帰道 迷子の悪魔メイドによる人間の街放浪記
悪魔メイドさん視点です。
あたしの名前はヤスミン。
魔王城のメイドをしているわ。
だけど、宰相様の命令で人間との戦いの最前線に連れて行かれてしまったの。
それからは上司のハーピーにこき使われながら、氷の城で一人働く日々。
ここは寒くて辛い。早く魔王城に帰りたいわね。
そんなあたしの状況を、あのアルラウネが救ってくれた。
フロストゴーレムを倒してしまったの。さすがはあたしが認めたメイドね。やるじゃない。
氷の城がなくなったからここでの仕事は終わり。これでやっと魔王城に帰れる!
そう思ったのも束の間、ハーピーのパルカ様はあたしのことを忘れて、一人で魔王城へと飛んで行ってしまった。
部下を置いて先に帰るなんてひどい。
アルラウネも仲間と一緒に森に戻ってしまった。
じゃあ、あたしはこれからどうすればいいわけ?
歩いて魔王城に戻るなんて無理。
何日かかるのかわからないし、そもそも方角がわからない。
ねえ、教えて。
ここはいったいどこなの?
魔王城に帰る手段をなくしたあたしは、森の中をあてもなく歩きます。
この辺りは人間の生息地。
魔族であるあたしが人間に見つかったら、襲われるかもしれない。
念には念を入れて、頭の角を帽子で隠し、羽を外套で隠します。あとは尻尾をスカートの中に丸めれば、なんとか人間に見えるはず。
あぁ、屈辱だわ。
悪魔であるあたしが、人間のフリをしなければならないなんて。
それから森の中を何日も彷徨いました。
飲まず食わずで足がボロボロになるまで歩いた結果、ついに街にたどり着いたの!
けれども高台にあるその街は、人間の街だった。
こうなったら仕方ないわ。
このままだと飢えて死んでしまうだろうし、怖いけど街に入りましょう。
ビクビクしながら街を散策していると、破壊された塔を見つけました。
どうやら去年、魔王軍がこの街を襲ったらしい。
その時の恐怖からか、住人は魔族に対して良い感情を持っていないことがわかったの。
あたしの正体が悪魔だとバレたら、きっと復讐の的にされてしまう。
そうしたらひどい目にあわされて、あたしは無残に殺されてしまうわ……。
早く食べ物を手に入れて、街から離れよう。
だけど、人間の街はそう簡単な場所ではなかったの。
あたし、お金がないのよ!
お金がないと物が買えないから、何も口にできない。
お腹がすいたわ。もう限界。
でも、下賤な人間に食べ物を恵んでくたさいとねだるつもりもない。
なら、やることは一つ。
あたしは店の食べ物を盗むことにしました。
あまり気乗りはしないけど、生きるためには仕方がないわ。
そうして食べ物が並んでいる店で食料を盗んだところまでは良かった。
だけど、青色の鎧を着た青髪の人間に、あえなく捕まってしまったのだ。
しかも、こいつはどうやら冒険者らしい。
どうしよう、あたしは非戦闘員のメイドだから、戦えないのよ。
逆らったらあたしは殺されてしまう。絶対に正体がバレないようにしないと。
「あたしは怪しい人間じゃないわ」
「ああ、わかっているとも。こんな若いお嬢さんが盗みを働くなんて、きっと訳があるのだろう。今回は見逃してあげるから、もう二度とやるんじゃないぞ」
「二度とやらない? そんなわけないじゃない。だってあたしにはお金がないんだから」
「金は働けば稼げるさ。さあ、君の家はどこだい? 送っていくよ」
「この街に帰る場所なんてないわよ!」
そう告げると、青色の鎧の男は、悲しそうな顔を見せてきます。
「そうだったのか…………悪いことを聞いたね。すまない」
「わかればいいわ。でも、帰る家もお金もないあたしに、なにかすることはないの?」
そこに並んでいる食べ物をあたしに買ってください。
そういうつもりで言ったはずなのに、青色の鎧の男は「ボクに任せてくれ」と、あたしの手をエスコートし始めました。
「良いところを紹介しよう」
青色の鎧の男はとある建物へとあたしを連れて行きます。
そこで偉そうにしている人間に、「この子をここで働かせてくれないか?」と話しかけはじめました。
なななな、なに言ってるのこの人間―!?
悪魔であるあたしが、人間の街で働くですって?
冗談じゃないわよ。
誰がそんなことするもんですか。
「格好から見るに、どこかのメイドか?」
「ええ、そうよ」
あたしは魔王城で働く高貴なメイドなの。
「彼女はメイドをしていたらしいんだが、どうやら金もなければ帰る家もなくなってしまったようなんだ。面倒みてやってくれないか?」
「……主人に追い出されたのか。まあ、ここは来るもの拒まずだし、ホルガーさんの頼みなら仕方ない。メイドの嬢ちゃん、冒険者組合へようこそ!」
信じられないことに、それからあたしは冒険者組合で受付嬢をすることになってしまいました。
しかも住み込みで朝夕の食事つきです。
く、屈辱よー!
