217 シャルウィダンス?
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
長かった魔女王たちとの争いが、ついに終結しました。
私と魔女っこが森で出会ったのも、元をたどれば魔女王が原因です。
だから、魔女王と顔を合わす前から因縁があったことになる。
そう思うと、本当に長かったね。
肩の荷が少しだけ下りて、久しぶりに安眠できました。
魔女っこもなんだか気が楽になったみたい。
魔女王たちとの闘いから数日が経った。
今日は塔の街の、待ちに待ったお祭りの日です。
街の人間たちはやっと羽目が外せると躍起になっているらしいけど、モンスターとなった私はどこか他人事です。
人間として祭りを楽しむことは、私にはもう二度とできない。
植物となった下半身と、根っこへと変貌したかつての両足へと目を向けます。
こんな体でお祭りを楽しみに行くのは、ちょっと厳しいよね。
それに、森の住人には、人間の祭りは関係ない。
だから私は森の復興作業を頑張るよ!
魔女王によって、森は塩害の被害を受けてしまった。
幸い、被害の範囲はアルラウネの森といわれる私の直接の勢力圏のみ。
ドリュアデスの森は無事だったみたい。被害がここだけで済んで良かったよ。
塩害を受けてやることといえばそう、除塩です。
妹分のトレントは森に石灰を撒いて、妖精キーリは精霊魔法で塩分を取り除いてもらっています。
塩害を受けた土壌は、石灰を使ってある程度は除塩できるの。
詳しくは覚えていないのだけど、真水を投入して、塩分を流せば良かった気がする。
とりあえずやれることはやってみましょうと、実験することにします!
魔女からの賠償品である石灰を、アマゾネストレントとウッドゴーレムが森に撒いていきました。
魔女っこは荒天魔法で雨を降らして、真水を森に降らす。
そして妖精キーリは、流れ出た塩分を精霊魔法でひとまとめにして、取り除く。
キーリが万物を操る精霊魔法が使えて良かったよ。
戦闘ではあまり役には立たないけど、補助という意味ではキーリはかなり便利だね。
むしろ、他の妖精よりも優秀すぎるくらい。
キーリのおかげもあって、みるみるうちに除塩作業が進んでいっているの。
完全に除塩されなくとも、マングローブとアイスプラントの耐塩性のおかげで、枯れることもない。
近い将来、塩害から立ち直った森を見ることができるでしょう。
それまでの間、もっと頑張るぞー!
森のメンバーがそんなことをしているうちに、塔の街では復興と同時にお祭りが開催されていました。
毎年恒例の精霊祭というお祭りだそうです。
作物がたくさん収穫できるようにと、森の精霊に祈願したのが始まりらしいね。
大工の棟梁さんのおばあさんが、何十年も前に姉ドライアドと会ったことがあると話していた。
それは、この精霊祭での出来事だったらしいね。
森のドライアドが常に街を見守ってくれる。
精霊であるドライアドに敬意を払った結果、大昔は祈願祭という名前だったのに、いつしか祭りの名前は精霊祭に変わったのだと、領主のマンフレートさんが教えてくれました。
人間は人間たちで、祭りを楽しんでね。
そう思っていた矢先、森に使者がやって来たのです。
「約束の通り、精霊祭に参加してくださいと領主様が言っていたぞ」
私に伝言を教えにきてくれたのは、元伍長のフランツさんでした。
そういえば、お祭りに参加すると領主のマンフレートさんと約束してしまっていたんだった!
魔女王騒ぎのせいで、すっかり忘れていたね。
約束を守るのは淑女として当然のこと。
除塩作業はみんなに任せて、私は街でお仕事をしてきましょう。
「さて、行きま、しょうか」
根を通じて、塔の街へと転移します。
転移にも慣れたものです。
私の根が届いている範囲内なら、分身アルラウネを作ったうえでその中に転移することができる。
実はたまに、お忍びで街の様子を見に行ったりしているのだ。
街には知り合いも増えたし、友達になった悪魔のヤスミンさんもいるからね。
女神の塔の前に、転移します。
そこで待ち受けていたのは、普段とはまったく違う雰囲気の街の様子でした。
「うわあ、これが、精霊祭!」
街には、たくさんの人で満ちていました。
どこを見ても、人間だらけ。
この街にこんなに人がいるの、初めて見たね!
