198 聖女が女神の塔を建て直すことは問題ないですよね
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
フロストゴーレムを倒したことで大雪は終わりを迎え、季節は春になりました。
これまでの寒さが嘘のよう。
太陽の光も日に日に強くなっているし、毎日が光合成日和。
全身の葉緑素が歓喜の声を上げているのがわかります。
あぁ、春よ。あなたはどうして春なの?
なんで四季なんてものがあるんだろうね。一年中がずっと春だったらいいのに。もしくは夏でも大歓迎です。
私にとって過ごしやすい季節になったわけだけど、どうやらそれは他の人間さんたちも同じだったみたい。
森の雪が解けたことで、久しぶりに塔の街からお客様がやって来たのだ。
塔の街の領主様であるマンフレートさんが、お供の騎士を連れて私に会いに来てくれました。
「相変わらず紅花姫アルラウネ殿は聖女イリス様にそっくりでお美しい!」
「ごきげん、よう。領主様も、変わらず、お元気そうで、なによりです」
と口では言ったもののマンフレートさん。あなた、ちょっと太ったんじゃない?
ただでさえ丸っこかった輪郭が、さらに豊かに成長されている気がしますよ。
でも動物は冬になると脂肪をため込むというし、自然の摂理ということにしておきましょう。
「今日は紅花姫殿に礼を言いに来たのだ。野菜や蜜などの食料を提供してくれたおかげで、無事に冬を乗り切ることができた。それだけでなく、金の綿の売り上げが非常に好調だ。この調子でいけば、魔王軍に破壊された街の再建費用も直に貯まることだろう」
続けて、貴族であり領主であるマンフレートさんが、「街が冬を越せたのは紅花姫殿のおかげだ。心から感謝する」と、私に頭を下げてきました。
お付きの騎士たちは「モンスターに頭を下げるのはおやめください」とマンフレートさんに口では言いますが、実際に止めようとする人は一人もいません。
むしろ、同じように私に頭を下げる騎士のほうが多かったくらいです。
「感謝、されるような、ことは、何も、していま、せんよ」
私はマンフレートさんたちから視線を外しながら、心の中で喜びの声を叫びます。
マンフレートさんだけでなく、周りの騎士たちまでもが私のことを認めてくれているのだ。モンスターである私のことを。
これが嬉しくないはずがありません!
私はここにいていい。そう言われている気すらしてくるよ。
「それともう一つ。七日前、突然大雪が止みました。天候も温かくなり、あの苦しい大寒波が嘘だったのではないかと思えるほどだ」
光合成日和の気持ち良いお天気になりましたもんね。
「そこで思ったのです。もしや大雪を鎮めてくださったのは、紅花姫殿ではないかと?」
「買い、かぶり、すぎですよ」
魔王軍を撃退したのは私だけの手柄じゃないからね。
道案内と私の根っこの先導を買ってくれた妖精キーリに、森で留守を預かってくれた妹分のアマゾネストレント。そしてなにより、ハーピーのパルカさんを一人で倒してしまった魔女っこの活躍があってこそだよ!
まさか魔女っこがパルカさんに勝ってしまうなんて驚きだったよね。
魔女っこのお姉さんとして、私も鼻が高いよ。
「買いかぶりと言いますが、でしたら、そこで立っている巨人は何なのでしょうか? まるで神話に出てくるゴーレムのように見えますが」
「……あれは、ウッド、ゴーレムです」
「これまで森にゴーレムはいなかったと思うのだが、最近ゴーレムを手に入れるような出来事があったのではないか?」
どうやらこのままゴーレムのことを見なかったことにはしてくれないみたいだね。
マンフレートさんには正直に話しておきましょうか。
私は城塞の街に作られた魔王軍の氷の城で、大雪の原因だったフロストゴーレムを撃破したことをマンフレートさんに教えました。
ハーピーのパルカさんや、悪魔メイドさんのことは省いてあります。
パルカさんは私の味方になってくれると約束してくれたけど、森で暮らすわけではないからマンフレートさんが会うこともないだろうしね。
彼女はいままでと同じように魔王軍に在籍して、私にこっそりと情報を流してくれることになりました。口禁の魔法に抵触しない程度のことだけだけど、それでもありがたいよね。
そういえば悪魔メイドさんはどうしたんだろう。
パルカさんと一緒に魔王城に戻ったのかな。
そのまま魔王城の巨大で豪華な外観を連想したところで、私は気がついてしまいます。
もしかしたらあの魔王城は、このゴーレムが造ったものかもしれないよね。
神話では、ゴーレムは聖都にあるとされる本物の女神の塔を造ったとされていました。そのゴーレムを魔王軍が所持していたのだから、同じように何か建築物を建てさせたかもしれません。
ゴーレムには建築技術がある。
せっかくだから、その技術をここでも活かしてもらうのはどうだろうか。
とはいっても、ゴーレムは体が大きいから細かい建築には向いてなさそう。森で造ってもらいたいものも特にないしね。
ならどうしようかと考えたところで、先ほどのマンフレートさんの言葉を思い出します。
そうだよ、街の復興に使ってもらえばいいんだ!
