日報 新米聖女見習いと躍動する王都 後編
引き続き、新米の聖女見習いのニーナ視点です。
あたしの名前はニーナ。
灯火の聖女様との二人きりの会談から数十日が経ち、あたしは四天王討伐パーティーの一員として王都を出発することになりました。
パーティーメンバーはあたしを含めて六人です。
あたしとヴォルフガング様に騎士団長の息子、そして傭兵と大賢者の孫娘。それに加えて、案内役として塔の街の騎士団長があたしたちに同行することになりました。
門出を祝うために集まった王都民からの声援を受けながら、あたしたちが乗る馬車が王都の外へと動き始めました。
カタコトと揺れる馬車旅の中、あたしは灯火の聖女様から教えてもらったイリス様の真実について考えます。
イリス様が王国を裏切って魔王軍側についたなんて、今でも信じられません。
ですが、聖女であったはずのイリス様が実際にモンスターとなってしまっていることを考えると、なんだか筋が通っているようにも思えなくはないのですよね。
魔王軍と繋がっていたからこそ、魔物に身を堕とした。
そんなことが可能なのかは知らないですが、現にイリス様は植物モンスターのアルラウネになっています。
それに、イリス様は魔女の子供と一緒に暮らしています。
魔女は人間の敵です。しかも、聖女の天敵でもあります。
現にあたしが森のイリス様に会いに行くと、あの魔女の子供はいつもあたしのことをじーっと睨んでくるのですよね。きっと聖女であるあたしに対してよくない思いを抱いているのでしょう。
魔女は魔王軍と手を組んでいるという噂ですし、イリス様が人間を裏切っているのであれば魔女と仲良くすることは理にかなっています。
でも、イリス様が本当に魔王軍に通じていたとするなら、一つ疑問があるのです。
アルラウネとなっていたイリス様は、魔王軍と対峙していました。
すでに四天王である光冠のガルダフレースヴェルクや精霊姫フェアギスマインニヒト、そして獣王マルティコラスを撃破しています。
もしも本当に魔王軍と共謀しているのなら、仲間である四天王を倒すなんてことはしないと思うのです。
それだけではなく、塔の街の人たちとも親密な関係を築いていましたし、あたしにも良くしてくれました。
ですからイリス様が王国を裏切って魔王軍に寝返ったなんてことは、あたしは信じられません。
とはいえ、人間がアルラウネになるということも、普通に考えれば信じられないことでもあります。冷静に考えると、そっちのほうがあり得ないですよ。
実はあのアルラウネはイリス様の記憶も持っただけのモンスターで、あたしはいいように騙されているというほうが納得できます。
でも、あたしはあのアルラウネがどうしてもイリス様ご本人にしか見えないのですよね……。
ちょっと雰囲気は変わられましたが、根本的なところはイリス様と同じように思えました。
それに、あの聖蜜にこめられた光魔法は間違いなく聖女イリス様のものです。
アルラウネがイリス様自身ということについては確信が持てます。
だからこそ、この四天王討伐パーティーの討伐対象がイリス様だった時が一番困るのです。
モンスターとなっているイリス様のことをどうやってみんなに説明すればいいのでしょうか。上手い言い訳が思いつかないです。
それでもあたしは、早くイリス様に会いたい。
灯火の聖女様が話していたことの真偽について、色々と尋ねないといけないですからね。
「黄翼の聖女様、さっきから難しい顔をしていますが、何か気になることでも? 初めての遠征で緊張しているのであれば、オレでよければ相談に乗ろう」
四天王討伐パーティーのリーダーであるヴォルフガング様が、あたしに声をかけてくれました。どうやら気をつかってくれたようです。
「でしたら教えて欲しいのですが、聖女イリス様の最期はどういう状況だったのでしょうか?」
「……イリスの最期か。そういえば黄翼の聖女様はイリスの大ファンらしいな」
どうやら、いつの間にかあたしがイリス様のファンだということが知れ渡っているようですね。
「イリスの最期は勇者と灯火の聖女が看取ったらしい」
「らしいということは、ヴォルフガング様はイリス様を見てはいないのですか?」
「あの三人だけ別行動していたからな。しかも魔王軍との戦いが激しかったようで、イリスは死体も残らなかったようだ。後で勇者にその現場を見せてもらったが、たしかに酷い有様だったからな……」
教えてもらったイリス様の最期は、王国が公式で発表したことと同じでした。
やはりイリス様の裏切りは王国の上層部だけで隠匿されているようです。
ヴォルフガング様はそのことをご存知ではないのでしょうか。あたしが知らされているくらいですから、当時の仲間であるヴォルフガング様が知らないということはないと思うのですよね。
それと、新しい情報も一つありました。
イリス様が国を裏切ったということの真偽に関係なく、最期を看取ったのは勇者様と灯火の聖女様のお二人だけということです。
イリス様は、自分は魔王軍と戦って命を落としたわけではないと話してくれました。
そして、勇者様と灯火の聖女様をあまり信用しないでとも。
灯火の聖女様のあの言葉から推測するに、おそらくお二人の間で何かあったのでしょう。
死んだはずのイリス様が植物モンスターのアルラウネになっていたのです。
イリス様の死には何か秘密があるのではと薄っすら思っていましたが、秘密があるのは勇者様と灯火の聖女様も同じかもしれませんね。
正直なところ、灯火の聖女様のイリス様への言いようはあんまりでした。
イリス様が生きていたということを灯火の聖女様に伝えれば両手を上げて喜んでくれると思っていたのに、あの様子では火に油を注ぐだけですよ。
あそこまで酷いことを口にする灯火の聖女様を、あたしは許せません!
