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213 魔女王と聖女イリス

 魔女王から打ち明けられた内容は、私にとって信じられない内容でした。

 私が植物モンスターに食べられたあの瞬間を魔女王は見ていたと言う。

 だからこそ、私は確認せずにはいられませんでした。


「イリスが、食べられたとき、あなたも、あの場に、いたんですか……?」


 魔女王はにやりと笑みを作りながら、ゆっくりと答えます。


「いたよ~。あそこを知っているってことは、やっぱり紅花姫ちゃんはあの時の植物モンスターなんだね。こんなに立派になって、わたしは鼻が高いよ~」


 まさか魔女王もあの場にいたなんて信じられません。

 だって私を除けば、婚約者の勇者、そして聖女見習いのクソ後輩の二人しかいなかったはず。

 そもそもだけど、なんで魔女王が森にいたんだろう。


「なぜ、あなたが、あの場所に?」


「聖女イリスはわたしたちにとって、とても危険な存在だったからね〜。だからきちんと死ぬところをこの目で確認しないといけないってわけよ」


「つまり、イリスを、監視して、いたの?」


「監視じゃなくて、殺そうとしていたんだよ~」


 魔女王は懐かしいなと口ずさみながら続けます。


「猫の姿で森に潜んでいたんだ。それで聖女イリスが仲間から離れるのを待っていたら、人間の勇者たちが聖女イリスを殺しちゃってね~。あ~あぁ、先を越されちゃったと、涙を()んだものだよ」


 しくしくとわざとらしく下手な演技をする魔女王。

 だけど、魔女王の言葉をそのまま信じるほど、私はお人好しではありません。


「もしかして、なにか、(たくら)んで、いたのでは、ないですか?」


 魔女王は50年前の先代勇者殺害事件の首謀者です。

 勇者の恋人である姉ドライアドに変身して、ふたりの仲を引き裂いたのだ。

 だからこの人には前科がある。


「にゃはは、やっぱりわかっちゃう~?」


 魔女王の言葉を聞いて、わたしはハッと悟ってしまいました。


 ──え、ちょっと待って。

 ということはだよ、まさか私の時にも…………。



「わたしの狙った通りに聖女イリスが死んでくれて、安心したんだよね。いや~、良い仕事したよ〜」


「……そう、あなたが、黒幕だった、のですね」


 間違いない。

 魔女王は、私を殺したことに加担(かたん)していた。


 そう考えれば、いろいろと辻褄があうね。

 なぜ勇者が私を裏切り者だと信じ込んでいたのか。


 私は姉ドライアドを取り込んだ時、彼女の記憶を見た。

 きっと50年前のように、イリス(わたし)に変身した魔女王が、勇者様になにかそそのかしたのだ。

 そうして人間関係に亀裂を生み出す。

 それが魔女王の常套(じょうとう)手段なのでしょう。


 そうなると、聖女見習いのクソ後輩も魔女王に利用されて……いや、あの子は本気で勇者様を私から寝取っていたから有罪だね。

 私のこと裏切り者だと直接手をかけたのはあのクソ後輩だ。私の両手両足を斬り落として、植物モンスターに食わせたのもあの子だし。それに結婚までしてるし。というか、久しぶりに思い出したらムカついてきたね。許せぬ、クソ後輩め!


 私を信じてくれずに、あの場で私を見殺しにした勇者も同罪です。


 魔女王の言葉によって、忘れていたはずのあの二人への憎しみが再び芽吹き出します。

 でもそれと同じくらい、私を殺す算段を立てたという魔女王も許すことはできません。

 だからこそ、私は問いかけます。



「なぜ、イリスを、殺そうと、思ったの?」



 なんで魔女王は私の命を狙ったんだろう。

 先代の勇者にしたってそうだ。魔女王が関わるようなことではないと思う。

 たしかに魔王軍にとって私は脅威だったかもしれないけど、魔女は魔王軍とは関係ないはずだからね。



「にゃはは、魔王とは古い付き合いだからね、敵の排除(はいじょ)を手伝ってあげてるんだよ~。それに聖女イリスは、あの方の大っ嫌いな聖女でもあるから……」


 私が思っていた以上に、魔女と魔王は繋がりが深いものなのかもしれないね。

 それに、もう一つ気になることも言っていました。


「あの方って、誰、ですか?」


「ただのアルラウネごときがね、知らなくていいことがこの世界にはたくさんあるんだよ」


 魔女王が両手を上げます。

 同時に、彼女の頭上に膨大な魔力が集まっていきました。

 どうやらもう質問には答えてはくれないみたい。


「あのまま聖女イリスが成長を続ければ、いずれ魔王にも届きうるくらいの強者になっていた。聖女イリスを取り込んだ紅花姫ちゃんを見れば、わたしの考えは当たっていたと改めて確信したよ」


