211 精霊の力
私の蜜のおかげで、ヴォル兄の傷は完全に塞がったみたい。
ヴォル兄は元気になったことをアピールするように右手で剣を掲げながら、左手で私の頭を優しく撫でようとしてきます。
「またお前とこうして話ができるとは、夢にも思わなかったぞ」
ですが、そう呟くヴォル兄の腕は、私の頭の直前でピタリと止まってしまいました。
その視線は、私の下のほうへと向けられている。うん、なるほどね。
私が生きていたこと以上に、従妹である聖女が植物モンスターになってしまっているのが、まだ許容できていないみたいだね。
そりゃ野生のアルラウネがいきなり「私は聖女イリスです」と言っても誰も信じる人はいないだろうけど、ヴォル兄は最終的には信じてくれた。
きっとニーナのように、徐々に受け入れてくれることでしょう。
だから、今後のヴォル兄とのコミュニケーションを円滑にするためにも、私はできるかぎり笑顔のまま蔓を動かすことにします。
「見た目は、ちょっと変わって、しまいましたが、わたくしは、昔のまま、ですよ」
ヴォル兄の腕に蔓を巻き付け、私の頭をポンポンと撫でさせます。
あえて強めに蔓を動かして、昔を思い出せるように幼少の頃のようにスキンシップを取るのです。
「……ああ、オレが悪かった。許してくれ」
うん。最初に再会した時に私の分身を燃やしてくれましたが、あのことは不問にしましょう。
「許します。ですが、話は、この状況を、切り抜けた、あとに」
「生き残ることができたら、何度でも謝罪しよう。さて、久々の共闘といこうか」
ヴォル兄が味方になってくれたとはいえ、いまだに多勢に無勢。
こちら側の私とニーナ、ヴォル兄に対して、相手は魔女王とその配下の魔女軍団三十人程と、スキンヘッドの傭兵。
謎が多い黒魔法を使う魔女となれば、なにをしてくるのかわからない。
だからこそ、味方は少しでも多いほうが良いのだ。
「ちょっと犬耳リーダー、これってどういうこと!」
ヴォル兄と一緒にいた女剣士がこちらに移動しながら叫んできました。
「お前! オレの耳のことは内緒だとあれほど言っただろうが!」
それにこれは犬耳じゃなくて狼耳だと、ヴォル兄が女剣士に説教を始めます。
たしかこの女剣士さんは、私を討伐に来たパーティーの一人だったはずだよね。
スキンヘッドの傭兵は敵側だったみたいだけど、この子はどうやら敵ではないみたい。
それにしても、どこかで見たことがある顔なんだよね。
誰かに似ている気がするの。
「それよりもリーダー! さっきから気になっていたんだけど、そこのアルラウネのこと、イリス様って呼んでなかった?」
「それは……」と口ずさむヴォル兄に変わって、私が女剣士さんへとお返事をします。
「知りま、せんが、似ている、らしい、ですよ」
この場には魔女王たちがいる。
私の正体が聖女イリスであるということが、魔女にまでバレるわけにはいかないからね。
「言われてみれば、昔に見た聖女イリス様に似ているような……」
驚いた。
この女剣士さん、聖女時代の私を見たことがあったんだ。
だから私にも見覚えがあったのかな。
「わたくしの、外見は、聖女に似て、いると、街の領主様の、お墨付きを、いただいて、おりますよ」
「そっか。まあ、リーダーがアルラウネにつくなら、アタシも味方になるよ。聖女イリス様には恩もあるし、もう二度と返せない恩をそっくりさんのあなたに代わりに返させてもらおうかな!」
聖女時代の私に恩があるということは、昔の私はこの子に光回復魔法で治療でもしてあげたのかな。いつの時だろう。
とにかく、これで味方は三人。
ニーナと二人きりだった時と比べれば戦力が倍増だよ!