イリス様と灯火の聖女様は先輩後輩の間柄であり、師匠と弟子の関係でもあります。
だからこそ心の底から二人は通じ合っているものだと思っていたのですが、どうやら違ったようですね。
灯火の聖女様については貧民街の少年たちを使って、あたしなりに色々と調べてみました。
とはいっても、わかったことはごくわずか。灯火の聖女様がイリス様のご実家を馬車で訪れたということくらいです。
結局何もわからないままですが、これだけはわかりました。
イリス様の死には、勇者様と灯火の聖女様が大きく関わっているようです。
あたしは確かめなければなりません。
イリス様と勇者様、そして灯火の聖女様の間にいったい何があったのかを。
そのためにも、早くイリス様に会いたい。
直接お会いして灯火の聖女様の話が真実なのか尋ねたい。
そしてついでに、イリス様の新鮮な聖蜜をいただくのです……!
王都を出発してから十数日が経過しました。
この日、見慣れたガルデーニア王国の景色に異変が起きました。
あたしたちが進むアルラウネの森の方向から、数十人ほどの集団がこちらへと歩いてきたのです。どの人も大きな荷物を担いでいるのが気になります。
ヴォルフガング様が「お前たち、そんな荷物を抱えてどうしたんだ?」と、道行く人たちに問いかけました。
声に反応した一人の男性が、馬車の前に立ち止まりながらヴォルフガング様に応えます。
「あんたら、たいそうな馬車に乗っているようだが、もしかしてこの先に行くのか?」
「そのつもりだが」
「やめておいたほうがいい」
その男は一度大きく息を吸ってから、小さく呟きます。
「森が、暴れているんだ」
森が暴れる?
もしやフライハイト大平原を森が侵食したという話のことでしょうか。
「俺たちはこの先の街から来た。みな、新しい街へと移り住むためだ」
他の人たちも話に加わってきます。
「森を搾取してきた俺たちに罰が下ったんだ」「やはり森に火をかけるのはよくなかった」「深淵の姫がお怒りなのだ」
ヴォルフガング様は「その姫というのは、紅花姫アルラウネのことか?」と、民たちに尋ねます。
「あの少女……いや、モンスターはたしかにアルラウネだった」「花も紅色だったな」「まるで聖女のように美しかった」
聖女のように美しいということは、そのアルラウネはイリス様のことで間違いなさそうですね。
あたしは我慢できずにその男性へと声をかけます。
「そのアルラウネが、街を襲ったのですか?」
聖女であるイリス様が人を襲うなんて考えられません。
きっと何かの間違いのはずですよね。
「いや、襲ったのは俺たち人間のほうだ」「街の一部の人間と近隣の冒険者たちが徒党を組んで森に攻め込んだんだ」「そういえばあのアルラウネは最初から戦う意思がなかったな」
その言葉を聞いて、あたしは心の中で胸をなでおろします。
やはりイリス様はイリス様です。
人を襲うなんてことはしないですよね。
「街は森に覆われてしまった」「まあ行けばわかるさ」
そう言うと、男たちは王都のほうへと歩いていきました。
イリス様……。
いったい何をされているのですか!?
魔王軍の四天王となっただけでは飽き足らず、街まで森に変えてしまうなんて!
まさか、本当に魔王軍に鞍替えしたわけではないですよね?
四天王に就任したというのは誤りですよね?
イリス様に直接お会いして問いたださなければならないことが、また増えてしまいました。
でも、もうこれ以上は増えないですよね……?
ですが、その不安が見事に的中してしまうことを、この時のあたしはまだ知りませんでした。
というわけでニーナ視点でした。
王都では色々と動きがあったようですね。
次回、聖女が女神の塔を建て直すことは問題ないですよねです。