剣記 天才美少女剣士の憂鬱
女剣士のアンナ視点です。
アタシには人から言われたくない言葉がある。
「アンナは大賢者様の孫なのに、魔法が使えないとかありえないよね?」
そうアタシに告げてきた元友人の声が、今でも耳から離れない。
毎日必死に修行をした。
けれども、アタシは魔法を使うことができなかった。アタシには魔法の才能が全くなかったのだ。
そして年の離れた弟が何の苦労もしないで魔法を使うのを目の当たりにした日、アタシは魔法を使うことを諦めた。
魔法が使えなくとも、おじいちゃんのように強い英雄になれば良い。
そう思ったアタシは、魔法使いになることはやめて剣士になることにした。
それからというもの剣の修行を今日まで続けてきた。
けれど、剣士になると今度はこう言ってくるのだ。
「大賢者の孫なのに剣だけ使うとかおかしいよね。魔法剣士じゃないの?」
周囲からの嘲笑を受けて、もうなにもかも捨て去りたくなった。
大賢者の孫という肩書が辛い。
アタシには大きすぎるよ。
なんでアタシには弟のような魔法の才能がないのか。
なんでアタシは大賢者の孫として生まれてきてしまったのか。
全てが憎くて、生きているのがイヤだと思う時期があった。
おじいちゃん以外の明確な目標ができたのは、アタシが十二才の時だ。
その日、アタシが住んでいる町を魔王軍の魔族が襲った。
家の屋根ほどもあるオークの群れが、突如として町になだれ込んできたのだ。
国の英雄である大賢者の祖父は、帝国にいる友人に会いに旅に出ていて不在。
町の大人たちがオークと戦うなか、アタシはまだ小さい弟を守るために剣を取った。
弟を家の納屋に隠して、アタシは一人で外に飛び出す。
自分の倍以上も大きいオークの前に立つだけで、体が震える。
それでもアタシは大賢者の孫で、まだ自称だけど剣士だ。
小回りならアタシのほうが利くし、きっとなんとかなる。
「化け物め、かくご!」
「ンアァ?」
オークの持つ巨大なこん棒がアタシの剣を弾き、返す形でアタシの右手を剣ごと粉砕した。
「小娘カ。旨ソウダナ」
右手の骨が逆に曲がって肉からはみ出ているのと、あんなに修行したはずなのに自分は無力だということ、そしてアタシはこのオークに食べられて死ぬんだという感情が一気にアタシの中を駆け巡り、声にならない悲鳴をあげた。
「ンジャ、マズハ足カラ食ウカ」
オークの腕がアタシの胴体を掴む。
あれだけ毎日必死に剣を握ったのに、オーク一匹にも敵わなかった。
もしもアタシに魔法が使えたら、こんなことにはならなかったのかな……。
「聖光国から王都へ帰る途中でしたが、立ち寄ってみて正解だったようですね」
戦場となったこの町で場違いなような、穏やかで凛とした女の人の声が響く。
気がつくと、アタシとオークの前に、一人の女の人が現れていた。
その人は、教会の聖女見習いの服装をしている。
年はアタシより少し二、三才ほど上。
聖女見習いが助けにきてくれたのは嬉しいけど、いまは他の人に来てほしかった。
砕けた腕を治療してもらうより先に、命を助けてもらいたいから。
「そこの貴女、わたくしが来たからにはもう大丈夫です。安心してくださいね」
いや、違う。
この人は、白地に金色の豪華な刺繍がされている服を着ている。
前におじいちゃんが言っていた。
聖女見習いは黄色の刺繍しかできないが、聖女になるとそれが金色になるのだと。
「もしかして、聖女、さま……?」
「いま助けてあげるので、動かないでくださいね」
聖女さまはにっこりと微笑まれると、「聖破光線」と小さく口にされました。
「力をかなり抑えてみましたが、これで十分だったようですね」
瞬く間に放たれたまばゆい金色の光線が、強靭なオークの上半身を軽々しく消滅させてしまいます。
いまのが光魔法……!
