194 お茶会会場はゴーレムになりました
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
氷の城へと向かった魔女っことキーリ、そして生みたての子アルラウネを見送ったあと、妹分のアマゾネストレントと一緒に森でお留守番をしていました。
なぜ、私本体が自家受粉をして小さくなって城に向かわなかったか。
それは、いまの私の体は地下で広がりすぎたことによって、様々な植物と繋がったままになっているからです。
この状態の私が種に戻ってしまうと、他の植物にも影響を与えてしまうかもしれない。
万が一、そのせいで周りの植物が一斉に枯れたりしたら困るからね。
悩んだ結果、森へ悪影響を及ぼさないためにも私自身が小さくなってバケツに入ることは諦めました。
その代わり、氷の城までゆっくりと時間をかけて根を伸ばして、あとで『転移』の能力で移動することにしたのです。
妖精であるキーリの精霊魔法の助力もあって、なんとか無事に氷の城へと私の根を伸ばすことに成功しました。
準備万端となったことで、魔女っこたちは敵地である城へと向かったというわけなの。
到着して城の調査が落ち着いたら、私の根から生えた木に合図を送ってくれる手はずになっているんだけど、随分と遅いよ。
まだかなあと何度目かに思ったところで、ついに合図が来ました。
「それじゃ、行って、きます。あとは、よろしくね」
森に残って私の本体の護衛をしてくれるアマゾネストレントへ出発の挨拶をしてから、私は『転移』を発動します。
──目を開けると、そこには魔女っこがいました。
魔女っこは私と目を合わせると開口一番に叫びます。
「アルラウネ、大変なの!」
いったいそんなに慌ててどうしたの──って、なにあれー!?
尋常じゃないくらい大きい氷の巨人が立っているんだけど!!
というか、話に聞いていた氷の城がないよ!
キーリが綺麗な城だって言っていたから気になっていたのだけど、お城はいずこへ?
「いったい、なにが、あったの?」
「あのね、城でお茶会をしていたら、城がいきなりゴーレムになったの」
え、どういうこと?
全く状況がわからないんだけどー!
魔女っこの話から察するに、城はゴーレムだったみたいです。
ということは、あの氷の巨人はゴーレムなんだ。初めて見たよ。
ゴーレムは神話の物語に出てきた土くれの巨人のことだと、聖女時代に読んだ書物に記述されていました。女神様が創造されたといわれる聖遺物でもあります。
まさか本当に存在していたなんて……でも、なぜ魔王軍がそのゴーレムを従えているの?
そもそもの話、その神話に出てくるゴーレムは氷属性ではなかったはず。
でも驚くべきことは、それだけではないです。
ゴーレムが、とにかく大きい!
クマパパよりも、炎龍様よりもはるかに大きいの。
とはいえ、さすがに神樹化した姉ドライアドよりは高くはないね。でもゴーレムは神樹よりも厚みがあります。ガタイがいいのだ。
そんな神話のゴーレムの腕に、子アルラウネが氷漬けになっていることに気がつきました。
わ、我が子ー!?
なんであんなところで子アルラウネが凍ってるの?
こんな酷いことをした犯人は一人しかいないよね。
詳しい状況はわからないけど、とにかくこのゴーレムは敵ということは間違いないようです。
しかもね、この大雪を引き起こした犯人も、目の前のゴーレムだったみたい。
いまも体から雪が発生しているから現行犯です。
きっとこの氷のゴーレムは、魔王軍宰相である姉龍の仕業なのでしょう。
姉龍は氷龍。
同じ氷属性なのだし、氷の城がゴーレムになったことも関係がありそうです。
ともかく、動く高層ビルのような巨大なお方のお相手をするのは、ご遠慮させていただきますわ。
こんなの、人間が戦う相手じゃないですもの。私も、もう人間じゃないけどさ。
人間ではないといえば、魔女っこさん。
さっきから気になっていたんだけど、その腕の蛇はどうしたの?
なんで魔女っこの腕から蛇が生えているの?
それだけじゃないよ。
魔女っこの背中から白い翼が生えているけど、それもどうしたの?
