日誌 魔女っこ、はじめての空の闘い
魔女っこ視点です。
わたし、魔女のルーフェ。
空を飛んで逃げたハーピーを追いかけています。
でも、変身魔法で背中に翼を生やして、浮遊魔法で体を浮かしただけではハーピーには追いつけない。
そのため、新しく覚えた荒天魔法で風を発生させ、その風に乗ることにしました。
荒天魔法は魔女だけが使える黒魔法で、天候を操作する魔法です。
魔女の里に行った時にグローアがいろいろと教えてくれて、使えるようになったの。
アルラウネは植物だから、生活が天気に左右されることが多い。
だからわたしはアルラウネのためにも、荒天魔法を極めようと決めた。
それから毎日秘密の特訓をしていたおかげで、いまでは自分の周囲だけなら天候を操ることができるようになりました。
荒天魔法の風を利用したことですぐ追いつきました。
鳥女がこちらのほうへ振り返りながら滞空を始めます。
わたしが追いついたことで、逃げるのをやめたみたい。
「驚きました。まさかハーピーである此方に追いつくことができる人間がいるなんて」
「わたし、ただの人間じゃないの。これでも魔女だから」
「魔女というと、先日ここにも訪れましたよ。もしかしてあなたのお仲間ですか?」
「わたしに魔女の仲間なんていない」
「そうでしたか。ですが随分とあなたと似ていましたね。特に、その白い髪が」
「……あんな人のことなんて、知らない」
魔女王は好きじゃない。
得体の知れない存在で、すごく怖いから。
「似ているといえば、あなたに生えているその翼は兄と同じ形をしています。いったいどういうことですか?」
「わたしに勝ったら、教えてあげる」
「随分と自信があるようですね。とはいえ、空での戦いではハーピーに絶対敵わないこと身をもって体験してもらいましょう」
鳥女の殺気を感じて、心臓がドクドクと唸り始めたのがわかります。
わたし、いまからこのハーピーと戦うんだ……。
一人で誰かと戦闘をするのはこれが初めて。だからとても不安。
それに、すごく緊張する。
だというのに、わたしの心の準備を待たずに臨戦態勢の鳥女がこっちに向かって飛んできました。
「此方に追いついたのは兄の翼の力もあるようですが、どちらかといえば風を使ったことが大きいようですね。ですが、風を操ることができるのはなにもあなただけではありませんよ」
鳥女が何か呪文を唱えます。
ハーピーも魔法が使えたんだ。
「風魔法、斬撃の嵐」
風の刃がわたし目掛けて飛んできます。
避けようとしたけど、わたしの飛行速度よりも風の刃のほうが速かったみたい。
背中の翼が、斬られた!
痛い、痛いよぉ……。
涙がこらえられない。
血もたくさん流れている。
舌が引きちぎれそうになるくらい、痛い…………。
しかも、痛すぎて浮遊魔法が解けてしまった。
そのせいで、空から落ちているみたい。
鳥女の勝ち誇ったような顔が見える。
わたし、負けたのかな。
こんなに痛いんだもん。
ここで諦めても誰も怒らないよね。
──でも、ただ痛いだけだ。
村人から魔女だと罵詈雑言を浴び去られ、村中の人から殴られ、魔女だから何でもできるだろうと石を食べさせられたあの日に比べれば、こんなの何も辛くない。
私は魔女のグローアの言葉を思い出します。
荒天魔法は天候を操る分、かなり高度な魔法だそうです。
風を生み出すことだけならまだしも、雨雲を呼んだりするのはより難しくなる。
吹雪を起こしたり、雷雲を呼んだりするのはもっと困難。それこそ、ベテランの魔女にしかできないこと。
魔女王は雪と氷を操っていたと、アルラウネが話していた。
そのレベルに達しているのは、それこそ魔女王くらいしかできないらしい。
わたしは見た目も子供だし、魔女になってから数年しか経っていない。
だけど、魔女の里の誰もが言っていた。
わたしほど、魔女王の魔力を多く受け継いでいる魔女はいない。
それこそ魔女王補佐であるグローアよりも、わたしのほうが魔女王に近い魔力を持っている、と……。
「さて、魔女を倒したことですし、早く魔王城に戻らないと……って、何ですかこれ。フロストゴーレムがいなくなったのに氷の粒が飛んでくるなんて。いったいどこから?」
「……ここから!」
氷のゴーレムが天候を操作するところは見た。
だからわたしだって、きっとできるはず。
──荒天魔法“氷雨”!
