旅記 一匹狼の魔法剣士は森のダンジョン攻略に挑む 前編
四天王討伐パーティーの魔法剣士視点です。
オレの名前はヴォルフガング。
元勇者パーティーの一人である魔法剣士だ。
とある人物に狼の耳を生やされてしまったオレは、呪いを解くため旅をしていた。
だが突然王都に呼び戻されてしまい、王命によって魔王軍の四天王討伐パーティーのリーダーをすることになってしまった。
国の一大事なら仕方ない。
仕事をしない勇者の代わりに、できる限りのことをやろうとオレは決めた。
新しいパーティーの仲間は六人。
リーダーであるオレ。
大賢者オトフリート様の孫娘である魔剣使いのアンナ。
元勇者パーティーの一員であり王国騎士団長の息子であるリュディガー。
灯火の聖女が雇ったスキンヘッドの傭兵ディーゼル。
案内役として同行している、塔の街の騎士団長ホフマン。
そしてこの四天王討伐パーティーの責任者である黄翼の聖女ニーナだ。
王都から国境付近である塔の街付近まで、この六人ではるばる旅をしてきた。
そして現在、とある小さな町に滞在している。
この町は塔の街の一つ手前に存在しているので、魔王軍四天王である紅花姫アルラウネの情報を収集することにした。
いったんそれぞれが町中に散らばり、夕方に宿屋に集まって情報を共有しようとしているのがちょうど今である。
「さて、集めてきた情報を一人ずつ話してくれ」
オレの発言に対し、最初に手を挙げたのは塔の街の騎士団長ホフマンだ。
彼はこの町の冒険者と塔の街の協力者を使って、紅花姫アルラウネを亡き者にしようと奇襲をしかけたらしい。それだけでなく、森に火をつけようとしたのだとか。
それは失敗に終わってしまったのだが、どうやら雇った冒険者がアルラウネに火矢を刺したらしい。今ならアルラウネは弱っているかもしれないという情報だった。
つまり、ここに来る途中の道ですれ違った集団はホフマンの手の者だったというわけだ。
それに、アルラウネに矢が一本刺さったというが、はたして四天王クラスのモンスターがそれだけで弱るだろうか。
勇者パーティー時代、オレたちは四天王を一人倒したことがあったが、そいつは矢を何十本射ったところでたいしたダメージになるような輩ではなかった。
おそらく、紅花姫アルラウネも無傷に近いだろう。
ホフマンの話をあてにすることはできないな。
続いて、他の仲間たちも話を始め出す。
曰く、塔の街の領主は紅花姫アルラウネにご執心。
塔の街では聖蜜という食べ物が流行っている。
森には木の巨人が住んでいる。
森には虫型のモンスターが多数生息している。
森の中を走る木が闊歩している。
ある日を境に、この辺り一帯の樹木がいきなり元気になった。
というような情報が上がっていく。
あまり大した情報ではない気もするが、塔の街の領主がアルラウネにご執心というのは、アルラウネに操られている可能性が考えられる。
森で目撃情報がある巨人やモンスター、そして謎の走る木だが、アルラウネ配下のモンスターの可能性が高いだろう。
聖蜜というのは関係ない情報だろうが、他は何かに使えるかもしれない貴重な情報だ。聞き流すことはできない。
そして最後に口を開いたは、傭兵のディーゼルだった。
彼はスキンヘッドの強面の傭兵だというのに可愛い動物好きで、いつも愛猫とともに行動している。
そんな意外性のある傭兵の情報を耳にした瞬間、オレは動揺を隠すことはできなかった。
「紅花姫アルラウネについてですがねえ、どうやら聖女イリスにそっくりな外見をしているらしいですぜい」
──イリスにそっくりだと!?