そういえば聞いたことがある。
聖女というのは一般的には光回復魔法の使い手で、戦闘は得意ではない。
けれども今代の聖女さまは、歴代の聖女さまの中でもずば抜けて光魔法の才能があるらしく、回復魔法だけでなく戦闘スキルも凄いのだと。
たしか、その方の名前は……。
「聖女イリスさま?」
「わたくしの名前を知っていたようですね。それよりも、まずは腕を治してあげましょう。『天使の祝福』」
腕が元通りに再生する摩訶不思議な現象から目を外して、アタシはイリスさまの様子をうかがいます。
近くで見る聖女イリスさまは、とても美しい方でした。
王都の教会に飾ってある聖女さまの絵画よりも綺麗。
まるで女神さまのよう。
「これでもう大丈夫です。わたくしは他の魔族を一掃してきますので、貴女はどこかに隠れて大人しくしていてくださいね」
次の標的へと向かって歩き出すイリスさまを、「あの……!」と呼び止めます。
お礼が言いたい。
だけど、緊張して言葉が出なかった。
代わりに、イリスさまはアタシの頬をそっと撫でてくれます。
「町の人たちを助けてきます。これ以上は誰も死なせませんので、安心してくださいね」
聖女イリスさまは光魔法で魔族を次々と撃破し、傷ついた村人に回復魔法をかけて癒して回っていた。
その姿は大賢者のおじいちゃんのような英雄でもあり、神々しい女神さまのようでもあった。
すぐさま、アタシは聖女さまのファンになった。
将来、アタシは絶対に聖女になる。
そう思ったのはいいけど、アタシは光魔法の才能を授かることはなかった。
だから、聖女さまを守れるような強い女剣士になろうと決意したのだった。
それから数年が経ちました。
「たくさんの人を救いたいのです」
そうアタシに話してくれた聖女さまは、魔王軍に殺されて、すでにこの世にはいない。
さぞかし無念だったことでしょう。
でも、それなら、今度はアタシが聖女さまの夢を引き継げばいいんだ。
アタシは毎日のように剣を振るい、数えられないくらいのモンスターを切り伏せた。
剣しか使えなくても、こんなにもアタシは強い。
他の邪魔者からの陰口に怯えるなんてもうまっぴら。
そうだ、聖女イリスさまのように頂点に立つような存在になれば、陰口は言われなくなるかもしれない。
アタシには剣の才能がある。
今のアタシが自称できることといえばなんだろう。
そう悩んだ結果、アタシは「天才美少女剣士」と自分で名乗るようになった。
そのおかげで、「なにそれ……」という冷めた反応を周囲から貰うことにはなったけど、「大賢者の孫娘なのに」という落胆の言葉は消えて行った。
変に期待されない分、アタシは奇異の目で見られるほうが何倍も楽。
魔法が使えないアタシのために、おじいちゃんが魔法剣をプレゼントしてくれた。
おじいちゃんが五十年前に勇者の仲間として旅をしていた時に、仲の良かった仲間が使っていたものらしい。
振れば風の刃を生み出す魔剣と、突けば雷が発生する魔剣。
それぞれ国宝級の化け物のような魔剣だ。
魔剣の二刀流使いとして、アタシはさらなる修練を積んだ。
剣の修行のために留学もした。
留学先の帝国の学園で一人前の剣士として認められたところで、大賢者のおじいちゃんと弟のアルミンと久々に再会した。
おじいちゃんはアルミンを連れて旅に出ているらしい。
弟のアルミンは魔法の才能があるにもかかわらず、魔法に興味がないせいでせっかくの才能を伸ばせずにいた。
だからおじいちゃんは、魔法に興味を持ってもらおうとアルミンを修行の旅に出したというわけ。
そんなアルミンは魔法ではなく、なぜか蜂蜜に興味津々の男の子に成長していた。
「姉ちゃん、帝都で一番有名な蜂蜜屋を教えてくれ!」
なぜ蜂蜜?
