195 そのゴーレムは食べられるゴーレムですか
空を飛ぶハーピーのパルカさんと、神話に出てくる巨大なゴーレム。
どちらも厄介な相手です。
対するこちらは、魔女っこと妖精キーリを守りながら戦わないといけないわけで…………て、あれ?
誰かあそこにもう一人いるね。
魔女っこの腕から伸びた蛇が、見覚えのあるメイドさんに巻き付いていました。
悪魔のような角と羽、そしてスカートの中から伸びた尻尾。
魔王城で私のこと『壺』だと呼んだ悪魔メイドさんです。
まさかこんなこころで再会するとは思ってもいなかったからビックリです。
でも、魔王城にいるはずの悪魔メイドさんがなんでここに?
まあ、とりあえず挨拶をしておきましょうか。
「ごき、げんよう」
「な、なんでアルラウネがもう一匹いるの……!?」
どうやら悪魔メイドさんは子アルラウネのことを私だと思っていたみたいだね。
もしかして何か会話とかしていたのかな。
気になるけど、いまはそれどころではありません。目の前のゴーレムをどうにかしないとだね。
氷のゴーレムへと視線を戻します。
すると、城のように大きなゴーレムの足が、私へと降りてきているところでした。
どうやら物理的に私を踏みつぶそうとしているみたい。
上空にいるパルカさんは私を見降ろしながら、冷徹に告げてきます。
「此方は紅花姫様のことをずっと見ていました。アルラウネである紅花姫様の攻撃パターンは、大きく分けて三つ。一つ目は茨や種による植物攻撃、そのまま宿主に寄生する寄生攻撃が二つ目、そして三つ目が毒花粉です」
私の攻撃が分析されている。
でも、そんなの関係ありません。このまま何もせずに踏みつぶされるのはごめんだからね。
とりあえず、テッポウウリマシンガンで攻撃です。
スポポポポンッ!
私から発射された棘種は、ゴーレムの硬い氷に傷一つ作ることはできませんでした。刺さることなく、そのまま氷の大地へと落下していきます。
遠距離攻撃が通じないなら、大きな木を生やしてゴーレムの攻撃を防御。ダメだ、ゴーレムの重さに耐えきれずに折れちゃった。
毒花粉も……ゴーレムには効果がないみたい。
「何をしても無駄ですよ、フロストゴーレムは紅花姫様の全ての攻撃を無効化します。鋼鉄の硬さをほこる氷の鎧は植物の棘を通さないうえ、生物ではないので内側から寄生しても、いくら毒を撒いたとしても無意味です」
パルカさんの言う通りです。
氷が硬すぎるせいで、茨の棘どころかテッポウウリマシンガンですら歯が立ちません。
仮にネナシカズラで寄生もできたとしても、ゴーレムは氷の無機物だから内部から侵食してもあまりダメージはない。
そして生物ではないから、毒も全く効かない。
まさか私のこれまでの必勝パターンの攻撃がどれも通用しないなんて……。
ある意味、一番厄介な敵かもしれないよ。
しかもだよ。
ゴーレムって食べてもおいしくなさそう……。
体を動かすのが苦手な植物が寒いなか頑張って戦っているというのに、ご褒美がないなんてあんまりだよ。
光合成もしないで蔓で体に鞭打って動いているというのに悲しいです。
もしかしてだけど、そのゴーレムは実は食べられるゴーレムだったりしないよね?