傭兵ディーゼルは自分の膝の上に座らせている愛猫の頭を撫でながら、「ヴォルフガングの旦那これを」と、一枚の手配書を見せてくる。
その手配書には、イリスそっくりの少女の姿が描かれていた。
幼馴染であり従妹であるイリスと瓜二つの少女。
まさかこれから討伐するアルラウネが、イリス似のモンスターだなんてと簡単には信じることができなかった。
けれども、オレ以上に動揺している人物がこの場にいた。
その一人が、黄翼の聖女ニーナだ。
急に顔をうつむかせて、冷や汗をかいている。
黄翼の聖女がイリスに憧れを抱いていることを知っているので、彼女がこうなるのは仕方ないことだろう。
だが、一番驚いたのは王国騎士団長の息子であるリュディガーだった。
彼は突然、床を大きく叩きながら怒声をあげたのだ。
「聖女イリスに似ているアルラウネだと!? そんな偶然あるはずない。きっと何かがあるはずだ!」
元勇者パーティーの一員であるリュディガーはオレの幼馴染であり、同時にイリスとも幼馴染でもある。
小さい頃、口にはしなかったがイリスに恋心を抱いていたのをオレは知っている。
イリスを守るために騎士になると豪語していたくらいだ。
そんなイリスが勇者と婚約したあとは、聖女であるイリスへの恋心は尊敬と憧れに変化し、一人の騎士として聖女イリスのことを慕っていた。
だが、イリスが国やオレたち仲間を裏切って魔王軍に寝返ったと知り、こいつの憧れは怒りに変わった。
今ではイリスの名前が出るだけでこうやって機嫌が悪くなるしまつだ。
「イリスほどの力を持った聖女が、なにもしないで死ぬなんてことはありえない。きっとなにかしらの計画を残していて、いずれは俺たち王国へ手を出してくるはずだ」というのがリュディガーの口癖である。
そんな妄言は誰も信じていなかったが、イリス似のアルラウネが出現したとなると話は変わって来る。
しかも、この地はイリスが死んだ場所からそう遠くはない。
まさか、紅花姫アルラウネは、イリスと何か関係があるのだろうか……。
いや、そんなはずはない。
イリスはもう死んだのだ。
変な考えは捨てよう。
オレは話を変えるために、これからの我がパーティーの行動に関わる大事な話をすることにする。
「今後の話になるのだが、一つ残念なことがある。街へと繋がる道だが、封鎖されてしまったようだ」
塔の街ではもうすぐ春の訪れを祝う祭りが開催される。
その祭りに要人が参加するらしく、街の中に外部の人間が入るのを隔離しようとしているらしい。
しかも領主直々の命令らしく、教会の人間だろうと貴族であろうと一切の立ち入りを禁じるというお触れつき。
こちらは国王陛下直々の命令を受けているのだが、冬の大雪のせいで道が使用不可能となり現在修復中だとか、森で祭りの儀式を行っているからしきたりで外部の人間に見られるのはマズいだとか、あれこれ理由をつけられて追い返されてしまった。
無理やり通ることはできるが、四天王討伐時に拠点となる街と問題を起こすのはなるべく避けたい。
「リーダー。じゃあ祭りまでここで待ってろっていうの?」
大賢者様の孫娘であるアンナが細身の二本の剣に手をかけながら、オレに抗議する。どうやら待つのは嫌みたいだ。
「安心しろアンナ。祭りまでは待たん。オレたちは道を通らずに、一気に森の中を進む」
現在地から塔の街までは歩いて半日だという。
ならば森の中を歩いても、二日もあれば紅花姫アルラウネの住処まで到着するだろう。
森の中を歩きたくないという塔の街の騎士団長ホフマンとリュディガーの反対はあったものの、黄翼の聖女ニーナと傭兵ディーゼル、そして大賢者様の孫娘であるアンナの賛成もあり、森の中を進むことになった。
「森はダンジョンになっているかもしれない。気を引き締めて望むぞ」
翌朝。
オレは宿屋にある黄翼の聖女の部屋の前まで、足を運んでいた。
実は、紅花姫アルラウネがイリスに似ているという話、昨晩からずっと頭から離れないのだ。
そこで思いついた。
黄翼の聖女は塔の街で紅花姫アルラウネを見たことがあるかもしれない。
もしかしたら何か知っているのではと思い、話を訊きに来たのだ。
オレは扉をノックしようとして、ピタリと動きを止める。
──中から、話し声が聞こえる……?
黄翼の聖女と大賢者様の孫娘であるアンナは相部屋だ。
だが、アンナは朝の鍛錬に行くためさきほど宿屋の外へと走って行ったのをオレは知っている。
実はオレは、外でアンナの鍛錬に少しだけ付き合ってきたばかりなのだ。
アンナはそのままどこかに鍛錬をしに出かけた。
だから今の黄翼の聖女は部屋に一人のはず。
それなのに部屋の中からは黄翼の聖女の他に、もう一人別の女の声がする。おかしい。
耳を澄ましてみる。
俺の耳は狼耳なこともあり、人間よりも聴力がいい。
そのおかげで、扉越しでも話し声がよく聞こえてきた。
「この町にあなたがいるなんて思わなかった。見つけたわたしえらい。会えて良かった」
「し、信じられません。あなたはまさか……」
いったい誰と話しているんだ?
