218 私の真実を話すとき
精霊祭が終わると、街に日常が戻りました。
観光客として訪れていた近郊の村や街の人たちが、帰路につきます。
彼らはこれまで見たことのない不思議な精霊祭を体験し、同時にこの街の名産品であるお土産をたくさん携えて故郷に帰って行ったのでした。
「聖蜜と金の綿で作った綿織物、どちらも好評のようですよ」
そう私に報告してくれるのは、新たに聖女となったニーナでした。
マンフレートさんから伝えられた情報をもとに、大まかな売り上げの数字を教えてくれます。
「街の飢饉が解消されただけでなく、特産品の輸出で街は好景気になったと、領主様もお喜びになっているようですよ」
私が野菜を大量に提供しているおかげで、街の食料問題は解決されました。
同時に、私由来の製品を販売して、復興資金にあてているようです。
もう私は聖女ではなくなったけど、こうやって祖国の民のために貢献することができるんだ。
少しでも街の役に立てて、私は嬉しい。
これからもたくさん協力していくよ!
「それでアルラウネ……いえ、イリス様。お話ってなんでしょうか?」
ニーナは隣にいるヴォル兄に気を向けながら、私に尋ねてきます。
私の正体がイリスだということをヴォル兄が把握していることは、すでにニーナには教えてありました。
この場にいるのは、私とニーナ、そしてヴォル兄の三人だけ。
二人とも、私の正体を知っている。
本題に入る前に、私はニーナを近くに招き寄せます。
「その前に……ニーナ、立派に、なりましたね」
私がニーナと初めて会った時は、まだこの子が10才の頃だった。
大聖堂の裏で、一人で泣いていた小さな聖女見習いの女の子。
修行が辛くて、嫌でしかたないという顔をしていた。
そんなニーナに、私はハンカチをあげたんだっけ。
まだ大切に持っていてくれていると知った時は、嬉しかった。
私の中では、ニーナといえば泣いている姿が一番印象に残っていた。
それが今では、正式に聖女として任命されるに至っている。
黄翼の聖女と呼ばれ、今後を期待されているとヴォル兄から教えてもらいました。
「あんなに、小さかったのに、もう聖女に、なったなんて、驚きです」
「もうイリス様ったら……あたしはもう子供ではありませんよ」
ニーナはもう16才です。
つまり来年には、イリスの享年と同じ17才になる。
それどころか、再来年には私の年齢を超えてしまう。
私の聖女としての時間は止まったままだけど、ニーナにとってはまだ始まったばかり。
あと数年も経てば、ニーナは立派な大人になって、私の人間としての年齢を軽々と置き去りにしてしまうはず。
後輩に年を越されてしまうのは、少し複雑です。
うらやましいとも思うけど、後輩の成長を歓迎しない先輩はいません。
それに、聖女になれるのは、聖女見習いの中でも限られた一握りだけ。
努力だけではなることはできず、才能だけで上り詰めることも難しい。
だから、私はニーナの努力を誉めることにしました。
「がんばり、ましたね、ニーナ。偉いですよ」
「イリス様……」
ニーナが涙をこぼしました。
私はかわいい後輩の頭を、優しく撫でます。
「聖女だった、私の分まで…………ガルデーニア王国を、頼みますね」
私はもう、国のために立ち上がることはできない。
聖女イリスは死んだ。
だから、聖女としての仕事は、次世代に引き継ぎます。
これからの国のことは、新たな聖女であるニーナに任せましょう。
「わかりました……イリス様の分まで、精一杯がんばります!」
ニーナとしばらく抱き合います。
失った時間を再確認するように、この瞬間を脳裏に刻み込みました。
しばらくしてゆっくりと体を離すと、今度はヴォル兄に顔を向けます。
「ヴォル兄も、久しぶり……元気そうで、良かったです」
「イリスも元気そうでなにより……って言っていいのか? 随分と印象が変わったな」
今の私とイリスが同じなのは、顔の形と、瞳の色くらい。
金色の自慢の髪は薄緑色になっているし、下半身にいたっては完全に植物になっている。
ついでに、胸もちょっと成長しているね。
聖女としてのイリスしか知らないヴォル兄から見たら、今の私の姿は信じられないことでしょう。
「だが死んだと思っていたから、こうしてイリスが生きてくれるだけでオレは嬉しい」
ヴォル兄は私の従兄です。
小さな時から私のことはすべて知っていたし、勇者パーティーにも一緒に在籍していた。
私にとってヴォル兄は、頼れる兄貴分。
そんな人と、こうして再会できた。
一度はモンスターだと攻撃されたけど、そのことは水に流しました。
その分、これからは頼りにするつもりです。
「こんな姿に、なったけど、これらも、よろしく、ヴォル兄」