氷の体の内側がお肉になっていたら、嬉しいな。
そうしたら私が責任を持って消化してあげるのに。
そんなことを思っているうちに、ゴーレムの足が私の体を押しつぶすように着弾しました。
轟音とともに、巨人の足跡によって付近の地形が変化します。
「さすがの紅花姫様もゴーレムに踏まれればおしまいですね」
「誰が、おしまい、ですか?」
私は別の場所で自分の体を開花させながら、ゴーレムを見上げます。
さっきまでの私の体は、ゴーレムに踏まれてぺちゃんこにされてしまった。
けれど、あれはあくまで私の体の一部。
本体がアルラウネの森で元気にしている限り、何度だって別の場所から体を生やすことができるんだから。
「植物の再生力というのはやはり侮れませんね。潰してダメならフロストゴーレム、紅花姫様を根まで凍らせてしまいなさい」
ゴーレムから氷のビームのようなものが発射されます。
物理攻撃が効かないと見て、氷属性の攻撃に切り替えたみたい。
でも、私は押し花になるつもりもなければ、アイスフラワーになるつもりもないのです。
直撃を避けるために、体を覆うように雪吊りを作成します。
そう、こないだ森で雪から身を守るために行ったりんご吊りのことだよ。
雪吊りが、氷のビームに対する盾の役割を果たしてくれるのだ。
氷漬けにされなければ、私の体は白い鳥さんだった魔女っこからもらったクリスマスローズによって耐寒性を得ているの。多分、マイナス15度くらいまでなら耐えられるはず。
それにたとえ凍らされても、ザゼンソウの自家発熱があれば、氷を解かすことだってできるはずだよ!
──そう、思っていた時期が私にもありました。
なにこれ、めちゃくちゃ寒いんだけどー!
この氷のビーム、氷点下何度なのかわからないくらい低いよ。
寒さのせいでほら、なんだかその辺に氷の粒みたいなのが舞っているし。
小さな氷の結晶がふわふわと風に流されているの。
あれはきっと、ダイヤモンドダストだね。初めて見た。
白い雪景色に蛍がたくさん飛んでいるみたいで、なんだか綺麗。
だけど、ダイヤモンドダストが起こるくらい気温が低いのだ。
ここはお花を咲かせた植物が生えていて良いような場所ではないね。森に帰りたいよ。
いまにも意識が飛んじゃいそう…………。
あまりにも寒すぎるので、私は焚火をすることにしました。
体の周囲にガソリンツリーの異名を持つユーカリを生やして、そこへ植物界のサイコパスことゴジアオイの発火能力を使って、火を灯します。
うぅ、炎が温かいよう。
これまで炎は私を何度も燃やして殺そうとしてきた忌々しい存在だったけど、今日だけは心の友だよ。ずっと一緒にいましょうね、炎さん。
「炎でブリザードを防いだ……? 植物が炎を出すとか、此方には意味が分かりません」
これまでの私の生活は、かなりのサバイバルの連続でした。
そのせいで、ある程度ひどい状況下でも耐えられるくらいの植物に育っていたみたい。私、これまでいろいろと頑張ったね……!
さて、このまま寒さで花を縮ませているわけにはいかないよね。
そろそろ反撃といきましょうか。
私の攻撃は、フロストゴーレムの硬い氷の表皮によってすべて弾かれてしまいます。
いまの私に足りないもの。
それは、攻撃力だね!
そもそもの話、植物系のモンスターは姉ドライアド含めて、攻撃力よりも状態異常や特殊攻撃に特化していました。
だからこそ防御力が高い相手には毒などで対抗するのが定石なんだけど、ゴーレム相手にはそれもできない。
やっぱりこのゴーレムはかなりの強敵だね。
ある意味、これまで戦ったどの四天王よりも倒し辛い。
だけど、何も方法が無いというわけでもないの。
私の攻撃が通用しないほどの防御力を持っているなら、それを貫くくらい私の攻撃力を上げちゃえばいいのだ。
私はドリュアデスの森を侵食した時に新たに自分の体に取り入れた、オランダフウロを植物生成で作り出します。
オランダフウロは紅紫色の花を咲かせる綺麗な植物だけど、種がとっても独特なんだよね。
荒地に生息しているオランダフウロは、硬い地面に種を埋めるために種子をドリルのように回転させて掘り進めるように進化した植物なの。
そのためネジのように回転するその種子は、硬い土を突き破って地中深くへと種を潜らせてしまうのです。
なぜオランダフウロの種は回転することができるのか。
それは、種が雨などによって濡れることで回転するという性質を持っているからです。
ちょうど氷を炎で溶かしたばかりなので、私の体はまだ凍らずに濡れています。だからバッチリ。
私はテッポウウリマシンガンの棘種に、オランダフウロのドリルの種子を混ぜて品種改良しました。
そして、新生テッポウウリマシンガンを発射です。
スポポポポポポポンッ!!
