日誌 魔女っこ、はじめてのお城訪問 後編
引き続き、魔女っこ視点です。
昔の記憶がよみがえります。
あれは、私が魔女にされてしまってすぐの話。
魔女となってしまったわたしは、人間から隠れるように帝国の田舎で暮らしていました。
そんなとある日、一羽の鳥と出会ったの。
その鳥は、他の大きな鳥にイジメられて怪我をしてしまったみたい。
同じ仲間であるはずの鳥から、命を狙われていたんだ。なんだかわたしに似ている。
同胞であるはずの人間から、魔女だからと追いかけられ弓を放たれたのはつい数日前のこと。その時にできたかすり傷は、まだ癒えてはいない。
親近感が湧いたわたしは、鳥を一晩看病してあげることにしました。
翌朝。
鳥は、わたしのことなど気にしないで大空へと飛んで行ってしまいました。
怪我はたいしたことはなかったみたい。それも、わたしとよく似ている。
でも、わたしは鳥のように自由には飛べない。
浮遊魔法で遊んでいたところを村人に見られてしまい、魔女だと弓を放たれてしまったんだから。
もしも鳥になれたら、こんな面倒くさい人間の社会からも逃げることができるのに……。
そう、わたしが鳥のことを強く想っていると、体が歪むように変化し始める。
気がつくと、わたしは白色の小さな鳥になっていた。
この時わたしは、初めて変身魔法を使ったのでした。
──過去の記憶から現実に引き戻されます。
氷の割れ目へと落下する悪魔メイドが視界に映りました。
落ちそうになっている悪魔メイドの腕を支えるように、細長い蛇が巻き付いているのがわかります。
いったいどこから蛇が?
そう思ったところで、その蛇がわたしの腕から生えていることに気がつきます。
不思議なことに、変身魔法を使ったはずなのにわたしの体は人間のまま。
だというのに、右腕が白色の蛇に変わっていました。
この蛇には見覚えがある。
以前、森でわたしの腕に噛みついてきた蛇と同じだ。
毒蛇なのかわからなかったけど、たしかあの時はアルラウネの聖蜜を飲んで解毒をしながら傷を癒したんだっけ。
この時、わたしは理解してしまいました。
空を飛びたいと願って小さな鳥に初めて変身した時のように、腕を伸ばして悪魔メイドを助けたいという願いが体を蛇へと変化させたんだ。
でもあの時とは違って、全身が蛇になったのではなく、体の一部だけ動物になっているのはなんでだろう。
いまのわたしは完全な人間でも蛇でもありません。腕だけ動物になってる。まるで上半身が人間で下半身がお花のアルラウネみたい。
そういえば魔女の里にいた時に、魔女王は体の一部分だけを変身魔法で変化させることができると、魔女のグローアがわたしに教えてくれました。
魔女王の頭には猫耳がついていたけど、もしかしてあれも一部分だけの変身魔法だったのかな?
本人は生まれつき猫耳だったとか笑いながら話していたけど、どこまで本当のことかわからないね。
とにかく、どうやらわたしは魔女王と同じことができるようになったみたい。
魔女王とおそろいの魔法なのはイヤだけど、そのおかげでアルラウネのお友達のメイドを助けることができた。
もしもあのまま悪魔メイドを見捨てていたら、お友達を見殺しにしたことでアルラウネに嫌われていたかもしれない。そう思うと、本当に良かった。
左手でバケツに入ったアルラウネとキーリを、右腕の蛇で悪魔メイドを掴んだまま、崩壊する氷の城から脱出します。
でも、悪魔メイドを助けた一瞬の隙のせいで、氷の瓦礫が頭上に迫っていることに気がつきませんでした。
このまま飛んでいたら避けらない。
わたしもアルラウネも押しつぶされて死んでしまう。
もっと速く、飛ばないと……!
そう思った時、再び変身魔法が発動します。
すると不思議なことに、わたしの背中に大きな白色の翼が生えてきました。
これはアルラウネを襲った四天王の黄金鳥人の翼によく似ている。
色は金色ではなく白色になっているけど間違いない。キーリと一緒に羽根をむしったから、よく覚えてるの。
翼の動かし方は、何度も鳥に変身した経験があるからよくわかっている。
新しく背中に生えた二つの大きな翼を羽ばたかせて、わたしは城の外へと飛び出します。
そうして翼の力によって飛行速度が上がったことで、崩壊する城から無事に逃げることに成功しました。
それは良かったんだけど、アルラウネとキーリ、そして悪魔メイドがわたしの体を驚きながら見ているのが気になるよ。
背中から大きな鳥の羽が生えて、右腕が蛇になっているんだから無理もないけど。なんだか恥ずかしい。
でも、その視線はすぐに城へと向けられます。
驚くことに氷の城は、二足歩行の巨大な人型の氷の塊に変化していたの。
どうやら変身できるのはわたしだけではなかったみたい。まさか城が変身するなんて思いもしなかった。
動く氷の城を見たキーリが、
「嘘でしょう……なんでこんなところにゴーレムがいるのさ!」と叫びました。
塔の街にある女神の塔よりもはるかに大きなその氷の塊は、どうやら神話に出てくるゴーレムだったようです。
ということは、ゴーレムが氷の城の一部に変形していたってことかな。全く気がつかなかった。
その巨大な氷のゴーレムの肩に、一羽のハーピーが座っていました。
「やはりこれくらいでは死んでくれませんか。此方の思っていたとおり、あなたたちは厄介な方々ですね」
思っていたとおりだ。やっぱりあの蜜の運び手のハーピーは、敵だったんだよ!