通りには木製の人形が飾られている。
まるで小さなウッドゴーレムみたいでかわいい。
仮装している人もたくさんいます。
騎士、勇者、聖女、なかには人ではない者の仮装まである。でも、さすがに魔女の仮装はいないみたいだね。
「音楽も、久しぶりに、聴いたよ」
楽団も配置されているみたいで、愉快な音楽が街中で流れているね。
森では鳥の鳴き声と猛獣の雄叫びばかり聴いていたから、数年ぶりに文化的な曲を耳にできて感動だよ。
「ようこそ、我が街を守護する麗しの精霊、アルラウネ殿!」
そう私を歓迎してくれたのは、領主のマンフレートさんでした。
あいかわらずぽっちゃりとしていて、愛想が良い。
「やはり聖女イリスさまに似ていて美しい……むしろ、それ以上だ」
イリスのファンであるマンフレートさんは、出会うたびに褒めまくってくれます。うん、悪い気はしない!
ただ、マンフレートさんが私の胸元辺りを見ながら、うんうんとうなずいてるのが気になる。
「亡き聖女イリス様もご成長されたら、このようなご立派なお姿になったのでしょうね」
あれ、もしかして私、喧嘩売られてる?
私、別に小さくなかったですから。まだ成長期でしたから。
あのクソ後輩が大きすぎたせいでいつも比べられていたけど、それなりにありましたから。
というかそれ、聖女への冒涜ですね。
ちょっとマンフレートさん、蔓で縛り上げてもいいですか?
「それでは、こちらをどうぞ。わたくしからのプレゼントでございます」
マンフレートさんが箱を渡してくれます。
中を開けると、純白のドレスが入っていました。
実は精霊祭に参加するにあたって、ドレスを着てはどうだろうとマンフレートさんが提案してくれていたの。
女神の衣装に身を包むことで、より祭りに神聖さを出させたいと言っていたけど、本当の狙いは別にあると見た。
多分だけど、イリスと同じ顔をしている私のドレス姿を、見たかっただけなんじゃないかな。
──服を着るのは久しぶりだね。
数年ぶりに袖を通した自分のドレス姿に「ほほう」と声を漏らしてしまいます。
なんだか聖女に戻った気分。
まあ下半身は大きな口を開けた球根だから、どうみてもモンスターなんだけどね。
久々の衣服、なんだか変な感じがする……。
むしろ、違和感しかない!
どうやらモンスターになって森でサバイバルをしすぎたせいで、蔓ブラだけのほうがしっくりくるようになってしまったみたい。
とりあえず服を着るのは今日だけにしよう。
着終わったら、ドレスは魔女っこのウッドハウスに届けてもらえば、何かの時に使えるよね。
「お似合いですよアルラウネ殿!」
「そう、ですか?」
「もちろんです! 聖女イリス様を思わせるようなお美しいお姿ですよ。早く来てくだされば、他にもいろいろと歓迎できたのですが」
「みんなの、邪魔は、したく、なかったので」
時刻はすでに夕暮れ。
お祭りは最高潮に達していました。
本当は昼間から来て欲しいと頼まれていたんだけど、あえて遅れてきたの。
せっかくの人間のお祭りなのに、モンスターである私が街中をうろついていたら、みんな興醒めしちゃうかもしれないからね。
私なりの気づかいなのです。
「邪魔なんて誰も思いませんよ。みんな、アルラウネ殿が来るのをお待ちしていたのですから。ほら!」
マンフレートさんが、大きく腕を上げます。
すると、広場に歓声が鳴り響きました。
「きゃー!」「アルラウネさまー!」「紅花姫様だ!」「今日もお美しい」「魔王軍と魔女から街を守った精霊様だ!」「聖蜜をわたしにください!」「聖蜜の神様!」
女神の塔の前には、私をひと目拝みたいという群衆であふれかえっていました。
「さあアルラウネ殿。みながお待ちです!」
私の一挙手一投足を、みんなが観察している。
久々の群衆からの視線。
聖女時代はあれだけ慣れ親しんだものだったけど、アルラウネになった今はなんだか恥ずかしい。
私、人間じゃなくなっているからね。
「みなさま、ごきげんよう」
私が声を発すると、あれだけ騒いでいた声がひっそりと静まりました。
昔を思い出して、貴族らしく胸を張って語りかけます。