再発動させた浮遊魔法でハーピーのもとへと浮上しながら、氷を降らす雲を生み出しました。
いまのわたしは、氷の礫を降らせることだってできるんだから!
「鳥女も風を操れるみたいだけど、それだけで調子に乗らないことだよ」
氷の礫がハーピーを襲います。
けれどもハーピーの体にぶつかる直前で、なぜか氷が砕けてしまいました。
「風魔法で風の鎧を常時身に纏っています。これくらいの攻撃力では、此方には通じませんよ」
氷のゴーレムが出していた吹雪の中でハーピーが平気そうに空を飛んでいたのは、その風の鎧があったからだったんだ。
「空で此方に追いつき、兄の翼を生やして風と氷を操る不思議な魔女。あなたは、動けない紅花姫様が暇を潰すための人間のお人形さんなのだと思っていたのですが、認識を改めなければなりませんね」
「わたしはね、アルラウネのお姉ちゃんなの。覚えておいて」
「あなたが紅花姫様のお姉ちゃん? 植物と姉妹になるなんて話、此方は聞いたことがないです」
たしかに、わたしとアルラウネは血がつながっていない。
本当の家族でもない。
それに、わたしは人間で、アルラウネは植物のモンスター。
姉妹になるという考えのほうが、もしかしたらおかしいのかも。
でも、誰が何と言おうと、考えを改めるつもりはない。
アルラウネは、わたしにとって一番大切な、家族のような特別な存在なんだから。
「わたしはね、この一年の間ずっと森で暮らしていたの」
人間と離れて森のアルラウネと一緒に過ごすため、わたしは人里を捨てた。
だけど、森での生活は想像以上に厳しかった。
森には家もなければ屋根もない。アルラウネの温かい蔓にくるまって寝ることはできたけど、それでも真っ暗な森は怖かった。
森の奥からモンスターの吐息や叫び声が聞こえてくるのも怖かった。
なにより、雨が辛かった。
雨が降ると服はビショビショになっちゃうし、とにかく寒い。
けれども、雨の日はアルラウネが必ず笑顔になるから、嫌いにはなれなかった。
嫌いなのは、雷だけ。
森のどこかに雷が落ちると、決まってアルラウネは体を震わせる。
なぜなら雷が落ちたことで、森のどこかで火事が起きるから。
アルラウネは一度、火事で燃えてしまったことがある。
きっと炎にトラウマがあるんだ。
もしもわたしが雷をどうにかすることができれば、アルラウネが怖い思いをしなくて済むのに。
そんなことを、ずっと思っていた。
だけど、ついにわたしはその力を手に入れたのだ。
もう二度と、アルラウネを危険な目には合わせない。
だってあの子は、笑顔がとっても似合う可愛らしいお花なんだから。
両手を空へと伸ばします。
大雪の中、何度もこっそりと練習したあの魔法を使う時がきた。
一度も成功したことはなかったけど、いまならできる気がする。
「また氷を降らせるつもりなのでしょうが、無駄ですよ。氷龍配下であった此方に、氷属性の攻撃は効きません」
違うよ、鳥女。
いまから発動するのは、魔女の中でも使えるのはごく一部の者だけしかいない、とっておきの黒魔法なの。
雷雲を呼ぶ、高度な天候操作。
──荒天魔法“天雷”!
「わたし知らないんだけど、鳥って雷には強いんだっけ?」
「ら、雷雲!? ま、まさか……っ!」
黒色の雲から、一筋の雷が落ちて来ます。
辺りを閃光で照らすその雷は、黄色のハーピーへと直撃しました。
空を割るような轟音が、耳を突き破ります。
同時に、鳥女の悲鳴が聞こえてきました。
どうやら雷は風の鎧を貫いたみたいだね。効果あったみたい。
「そういえば前にアルラウネが作ってくれた料理の中に、鳥の丸焼きもあったよね」
蛇に変化させた腕で、落下するハーピーを捕まえます。
アルラウネに良いお土産ができた。
喜んでくれるかな。いまから楽しみ。
初めての闘いは終わりました。
怪我はしちゃったけど、魔王軍に勝つことができた。
それがとっても嬉しい。
わたしはもう大丈夫。
いつもアルラウネに頼りっぱなしだったけど、もう違う。
守られてばかりのわたしはお終いです。
これからはお姉ちゃんとして、わたしがアルラウネを守る番なんだから!
というわけで、魔女っこ視点のお話でした。
次回、ハーピーの願いと雪解けの城です。