215 魔女王と協力者の名前
ごきげんよう、魔女王さん。
これまで何度もわたくしに死のプレゼントを送ってくださり、誠にありがとうございました。
お礼に、せいいっぱいの歓迎の式典を行わせていただきますわ。
式典といえば、祝砲ですよね。
ここに魔女王さんのためにこしらえた、とっておきのプレゼントがありますの。
イリスを殺してくれたお礼もかねて、盛大にお祝いしてあげますよ。
楽しみになさってくださいな。
──それでは、ごきげんよう。
私はサンドボックスツリーの実を起爆させます。
途端、すさまじい爆音が森を駆け巡りました。
何百という数の種の爆弾が、いっせいに弾け飛んだのです。
いくら蜃気楼で分身を作っていても、逃げ場なんてないよね。
「うぎゃああああッ!」
魔女王の悲鳴が聞こえてきた。
そのすぐ後に、ボトリという何かが落下する音がします。
植物の爆弾に直撃した魔女王が、地面に墜落したのだ。
「目がぁあああああ! わたしの目がぁああああ!!」
魔女王は必死に右目を押さえつけていました。
血が流れている。
右目に種爆弾が直撃したみたいだね。
「今度は、幻ではなく、本体のよう、ですね」
その証拠に魔女王の体には無数の種が突き刺さっているだけでなく、血も流していました。
サンドボックスツリーの実が爆発する時速は200㎞を超えています。
別名、「猿の拳銃」とも呼ばれるこの攻撃から、魔女王が逃れることは不可能なの。
「な、なんだったのいまの……カボチャが破裂した?」
「いいえ、あれは、サンドボックスツリー、という植物の、種ですよ」
しかも、この植物には毒がある。
種だけでなく、樹液にも毒があって、毒矢の原料にも使われていたの。
そんな毒の弾丸が、すでに魔女王の体を蝕んでいる。
「いたい、なにこれ、いたいぃいいいいい!!」
魔女王が外聞を捨てて泣き苦しんでいます。
どうやら聖女のように回復魔法を使うことはできないみたいだね。
魔女の力は未知数だし、もしも自然回復とかされたらどうしようと思って他にもいくつか種に仕込んだんだけど、杞憂だったようです。
「この魔女王キルケーにここまでの狼藉を働いたのは、紅花姫ちゃんが初めてだよ……」
魔女王のお名前はキルケーさんと言うらしいです。
王国の長い歴史の記述にも、魔女王の名前は刻まれていなかった。
私は魔女という謎の存在のトップの名前を、初めて知った聖女になったかもしれません。
「にゃは……ただで済むとは思わないことだね!」
残った左目で私を睨みつけてくる魔女王キルケーさん。
私に受けた攻撃が致命傷になっていて、激痛を我慢しているのはよくわかります。
でもね、私が受けた痛みは、そんなもんじゃなかったよ。
婚約者に裏切られて、面倒をみていた後輩に両手両足をすべて断ち切られて、地面を引きずられながら植物に丸呑みされ、あまつさえ全身を溶かされる気持ち。
あなたにわかりますか?
この心の痛みは、一生癒えることはないでしょう。
それだけではなく聖女としての尊厳を失い、人間としての人生も奪われ、自由に動けない植物に生まれ変わって、毎日が死と隣り合わせのサバイバルだったこの気持ちも、私以外に誰もわかるはずがない。
魔女王はイリスを殺した黒幕の一人。
だからこそ、私はあなたを許しません。
「その種、そろそろ発芽、するので、気をつけて、くださいね」
私の言葉と同時に、魔女王に突き刺さっていた種が芽を出しました。
「な、なにこれっ! 体から植物が生えてきてる!?」
魔女王の声が震えている。
恐怖のせいか、涙を流しているようでした。
「いやっ……なんなのこれぇ……」
魔女王の抵抗むなしく、植物が全身を侵食していきます。
体を拘束するように、蔦がムカデのように伸びていきました。
種が刺さった右目には、まるまるとした茂みが生えています。
「それは、ヤドリギ、ですよ」
ヤドリギは落葉樹の枝などに根を張る、半寄生植物です。
寄生した樹木の内部にしっかりと根を食い込ませて、養分を吸い取って生活を送るの。
それだけでなく、自身も光合成をおこなう。
だから、魔女王の肉体を宿主にしたこのヤドリギは、この先も枯れることはないのです。
「と、取れない!」
「無駄、ですよ」
魔女王は必死にヤドリギを引きはがそうとしますが、肉を掘り進んで完全に寄生しているため取れません。
仮にナイフでヤドリギを切り離しても、根が残っていれば無限に再生します。
それに、目から侵食した根は、すでに魔女王の脳に達しているはず。
根を引き抜いた瞬間、魔女王の命も散ってしまうことでしょう。
植物と一緒に生活する気持ち、少しはこれで理解してくださりましたか?
