。
かなり感動しているみたい。
森暮らしが長くて野性味が増しちゃっていたけど、魔女っこもやっぱり女の子だったんだね。
とはいえ、ここまで髪が綺麗になるんだったら、やらない手はないよ。
どれどれ、次は私も──
「アルラウネ、今度はわたしが洗ってあげる」
魔女っこはシャンプーが入ったバケツを抱えながら、私の背後に浮遊します。
そして有無を言わさず、私の髪を洗い出しました。
「次はわたしが綺麗にしてあげる。妹の面倒を見るのは、姉の役割だから」
本当は私より年下なのに、健気に髪を洗ってくれる姿にジーンときてしまう。
私、魔女っこのお姉ちゃんで良かったよ……!
ちなみに、二人して姉を自称していることは、今日は気にしないでおきます。
髪の毛をシャンプーで洗うなんていつ以来だろう。
イリス時代もここまで性能が良いものはなかった。
アルラウネ時代はずっと雨水だけだったからね。
あぁ、他人に髪を洗ってもらうのって、気持ち良い!
「アルラウネもすごく綺麗になったよ。つるつるしてる」
魔女っこの言った通り、私の髪は見違えるように輝いていました。
艶が出ていて、触るだけで気分も上がっちゃう。
でも、なんか髪から光魔法の粒子もちょっと見えるような……まあ気のせいか。
シャンプーの木を見つけてくれたアマゾネストレントを褒めてあげないとね。
今度、あの子も洗ってあげようかな。
「ねえ、アルラウネ……」
ウンカリーナの葉を握りながら、魔女っこが深刻そうに呟きます。
なにか大変なことに気がついてしまった様子に、私は背筋を伸ばしました。
「これ、街で売れるんじゃない?」
──たしかに!
前世ではこれ以上のシャンプーがあるけど、この世界にはまだ存在しない。
だからこれを使えば、きっとみんなも喜んでくれるはずだね。
こうして私たちは、聖蜜と金の綿だけでなく、シャンプーを街に卸すことにしました。
想像通り、シャンプーはすぐさま爆発的にヒット!
私たちは聖蜜販売に続いて、また大金を手にしてしまった。
まあ森で暮らしているから、お金がいくらあっても使う機会が少ないんだけどね。
ルーフェ名義の金庫を街で借りているから、そこにお金が積まれていくだけ。
魔女っこはお小遣い程度しか使わないから、減ることがほとんどないのだ。
お金が増えたのは、私たちだけではありません。
街の商業組合、そして塔の街自体も、さらなる好景気が訪れます。
塔の街の名は、さらに遠くまで轟くことになったのでした。
でも、この時の私はまだ知らなかった。
名前が売れるということは、それだけ災いを引き付けてしまうということを。
シャンプーを作り出したことが、思いもしない事件を引き起こしてしまうのでした。
綿:アオイ科の多年草。塩害を受けた田畑に綿を植えて、除塩する活動が実際に行われているようです。
ウンカリーナ:ゴマ科。別名「シャンプーの木」。マダガスカルに自生している植物で、葉から出る粘液を使ってシャンプーに使うことができます。
次回、新米聖女は聖女イリスの最期を知るです。