日誌 魔女っこ、はじめてのお城訪問 前編
魔女っこ視点です。
わたしの名前はルーフェ。
植物モンスターのアルラウネを育てている魔女です。
最近、わたしには悩みがあるの。
妹のように可愛がっているアルラウネが、すっごく強いの。
そのせいか、わたしはいつもアルラウネに守られてばっかり。
こないだだって、獣人の怖い魔族に森で襲われそうになったところを、アルラウネに助けてもらった。
わたしはお姉ちゃんなのに、なんでこうも頼りないんだろう。
でも、そんなわたしとはもうお別れです。今度こそわたしがアルラウネを守る番だよね。
そう誓ったわたしは、毎日のように魔女の修行をこなしてきました。
敵地である氷の城へ行っても、もう足手まといにはならないはず。
そして大雪を降らせてアルラウネを困らせている犯人を、強くなったわたしが倒すのだ!
そう心に誓いながら、わたしはいま浮遊魔法で吹雪の中を飛んでいます。
ちょうど森から氷の城へと向かっているところなのです。
バケツに入った小さなアルラウネと、妖精のキーリも一緒。
トレントはさすがに大きすぎるから持って飛ぶことはできないので、森でお留守番です。
キーリの精霊魔法の加護に守られながら吹雪の空を突き進むと、急に雲が切れたように見晴らしがよくなりました。
眼下の白銀の大地に、白く輝く氷の城が建っているのが視界に入ります。
「あれが城塞の街に新しくできた氷の城だよ」と、キーリが指をさしました。
まるで白鳥みたいに綺麗なお城です。
けれども、驚いたのはそれだけではありません。
「こんなに大きい建物、生まれて初めて見た」
塔の街にある女神の塔よりも大きい。
ここまで巨大な建造物が世の中に存在しているなんてビックリです。
「人間も魔族も、大きな建物を造るのが好きだよねー。聖光国にある本物の女神の塔はこの城よりもさらに大きいみたいだし」
「そんな大きな建物、いったいどうやって造ったんだろう?」
「ゴーレムが造ったらしいよー。人間の神話にもなっているらしいね」
キーリ曰く、ゴーレムというのは女神様が創造したといわれる古代の人形のようなものらしいです。
そもそもそのゴーレム単体の大きさが天を仰ぐほど巨大なのだとか。なんだか信じられない。
けれども、信じられないのは目の前の氷の城も同じ。
氷の城を中心に発生した吹雪はアルラウネの森のほうへと向かって流れていきます。
やっぱりこの城が大雪の原因だったんだ。
周りを警戒しながら、氷の城へと近づきます。
だけど不思議なことに、生き物の気配がまったくしません。
城を守る兵士の姿もなければ、モンスター一匹すら見当たりません。
これはいったい、どういうことなんだろう……?
敵とまったく遭遇しないまま、氷の城へと降り立つことに成功しました。
そのまま、城の内部を調査することにします。
氷の城というだけあって、城内の物はすべて氷で作られていました。
そのせいで、とにかく寒いです。
アルラウネが植物の力で発熱していなければ、いま頃わたしは凍りついていたかもしれません。
寒さを紛らわせるために湯たんぽかわりのアルラウネに抱き着きながら城内を調べていると、それは突然起きました。
グラグラと、城が大きく揺れたの。
まるで城が動いているみたい。
もしかして、いまにも城が崩れ落ちそうになっているんじゃ……。
妖精であるキーリはこんな危機的状況だというのに、懐かしいやと落ち着きながら口を開きます。
「地震だね。最近では珍しい」
「じじじ、じ地震ってなに!?」
「大地が大きく揺れる現象のことを地震って言うんだよ。めったに起こらないことだけど、まれに起こることがあるんだよねー」
そんなことがあるんだね。初めて知った。
でもそんなことより、早く城から逃げないと!
そう思っているうちに、城の揺れはゆっくりと収まっていきました。
最初はビックリしたけど、そこまで大きな揺れではなかったみたい。
でも地震に驚いているのも束の間、どこからか音が聞こえてきました。
先頭を飛んでいるキーリが、前を見ながら静かに呟きます。
「奥の部屋に誰かいるみたい」
わたしは腕に抱えるバケツをギュッと強く抱きしめます。
たとえ敵と遭遇しても、この小さなアルラウネはわたしが守ってみせるんだから!