「にゃはは、作戦会議は終わったかにゃ?」
猫の姿のままの魔女王が、愉快そうな表情で微笑みます。
不思議なことに、私たちが話しあっている最中、魔女たちは一切攻撃をしてこなかった。
明らか好機だったのに、なぜこのタイミングを狙わなかったのかが気になる。なんだか不気味。
「オレを刺したあの魔女とは少々因縁があってな。だから、オレが相手をしよう」
ヴォル兄が魔女王補佐に向けて、なにか合図をしました。
魔女王補佐はこくりとうなずくと、牽制しあいながらヴォル兄と対峙をします。
どうやら二人が知り合いだったというのは本当みたい。どこで知り合ったんだろう。
「なら、ディーゼルの相手はアタシがするよ! 裏切り者は許すなって、よくじいちゃんが言っていたし」
女剣士さんはスキンヘッドの傭兵の前へと進んでいきました。
となると、必然的に私とニーナが、残った魔女軍団と魔女王を相手にするわけだね。
白猫の魔女王が、尻尾を立てながらこちらに話しかけてきます。
「紅花姫ちゃんとはこれで二度目だね。前回は駆除できなかったけど、今度は枯れてもらうよ~」
「それなら、あなたには、わたくしの、栄養に、なってもら、いますよ」
「この森で植物というとフェアギスマインニヒトのことを思い出しちゃうよ。紅花姫ちゃんもあの堕落の精霊姫のように、儚く散ってもらおうかにゃ〜」
魔王軍四天王の一人のある闇落ちドライアドことフェアギスマインニヒト。
元々この森の精霊だった彼女は、この魔女王の策略によって闇落ちして魔王軍四天王になってしまった。
フェアギスマインニヒトは塔の街のお祭りにお忍びで遊びに行ったり、五十年前の勇者と恋に落ちたりと、本来の彼女は人間のことが好きだったはず。
そんな彼女が、人間たちを根滅させて一緒に植物の楽園を作らないかと私に提案してきた。
私が知っているフェアギスマインニヒトは、人間のことが好きな精霊にはまったく見えなかった。むしろ、その逆で、人間たちを恨んでいた。
だけど、昔のフェアギスマインニヒトが人に恋をして、街を守ろうと人間たちのことを気にかけていたのは事実。
そんな精霊姫があれほど人間を憎むまで変貌してしまった諸悪の根源が、いま目の前にいる。
「魔女王、わたくしは、あなたを、許しません」
フェアギスマインニヒトはきっと、人と争いごとを望むような精霊ではなかったのだ。それは妹のドライアド様を見ていればわかる。
なにせ、引きこもりの妹の面倒を見ながら、森の精霊として森ごと街を守っていたのだから。
だから、フェアギスマインニヒトを倒して精霊の力を受け継いだ私にできることは、彼女がやろうとしていたように、この森を守ることだ。
「森の精霊、として、あなたには、負けません」
「にゃはは、紅花姫ちゃん、なにか勘違いしているみたいだね~」
──勘違い?
魔女王は魔女っこを攫って、私を殺しに来た。
それのどこに勘違いがあるっていうの?