もしかしたら、黄翼の聖女が第三者と内通しているということも考えられる。
中にいる謎の人物の正体を知っておいたほうがいいかもしれないな。
オレは四天王討伐パーティーのリーダーとして、あえて中に入ることにした。
扉をノックし、無礼を承知で返事が聞こえる前に扉を開く。
中に入ると、窓際の椅子に座っている黄翼の聖女と視線が合う。
そしてその窓に、一羽の白い鳥が止まっているのに気がついた。
けれども、他に人の気配はしない。
「話し声が聞こえたが、黄翼の聖女一人か? アンナはどうした?」
「……一人です。ア、アンナはですね……ちょうどいま、窓から外に飛び出てしまったのです。その時の声が廊下まで聞こえてしまったのですね」
嘘だ。黄翼の聖女は嘘をついている。
アンナはずっと前にこの部屋から出て行ったはずだからな。
なぜ黄翼の聖女は嘘をついた?
そもそも、いったい誰と話していたんだ?
まさか、独り言をつぶやいているのを聞かれて恥ずかしいと思い、嘘をついたとでもいうのだろうか。
そこでオレは、窓で羽を休めている一匹の鳥へと視線を向ける。
この鳥、あの時の鳥に似ているな。
去年の夏、怪我をしているのを助けたにも関わらず、オレの財布を掴んで飛んで行った恩知らずのあの鳥。
だが、いくら似ていても同じ鳥なわけない。きっと同種類の鳥なのだろう。
独り言ではなく、鳥と会話をする聖女。
それはそれで微笑ましいものがある。
きっと鳥と戯れているところを、オレがたまたま耳にしてしまったのだろう。
話し声に聞こえたのは気のせい。鳥が人の言葉を話すわけはないからな。
「それでヴォルフガング様、朝から何の用でしょうか?」
「ちょっと訊きたいことがあってな。紅花姫アルラウネがイリスに似ているという話のことなんだが……」
オレがそう言った途端、黄翼の聖女が突如胸を押さえだして震え出した。
「ヴォルフガング様、だ、大丈夫です。ちょっと体調が悪くなっただけなので……」
黄翼の聖女は懐から黒色の筒を取り出し、それを口に含んだ。
彼女は体が弱いらしいく、時折こうやって薬を飲んでいる。
病弱の聖女。
その単語を聞くだけで、身を奮って彼女の盾となろうとする兵士が相当数出てくることだろう。
「ヴォルフガング様、まだ胸の動悸が収まりません。申し訳ないですが、少し横になってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、そうしたほうがいい。オレは失礼するとしよう。突然、申し訳なかったな」
そのままオレは、宿の外へと出る。
急にオレが現れたせいで、驚かせてしまったのかもしれない。
黄翼の聖女には悪いことをしたな。
今日は一日休みの予定だから、しっかりと体を癒して欲しい。
「それにしても……」
黄翼の聖女がいつも飲んでいるあの薬。
いつも甘い香りがしてくるんだが、いったい何の薬なんだろうか……?
今度、それとなく聞いてみるか。
それからオレは、宿の外の木陰に座りながら久しぶりに瞑想をすることにした。
明日以降、森に入れば魔王軍との戦闘は避けられない。
そのためにも、いまのうちに魔力の操作精度を上げておこうと思ったのだ。
しばらく気を鎮めていると、空の上のほうから何者かの気配を感じた。
視線を上げると、黄翼の聖女の部屋からあの白い鳥が羽ばたいて飛んでいくところだった。
あの鳥、まだ黄翼の聖女の部屋にいたのか。
それにしても、あの鳥からなにやらただならぬ気配を感じる。
改めて思うと、やっぱり何か変だった。もしかしたら普通の鳥ではないかもしれない。
しくじった。まさかあの鳥、魔王軍の手先ではないよな?
そうだとすると、まずい。
こちらの情報が敵に知られてしまう。
オレは静かに腰を上げ、白い鳥が飛んで行ったほうへと走り出した。
白い鳥の後をつける。
もしも鳥がただの鳥ならそれで良し。
だが万が一、魔王軍の手先だったら。
その時は仲間を守るためにも、オレはなすべきことをしよう。
というわけで、久しぶり狼耳のヴォルフガングさん視点でした。
随分と前に彼の視点が出てきましたが、やっと彼の視点と本編を交わらせることができそうです。
次回、一匹狼の魔法剣士は森のダンジョン攻略に挑む 後編です。