音がした部屋の中を覗きます。
すると、メイド姿の女の子が箒を使って部屋掃除をしている姿が目に入りました。
そのメイドには悪魔のような角が頭から生えていました。それだけではなく、羽根と尻尾まで生えています。
どうやら部屋を掃除しているのは魔族のメイドのようでした。メイドとはいえ、魔王軍の一員なら敵です。油断は禁物だね。
悪魔メイドはこちらに気がつくと、驚いたように声を上げます。
「あなたはアルラウネ……なんでここに?」
え、アルラウネ?
もしかしてアルラウネの知り合いなの?
「魔王城以来ね。聞いたわよ、あれからメイドの身から随分と出世したみたいね」
「はじめ、まし……いいえ、お久し、ぶりです」
どうやらアルラウネもこの悪魔メイドのことを知っているみたいです。
「もしかしてあたしのこと忘れていたの? まああなたにとって、あたしはただのメイドの一人なのだから、そう思うのも無理はないわね」
悪魔メイドはそう言いながら、ぶっきらぼうに箒を床に置きます。
「魔王城勤務のメイドだったこのあたしが、まさかこんな辺境の地に飛ばされることになるなんて思いもしなかったのだもの。あなたから見たら、本当に無様でしょうね」
「なんで、魔王城、ではなく、ここに、いるのですか?」
「四天王のフェアギスマインニヒト様に洗脳されてしまったあの事件のせいで、左遷させられたのですわ。宰相様からこの城の主に仕えるようにと命じられたよ」
どうやらアルラウネは魔王城にいた時に、この悪魔メイドとなにかあったようです。
四天王のフェアギスマインニヒトの話も出ているし、もしかしたらアルラウネは悪魔メイドとも敵対して戦ったりしたのかも。
「ちょうど一人で暇していたところなのですわ。せっかく城に来てくれたのですもの、少しお茶でも飲んでいきませんか?」
悪魔メイドがアルラウネのことをお茶に誘った?
わかっちゃった。アルラウネは悪魔メイドと敵対していたんじゃないね。
アルラウネは悪魔メイドとお友達になっていたんだ!
「あ、でも、アルラウネはお茶が飲めませんね。ならそこの妖精と人間、代わりに付き合いなさい」
どういうわけか、なぜか悪魔メイドと一緒にお茶を飲むことになってしまいました。
氷の城のバルコニーに案内されて、テーブル近くの椅子に座らされます。
「実はこないだ、このバルコニーで魔王軍の宰相様と魔女王がこっそりお茶会していたのですわ。綺麗な場所ですし、一度ここであたしも誰かとお茶を飲みたかったの」
悪魔メイドはお城の話をしながら、わたしたちにお茶を配っていきます。
口はおしゃべりみたいだけど、メイドなだけあって動きがとても手際が良くてすごいと見惚れてしまいました。
「この城にあたしを派遣したのは宰相様なのだけど、一緒にここに赴任したあたしの上役はあたしを置いたままどこかに消えてしまったのよ。だからあたしはずっと一人で城のお掃除をしているの。寒いわ寂しいわで、やってられないわよ!」
アルラウネに愚痴をこぼす悪魔メイド。
たしかにここは寒いから、一人で過ごすには辛そうだよね。
わたしはアルラウネがいるから寒い森で暮らすのも耐えられたけど、一人きりだったら絶対に泣いちゃったと思う。うん、なんだか悪魔メイドのこと、他人のように思えなくなってきたかも。
そんな悪魔メイドに、アルラウネは気になっていたことを尋ねます。
「宰相様は、この城には、おられない、のですか?」
「そうよ。あたしがここに来る前は城を建設するために長居していたみたいだけど、それからは魔王城にお帰りになったわ。最近だと、お茶会をするために立ち寄ったっきりここへは戻られてはいないわね」
ということは、ここに氷龍はいないってことだね。
氷の城で大雪を降らしているのは氷龍だと思っていたけど、もしかして違うのかな。
なら、どうすればこの吹雪は収まるんだろう。
見当がつかないよ。
どうやって大雪を止めるか考えながら、わたしがマグカップを持ち上げてお茶を口の中へ流し込もうとした瞬間。
それは再びやってきました。
グラグラと、床が大きく揺れ始めます。
──じ、地震だ!