「ああ、イリスはオレのかわいい妹分だからな。どんな姿になっても、それは変わらない」
蔓でヴォル兄と握手をします。
いろいろあったけど、これで仲直りだね。
「それでイリス、捕虜だった魔女を返したのは本当か?」
「はい。全員、返しました」
捕まえた魔女は、魔女の里に返しました。
どうやらルーフェが魔女の里にいたときにお世話になった人もいたみたいなの。
魔女王はともかく、根は悪い人たちだけではないらしい。
今後は友好的な関係を築いていきたいし、返しても問題はないと判断して解放してあげました。
もちろん、二度と私たちに手を出さないよう、それぞれの魔女にも約束はさせたよ。
万が一にも約束を破ったら、魔女王のように植物の苗床になってもらうと脅しておきました。
「イリスがそう判断したのならいい。オレは野郎どもを王都に連れ帰らないといけないからな。少しでも積み荷が減って楽になったくらいだ」
私を目の敵にしている騎士団長さん、そして幼馴染のリュディガーは、ヴォル兄が責任をもって王都へ連れて行くと約束してくれました。
あの二人は現在、領主様の館に招待という名の軟禁状態になっています。
だから森に来て暴れられる心配はなくなったの。
リュディガーは今の私と再会したら色々と面倒が多そうだし、会わないのが正解な気がするので、このままお別れすることにしました。
騎士団長はもう二度と顔も見たくないので、正直なところ早く連行してほしい。
そういえばヴォル兄たちの仲間に、剣士の女の子がいたはず。
あの子も一緒に王都に帰るのかな。
「王都に帰ったら、アルラウネが魔王軍の四天王だったというのは誤報だったと報告する。人間に友好的だったとも伝えておこう」
この騒動のきっかけは、私が魔王軍の四天王となったという偽の情報が流れたことが原因でした。
どうやらハーピーのパルカさんが絡んでいるようだし、今度会ったら詳しく聞き出さないとね。
そのパルカさんに命じていたのは、魔王軍宰相の姉龍。
こっちとも、いずれ決着をつけないといけないね。
「それで、オレたちを呼び出したのには、何か理由があるんだろう?」
「そうですね、二人に、お願いが、あるのです」
私はニーナに、聖女ゼルマの情報を。
そしてヴォル兄には勇者のことを調べて欲しいと、お願いしました。
魔女王から情報が入って来る予定だけど、あの魔女王のことです。
正しい情報を伝えてくれる確証がないからね。
なので、信頼できる情報筋を作っておこうと思ったの。
「ちなみに、ゼルマは、いま、なにを、しているの、ですか?」
私の代わりに聖女になったこと、そして勇者と結婚していることは知っている。
でも、それ以外の情報がほとんど入ってこない。
あのクソ後輩はいったい、王都で何をしているんだろう。
「ゼルマは王宮からあまり出てこない。どうやら王族になって好き勝手生活しているらしいな」
やっぱりクソ後輩は聖女になっても変わらないみたいですね。
もしも私が聖女として存命だったら、もっと働けとお尻を蹴飛ばしてあげたのに。
「あまり良い話も聞かない。噂じゃ、気に入った男を子飼いにして側に置いているらしい」
クソ後輩め。
ちょっと胸が大きいっていうだけで、今も男を誘惑しているみたい。
王族になっただけではなく、いまや夫もいる身の上のくせに、何をやっているのかな。
「ゼルマは、魔女と、繋がって、いる疑惑が、あります。注意して、ください」
「あいつが魔女と!? まさか……」
「魔女王が、白状しました。おそらく、ゼルマは、裏切り者です」
私は、魔女王がゼルマへ惚れ薬を渡していたことを教えました。
もしも薬を盛られた人と出会ったら、聖蜜を飲ませるようにも伝えておく。
ニーナの今の光魔法の実力では、魔女王の惚れ薬を無効化できるかは怪しい。
でも、私の聖蜜はその辺の惚れ薬では太刀打ちできないくらいの性能がある。
なにせトロール化した人間を元に戻すことができるくらいだからね。
惚れ薬くらい、きっと私の蜜で解除できることでしょう。
「イリスにはゼルマのことで話しておかないといけないことがある……」
ヴォル兄が言いづらそうな顔をしながら、教えてくれます。
「ゼルマが聖女になる際、とある大貴族が後見人になった」
大貴族というと、どこの家のことだろう。
四大公爵家のどこかだろうけど、まさかうちではないよね。
「その大貴族というのが……イリス、お前の実家だ」
「え、うちなの!?」
「間違いない。ゼルマがイリスの家の紋章がついた馬車で屋敷から出ていくのを、オレは目撃した」
ゼルマは平民出身でした。
なので、正式な聖女になるには、それなりの後ろ盾が必要だったのでしょう。
それはわかるけど、なんで私の実家がゼルマの後ろ盾になってんの?