「なんなのこの草は……しかもわたしの魔力を吸っている!?」
魔女王さん、良いところに気がつきましたね。
そのヤドリギはね、私の自信作なの。
ドライアドの精霊魔法『生命吸収』を改造して、魔力を無制限に吸い取る植物を生み出したのだ。
もしも魔女王が回復魔法を使うようだったら、これで魔力切れにして阻止しようと思ったんだよね。
とはいえ、そこまで魔女王は規格外の存在ではなかったみたい。
「そんな……魔法が、使えないなんて…………」
バタリと魔女王が横に倒れます。
魔女王の魔力が底をついたのだ。
天候を操る大魔法を何度も繰り返していた魔女王の魔力は、すでに枯渇していたはず。そこでこの魔力吸いのヤドリギがとどめを刺したのでしょう。
ボトボトと、魔女王の右目のヤドリギから小さな実が落ちていきました。
魔力を養分に成長したヤドリギは、小さな実を結びます。
そうして実は落ち、再びヤドリギは魔力を吸い上げる。
永久機関の完成です。
この特別製のヤドリギを生み出すのにかなりの力を使ってしまったけど、それだけこの魔女王は厄介な存在だったからね。
同時に宿敵の一人でもあります。
そんな魔女王の無惨な姿を見て、少し溜飲が下がりました。
ここで魔女王の命を絶つことは簡単です。
実際にそうしてやりたい気持ちはあるけど、こんな姿にはなったけど私は一応元聖女。
慈悲の心はまだ忘れてはいないのだ。
それに、ここで魔女王を殺したらそれで終わりだけど、まだこの人はなにかを隠している。
仲間に裏切られて殺された私には、まだまだ知らなくてはならないことがあるはずなの。
魔女王の無様な姿を見れて、少しはすっきりしたしね。
未来のことも見据えて、今後につながる選択をするよ!
「イリスを、殺した真相を、話してください。そうすれば、この場は、見逃し、ましょう」
いまの私は魔女王をいつでも殺すことができる。
魔女王の体に埋め込んだ種は、すべてを発芽させたわけではないからね。
「……紅花姫ちゃんは随分と聖女イリスの死にこだわるんだね」
「いけない、ですか?」
「にゃはは、そんなことないよ。誰しも自分の生誕の秘密は気になるものだからね」
意味ありげに魔女王は答えます。
そういえばだけど、魔女はルーフェの例のように、魔女王が人間に刻印を埋め込むことで魔女を増やすことができる。
なら、魔女の原点である魔女王は、いったいどうやって魔女になったんだろう。
「降参降参。教えるから許してにゃ~」
「許しは、しないけど、その代わり、あなたを、養分には、しません」
「こ、怖すぎだよ紅花姫ちゃん……」
魔女王が怯えるように私を見つめます。
私を恐れてくれれば、もう私にちょっかいをかけることもなくなるでしょう。
だから大いに私を恐れなさい!
「さっきも言ったけど、聖女イリスは規格外に強すぎたんだよ。それこそあの初代聖女ネメアに並ぶほどにね」
聞き覚えのある名前が出てきて、私は魔女王キルケーと目を合わせます。
まるで初代聖女を知っているような物言いに、予想外の方向へと興味が湧きました。
「初代聖女を、知っている、のですか?」
「あの女はわたしの宿敵だからね。何度も殺そうとしたけど、なかなか成功しなくてね~」
──初代聖女ネメア。
彼女はガルデーニア王国を創った女王であり、そしてイリスの遠い祖先でもあります。
900年前に聖女として目覚め、民衆を取り込みながら勢力を拡大させていまのガルデーニア王国を築いたの。
そのせいか、ガルデーニア王国は長い歴史の間で多くの聖女を輩出している。
私もその一人。
「聖女ネメアのように力を覚醒させる前に、聖女イリスを消すことにしたんだ~。でも恨まないでよ? わたし一人の独断じゃないんだから」
実際に手をかけたのは、勇者と聖女見習いのクソ後輩だからね。
とりあえず魔女王がイリスを狙った理由はわかりました。
なので、もう一つ気になっていたことを聞いてみます。
「イリスが、死んだとき、近くに他の、聖女もいた、はずです」
「…………なんで紅花姫ちゃんが、そのことを知っているの?」
魔女王が真顔で私に問いかけています。
あきらかに動揺している。
魔女王はイリスが死んだ瞬間を見ていたとは言ったけど、その場に勇者と聖女見習いがいたとは話していない。
それなのに私が見事言い当てたことに、驚愕しているのだ。
「聖女の力を、持った人間の存在を、感じることが、できたの」
「たしかにイリスを取り込んだ紅花姫ちゃんなら、それもできなくはないか……」
納得したようにうなずく魔女王。
私がイリス本人であることは気がついていないみたい。
さすがにそんな荒唐無稽なこと、思いつかないよね。
「あなたは、聖女が、嫌いと言って、いました。ならば、なぜその、他の聖女を、殺さなかった、のですか?」
