日報 新米聖女見習いと躍動する王都 中編
引き続き、新米の聖女見習いのニーナ視点です。
あたしの名前はニーナ。
このたび、見習いが取れて晴れて新米聖女となることになりました。
ですが、全く嬉しくはありません。
なぜならあたしが聖女となったのは、政治的な要因があったからです。
あたしを四天王討伐の責任者にするために、無理やり聖女に仕立てるなんてあんまりですよ。
“黄翼の聖女”だなんて勝手な二つ名までつけられてしまいました。
とはいえ、何も悪いことばかりではありません。
なにせ、その四天王というのはアルラウネとなったイリス様のことだと思われるからです。
イリス様を討伐する責任者となってしまったのは嫌ですし討伐なんてする気は微塵もないのですが、イリス様に不利益がないよう何かと便宜を図ることができそうですね。
会議から数日後、四天王のもとへと向かうパーティーの人選も始まりました。
勇者パーティーのように、少数精鋭で討伐部隊を編成するべきだと会議でまとまったからです。
現在、王都にいる人間の中で最も強いのは勇者様です。
けれども、その勇者様が王都から離れるおつもりはないとなれば、他に頼りになるのは一人しかいません。
それが、勇者様と双璧をなすといわれた、魔法剣士のヴォルフガング様です。
放浪癖があるヴォルフガング様は行方不明となっていたようですが、冬の間にどなたかが居場所を突き止めたようです。
王都へ呼び戻されたヴォルフガング様の他にも、近隣から出自を問わず優秀な人物が集められました。
そして“黄翼の聖女”というあたしの通り名が王都で浸透してきた頃、四天王討伐パーティーの顔合わせが行われることとなったのです。
集合場所である王宮の貴賓室へ入ると、スキンヘッドの強面の男性が一人で椅子に座っていました。
初めて目にする方です。
あたしはこの日のために頑張って覚えた資料を思い出します。
それによると、どうやら彼は灯火の聖女様が雇った傭兵のようですね。
かなりの凄腕のようで、彼を仲間に加えるのに相当額の大金が支払われたと聞いています。
しばらくすると、王国騎士団長のご長男がお見えになられました。
彼は5年前の勇者パーティーの一員でもあり、勇者様とヴォルフガング様の次に強いと噂されている人物です。
そして最後に、男女のペアが入室してきました。
二人のうち、小柄な女の子のほうへと視線を向けます。
細身の双剣を携える彼女は、大賢者オトフリート様の孫娘です。
実は、彼女が討伐パーティーに加わる予定は、最初はありませんでした。
大賢者様に四天王討伐パーティーの一員になって欲しいと便りを出したところ、不在であるらしい大賢者様の代わりに孫がやって来たのです。
強さは未知数らしいですが、そんな子をパーティーに入れてしまっていいのかちょっと心配ですね。まあ一番心配なのはあたし自身なのですが……。
そして討伐パーティーの最後の一人へと、視線を向けます。
大賢者様の孫娘の隣にいる帽子の男性こそが、“宮廷魔導士の一匹狼”と呼ばれているヴォルフガング様です。
勇者パーティーの一員でもあった彼は、今回集められた5人の中で最も実力があり、そして一番信頼における人物だと伺っています。
そのため、彼にはこの四天王討伐パーティーのリーダーになってもらう予定でもいるのです。
全員がそろったところで、あたしは王命によってこの5名でパーティーを組んで四天王を討伐することになったと彼らに説明をします。
皆さんに快く承諾してもらえるよう、あたしはイリス様の振る舞いや言葉を真似ながら理想の聖女を演じました。
あたしが責任者ということ自体が不釣り合いなことなのはわかっているので、せめて見た目だけでも聖女らしくならねばと頑張ることにしたからです。
とりあえずひと通り話は終わりました。
でも、あたしにはこの顔合わせで最も重要なお仕事がまだ残っています。
それは、ヴォルフガング様に四天王討伐パーティーのリーダーになってもらうことです!
あたしが責任者になっているとはいえ、実働部隊のリーダーにまでなるのは無理ですからね。あたし、みんなを率いていけるほど強くもなければ、実戦経験もないのです。
「ヴォルフガング様。5年前、勇者様と双璧をなすともいわれたあなたのお力が必要です。どうかこの四天王討伐パーティーのリーダーとなって欲しいのです」
「ならその勇者はどうした? あいつとその妻になった聖女を呼んで来い。あの二人なら即戦力だ」
や、やっぱり普通はそう思いますよね……。
あたしも勇者様と灯火の聖女様には是非ともパーティーのメンバーになって欲しいと思っているのですが、行きたくないと断られているのでこれ以上は何もできないのです。板挟みになるのは嫌ですね。
「勇者様とその妃である聖女様は、お二人とも体調がすぐれないため、同行はできないそうです」
「信じられないな。どうせ仮病だろう」
ヴォルフガング様、鋭いですね。
やはりお二人の仲間だったことがあるだけあって、その辺のこともよくわかっているようです。
そこで、あたしはとんでもないことに気がついてしまいました。
ヴォルフガング様は5年前の勇者様パーティーの一員でした。
つまり、イリス様とは旧知の仲ということにもなります。
しかも資料によると、イリス様の従兄であらせられます。
そんなヴォルフガング様がアルラウネとなってしまったイリス様を見てしまったら、いったいどうなってしまうのでしょうか。
今のイリス様は髪の色こそ変わりましたが、お顔は昔のままです。
あたしが一目見てイリス様と同じ顔をしているとわかったのですから、ヴォルフガング様が気づかないことはないでしょう。
それどころか、植物モンスターの正体がイリス様本人であることにも感づいてしまうかもしれません……!
