206 領主の館にて情報収集
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
悪魔メイドさんから情報を収集するために、塔の街へと転移したところです。
とはいえ、悪魔メイドさんが街のどこに住んでいるのか知りません。
仕方ないので手あたり次第に探そうと、まずは街の中心部にある高い場所に体を生やしてみました。
でも、まさかここに当たるとは思ってもいなかったね……。
「あぁ、その凛とした表情に可愛らしい瞳、まさに幼い姿の聖女イリス様にそっくりだ!」
歓喜の叫び声を上げながら私の目の前でせっせと筆を走らせているのは、この街の領主であるマンフレートさんです。
どうやら領主の館の庭に分身を生やしてしまったようなんだよね。すごい偶然。
「なんでここにアルラウネが生えてるんだ!?」と、館の人たちを驚かせてしまって、ちょっと大変だったの。
すぐさま私のことは館中に伝わったみたいで、小走りでやって来た領主様は庭に椅子と机を並べて私のスケッチを始めたというわけ。
「次は女神様に祈るようなポーズで頼む」
「わかり、ました……ですが、約束は、忘れて、いません、よね?」
「もちろんだとも。冒険者組合の新米受付嬢をここに連れてきて、二人きりで話させて欲しいというやつだろう? 領主である私にかかれば簡単なことだ」
私の絵を描かせることを了承した代わりに、悪魔メイドさんをここに呼んでもらうことにしたのだ。これなら街中を探し回る必要もないし、一番確実な方法だよね。
そしてマンフレートさんは相変わらず私の絵を描くことがお好きのようです。
正確に言うと、いまの私ではなく聖女時代の私だけど。
とはいえ、聖女に似ていて美しいと褒められるのは私としても悪い気はしないけど、アルラウネとなったこの姿を絵に描かれて人間に見られるのは少し恥ずかしいんだよね。
でも、いまは我慢です。
知らない間に魔王軍の四天王にさせられているみたいだし、今後のためにもきちんと情報を収集しないと!
「領主様は、私の絵を、描くのが、お好き、なのです、よね?」
「そのとおりだ。祭りで主役となる紅花姫殿の絵を描くのが、なによりの楽しみなのだよ!」
「でしたら、最近の、私の噂を、なにか、ご存じあり、ませんか?」
「噂か……最近だと、紅花姫殿を女神様が遣わしてくださった神聖なアルラウネとして祀りあげる者たちが急激に増えてきたという話だな」
もしかしなくても、その方々は私の狂信派な気がしますね……。
「報告によると、その者たちの主導者は教会のシスターだということだ」
えぇえええ!?
シスターさん、狂信派のリーダーになってるのー??
女神様を崇める教会のシスターが、植物モンスターであるアルラウネを讃えていることが教会に知られたら、絶対に大変なことになるって!
まあそれは聖女見習いであるニーナも同じとも言えることだけど……。
とにかく、シスターさんたちは私を見ても騒がずにもう少し落ち着いて欲しいところです。
他にもいくつか質問をしてみたけど、塔の街には魔王軍の情報は入っていないみたい。
たいした情報を得ることなく、そのまま絵のモデルを続けることになりました。
そうしてマンフレートさんの絵が四枚に突入したところで、庭園に新たなお客さんが現れます。
「領主様、お探しの受付嬢をお呼びいたしました」
騎士に両脇を挟まれながらやって来たのは、顔を青くして体をビクビクと震えさせている悪魔メイドさんでした。
右手で帽子を押さえながら、左手でスカートの端をギュッと掴んでいます。
「よく来てくれた。そう緊張しなくとも良いぞ」
いいえマンフレートさん、悪魔メイドさんは緊張しているから震えているわけではないと思うのです。
今にも泣きそうなのは、帽子の下の悪魔の角と、スカート内に隠している尻尾が露わにならないかと心配しているからですよ。
正体が人間ではなく悪魔だというのがバレたら、いつかの私みたいに人間たちから命を狙われることになるだろうからね
そんな悪魔メイドさんの憂いにまったく気がつかない領主様は、交替するように席を立ちました。
「今日は良い日だ。紅花姫殿の絵を三枚も描くことができたからな。あとは約束とおり二人きりにするゆえ、好きにするがいい」
マンフレートさんはお付きの騎士を連れて館の中へと戻っていきました。
庭園に残ったのは、私と悪魔メイドさんの二人きり。
「アルラウネだったのね、あたしを領主の館に呼んだのは…………正体が悪魔だと知られて、領主の前で処刑されるんじゃないかと生きた心地がしなかったわ」
「それは、ごめん、なさい」
「ふん、いいのよ。同じメイドの仲じゃないの。それよりも、わざわざあたしをこんなところに呼ぶなんて、なにか大事な用があるんじゃないの?」
「実は私、魔王軍の、四天王に、なっている、ようなのです。なにか、ご存知、ですか?」
「ご存知も何も、宰相様がアルラウネを四天王に推薦したことは当然知っているわよ」
「なに、それ!?」
悪魔メイドさん、私が四天王になってたこと知ってたの?