「マンフレート様、折り入って、お願いが、ございます」
「紅花姫殿には返しきれないほどの恩がある。何でも言ってくれ」
「でしたら、お願い、申し上げます。わたくしに、街の塔を、再建させて、くださいませ」
女神の塔を作ったという神話のゴーレムがいるのだ。
せっかくだし、街の壊れた女神の塔を復元したい。
塔の街というくらいだし、街のシンボルは早く直さないといけないよね。
それにあの塔は、私が壊しちゃったみたいだし……。
元聖女として、非常に申し訳なく思っているの。
きちんと責任、取らないと…………。
「我が街の女神の塔は、聖都にある女神の塔を模して大昔に造られたものだ。当時の技術でも建てるのに何年もかかったと伝えられているが……」
「大丈夫、です。わたくしが、なんとか、します!」
建物造りが得意なウッドゴーレムに手伝ってもらえば、きっとなんとかなるよね。
問題があるとすれば、元の塔は石製ということです。
その石は私が巨大化した際に蔓で砕いてしまったみたいなの。新しい石を切り出してくるのは時間も労力もかかる。
となれば残る解決策は一つ。
木製にしてしまえばいいのだ!
「塔は、木製に、したいの、ですが、よろしい、でしょうか?」
「元の形にしないと教会が煩そうだが、同じ物を建てるのにいったいいくら金がかかるのか想像もできない。いくら金の綿と聖蜜の輸出で利益が出ているとはいえ、明日の食料にも難儀している今の我が街ではいつになっても塔の再建など不可能だろう」
マンフレートさんは納得するようにうんうんと肯定します。
「街が四天王に襲撃され、トロールにされる者が続出し、さらに街のシンボルであった女神の塔が四天王に破壊されてしまった。住人には悲壮感が残っている。ここで塔を再建すれば、少しは明るい気持ちになってくれるかもしれないな」
「いえ、あの塔を、壊したのは、わたくし、でして……」
「みなまで言うな。紅花姫殿がいなければ、精霊姫フェアギスマインニヒトによって塔だけではなく街ごと瓦礫となっていただろう。紅花姫殿が責任を感じる必要はない」
そ、そうではなく、塔を折った実行犯が私なんです……。
「女神の塔を修復することで、街は立ち直ったと民たちは感じてくれるかもしれない。少しでも不安が無くなれば、きっと皆の顔も笑顔になることだろう」
マンフレートさんは絵を描くことと聖女である私の追っかけだけが趣味の貴族だと思っていたけど、意外と領民思いのところもあるんだね。
ただの私のファンだというわけではなかったんだ。ちょっと見直しちゃった。
「それに木製の塔となれば、塔の街と紅花姫殿がより一層絆を深めたという友好の証にもなる。なにより聖女イリス様似のアルラウネが女神の塔を造るなんてこと、考えるだけで興奮してしまうじゃないか!」
ちょっとマンフレートさん、落ち着いて。
いきなり大声を出したものだから魔女っこが怖がっているよ。引いているともいえるけど。
私はコホンと咳払いをしながら、大切なことをマンフレートさんに確認します。
「塔を、再建するに、あたって、わたくしと、ウッドゴーレムが、街に入ることを、お許し、いただきたい、のですが?」
それまで上機嫌だったマンフレートさんが、私の言葉を聞くと真剣な表情に変わりました。
「女神の塔を建てたという神話のゴーレムなら問題はないが、いくら紅花姫殿とはいえ街にモンスターを入れるわけには……」
「そう、ですか……」
私の花びらがしゅんと落ち込みます。
どれだけ街の人たちに認められても、私は人外のモンスター。
森に静かに暮らしている分には許されても、人の領域である街の中に入ることは同意できないみたいです。
私はもう人間ではない。
だから二度と街に入ることはできないんだ……。
「ちょっと人間、あれだけアルラウネ様の御恩を受けながら、それはないんじゃないの!」
そう声を荒げたのは妖精キーリでした。
キーリ……大丈夫、もういいの。
私の代わりに怒ってくれただけで、なんだか心が救われた気がするよ。
「…………ああ、そこの妖精の言う通りだ。私は間違っていた。反対する民もいるだろうが、そんなことはどうでもいい。むしろ大恩ある紅花姫殿を街に迎えるチャンスだと思えばいいのだ!」
マンフレートさんは私のほうへとずかずかと歩み寄ると、私の蔓をガッシリと掴みます。
「是非とも我が街に来て欲しい。魔王軍から街を救った英雄として大々的に歓迎させてくれ」
こうして私は、塔の街へと根を伸ばすことになりました。
とはいっても、街の人たちに受け入れてもらえるかな。
自分の下半身を見つめながら、ため息を吐いてしまいます。
思えば、街の冒険者や騎士団長から、モンスターだからと数えられないくらい命を狙われてきました。
あの時は誰も私の味方はいなかった。
でも、いまは違う。
マンフレートさんや伍長さんにドリンクバーさん、それに大工の棟梁さんたちだって私のことを信頼してくれている。
だからきっと大丈夫。
こちらから攻撃的な姿勢を見せなければ、友好的なモンスターだって街のみんなにもわかってもらえるはず。
怖いけど、勇気を出して頑張ろう。
そうして街のみんなと、仲良くなるのだ!
マンフレートさんだけでなく街の人たちも、四天王の精霊姫フェアギスマインニヒトが女神の塔を破壊したと勘違いしていたりします。
次回、初めての人間の街です。