「お褒めいただき、嬉しく、存じます」


「紅花姫ちゃんを褒めたんじゃないんだけどね~」


 あはは。

 実はアルラウネである私の正体が、聖女イリスその人なのでした。

 わざわざ教えてあげたりはしないけどね。

 


「さて、聖女イリスの姿をもう見られなくなるのは名残惜(なごりお)しいけど、そろそろ別れの挨拶も終わりにしましょうか」


 強大な魔力とともに、すべてを破壊する嵐が森に降りてきました。

 

 

「ばいばい、紅花姫ちゃん」

 

 森が悲鳴を上げます。

 すでに『大森林の支配権ヘルシャフトプフランツェ』で造り上げた森のドームは破壊されていました。

 私の体である木々が、次々と引きちぎられていきます。

 気のせいか、大地もドシンドシンと揺れているような気がするよ。

 こんな状況、普通だったら(おび)える態度を取るのが正解かもしれないね。

 

 だけど私は、今この瞬間を、とっても喜んでしまっていました。



「あの時も、思いましたが、どうやら、私は運が、良いみたい、ですね」



 婚約者に裏切られて植物モンスターに食べられたけど、アルラウネとなって生まれ変わることができた。

 そんな幸運はめったにないよね。むしろ奇跡だって。

 けれども、あの時に思った以上に、私は運が良いのかもしれません。


 動けないこの体では、私を殺した犯人に直接手を下すことはできない。

 そのはずだったのに、こうして犯人から私に会いに来てくれた。

 なんて私は運が良いんだろう。


「それに、間に合い、ましたね」


 さっきから地面が揺れているような感覚がありました。

 このドシンドシンという振動は、別に気のせいでもなんでもない。

 これはとある人物がこちらに近づいている足音であり、そのせいで実際に森の地面が大きく揺れているのだ。



「ウッドゴーレムくん、やっちゃって、ください!」



 密かに塔の街から呼び戻していたウッドゴーレムくんの登場です。

 私と根で繋がっているこのウッドゴーレムは、私の手足同然。自由に動かすことができるの。

 巨大な範囲攻撃には、巨大なゴーレムで対応します。


「なぜ女神の巨人がここにあるの!?」


 魔女王の狼狽(ろうばい)した声が風に乗って聞こえてきました。

 ゴーレムには女神様の光の御力が眠っていました。

 その力を利用して、無限に成長する樹木の巨人を生み出します。



大森林の巨人樹(ヘルシャフトリーゼ)!」



 ウッドゴーレムから無数の巨木が嵐に向かって突き伸びていきます。

 精霊魔法『大森林の支配権ヘルシャフトプフランツェ』をウッドゴーレムくんでアレンジしてみたの。


 亡者のように(うごめ)きながら空へと伸びていく大森林が、嵐を包み込むように大きな(つぼみ)を形成します。

 精霊の力を宿した樹海の巨人が、魔女王の“嵐災(トゥルブレンツ)”と衝突しました。



「まさか相殺された? 魔女王たるこのわたしの渾身(こんしん)の魔法が」



 森を(おお)っていた積乱雲は、巨大な樹木の蕾が飲み込んでいました。

 荒れ狂う風を森の力で鎮めていきます。

 (つぼみ)を解体しながらウッドゴーレムを元の姿に戻すと、魔女王の“嵐災(トゥルブレンツ)”は消滅していました。


 ──森に静寂が戻ったのです。



「やっぱり、嵐は、森林で防ぐに、限りますね」


「紅花姫ちゃんさ、防風林(ぼうふうりん)ってレベルじゃないよねこれ……」


 なにせ巨人の形をした森が、嵐に殴り込みをかけたのだ。

 魔女王もさすがにこれは想定していなかったみたいだね。


 嵐によって舞い上げられた木の枝や葉っぱが、空からパラパラと落ちてきました。

 それを見た魔女王は「なにこれ」と空中を漂うとある物体に気がつきます。

 ()()に混じってゆっくりと舞い落ちる謎の植物に、魔女王は目を奪われていました。


「それは、ハネフクベ、の種ですよ」


 ハネフクベの種はグライダーのような形をしていて、空を舞うことができます。