「前に言ったでしょう、あたしはあなたに憧れているって。ただのメイドから四天王に成り上がった魔族なんてこれまで誰もいなかった。アルラウネの四天王就任の話を聞いて、あたしがどれだけ自分のように喜んだか……て、なに言わせるのよ、恥ずかしいじゃない!」
ぷいっとそっぽを向く悪魔メイドさん。
そういえば氷の城でフロストゴーレムを倒したあと、悪魔メイドさんが私にそんなことを言っていたっけ。
植物である私に憧れるなんて悪魔メイドさんは変わっているなと思ってたけど、あれって私が四天王になっていたから憧れているって意味だったんだ。
まあ私は四天王になるつもりは一切ないんだけどね。
「ハーピーが、王国の街に、何かをばらまいた、と言って、いましたが、あれは四天王に、ついての物、だったの?」
「宰相様がパルカ様に命じて、人間の街にアルラウネが四天王になったと宣伝したみたいね。一躍時の人……いいえ、時の花よ、アルラウネ」
ということは、やっぱり私を四天王にさせたのは魔王軍宰相こと姉龍の陰謀だったんだ。
私のことが気に入らないことをいいことに好き勝手やってくれて……もう絶対に許しませんよ!
「もしかして、アルラウネはそのこと、知らなかったの?」
「もちろん、初耳、ですよ」
寝耳に水とはまさにこのことです。
本当に寝ている間に水の音が聞こえてきたら喜んで根を伸ばしてしまうのだけど、現実はまったく嬉しくないね。
「それに、しても、宰相は、なぜ私を、四天王に、しようと、考えたの、でしょうか」
最後の四天王を私に差し向けるなり、森に火をつけるなり、もっと他にも方法があったはず。
それなのに、なんでわざわざ私を四天王にする必要があったんだろう。
「それならあたし知ってるわよ」
「し、知って、るの!?」
「ええ。だってあたし、宰相様が密談していたその場にいたんだもん。こっそり聞いちゃったの」
「どういう、こと!?」
「氷の城でね、宰相様と魔女王がお茶会をしたのよ。城にメイドはあたし一人しかいなかったから、お茶会の準備をするのが大変だったんだから」
姉龍と魔女王がお茶会?
あの二人がそんな仲だったなんて知らなかった。
悪魔メイドさんは「アルラウネを四天王にした理由はね」と、話を続けてくれます。
「なんでも、いまの勇者は王都に引きこもっていて怖くないんだって。一番厄介だった聖女も死んで、残る脅威はヴォルフガングって人間だけだったみたい。その人間をアルラウネにぶつけて、倒してもらおうとしてたみたい」
私がヴォル兄を倒せば、魔王軍は何もしないで王国の精鋭を一人葬れることになる。
万が一私がやられたとしても、姉龍にとっては好都合。
どういう結果になったとしても、魔王軍にとってはメリットしかないということになるね。
「動けないアルラウネのもとに王国の人間を誘導するために、四天王に任命したみたいね」
そんな理由のために、私を四天王に仕立て上げたの?