森を出発した時は、蛇どころか翼も生えてはいなかったよね。
なんだか魔女っこ、天使みたいだよ。
魔女っこの髪と翼の色がおそろいの白色なこともあって、すごく神秘的。
天上に住んでいたといわれる女神様は、もしかしたらこんな格好をしていたんじゃないかと思えるくらい綺麗だよ!
でもその翼、前にどこかで見たことがあるんだよね。たしか色は白ではなかったはずだけど……。
「その蛇と、翼は、どうしたの?」
「変身魔法を使ったらこうなっちゃった。それよりも、あそこで飛んでる鳥を見て!」
魔女っこが指をさす方角へと視線を移します。
すると、蜜の運び手であるハーピーのパルカさんが、ゴーレムの腕の近くを飛んでいました。
なんでパルカさんがここに?
たしか私の蜜を運んで炎龍様のところへ向かったはずなのに。
「フフッ、やはり氷漬けになった紅花姫様はお美しい。このまま此方の部屋へとお持ち帰りしたいですー!!」
空からパルカさんの嬉しそうな声が聞こえてきました。
どうやらパルカさんは氷漬けにされている子アルラウネのことを見ながらしゃべっているみたい。
私は「ごきげん、ようー!」と、蔓を振りながらパルカさんに挨拶をします。
そうしたらなぜか、魔女っこが「何やってるのアルラウネ!」と、私をしかってきました。
「あの鳥女はわたしたちの敵なの。気軽に挨拶しちゃダメ」
え、パルカさんが私たちの敵……?
パルカさんは炎龍様の部下に配属されて蜜の運び手になっていたんだよ。
魔王軍だけど敵ではなかったはずだけど……。
私の声が聞こえたのか、パルカさんがこちらへと降下してきました。
「紅花姫様がもう一人? もしかして神が氷漬けにしても良いアルラウネを地上から生やして、此方にさらなるご褒美を下さったのでしょうか」
「違います。私が、自分の意志で、ここへ生えて、きました」
「それは残念です……。それで、あなたは紅花姫様のお仲間でしょうか?」
「……私が、わかりま、せんか?」
「もしかして紅花姫様ですか? なら、あそこで氷漬けになっているアルラウネは?」
「あれは、私の、分身です」
パルカさんは「そんなこともできるなんて」と、興奮するように声を震わせます。
「紅花姫様がたくさん。つまり、聖女イリス似のアルラウネを何人も氷漬けにし放題ということですね!」
私は、氷漬けになった自分が陳列されている光景を脳裏に浮かべます。
なんだろう、想像するだけで悲しくなってきたよ……。
そんなことを考えるよりも、いまパルカさんが本当に敵なのか確認することのほうが大切だよね。
「パルカさん、もしかして、裏切ったの、ですか?」
パルカさんは炎龍様の部下になっていたはず。
炎龍様が約束を違えて私を消そうとするとは思えません。
となると、パルカさんが炎龍様の命令を背いて行動しているとしか考えられないんだよね。
「此方は裏切っていない。最初から命令に従っているだけだ」
「まさか、炎龍様が、私を襲うよう、命令を?」
「違います。宰相閣下の命令ですよ」
炎龍様ではなく、姉龍の命令?
「敬愛する紅花姫様に本当のことをお伝えしましょう」
パルカさんは真剣そうな眼差しで私を見下ろします。
「グリューシュヴァンツ様配下である蜜の運び手とは仮の姿。此方の真の役職は、宰相付きの秘書官見習いなのです。ゆえに、グリューシュヴァンツ様の部下となったのは、宰相閣下の密命だったのです」
──驚いた。
つまり、パルカさんは姉龍のスパイだったんだ。
でも、これで腑に落ちたことがあります。
炎龍様が私を夜の密会に誘った時、かなり高価な魔法のお手紙を寄越してくれました。
あのお手紙には私以外の者では中身を見ることができない、魔法の封蝋がしてあった。
なんでそこまで厳重なお手紙を私に送ったんだろうと気になっていたけど、あれはパルカさんが姉龍のスパイの可能性を炎龍様が疑っていたからだったんだ。
「一族の長であった兄亡きいま、此方が代わりに一族を率いなければなりません。それには四天王となった兄のように出世するのが一番です。もしも紅花姫様を亡きものにできたら、宰相閣下は此方を正式に宰相付きの秘書官にするとお約束してくれました」
その話を聞いて、一つわかったことがあります。
パルカさんは氷龍である姉龍の配下だったから、私のことを氷漬けにしたいっていつも言っていたんだね……!