魔法はどうした、我が弟よ。
おじいちゃん曰く、アルミンはとある辺境の村の森で三日ほど行方不明になっていたらしい。
森から帰ってきたアルミンは、なぜか蜂蜜大好き少年になっていたというのだ。
空腹のまま森でさまよっているところで蜂の巣を見つけて、そこで蜂蜜の味を覚えたのだろうとおじいちゃんは話している。
それにしても、蜂蜜への執着が異常ではないだろうか。
アルミンは移動中ですら絶えず蜂蜜が入った小瓶を手放さず、ずっと指についた蜂蜜を舐め続けている。
いや、さすがにおかしいでしょ。
しかも、どういう訳かアルミンは魔法の修行に意欲的になっている。
そんなアルミンをおじいちゃんは甘やかしているせいか、アルミンが蜂蜜好きになったとこについてはそこまで気にしていないらしい。
姉として、アタシは弟の将来が不安になった。
学園を卒業してガルデーニア王国へと帰郷すると、国王陛下からの召喚状が届いた。
どうやら魔王軍のアルラウネを討伐する手助けをして欲しいとのことだ。
帝都で有名となったアタシの剣士としての腕を見込んでのことらしい。
大賢者の孫娘としてのアタシではなく、剣士としてのアタシに。
やっと人からアタシという個人を求められた気がした。
アタシはアルラウネ討伐のパーティーに加わり、辺境の森へと赴いた。
この森は、アルミンが行方不明となった森からそう遠くはない。
そして現在、アタシは討伐対象であったアルラウネの味方として、裏切り者の傭兵ディーゼルと戦闘をしている。
聖女イリスさまに似ているアルラウネに、命を助けてもらった恩を返そうとするのは、見当違いのことかもしれない。
それでも、不思議とあのアルラウネからは、アタシを食おうとしたあのオークのような敵意を感じることはなかった。
それに、犬耳リーダーが魔女に刺され、アルラウネがリーダーを助けた。
対して、ディーゼルは魔女と結託して、リーダーを殺そうとしている。
どちらが悪かは、一目瞭然だよ。
「まったく、動物使いが動物を倒されたら、あっしはどうすりゃいいんだあ」
ディーゼルの動物たちは、すべてアルラウネが倒してしまった。
魔女を倒すついでに動物も倒してくれたようだ。
直接的な戦闘では、動物使いのディーゼルよりアタシの方が上。
嵐を呼ぶ魔剣が、ディーゼルを襲う。
ディーゼルが背負っていた大量の荷物が、ガチャガチャと音を出しながら崩れていった。
「鳥籠?」
ディーゼルの足元に落ちた荷物の布が破け、鳥籠が出てくる。
鳥籠の中にはぐったりとしている白色の鳥が横になっていた。
ディーゼルの配下の動物かと警戒したけど、どうやら様子がおかしい。
虚ろな目をしている鳥は、くちばしをパクパクさせながら倒れたままだった。
鳥よりも、いまは敵を倒すことが優先だ。
「裏切り者には容赦するつもりはないよ。覚悟しろ!」
「一度も裏切ったことはなかったんですがね。あっしは最初から、あのお方が喜ぶことをしたいだけですから」
傷ついたディーゼルが、むしゃむしゃと蜜パンを食べ始める。
「これは王都で流行っている蜜パンというものでしてねえ。不思議なことに、食べればすぐに傷が癒えるんですよ」
「なら、パンを食べさせなければいい!」
アタシの魔剣による雷撃によろめいたディーゼルが、パンくずを落とす。
鳥籠へと落下したパンくずを、白色の鳥がパクリとついばんだ。
ぐったりとしている鳥の体が、ほのかに光を発するのが目に入った。
「アンナ、あなたがこれほど厄介な存在だとは知りませんでしたよ。戦利品を守りながら戦うのは厳しいかもしれませんねえ」
アタシはディーゼルと戦闘を続けながら、鳥の様子を見守る。
ディーゼルが話した戦利品というのは、どうやらあの鳥籠のことらしい。
アタシに鳥籠を奪われないように上手く立ち回っている。
蜜パンを食べた鳥は元気になったのか、檻に体当たりを始めた。
外に出るのを諦めたと思ったら、鳥の体が歪み始める。
「薬を嗅がせていたはずなのに、なぜ!?」
ディーゼルが驚きの声を発した。
檻は壊れ、中にいたはずの鳥が光の塊となって大きくなっていく。
この日、アタシはまだ世の中には知らないことがたくさんあるのだと学んだ。
なぜならその鳥が、白髪の女の子になったからだ。
というわけで、女剣士のアンナ視点でした。アンナはアルミンの姉になります。
コミカライズを読んだら久々にアルミンが見たくなってしまいまして、少しだけ登場してもらいました!
アンナがアルミンと再会したのは、アルミンがアルラウネの蜜の味を知ってから少し後になります。
また、「植物モンスター娘日記」のコミックス1巻が本日発売となりました!
連載当初は、まさかコミカライズとしてコミックスが発売することになるとは夢にも思わなかったので、本当に嬉しいです。
これもひとえに、皆さまの応援のおかげです。
改めまして、いつも応援ありがとうございます。
今後も頑張りますので、「植物モンスター娘日記」をどうぞよろしくお願いいたします。
次回、魔女っこ、はじめての魔女退治です。