201 雨乞いの魔女っことスカウトされる私
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
突然だけど、森の一部が何者かによって燃やされてしまいました。
全焼してしまうような事態だけは避けたい。
せっかくここまで育った私の森が灰になるのはイヤだし、そもそも燃えてしまえば私の命もないからね。
とにかく、急いで火を消さないと。
そう思いながら本体へ転移して戻ると、妹分であるアマゾネストレントが空を見上げているのが目に入りました。
森の一大事だというのに、この子はなんで空をぼーっと眺めているの?
アマゾネストレントは私と違って自由に動ける足があるのだから、私を置いて逃げても良かったのに。
もしかして空になにかあるのかなと気になった私は、視線を上げてみます。
すると、森の上空に、白い翼を生やした小さな人間が浮いていたの。
──魔女っこだ!
私が森に戻ったことに気がついた魔女っこは、私のいる地面のほうへと顔を向けてニコリと微笑みながら叫びます。
「荒天魔法“豪雨”」
魔女っこが両手を大きく広げると、空に薄黒い雲が集まってきました。
そして、バケツをひっくり返したような大雨が降ってきます。
あれは、魔女っこが新しく覚えたという魔女だけが使える黒魔法。
天候を操る荒天魔法だ。
あの魔法でハーピーのパルカさんを倒したらしいけど、話を聞いただけだと魔女っこがどうやって戦ったのかずっと気になっていた。
でも、実際に見てみると納得してしまう。
ここ一帯の天気を書き換えてしまうような大魔法が使えるなら、魔女っこがパルカさんに勝ったのがよく理解できるよ。
私は両手を空へと大きく広げます。
お水おいしい。
森を雨水が優しく包み込みこんでいく。
これなら火事もすぐに消えることでしょう。
魔女っこのおかげで、森は救われるのだ。
すごいよ、魔女っこー!
前の森にいた時に私は雨乞いの巫女に就職したことがあったけど、あの時は思ったように雨を降らせることはできなかった。
それなのに、いまの魔女っこは自由に雨を呼べる。
こんなことができるようになったなんて、本当に頑張ったんだね。尊敬するよ。
白い翼を広げながら、魔女っこが空から降りてきました。
私は魔女っこの体に蔓を巻き付けて抱きつきます。
えらいえらいと頭を撫でてあげると、魔女っこは「アルラウネのお姉ちゃんとして、当然のことをしただけだから」と不思議なことをつぶやきました。
どうやら魔女っこは、いまだに自分のほうがお姉さんだと思っているみたい。本当は私のほうがお姉さんなのにね。
なんだかかわいい。背伸びしている妹には、もっとよしよししちゃうよー!
「こんなに巻き付いてきて、やっぱり怖かったんだ。アルラウネはわたしが守るから、もう火を恐れなくてもいいんだよ」
魔女っこが私の頭をよしよしとし返してきます。
お互いがお互いの頭を撫でる。
その光景を、目の前にいる妹分のアマゾネストレントが無言で見つめています。なんだか恥ずかしい。
同じように恥ずかしそうにする魔女っこが、うつむきながらぼそりと呟きます。
「わたしが雨を降らせれば、もうアルラウネが水に困ることもない。これからは水やり担当のあの冒険者が森に入ってアルラウネに水やりなんてしなくて済むの……」
たしかにドリンクバーさん一人に水やりをさせるのは申し訳なかったんだよね。
魔女っこの荒天魔法があれば、ドリンクバーさんを水やりという労働から解放してあげることができる。
今度、ドリンクバーさんに教えてあげるとしましょうか。
でも、その前に魔女っこに一つ尋ねてみようかな。
「白い翼が、なくても、空を、飛べたよね?」
浮遊魔法があるのだから、わざわざ背中に翼を生やす必要はなかったのではないかと思ったの。
「なくても飛べるけど、背中から羽を生やしたほうが速く飛べるから……」
一刻も早く、火事から森を救うために頑張ったみたい。
本当に嬉しいね。魔女っこ、ありがとう。
こうして、魔女っこの荒天魔法のおかげで、森を襲った炎は全て消火されました。
被害は小火程度。
大火事にならなかったこともあって、森に大きな損傷はなかったから良かったよ。
それからしばらくして、伍長さんとドリンクバーさんが、領主のマンフレートさんの代わりに事の顛末を話に来てくれました。
森を放火したのは街の過激派の人間だったみたい。
他の街からやって来た冒険者たちと協力して、私を亡き者にしようとしたらしいの。
この事件に激怒した領主様は、首謀者と実行犯たちを街からの追放処分にしたそうです。
だけど安心するのはまだ早いと言いながら、伍長さんは私に忠告してきます。
「隣町でアルラウネの嬢ちゃんの手配書が発行されているらしい。もしかしたら、今回のようなやつらがまた森に来るかもしれない。気をつけたほうがいい」
それを聞いた魔女っこが、「隣町……」と小さく口にしました。
手配書かー。
私のことを知らない冒険者からしたら、私は倒すべき悪いモンスターなんだろうね。しかも討伐したらお金までもらえる。
私はただ森で静かに暮らしたいだけで、他の街の人にまで迷惑をかけたことなんてなかったはずなのにね。
人間と交流するようになって楽しいことは増えたけど、同時に厄介事も増えてしまった。
だけど、伍長さんやドリンクバーさんのように、いつかはみんなも私のことを受け入れてくれる日が来るかもしれない。
その日が来るまで、諦めないで頑張ろう。
ずっと独りぼっちだった昔のことを思えば、たとえ命を狙われたとしても、いまの私はとっても幸せなのだから。
「アルラウネの嬢ちゃんには街に戻って塔の再建をしてもらいたいが、まだ残党が残っているかもしれない。しばらくは森でおとなしくしておいたほうがいいだろう」
街での安全が確保できるまでの間、私は森でお留守番をすることになりました。
キーリとウッドゴーレムは街に残ってもらって、大工さんたちと一緒に仕事をしてもらう。
命令を出せばウッドゴーレムはオートで動いてくれるから助かるね。
今後の方針が決まったところで、ドリンクバーさんが私に声をかけてきます。
「話は変わるけど、今度街で祭りが行われるんだ。よかったら紅花姫様も参加してみないかい?」
塔の完成予定日付近に、春の訪れを祝うお祭りが行われるらしいの。
そういえばもうそんな時期だったね。
聖女時代の私は公爵令嬢で、しかも聖女として一年中忙しかったから、実際に祭りを見ることはほとんどなかった。だけど、知識としてだけは知っています。
豊穣を祈願し、病や魔女などの悪いものを街から追い払う儀式みたいなことをするんだよね。
追い払われる役として、魔女や魔族の仮装をする街の人がいると聞いたことがあるよ。
でも、そんなお祭りに私が出てもいいのかな?