アルラウネのこと氷漬けにしたいとか言っていたし、ずっと怪しいと思っていたんだよね。
その黄色のハーピーはわたしたちを見下ろしながら、ゴーレムに何か指示を下します。
「城を崩しただけでは仕留めきれませんでしたか。当初の予定通り、宰相閣下が改造されたフロストゴーレムの出番が訪れましたね。これで此方の夢も叶います」
フロストゴーレムの全身から、冷気がゆらりと放出されました。
体の内側まで凍りついてしまうんじゃないかと思えるくらい寒くなったよ。
わたしが空を飛びながら体を震わせていると、「フロストゴーレム、紅花姫様ご一行を氷漬けにしなさい」というハーピーの声が聞こえてきました。
小さいアルラウネを氷漬けに?
そんなの、させないよ!
けれどもわたしが反応するよりも早く、小さいアルラウネが「魔女っこは、逃げて!」と声を上げました。
そのまま蔓を使ってわたしを突き飛ばします。
小さなアルラウネのおかげで、わたしはフロストゴーレムの攻撃から逃れられた。
その代わり、わたしの腕からすり落ちていたバケツアルラウネが、ゴーレムの巨大な手によってガチンと握りつぶされます。
──小さいアルラウネが、殺されちゃった……!
そう思ったところで、アルラウネがゴーレムの巨大な手の中で凍りついているのが目に入ります。
よ、良かった。
アルラウネがぺちゃんこに潰されちゃったんじゃないかと思った。
凍っているだけなら、アルラウネの発熱の力を使えば氷を解かすことができる。
そう期待しながらアルラウネを見つめていたけど、いくらたってもアルラウネを包む氷は解ける気配がありません。いったいどうなっているの?
動揺するわたしに対して、ハーピーの無慈悲な言葉が投げかけられます。
「もしかして紅花姫様が氷を解かすと思っているのですか? ただの氷なら可能かもしれませんが、この氷はただの氷ではありません。女神が創造したといわれる古代兵器であるゴーレムの体は、そう簡単に傷つけることなどできないのです」
小さなアルラウネがゴーレムに一瞬で負けてしまった。
まさかここまで簡単にやられてしまうとは思わなかったね。
この氷のゴーレムはただ大きいだけではないのかも。
だけどハーピー。
あなたは一つ勘違いをしてる。
いまゴーレムに捕まったその小さなアルラウネは、ハーピーが知っているアルラウネではないの。
だから、アルラウネはまだ負けていない。むしろこれからが勝負の始まりです。
いまこそ、アルラウネが事前に準備をしたあの作戦を決行する時だね……!
わたしは地面へと急降下しながら、キーリに尋ねます。
「例の植物はどこに生えているの?」
「右前方のあの白い木だよ!」
視線を向けると、雪の城下町の中に一本の真っ白い木が不自然に生えていました。
目印であるその白い木へと飛んでいき、わたしは幹を強く抱きしめます。
そうして木に触って合図を送りました。
きっとこれで、わたしがこの木に触ったことが森にまで伝わったはず。
この木はただの木ではないの。
だってこれは、アルラウネの本体の根っこと繋がっている、アルラウネの体の一部なんだから。
上空からハーピーの羽ばたく音が耳に入ります。
ゴーレムの肩にいたはずのハーピーが、わたしたちの近くまで飛んできました。
「何をしようとしているのか知りませんが、無駄ですよ。紅花姫様は既に氷漬けになっているのですし、あなたたちではこのフロストゴーレムを倒すことはできません」
「……ハーピー、あなたは勘違いをしている」
わたしはハーピーを見上げながら、自信満々に応えます。
「アルラウネはまだ氷漬けにはなっていないの」
突如、白い木の幹から小さな芽が生えてきます。
その芽はまたたく間に成長していき、赤い蕾を実らせて小さな花として開花しました。
わたしの合図は無事に森にまで伝わったのだと安心しながら、芽の成長を見守ります。
その芽から生まれたのは、小さい体のアルラウネ。
でも、さきほどまでバケツに入っていた小さいアルラウネとは違います。
実はあのバケツに入っていた子は、アルラウネが生んだ子供のアルラウネだったの。
わたしの護衛役にと、アルラウネが新たに生み落としてくれたのだ。
でも、いま地面から生えてきたこのアルラウネは、ただのアルラウネではない。
子供のアルラウネとは一味違う。
こんな遠くまで根を伸ばしてしまえる、すごいお花なの。
それに見た目は他の子供のアルラウネと同じでも、わたしにとって唯一無二の存在。
わたしの妹的な存在である、あの強いアルラウネなんだから。
というわけで、魔女っこ視点による氷の城訪問でした。
魔女っこがアルラウネのことを小さいアルラウネと呼んでいたのは、本人ではなく子供のアルラウネだったからでした。
次回、お茶会会場はゴーレムになりましたです。