あのクソ後輩は私ほどではないにしろ、私亡きあとは聖女になることはわかりきっていた。
歴代の聖女のなかでも、それなりの実力はもっていたはずだからね。
隣に勇者がいたとはいえ、魔女王ならあの子を手にかけることだってできたはず。
どうして見逃したのか、それが気になったの。
「あの聖女見習いはイリスと比べれば脅威じゃなかったからね~。それだけだよ」
嘘をついているようには見えない。
だけど魔女王は長い年月を生き続けていて、想像できないくらいの経験を積んでいるはず。腹芸が得意だとしても驚かないよ。
そんな魔女王が、私が死んだ時の他の聖女の存在を当てたことに息を吞んでいた。
きっと、まだ秘密があるのだ。
「理由は、それだけでは、ないんじゃ、ないのですか?」
仮に、イリスに変身した魔女王が、イリスが魔王軍に寝返っていることを演じたとします。
それを目にした勇者とクソ後輩が、私が裏切り者だと信じたとしましょう。
だとしたら、私をあの場で殺さずに、捕えて王都に連れて行くのが筋のはず。
それなのに、クソ後輩はあの場で私を殺した。
たとえ私を殺す算段をずっと前から立てていたとしても、勇者がこうも簡単にあの子の言うことを聞くとは思えない。
腐っても勇者は王子だ。
しかも私の幼馴染であり、婚約者でもある。
私のことを「愛している」と言ってくれたこともあった。
そんな勇者が私を殺すことをためらわなかったのだ。
「もしかして、その聖女見習いは、あなたの協力者、だったのでは、ないですか?」
魔女王はアルラウネを素に媚薬を作っていると何度も話していた。
媚薬とは言っていたけど、あれは本当は惚れ薬なんじゃないかな。
「キルケーさん……あなたは、惚れ薬を、人間に、渡したことが、あるのではない、でしょうか?」
魔女王はあの聖女見習いのクソ後輩に惚れ薬を渡した。
勇者は惚れ薬を飲んだことで、クソ後輩の言いなりになってしまう。
実際に、私に直接手をかけたのはあのクソ後輩だ。勇者はただ私が切り刻まれるのを見ていただけだからね。
「紅花姫ちゃんの言うとおり、惚れ薬を人間に渡したことはあるよ。それがたまたま聖女見習いだったということも、あったかもしれないね~」
間違いない。
魔女王とあのクソ後輩は通じていた。
どちらが持ちかけた話なのかはわからないけど、二人はグルだったのだ。
「教えて、くださり、ありがとう、ございます」
────こらえるんだ、私。
泣きそうになるのを我慢しながら、私はいつものように気丈に振る舞います。
魔女王とクソ後輩は、惚れ薬で勇者を惚れさせたと思っているみたいだけど、真実は違うのだ。
勇者はただの人間ではない。
それはあの人が勇者として目覚めた瞬間を目にしていた私だからこそ、知っている話。
勇者は女神の力を譲渡されている。
そのため、自動で傷を癒すことができる。
聖女ではないにも関わらず、オートで光回復魔法が発動するの。
だからこそ、勇者には毒はもちろんのこと、薬だって効果がない。
すべて無効化してしまうのだ。
この情報は勇者にとっても切り札でもあるため、最高機密とされていました。
私以外の討伐パーティーのメンバーですら、この事実を誰一人として知らない。
このことが漏れないよう、普段から勇者の傷は瞬時に私が癒しているとみんなには言ってごまかしていた。
だから、惚れ薬は勇者には効果がないのだ。
つまり、勇者にも私が死んでほしいという理由があったということになる。
私、本当に捨てられたんだ…………。
裏切られたとはいえ婚約者であったので、私は勇者を様付けして呼んでいたこともありました。
幼い頃からの知り合いで、昔は仲が良かったこともあった。
物心ついた頃には婚約が決まっていたので、もう10年以上も一緒だった。
だから心のどこかで、勇者様は騙されているだけなんじゃないかという、一縷の望みがあったから。
捨てられたうえに裏切られて殺されているのに、私って本当にダメだね。
だからこそ、私はもう迷いません。
いままで何度か唱えていた勇者様という敬称を、私は完全に捨てることにしました。
私を捨てた勇者は、クソ後輩を選んだ。
邪魔者になった私を、二人で協力して手に掛けたんだ。
許せない。
勇者もクソ後輩も、ただでは済ませません。
そろそろお礼参りをしても良い頃合いだよね。
特に、私の婚約者であった勇者を強引に寝取った聖女見習いのクソ後輩。
彼女こそ、すべての元凶なのだ。
──ゼルマ。
久しぶりに思い出した後輩の名前を、噛みしめるように心の中で呟きました。
ヤドリギ(宿木):ビャクダン科。日本では北海道~九州まで分布します。ふと木を見上げてみれば、そこにヤドリギが寄生しているなんてこともあるかも。ちなみに半寄生植物とは、寄生しながら自らも光合成をおこなう植物のことをいいます。
次回、魔女王とその後始末。