お父様、お母様、わかっていますか。
その女は、私を殺した張本人なのですよ?
「イリスは魔王軍に寝返ったことになっているが、その情報は上層部だけの機密事項になっている。おそらくイリスが国を裏切った反逆者だということを民に知らせない代わりに、自分に協力するよう持ち掛けたんだろう」
もしも公爵家の聖女が国を裏切って、魔王軍に寝返ったとしましょう。
その事実だけで、きっと一族が窮地に立たされる。
下手したら、我が家は終わるね。
クソ後輩のやつ……まさか私の家族を脅迫して、利用していたなんて。
許すまじ、ゼルマ!
いつか絶対に王都に乗り込んで、報いを受けさせてやる。
「ゼルマのことは、わかりました。勇者は、なにをして、いるんですか?」
「勇者も王宮から出てこない。頻繁にミュルテ聖光国の聖都を訪れているらしいが、それくらいだな」
ミュルテ聖光国とは、教会総本山がある宗教国家のことです。
塔の街の女神の塔は、聖都にある本物の『月の女神の塔』を模して造られている。
私も何度か行ったことがあるけど、大陸で一番栄えているといっても過言ではないくらい、綺麗な場所でした。
「オレは行ったことはないが、聖都には勇者がお気に召した何かがあるのか?」
「聖都には、女神の巫女様が、おられます。きっとあの方に、会いに行って、いるのでしょう」
勇者は昔からあの巫女様にご執心だった。
なにせ、勇者の力を見出したのは、女神の巫女様ご本人なのだから。
「女神の巫女って……神話に出てくるアレか? まさか実在しているのか?」
「1000年間、代々役職が、引き継がれて、いるそうです」
彼女の存在を知っているのは、教会の最高幹部の数名。
そして勇者と、聖女だけだ。
「ニーナは、近いうち、会うことに、なるでしょう。ヴォル兄は、聞かなかった、ことにして、ください」
勇者とクソ後輩については、とりあえず理解しました。
でも、ニーナとヴォル兄を呼んだのは、この話を聞きたかったからではない。
そろそろ本題に移りましょうか。
「二人に、話したいことが、あるのです」
塔の街の人は、モンスターである私を受け入れてくれた。
だから私も、一歩先に進むことにしたの。
「私が、アルラウネに、なった経緯を、知りたくは、ないですか?」
ニーナとヴォル兄が息を呑む。
この発言によって、場が一気に緊張したのがわかりました。
私は、勇者と後輩の聖女見習いに殺された。
誰にも打ち明けなかったこの真実を、二人に伝えるのだ。
「その代わり、私の事情に、巻き込まれる、ことになります。それでも、良いですか?」
ニーナとヴォル兄が、互いに視線を合わせます。
そうして、二人して大きく首を縦に振りました。
──ありがとう。
二人の覚悟に敬意を払いながら、ゆっくりと説明を始めます。
「イリスが、死んだ、本当の理由を、お教え、しましょう」
こうして私は、初めて他人に語ることにします。
聖女イリスの最期の瞬間と、アルラウネとして目覚めた元聖女の話を。
ヴォル兄がイリスの実家からゼルマが出てくるのを目撃したのは「旅記 一匹狼の魔法剣士は二人目の聖女に招かれる」の時でした。
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次回、姉妹で洗いっこです。