私はモンスターで、しかも魔女っこは本物の魔女だよ?
街から追い払われる役なら、できれば参加はしたくないな……。
「この街の祭りでは、最後に街の代表が女神の塔の最上階へ上って女神様に祈りを捧げるんだ。その役を是非とも紅花姫様にお願いしたいと、領主様が乗り気なんだよ」
困ったように微笑むドリンクバーさん。
本当ならば、その役割は教会の聖女見習いが行うはずだったようです。
だけどこの街唯一の聖女見習いであるニーナは、王都へと旅立ったまま。
だから代わりに、聖女イリスに似たアルラウネであり街を救った立役者である私に白羽の矢が立ったらしい。というか、領主様の独断と偏見によるものみたいだね。
たしかに私は元聖女だったのだし、その役にはもってこいかもしれないね。
伝承によると、女神様は聖都にある月の女神の塔の最上階に住んでいるといわれています。
高い場所にいる女神様に少しでも近くからお祈りができるようにと広がったのが、この女神の塔なのでした。
だけど、そんな神聖な塔にモンスターである私が登ったら、女神様は怒ったりしないかな?
というか私、どうやって塔の上に登ればいいんだろう。
根っこが地面から離れないんだけど。だって私、植物だから。
「無理には言わないが、どうだい?」
「私が、そんな重要な、役をしても、街の人は、怒りませんか?」
「この街の人間は元々、ドライアドが住む森とともに生きてきた。ここ数十年はこの辺りの魔王軍が活発だったせいでドライアドやアルラウネに悪い感情を持つ輩も増えたが、なかには人間に友好的な者もいるのだとみんなが思い直してきている。だから怒る者などいないさ」
「でも、女神様の、お祭りなのに、人間ではない、私が参加、しても、いいので、しょうか?」
「モンスターなのに女神様のことを気にするなんて、君は本当に変わっているね。女神様のお気持ちはボクなんかが推し量ることはできないが、個人的には君に参加して欲しいと思っているよ。もちろん、領主様も同じさ」
伍長さんが「俺も同じ気持ちだ。それに、他の冒険者仲間もみんなアルラウネの嬢ちゃんの味方だ。安心しろ」と、笑みを見せてくれます。
ドリンクバーさん、伍長さん……。
そこまで言うなら、私が行ってもいいのかな?
「迷惑に、なりま、せんか?」
「迷惑になると思ったら、最初から誘わんさ。女神の塔の再建だって、認めたりはしない」
言われてみれば、そうかもね。
それなら、お言葉に甘えさせてもらって、私もお祭りに参加させてもらいましょう。
「わかり、ました。参加させて、いただき、ます」
すべての人間から信用されたわけではないけど、少なくともこの街の人たちは私のことを受け入れてくれる。
それがとても嬉しくって、誇らしい。
それに、人間の時ですら実際に参加したことがないお祭りに、まさかアルラウネになってから参加することになるなんて思わなかった。
人生、本当になにが起きるかわからないね。
私の人生はもう終わってしまったけど、アルラウネとして第二の命を授かった。
生前は仲間から裏切られて夢半ばに死んでしまうような悔いが残る人生だったからこそ、せめていまだけでも自由に生きたい。
モンスターになってしまったけど、私も人間のお祭りを楽しんでもいいと言ってくれた。
それなら、全身全霊で楽しまないと失礼だよね!
あぁ、いまからお祭りが楽しみ。
伍長さんとドリンクバーさんは、街に戻って警備をしながらお祭りの準備をするそうです。
塔の再建だけでなく、冒険者の残党を探しながらお祭りの準備をするのは大変だと口にしていました。
そんな二人に対して蔓を振りながら見送っていると、一つの名案が浮かんできます。
なんだか忙しそうだし、みんなのためにもこの私が協力してさしあげましょう。
だって私、暇なの!
よし、決めました。
私も全力で、お祭りの準備を手伝うよ!
燃えてしまった森は、すぐに植物生成で再生したので元通りになっています。
次回、人間に変装すればお忍びで街に行っても大丈夫だよねです。