ハーピーなのになんで氷漬けにこだわるのかと気になっていたの。
ということは、パルカさんが私のストーカーというのも、全ては私を騙すための演技だったんだ。すっかり騙されちゃったよ。
「まあここだけの話ですが、一族を率いて宰相閣下のために働くというのはただの建前でして…………此方が紅花姫様を騙して襲った最大の理由は、氷漬けにした紅花姫殿を此方がもらってもいいと宰相閣下が約束してくれたからなのです」
──違いました。
パルカさんは生粋の私のストーカーだったよー!
「すでに此方の部屋に、氷漬けにした紅花姫様を飾るスペースを作ってあります。綺麗に飾ってあげますので、楽しみにしていてください」
楽しみにしていてください、じゃないよ!
元聖女的にも植物的にも凍らされるのはごめんこうむりたいです。
でも、これでわかった。
パルカさんは純粋に私を氷漬けにしたいと思って行動しているみたい。
獣王マルティコラスさんのように私の抹殺が目的ではないみたいだし、なんとか戦闘は避けたいね。
「私を、襲うと、炎龍様が、黙っては、いませんよ?」
炎龍様にとって私は、蜜を出すだけのただのビジネスパートナー。
だから私がやられたからといって、炎龍様が特別なにかをするとは思えません。だからこれは、ハッタリです。
「これはあくまで、フロストゴーレムの保守点検です。たまたまその作業中に紅花姫様が迷い込んできて、不幸な事故が起きてしまったということ。地面に根を張るアルラウネが、まさか城まで移動してくるなんて予想できませんからね」
この場所から大雪を降らせて、私が城に行きたくなるよう仕向けたくせによく言うよね。
でもそういう風にパルカさんに情報を流させたのも、姉龍の計画ということなのでしょう。
私を誘い出すためだけのために、いったいどれだけの人に迷惑がかかっているのか、考えたくもないです。
「そうそう。先日、塔の街にモンスターを襲わせたのも此方です。おかげさまで、紅花姫様の闘い方を学ばせていただきました」
あの時、フェアちゃんが森で黄色い鳥を見たと話していました。
あれはやっぱり、パルカさんのことだったんだ。
「植物は地面からエネルギーを吸収しているのですね。アルラウネである紅花姫様も、自然の恩恵がなければただの小さな植物です。冬になったせいか、獣王マルティコラス様と戦われた時よりも動きが鈍くなっていると推測します」
そうなの、どうやら私は冬になると元気がなくなるみたい。
蔓一本動かそうとするだけで、普段からは想像もできないくらい疲れちゃう。
半精霊となったとはいえ、私は植物だから寒さにはめっぽう弱いのだ。
「地下までも凍りつくほどの冷気。植物である紅花姫様は、この場に生えているというだけで辛いのでは?」
正直言って、氷の城があったこの場所は極寒の地となっています。
去年、私が雪に埋まって枯れそうになった時よりも寒いの。いまにも体が落葉しちゃいそう。
「四天王を三人も倒した紅花姫様と真っ向から戦うつもりは一切ありません。紅花姫様が弱り切った状況で、一方的に討ち取らせていただきます」
パルカさんの後方で、巨大な氷の塊が冷気を発しました。
霜が降りるように、私の体は氷の粒に包まれます。
「此方は言いましたよ、氷の城へ来るときっと後悔すると。ですから身を凍らせ美しい氷の彫像となりながら、永遠に後悔するといいです」
お読みいただきありがとうございます。
次回、そのゴーレムは食べられるゴーレムですかです。