 実は『大森林の巨人樹(ヘルシャフトリーゼ)』を嵐にぶつけるついでに、ハネフクベの種を空にばら撒いていたのだ。


「もう、あなたは、逃げられ、ませんよ」


 魔女王の周囲を百を超えるハネフクベの種が旋回(せんかい)していました。

 私は植物を自由に操ることができる。もちろん、種から違う植物を開花させることも。


「これも植物の種なの!?」


 魔女王が再び荒天(こうてん)魔法で風を作り出そうとします。

 でも、遅いよ。


「捕まえ、ました!」


 空を覆いつくすハネフクベの種が一斉に発芽します。

 種から『黄色い吸血鬼』ことネナシカズラが蛇のように伸びていき、魔女王の体を突き刺しました。

 避ける隙間も与えないよ。


「形勢逆転、ですね」


 魔女王は地面に降りてきます。

 しかし、体は私のネナシカズラによって拘束されていました。

 全身に突き刺している寄生根(きせいこん)によって、魔女王の体を内側から侵食することすら可能なの。


「これはもしかして精霊魔法『生命吸収(エナジードレイン)』かにゃ? この植物に魔力が吸い取られていくみたいだよ」


 ドライアドが使うことのできる精霊魔法は、半精霊化した私にも扱うことができるの。

 これで魔女王は身体的にも魔法的にも動くことはできないはず。

 むしろ魔女王の生死は、いまや私が握っているのです。


「にゃはは、まさか魔女王たるこのわたしが負けるなんてね」


「負けを、認めるのなら、私の質問に、答えてください」


 魔女王は魔王とも繋がる重要人物。

 簡単には解放なんてしませんよ。


「いいよ。何が知りたいのかにゃ?」


 魔女王はこんな状況だというのに、いつもと変わらず笑みを浮かべながら私に言葉を投げかけてきました。

 それがなぜか不気味に感じる。なんでだろう。


「あなたは、何を隠して、いるんですか?」


 魔女王は魔王について詳しく知っている様子でした。

 それだけじゃない。

 初代聖女についても、そしてあの方という謎の人物についても、なにかを知っているようでした。

 それにイリス(わたし)を殺した時になにがあったのかも気になる。

 この際だから、根掘り葉掘り教えてもらおうじゃないですか!


「正直言うとさ、紅花姫ちゃんがここまでやるとは思っていなかったんだよね。だからご褒美に教えてあげるよ」


 気味の悪いくらい不自然な笑顔で、魔女王は答えます。



「わたしね、まだ負けを認めてはいないんだよね」



 ふと、魔女王が地面へと視線を移します。

 誘われるように、私も地面へと目を向けました。

 


「にゃははっ! 奥の手はね、最後まで隠しておくものだよ!」



 そこには、雪のような真っ白いなにかが土の上に積もっていました。

 

 魔女王が魔法で雪を降らせた?

 いや、違う。

 あれは雪なんかじゃない。

 

「まさか……」


 私は蔓を使って、雪のような何かをすくいあげます。

 そのまま目の前まで持っていき、蔓に付着しているその小さな結晶を見て確信しました。



 ──これ、塩だ。




 いつの間にか、森のいたるところに大量の塩が積もっていたのです。

とりあえず週一更新を予定していますので、よろしくお願いいたします!


ハネフクベ:ウリ科。久々の登場です。ハネフクベの種はグライダーにそっくりなのですが、実はグライダーはこのハネフクベの種を参考に作られたそうです。


次回、魔女王と塩の森です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カルタゴ農法じゃーい! (なお、カルタゴは被害を受けた側。)
[良い点] 塩害はシャレになりませんよ!
[一言] 塩は不味いですよ!(塩一つで雑草も生えないくらい土を荒らせる)
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