なんで悪魔であるあたしが人間の街で人間と同じ生活をしないといけないの?
意味がわからないわ。
「ヤスミンちゃーん、酒持ってきてくれー!」「あ、こっちも追加でー!」
「はーい!」
て、なによこれ!
なんであたしが人間に酒を注がないといけないの?
それにあたしは冒険者組合の受付嬢なのよ。
同じ建物の中に冒険者用の酒場が併設されているのはいいけど、そっちまで手伝うつもりはないんだからね!
「いやー、ヤスミンちゃんは本当に働き者だ。このままずっとここで働いて欲しいものだな」
ひげ面の冒険者組合の組合長が、腕を組みながら満足そうにうなずいています
ずっとここにいて欲しいですって……?
冗談じゃないわ。
数日の間、冒険者組合で働いてわかったことがあるの。
恐ろしいことに、ここは魔族や魔物を狩る人間が集まるところだったのよ!
しかも、こいつら冒険者はあたしたちに懸賞金をかけて、殺した死体の一部を持ち帰ることで金銭に変えている。
それを職業にしているだけでなく、どいつも魔物や魔族を殺すことに全く躊躇がないみたいなの。
こ、怖すぎるんですけど…………。
あたしの種族は悪魔だけど、ここにいる人間たちこそ悪魔と呼ばれていいと思う。
とはいえ、それを除けばここの人間は思ったよりも悪くはなかった。
人間は全て魔族を殺すために生まれ、魔物の血を好んで飲んでいるという話を子供の頃に聞かされたけど、どうやらあれは間違いだったみたい。
魔族を殺すことを生きがいにしているやつらばかりだけど、飲んでいるのはお酒ばかり。魔族とあまり変わらないのね。
そしてもう一つわかったことがあるの。
冒険者組合の酒場で給仕をしているあたしに、顔なじみになった冒険者の酔っ払いたちが声をかけてきます。
「この街は最近、変わったんだよ」
「何かあったの?」
「紅花姫様が魔王軍の四天王から街を救ってくれたんだよ。それだけじゃない、こうして食料まで与えてくれた。紅花姫様がいなければいま頃、二度と酒と肴を楽しむことはできなかっただろうな」
どうやら冒険者組合にある野菜は、すべてアルラウネが作ったものみたいなの。
しかも二年連続で大寒波が街を襲ったにもかかわらず、こうして採れたての野菜を毎日食べられるのも、アルラウネのおかげ。
「だが、他の街から来た冒険者どもはそれがわかっていないようだ」「紅花姫様はモンスターだが、人間の味方なのにな」「ホルガーやフランツだけでなく、領主様までもがアルラウネに入れ込んでいるしな」
紅花姫様というのは、あのアルラウネのことよね。
実はこの間、アルラウネを街で見かけたのよね。
人間を使って、塔を造るつもりらしいの。
しかも蜜を配布して、街の人間たちの心を握っているみたい。
さすがはグリューシュヴァンツ様に気に入られているメイドだわ。
同じメイドとして誇らしい。
あたしも見習わないとね。
「あれ、ヤスミンちゃん。スカートの中からなんか出てるぞ」
「ひぃいっ!?」
し、尻尾が見られた!!
悪魔だとバレてしまったわ……!
モンスターを狩ることを生業としている冒険者組合の本拠地で、まさかの悪魔バレ。
あたし、死にましたわね。
短い命だったわ……。
「その尻尾、まるで悪魔みたいだな」「もしかして今度やる祭りの仮装の準備か?」
…………え?
祭りの仮装ですって?
「冒険者組合で悪魔の仮装とは面白いな」
「く、組合長!?」
「ヤスミンお前、いつの間にそんなの仕込んだんだ?」
いつの間にって、尻尾は生まれた時から生えていたんですけど……。
「良い余興になりそうだな。祭り、楽しみにしているぞ」
「ひゃ、ひゃい……」
どうやらあたし、悪魔だとバレなかったみたい。
だけど、このままだといずれ正体が魔族だと気づかれてしまうかもしれない。そうなったらあたしは無抵抗に殺されてしまう。
だってあたし、戦えないのよ。
メイドだから。
人間ばかりのこんな危険なところに一人でいるなんて、命がいくつあっても足りないわ。
頼りになるのは、同じ人間ではないアルラウネだけ。
なんとかアルラウネに接触しないと。
あたしがアルラウネに会うことを決意した翌日。
受付嬢として働いている時に、あたしをここに連れてきた青色の鎧の男がやって来ました。
「ヤスミンちゃん、新しい依頼なにかないかな。できれば高額のものがいいんだけど?」
「たしか、さっき隣街から届いた小包に、Aクラス難易度の依頼が入っているはずだって組合長が言っていたわね」
まだ誰も明けていない小包を開きます。
「ええと、これね。討伐依頼の内容は、ユニークモンスターである紅花姫アルラウネの討伐。生死問わずで、達成者には高額の報奨金が…………」
て、これ、あのアルラウネのことじゃない?