「本日はお招き、いただき、ありがとう、ございます。楽しい、お祭りに、なるよう、精一杯、ご助力させて、いただきます」
挨拶をしながら、私は街の中にいっせいに花を咲かせます。
赤、青、黄、紫、紺、オレンジ、ピンク、その他いろいろ。
多種多様で色とりどりのお花を、街のいたるところに出現させます。
突如変化した街並みに、「おおー!」という歓声が湧きあがりました。
マンフレートさんと事前に決めたシナリオは、どうやら受け入れてくれたみたい。
みんなに喜んでもらえて嬉しいよ。
想えば、この街の人たちとは、いろいろとありました。
最初は人食いアルラウネだと誤解され、いがみ合う関係から始まった。
けれども今はどうでしょう。
私を見て、モンスターだからと退治しようとする人間はいなくなった。
むしろ、好意的に挨拶してくれる人もたくさんいる。
知り合いもたくさん増えた。
私はこの街の人たちに、植物モンスターのまま受け入れられたのだ。
だからこそ、みんなが喜ぶ顔が見られて、幸せな気持ちになれる。
同時に、聖女だったあの頃を思い出してしまう。
その記憶がどうしようもなく切なくて、愛おしかった。
でも、私の仕事はまだこれからです。
なんといっても私は今回、精霊祭の主役として呼ばれたのだから!
精霊祭は、領民の安寧と繁栄、そして農作物の豊作を祈願するお祭りです。
街の守護のため精霊に祈り、同時に自然を操る精霊に豊穣の祈りを捧げる。
その精霊とはすなわち、ドライアドのこと。
祭りに現れることのない引きこもりのドライアド様の代わりに、私は精霊役として抜擢されたのでした。
「それでは儀式を始めるとしよう」
マンフレートさんが、私に小さく合図をします。
私はこの街を守る精霊として、人々にその威厳を見せつけなければならない。
同時に、私という絶対的な強者の庇護下にあることで、災害続きのこの街のみんなを安心させるという作戦です。
「アルラウネ殿、こちらを」
マンフレートさんが片膝をつきながら、私に聖杯を捧げました。
もちろん、本物じゃないよ。あくまで偽物の聖杯です。
私は腕を伸ばし、聖杯へと手をかざします。
手の平に、カンガルーポケットを生み出しました。
そして袋のようになっている葉の貯水嚢を、パカリと開きます。
「聖蜜だあ!」と、女の人が叫びました。
狂信派のシスターさんがチラリと視界に移ります。
ボトボトと、カンガルーポケットから蜜が流れ落ち、聖杯へと溜まっていく。
私の蜜はこれまで口とか胸とかから出すことができていたけど、さすがにお祭りでそれを見せるのはどうかと思ったの。
だから他の場所からも蜜を出せるよう、この日のために練習しました。
おかげで蜜入りのカンガルーポケットを作成することに成功したのだ!
聖杯が蜜でいっぱいになりました。
マンフレートさんは、聖杯を民衆に見せつけながら、口元へと運びます。
「出したての聖蜜、なんて甘美な……それではありがたく頂戴しよう!」
ゴクリと、聖なる蜜を飲み干すマンフレートさん。
小さく「美味だ」と感激していたのを、私は聞き逃しませんでした。
「これで我が街は精霊様のご加護を得た。皆の衆、アルラウネ様に感謝を!」
マンフレートさんの号令とともに、民が祈りを捧げだしました。
まるで私のことを女神様だと勘違いしているんじゃないかというくらい、熱心に祈っている。
「祈るのは、やりすぎ、ですよ」
私、ただのアルラウネ。
女神様じゃないんだからね。
「アルラウネ殿、それでは手はず通りに」と、マンフレートさんがささやきました。
コクリと了承すると、私は転移を実行しました。
「さあ、祭りのフィナーレだ!」
マンフレートさんの合図によって、花火が打ち上がります。
同時に、私は塔のてっぺんへと転移しました。
もちろん、先ほどまで入っていた分身アルラウネは枯らして回収しておきます。
花火とともに消える精霊。
人間には不可能な技をみんなに見せて、私の神聖さを増させるつもりみたい。
「そう、うまく、いくのかなあ」
心配だけど、私には知ったことではないよね。
あくまで私は協力者。
祭りの主催であるマンフレートさんの考えることに、いちいち口は出さないのです。