正直、いまの私は人間相手の戦いで負ける心配がありません。
姉龍は私が王国からの精鋭に負けるとでも思ったのかな。
「そういえば魔女王もなにか絡んでいるような様子だったけど、詳しくはわからなかったわ」
もしも姉龍の計画に魔女王が加わっているなら、魔女っこが行方不明になったのもわかります。
おそらく、魔女王が魔女っこをさらったのだ。
私に直接手を出さないと炎龍様に約束させられているというのに、こそこそと動いてくるとはいい度胸ですね、魔女王さん。
それにしても、魔女っこが消えたのと討伐部隊が現れたのはほぼ同じなのも気になるね。
もしかして魔女っこが消えたのは、討伐部隊と何か関係があるのかな。
悪魔メイドさんから他に情報を聞き出そうと思ったところで、異変に気がつきます。
何者かが、森に侵入している!
人間が六人、いや、七人かな。他にもなにかの生き物の気配がする。きっとヴォル兄たちだ。
しかも、私の本体からとても近い位置にいるよ。
森から街の分身アルラウネに転移していたせいで、いまの私と森を繋ぐ根っこはかなり長くなっています。そのせいで森での様子に気がつくのに時間がかかったみたい。
「アルラウネ、どうかしたの?」
「森に、侵入者が、現れたようです」
本体は蕾にして休ませたままとはいえ、無防備な状態なのには変わりありません。
早く森に戻らないと!
「私は森に、帰ります。いろいろと、教えてくれて、ありがとう、ございました、ヤスミンさん」
「あたしの名前、覚えていてくれてたんだ……」
この前、ひげ面の男の人が悪魔メイドさんのことをそう呼んでいたのを覚えていたからね。
少し嬉しそうな表情をしている悪魔メイドさんに「ごきげん、よう」と別れの挨拶をしながら、分身のこの体を種に戻して森へと転移を行います。
「アルラウネ! また何か困ったことがあったら、あたしを呼びなさいよね!」
悪魔メイドさんの声が聞こえるのと同時に、私の意識は森の本体へと戻ります。
森へと帰ってきた私が最初に目にしたのは、地面に倒れているニーナの姿でした。
に、ニーナ!?
ここで何をしているの??
私の視線に気がついたのか、ニーナが私を見上げます。
「────!」
ニーナは私のさらに上の方を見つめながら、声にならない声で私に何かを伝えようとしてきました。どうやら喋れないみたいだね。
そこまでして私に何かを伝えたいみたいだけど上に何が……うへっ!?
火炎瓶がたくさん降ってきてる!!
すぐさま蔓を使って、全ての火炎瓶を丁寧にキャッチ。
ふう、危なかったね。
「ニーナ、教えて、くれて、ありがとう」
対するニーナは、こちらを見ながらまったく動こうとしません。
よく見てみると、顔が青ざめているみたい。
「もしか、して、怪我を、している、のですか」
蔓でニーナの体を持ち上げます。
体がだらんとしているし、麻痺しているみたい。
「これを、飲んで、ください」
ニーナに蜜を飲ませると、すぐに血の気が戻っていきました。
美味しそうに蜜を飲み干したニーナが、目を輝かせながら口を開きます。
「……お久しぶりです。ただいま戻りました」
本当ですよ。王都へ旅立ったニーナのことを、ずっとこの森で待っていたんですからね。
だから、またこうしてニーナの無事な姿が見れて、すごく嬉しいですよ。
「ええ、ニーナ、おかえり、なさい」
こうして私は、久しぶりにニーナと再会したのでした。
お読みいただきありがとうございます。
更新長らくお待たせいたしましたm(_ _)m
次回、森の聖女と王都からのお客人です。