ライフルのように回転しながら放たれた棘種は、フロストゴーレムの硬い氷の表皮を砕いて内部へと埋まりました。
想像以上の威力です。
どうやら私の種は、弓矢から銃弾に進化したみたいだね。
しかも、それだけで終わりではありません。
オランダフウロの種はドリルによってゴーレムの氷を削りながら、キュルキュルと内部へと進んでいきます。
「フロストゴーレムの硬い氷に穴が空くなんて……!」と、パルカさんが唖然としていました。
でも、驚くのはまだ早いですよ。
ゴーレムに突き刺さったオランダフウロの種と私の体は、蔓によって繋がったままにしてあります。
そう、ゴーレムの体を内部から攻撃するためです。
オランダフウロの種から黄色い吸血鬼ことネナシカズラを生やして、根をゴーレムの体全体へと広げていきます。
そしてザゼンソウの自家発熱とゴジアオイの発火能力を併用して、ゴーレム内部の体温を上昇させました。
どうやらゴーレムは外部装甲こそ分厚かったけど、内側はそこまで硬くないみたい。これなら思ったよりも簡単に溶かせそうだね。
私の思惑通り、ゴーレムの内部は徐々に変化していきます。
キンキンに冷えた氷から、ジャリジャリに溶けたシャーベットになっていったのです!
気分は街のアイス屋さん。
ゴーレムの体を削り取って、自家製の果物とまぜてフルーツ味のアイスを作るのです。
これはリンゴ味、こちらはココナッツ味。
あら、どうしましょう。
意外と私、果物のレパートリーが少なくてよ?
仕方ないですね。変わり種のアイス屋さんとして、隙間産業を狙うとしましょう。
果物の代わりに、タマネギ味やトウガラシ味のアイスで勝負にでるのです。
あぁ、魔女っこがアイスを食べて喜ぶ姿が目に浮かんでくるね。
私がゴーレムの内部でアイス屋さんに勤しんでいると、おかしなことが起きました。
ゴーレム内部の根っこが、なぜだか体が急に元気になっていったの。
まるでお日様の光を浴びて、ぽかぽかと光合成をしながらお昼寝をしている時みたい。
その原因は、ゴーレムの中心部分にありました。
ゴーレムの核のような、丸い何かがそこに存在しているみたい。
その謎の物体に、根が触れてしまいます。
すると、根の先端から力が湧き出るように炸裂し、何かが私の維管束の中を走り抜けました。
この感じ、前にも覚えがある。
このゴーレムの核となるエネルギーを、私は知っている。
むしろ、前に食べたことがあるよ。
女神様が創造されたという聖遺物を捕食した時、体の中に光が満ち溢れたことがありました。
これは、姉ドライアドが持っていた、あの勇者の兜の力によく似ています。
ゴーレムの核として使われているその謎の物体は、勇者の兜に秘められていた力と全く同じもの。
つまり、光の魔力の塊だったのです。
女神様の光の御力を再び目の当たりにしたというのに、元聖女の私の心にはあまり感動はありませんでした。
植物としての私が、体の芯から望むこと。
それはとっても単純で、純粋な気持ち。
──ごくり。
なんて、おいしそうな光。
あぁ、いますぐ光合成が、したいよう。
オランダフウロ:フウロソウ科の一年草。元々はヨーロッパの地中海などに生息していましたが、今では日本でも生息している帰化植物の一つでもあります。
次回、氷華のアルラウネです。