魔王城のメイドなのに人間たちから恐れられて指名手配されるなんて、凄いことだわ。
同じ魔族として誇らしいわね。さすがは、あたしが尊敬する戦うメイドなだけはあるわ。
この手配書をアルラウネに見せたら喜ぶことでしょうね。
「ホルガー、大変だ!」
冒険者組合に、一人の人間の男が慌てながら入ってきました。
青髪の冒険者は、「フランツか。そんなに急いでどうしたんだい?」と声をかけます。
「アルラウネの嬢ちゃんが冒険者に襲われた!」
な、なんですって!?
どうやら、塔を再建していたアルラウネを、他の街の冒険者たちが襲ったみたい。
しかもモンスターの廃絶を主張している街の住人と共謀して、森に火を放ったようなの。
あたしはすぐさま、青髪の冒険者と一緒に塔の建設現場へと向かいます。
けれども、アルラウネの姿はどこにも見えませんでした。
大工の話によると、アルラウネは冒険者を撃退したら姿を消してしまったらしい。
火矢を受けたみたいだから、弱って姿を隠したのかも。
「それで、こいつらがバカなことをしたよその冒険者たちか」
青髪の冒険者が、縄で拘束されている冒険者たちのことを見下ろします。
そしてその中の一人に、水魔法を放ちました。
目を覚ました一人の人間に対して、「なぜこんなことしたんだ?」と、尋ねます。
意外なことに、冒険者は素直に話をしてくれました。
「街がモンスターに支配されたと、この街の住人から依頼を受けたんだよ。高額な依頼だったから、徒党を組んで狩りに来たんだ」
「いったい誰がそんな依頼を?」
「この街の騎士団長をしている男だと聞いたが」
青髪の冒険者は「あの男か……」と遠くを見つめました。
そこで、「紅花姫様の森が燃えているわー!」という女の叫び声が聞こえます。
街の片側に広がる大森林が、燃えている。
森林火災を消火するのは容易ではない。大火災にでもなれば、人間にはどうすることもできないのでしょう。
「このままじゃ、街も火事になるんじゃ……」と、誰かがつぶやきました。
せっかくここでの生活に慣れてきたところなのに、街が燃えてしまうのはちょっと嫌かもね。
それに森が燃えたら、あのアルラウネが悲しむわ。
青髪の冒険者や修道服の女は森の火を消そうと動き始めている。
メイド仲間のアルラウネのためにも、あたしが一肌脱ぎましょうか。
そこであたしは、不思議なものが視界に入っていることに気がつきます。
森の上空に、何かが飛んでいたの。
白色の大きな翼を背に生やした人間が、空に浮いている。
長くて白い髪の女の子。
間違いない、アルラウネと一緒にいた人間の子供だわ。
その白髪の少女は、両手を空へと広げます。
すると驚くことに、白髪の少女を中心に黒色の雲が集まってきました。
森を包み込むように広がるその雲から、一粒の水滴が落下します。
「雨だわ」
あの人間の子供が、雨雲を呼んだんだ。
すぐに大雨になって、大量の雨水が森に降り注ぐ。
気がつくと、火は全て消えていた。
雨雲は散り、雲の切れ目から光が差し込む。
光の柱をバックに、白髪の少女が堂々と森の中へと降りていくのを、あたしたちは静かに見つめました。
その光景を見た修道服の女が、ぽつりとつぶやきます。
「天使様……!」
人間の神話に出てくる、女神の使いである天使。
まさか、アルラウネの仲間のあの少女は、人間じゃなくて天使だったの?
翼も生えてたし、空も飛んでいた。
あたしの上司であるハーピーのパルカ様も倒していた。
たしかに天使なら納得だわ。
でも、なんで天使がアルラウネと一緒にいるのかしら。
今度アルラウネに訊いてみましょう。
それともう一つ忘れてはいけないことがあるわ。
魔王城への方角も教えてもらわないとね。
帰り道がわからないと、帰れないの。
まったく、あたしはいつになったら魔王城へ帰れるのよー!
というわけで、悪魔メイドさんのお話でした。
いつの間にか街に住み着いていたようです。
ちなみに忘れがちですが、青髪の冒険者のホルガーというのはドリンクバーさんのことです。
次回、雨乞いの魔女っことスカウトされる私です。