イリス様の従兄であるヴォルフガング様なら、おそらくイリス様を悪いようにはしないですよね?
もしも今回の四天王討伐のせいで、聖女であったイリス様が植物の魔物になってしまったことが明るみになれば、イリス様の生活は激変することでしょう。
あたしが望むことはただ一つ。
イリス様が昔のように聖女として暮らすことです。
そうしたら前のように王都で暮らせますし、きっと人間と同じような暮らしができるはずです。
婚約者であった勇者様が既にご結婚されているのはもうどうしようもないですが、勇者様は王族です。複数の妻を娶ることは珍しくないですから、まだお二人が一緒になる可能性は残されていますよね。
だけど万が一、魔物だからと討伐命令が下ってしまったら…………いいえ、イリス様はガルデーニア王国になくてはならないお人です。
モンスターになってしまったとしても、きっとみんなイリス様を受け入れてくれるはずですよね!
その後、ヴォルフガング様は四天王討伐のリーダーになることを引き受けてくださりました。
それから数日後。
あたしが黄翼の聖女となったことで、同じ聖女である灯火の聖女様と二人きりでお茶会をする機会を得ました。
聖母様を通して何ヶ月も前からお願いをしていたことなので、ずっと待ちに待っていたことです。
灯火の聖女様と会う目的は二つ。
一つ目は、あたしはイリス様から勇者様と灯火の聖女様について調べるようお願いをされていたからです。そのため、より情報を得るために二人きりで話すことはもってこいだったわけですね。
そして二つ目が、灯火の聖女様がイリス様についてどう思われているかを確認するためです。
モンスターとなってしまったイリス様が人間の時と同じように生活するためには、同じ聖女である灯火の聖女様の協力が必要不可欠ですからね。
メイドがお茶の準備を終えるのを見計らって、灯火の聖女様が「ニーナ」とあたしのことを呼びました。
「四天王討伐の準備、頑張っているようね。ヴォルフガングがリーダーを引き受けてくれたし、ニーナの働きについて陛下も褒めていらしたわよ」
「おそれ、いります……」
あたしは灯火の聖女様が聖女見習いだった頃から知っていますが、正直に白状すると実は昔からこのお方が苦手でした。
なんというか、目が笑っていないのです。
特に自分よりも下の者を見る時は、とても冷淡な目つきをされているんですよね。
「ちょうどわたくしもニーナにお話がありました。あなたは先代の聖女イリスに憧れを持っているようですね」
「そ、そうですが、それがなにか……?」
灯火の聖女様からイリス様の話が切り出されたこと以上に、イリス様のお名前が呼び捨てにされたことにあたしは驚きを隠せませんでした。
灯火の聖女様はイリス様の直属の後輩であり、長い付き合いのある弟子でもあります。
その灯火の聖女様が、イリス様を呼び捨てにされることがあるなんて、微塵も想像できなかったからです。
「イリス先輩はニーナが思っているような尊敬に値する人間ではないのですよ」
「そんなことはないです! イリス様は民からも慕われていましたし、あたしにも良くしてくれました!」
「表向きはそうでしょう。でも、裏では何をしていたのかしらね」
灯火の聖女様はくすりと笑みを浮かべながら、何かを楽しむように口を開きます。
「ニーナも国を代表する聖女になったのですもの。民のように誤った情報を信じさせられるのではなく、きちんと真実を知ってもらわないとね」
「真実、ですか……?」
「えぇ。それにニーナは昔、イリス先輩の最期を教えて欲しいと聖母様に尋ねていたそうね。ですから、イリス先輩の最期を看取ったわたくしが、直接教えてあげましょう」
ドクンと心臓が大きく跳ねます。
本能で感じてしまいました。あたしは、この先の言葉を聞きたくない。
イリス様が勇者様と灯火の聖女様の情報を集めるようにと言った理由が、この先の言葉にあるように思えたからです。
「イリス先輩はね、魔王軍との戦いで死んだと公表されているけど、本当は違うの」
イリス様はどういうふうに亡くなられて、なぜアルラウネになったのか。
その理由がずっと知りたいと思っていた。
でも、今になって思います。
知らないほうが良いことが、世の中にはあるのかもしれません。
「イリス先輩はね、魔王軍と通じていたの。表では王国中に笑顔を振りまきながら、裏では魔王軍と繋がって国をどうやって売ろうかと嘲笑っていたのよ」
いつも顔は笑っていても必ず目だけは笑っていなかった灯火の聖女様が、今回ばかりは本当に笑顔を浮かべていることに気がつきます。
「あの女はね、聖女なんかじゃないの。国を捨てて人間を裏切った、売国奴なのよ」
この時、あたしは悟ってしまいます。
イリス様は自分が生きていることを、王都には報告しないで欲しいとあたしに頼みました。
死の真相を告げず口を閉ざしたうえに、最も頼りになる王都の人たちを遠ざけて森でひっそりと暮らしている。
それは全て、このことに理由があったのだと。
やっと一匹狼の彼が登場するお話まで来ることができました。ここまで長かった……!
そして少しボリュームが膨らんでしまったので、中編にしました。今度こそ後編になります。
次回、新米聖女見習いと躍動する王都 後編です。