「あの龍と約束してるからね~。紅花姫ちゃんには手は出さないって」
龍というのは炎龍様のことだね。
私の蜜を炎龍様に献上する代わりに、魔女王を私から手を引かせるというあの約束のことを言っているのだ。
「今まさに、手を出されて、いる最中、なのですが?」
現在進行形で約束は反故にされているよね、という意味を込めて魔女王を睨みつけます。
「にゃはは、わたしは暇つぶしに人間たちに付いてきただけだし、気が変わってそこにいる人間たちと敵対することにはなっても、紅花姫ちゃんには手は出さないよ~」
「ルーフェの、ことは、どう言い訳、するつもり?」
「ルーフェちゃんを誘拐したのはわたしじゃなくて、そこのディーゼルだから関係ないよ~。わたしはね、反対したんだよ?」
あくまで自分は関係ないと言い張る魔女王。まったく白々しいね。
「だから、紅花姫ちゃんのことを襲うつもりはないけど、代わりに街を襲わせてもらうからね〜」
「……え?」
魔女王の言葉を合図に、森に潜んでいた魔女軍団が一斉に飛び上がりました。
「紅花姫ちゃんが大事にしている塔の街を燃やして、街の人間たちを虐殺するけど、あの龍との約束はきちんと守るからね~」
この魔女王はやっぱり性格が悪い。
私には手を出さないと言いながら、徹底的に嫌がらせをするつもりだ。
でも、まさか私が何もしないとなんて思ってはいないよね。
私は森に巡らせていた全神経を集中させて、即座に植物たちを成長させていきます。
この森はすべて私の体。
どこに魔女たちが潜んでいるかというのは、目を瞑っていてもわかることなの。
浮遊魔法で飛び上がった魔女が森を抜ける前に、森の木々を操ります。
イメージするのは、闇落ちドライアドであるフェアギスマインニヒトが使っていた精霊魔法『大森林の支配権』
樹木を成長させて森をドーム状に包み込みました。
粘着質のあるモウセンゴケでコーティングをしたので、魔女たちは蜘蛛の巣に捕まった羽虫のように木に張りついた。
ジタバタしている魔女たちを、さらに「絞め殺しの木」ことガジュマルの木で締め上げます。
モウセンゴケに捕まらず空中で行き場を失った魔女たちは、ハエトリソウで直接パクリ。きちんと麻痺毒を与えることも忘れません。
突然の森の攻撃から生き残った魔女たちは風の刃や雷でこの森を傷つけようと抵抗してきます。
だけどね、それくらいのことではいまの私にはまったく通じないの。
魔女はこの森から一人も逃がさない。
残った魔女たちをハエトリソウで一人ずつパクリとしていきます。
うん、ごちそうさまです!
「にゃはは、精霊魔法『大森林の支配権』まで使えるとはビックリだよ。それにこの数の魔女が一瞬とは、紅花姫ちゃんはやっぱりえげつないね~」
「仲間を、助けなくて、いいの、ですか?」
「じゃああの子たちを助ける間、わたしに攻撃しないでくれるかな?」
「その約束は、できません」
「にゃはは、ならこれを伝えれば、解放してくれるかな?」
魔女王はそう言うと、塔の街の方角へと顔を向けます。
「街にもね、魔女を潜ませていたんだよ。あの子たちにはこう指示をしておいたの。森に異変があったら、ただちに街を火の海にして、人間たちを魔女の供物にしろと」
私はすぐさま、根を通して塔の街の植物たちの状況を確認します。
根から伝わってくるのは、人々の動揺。
少し熱いところもある気がするから、どこかで火事が起きているかもしれない。
どうやら魔女王の言葉は本当みたいだね。
「街を助けたいよね? うん、助けてもいいんだよ。わたしは紅花姫ちゃんには手は出さないから、安心して街を守りなよ」
分身を作って街に転移すれば、街にいる魔女たちを一掃することができる。
けれども、その間は本体であるこの体は無防備になる。
街を助けることはできても、その間に魔女王に殺されてしまうかもしれない。
逆に街を見捨てて魔女王を相手すれば、森にいる魔女王たちを退けることはできるかもしれない。
その代わりに、街にいる知り合いのみんなの身が危なくなる。
街の領主のマンフレートさんに伍長さん、それにドリンクバーさんや大工の棟梁さんたち。あとは悪魔メイドさんもいるね。
他にも知り合いがたくさんできた。
私のことを受け入れて、慕ってくれている住民も増えている。
聖女だった私は死んで、植物モンスターに転生してしまったけど、幸運なことにまたこうやって人との交流が取れているのだ。
私は、モンスターである私を受け入れてくれたみんなのことを、絶対に見捨てたりはしない。
「わたくしは、森の精霊として、この森ごと、街の人間たちも、守ります」
この森にいる魔女王を足止めしながら、なんとしてでも森にいるみんなを助ける。
魔女王の思い通りにはさせないよ!
コミカライズ版「植物モンスター娘日記」のコミックス1巻が明日発売となります!
皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。
コミックス発売記念として、明日も更新予定です。
次回、天才美少女剣士の憂鬱です。