床だけでなく、城全体がまるでゆらゆらと動いているみたい。
「最近、城が揺れることが多いのよ」
悪魔メイドがテーブルの上のティーカップを慣れた手つきで押さえながら、ぽつりと喋り始めます。
「おかげでこないだなんて、魔王城から持ってきたお気に入りのマグカップが割れちゃったわ。でも大丈夫、いつものようにすぐ収まるはずですわ」
けれども、悪魔メイドが言ったように地震はすぐ終わることはありませんでした。
それだけではなく、ドシンッという大きな衝撃まで起こり始めました。
続いて、城が横に傾きます。
まるで大きな獣が起き上がるような感じ……。
そうだ、これは地面が揺れているんじゃない。
城が動いているんだ!
みんなが悲鳴を上げます。
続いて傾いた氷の床のせいで体が滑っていきました。
ひっしで氷の床にしがみつこうとしていると、バサリという音とともに何かがバルコニーの手すりに降り立ったのに気づきます。
視線を向けると、何度か森にやって来ていた黄色いハーピーが静かにこちらを凝視していました。
たしか、パルカという名前の魔王軍のハーピーだったはず。
数日前に蜜を運ぶためにどこかへ飛んで行ったはずなのに、なんであのハーピーが氷の城にいるの?
「此方は言いましたよ、この城に来ると後悔することになると」
そう告げると、ハーピーは翼を広げて城の外へと飛んでいきました。
その直後、城が崩れるように落ちていきます。
いいや、まるで動いて変形しているみたい。
氷のお城は崩壊していき、頭上から氷の瓦礫が落ちてきます。
巻き込まれて押しつぶされないように、早く外へと脱出しないと!
浮遊魔法を使えば、アルラウネとキーリは簡単に外へと逃がせる。
でも、悪魔メイドはどうする?
魔王軍の敵なんだし、別に助ける義理はないよね。
そう考えていると、床が真っ二つに割れます。
その隙間に、悪魔メイドが滑り落ちていくのが見えました。
「た、助けて。あたし羽はあるけど、飛べないのー!」
悪魔メイドの悲鳴が耳に響く。
アルラウネのお友達みたいだし助けてあげたいけど、それはできないの。
わたしの小さな体じゃ、バケツに入ったアルラウネと妖精のキーリを持って飛ぶのが精一杯。
それに、アルラウネとキーリを助けている間に、きっと悪魔メイドは割れ目の底へと落ちて行ってしまうはず。今からじゃもう間に合わない。
「まだ死にたくないのにー!」
──死にたくない。
わたしも、人間の魔女狩りにあった時は、死ぬような想いをした。
誰だって死にたくはない。
それは、人間や魔女だけでなく、魔族も同じなんだ。
そう思った瞬間、わたしの体は勝手に動いていました。
「捕まって!」
浮遊魔法を使用したまま、変身魔法を発動します。
小さな人間の体では、これ以上誰かを助けることはできない。
なら、それができるよう体を作り変えればいいんだ!
全身が歪んでいくのがわかります。
気がつくと、わたしの体は人間でも小さな鳥でもない、別のものに変化していました。
何度修行しても、白い鳥以外の動物に変身することは叶わなかった。
それなのにわたしはこの時初めて、小さな鳥以外のものに変身することができたのです。
魔女っこ視点での氷の城訪問となりました。
ここで登場した悪魔メイドというのは、魔王城で植木鉢に入ったアルラウネを運んでいたあの悪魔メイドさんのことです。実は「書付 女王補佐役の魔女と氷城のお茶会」で少し出ていたメイドさんというのも、この悪魔メイドさんだったりします。
次回、魔女っこ、はじめてのお城訪問 後編です。