「ここ、風が、強いね」
いつの間にか日は暮れて、夜になっていました。
それでも祭りの喧噪は収まりません。
「眺めが、いいのは、気に入った」
こんなに高い場所に上ったのは、姉ドライアドとの闘いで巨大化した時以来。
塔の上に一人でいるのも、なんだか気分が良い。
私の仕事は終わったし、ここでお祭りの様子でも静かに眺めてよう。
再建したばかりの塔のてっぺんから、街を見下ろします。
暗い空にたくさんの祭りの明かりが灯っていて、幻想的な風景が広がっていました。
通りに並ぶように設置されているランタンがとくに綺麗。
そのせいもあって広場は特に明るいせいか、ここからでもよく見えます。
「あそこにいるの、棟梁さんだ。おーい!」
棟梁さんと大工さんたちが、酒を飲み交わしながらこちらに手を振ってくれている。
私も負けないように、蔓を大きく振るよ。
「あっちに、いるのは、冒険者の、みんなかな」
さっき私を呼びに来てくれたフランツさんは、冒険者仲間と一緒に騒いでいるみたい。ああいうのも良いよね。楽しそう。
「みんな、踊ってる。良いなあ……」
塔の前では、たくさんの男女がダンスを踊っていました。
アルラウネとなってしまった以上、私には二度とすることができない踊りです。
「そういえば、最期に、勇者と踊ったの、いつだったっけ」
婚約者である勇者と踊ることは、何度もあった。
お互い貴族で婚約関係があったし、パーティーにお呼ばれすることも多かったからね。
イリス時代に踊った情景を思い出しながら、私は自由に踊る人々をうらめしく思いながら見つめます。
「私にも、足が、あったら、なあ……」
仮に根を動かすだけでは、下半身の球根が大きすぎて逆に怖がられそう。
やっぱり歩くようになるためには、人間の下半身を手に入れなければならない。
でも、そんなことは不可能です。
私は植物らしく、慎ましく地面に根を下ろし続けるよ。
「聖女の仮装を、している子が、踊ってる……て、あれ、ニーナじゃん!」
ニーナが聖女の正装で、ダンスをしていました。
上から見てもわかるくらい、かなり豪勢な服装です。似合っているね。
そんな聖女ニーナをエスコートしているのは、なんと従兄のヴォル兄でした。
さすが貴族の令息なだけあって、紳士。
二人はここに来るまでの旅でも一緒だったみたいだし、仲良くなったのかな。
あれ、あそこで一緒に踊っているのって、もしかして悪魔のヤスミンさんとドリンクバーさん!?
ええ、あの二人、知り合いだったの?
というか祭りで踊るような間柄だったんだ。ちょっと意外。
ヤスミンさんは人間を毛嫌いしていたはずだけど、あれはやっぱり嘘だったのかな。今度会ったら聞いてみよう。
「みんな、楽しそう……」
この光景を見ただけでわかる。
精霊祭は大成功だ。
みんな、大変だった事件のことを忘れて、今を楽しんでいる。
叶うなら、私もあの輪に混ざりたいな──
そんなことを思っていたからでしょうか。
100メートル近い塔の上で、誰かに声をかけられます。
「アルラウネー!」
振り返ると、そこに魔女っこが浮いていました。
銀色の髪が天の川のように風で流れていて、とても綺麗。
「ルーフェ、どうしたの?」
「アルラウネが遅いから迎えにきたの。森でみんなが待ってるよ」
今の私には、慕ってくれる仲間がたくさんできた。
だから帰ろう。
私の場所に!
──でも、その前に。
空に近い塔の上にいるのに、ここまで音楽が聞こえてくる。
なら、せっかくだし、私と踊りませんか?
私の白鳥の王子様……と、懐かしい呼び名を心の中で唱えます。
「ルーフェ、一緒に、踊りませんか?」
紳士を真似して、魔女っこに蔓を差し出します。
私のやりたいことを悟ったのでしょう。
魔女っこは小さくため息を吐きながら、優しく微笑みます。
「アルラウネがやりたいなら、付き合ってあげる。だってわたし、お姉さんだから」
魔女っこが私の蔓を握り返しました。
塔の上で、アルラウネと小さな魔女が静かに踊り出す。
そのことを知っている街の人間は、誰もいませんでした。
次回、私の真実を話すときです。