191 続・私のために争わないで
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
雪原からドリュアデスの森へと移動した私は、ドライアド様から精霊並みの力があると告げられました。
感心するようにドライアド様が私のことを検分してきます。
「見た目は子供のアルラウネのままなのに、精神だけ分身のアルラウネに憑依するように転移してきたのですか。また随分とユニークな能力を手に入れましたね……」
「どうやら、ドライアドの、転移の、能力を、使えるように、なったみたいです」
「ドライアドの能力に似ていますが、全く同じではないと思うのですが……。それにしてもその分身の姿からでもここまで力を感じられるなんて、森を出てからなにかあったのですか?」
ドリュアデスの森からお引越しをしてから、街の人間さんたちへ野菜を作るようになったり、転移の能力を覚えたり、獣王マルティコラスさんが攻めてきたりしたよね。
あ、もしかして獣王さんが原因かな?
獣王さんと戦ったあの時、精霊の力が覚醒して、神樹の力の一端を使用することができるようになっていました。
それがきっかけで、パワーアップしていたのかもしれません。
「まるでお姉様が森に帰ってきたと錯覚するほどの気配を感じます。お姉様の能力の一部も受け継いでいるようですし、アルラウネの力はすでにわたくしを超えているようですね……」
「そんな、ことは、ないですよ。私は、ただの、植物モンスターですし」
「いいえ、大いにあり得ます。このドリュアデスの森がアルラウネに乗っ取られないかと、心配になるくらいです…………」
ドライアド様ったら、そんなことを考えているのですか?
私が森を乗っ取ろうと思うわけないじゃないですかねー。
私の転移に少し遅れて、私とドライアド様の間にフェアちゃんがこの場に転移してきます。
「母上、お帰りなさい!」
フェアちゃんの笑顔がまぶしいー!
私がドリュアデスの森に戻ってきたのがそんなに嬉しいんだね。
うんうん、私も古巣の森に根を下ろせて感慨深いよ。
それから、ドライアド様とフェアちゃんに、引っ越してから起きたことを簡単にお話しました。
とはいえ、だいたいのことはキーリから聞いていたみたい。
だからドライアド様は私の転移の能力に驚かないで、すんなりと受け入れていたんだね。
それにしても森と森の間での情報伝達が上手く行われていたのは関心だね。自由に動けない植物である私としては、とてもありがたいことです。
さすがは森の妖精のまとめ役であるキーリ。いい仕事してるよー!
しばらくすると、魔女っことキーリ、そしてアマゾネストレントが聖域へと到着しました。
でも、そこで事件は起きてしまったのです。
魔女っこが私のことを目にした瞬間、「離れて!」と大声を出しました。
「そこの小さいドライアド、わたしのアルラウネから離れて!」
実は、フェアちゃんが私にべったりと抱き着いたままだったのです。
しかもそんなフェアちゃんの頭を、私が蔓でよしよしと撫でていたのだ!
「アルラウネはわたしのものなの。あなたのものじゃないんだから、いますぐ返して!」
どうやら幼女アルラウネとなっている私よりもフェアちゃんのほうが背が高いせいで、フェアちゃんが私のことを抱擁しているように見えたみたいです。
そのせいで魔女っこのお姉さん魂に火がついてしまったようだね。
対するフェアちゃんも、魔女っこの発言にムっとしたように応えます。
「アルラウネの母上は、お前みたいな人間の子供のものにはなりません」
「そんなことない。わたしのお花になるって約束したし、いつも妹みたいにかわいがっているんだから」
そうなの、森が燃えたあの日、私は魔女っこのお花になると約束したんだよね。
だから実は私は魔女っこのものでもあるのだ。
「母上は妹ではないですよ。むしろ母上が姉で、お前が私の妹です」
「生まれたばかりのドライアドがなにを言っているの? わたしは11才なの。それでアルラウネはだいたい2才くらいで、あなたは生後数ヶ月。わたしのほうがお姉さんなのは間違いないんだから」
「人間と精霊の歳の基準を一緒にしないでください」
「年齢に基準なんてないでしょ。それにアルラウネから頭をよしよし撫でて貰ってるくせに、お姉さんぶらないで。アルラウネに撫でてもらってもいいのは、わたしだけなんだから」
「なるほど、わかりました。あなたも母上の蔓でよしよししてもらいたかったのですね? だからスネているのですか?」
「そ、そんなこと、アルラウネの蔓に喜んでいるあなたに言われたくない!」
魔女っことフェアちゃんが、にらめっこをするように顔を合わせます。
二人の間に見えない火花が散っているのがわかりました。
そういえばこの二人が一緒に話しているところを、いままで見たことがなかったね。
フェアちゃんが誕生した時は、魔女っこは魔女の里に連れ去られていたんだっけ。魔女っこが戻ったらすぐにお引越ししてしまっていたから、あまり接点がなかったのかも。
だからこの二人が同じ時間を過ごすのは、これが初めてのことのようです。
「アルラウネはわたしのものなんだから!」
「違います。母上は私の母上です!」
やめて、私のために争わないで!
心の中でそう叫びながら、私は二人のやり取りを微笑ましく思いながら見守っていました。
そうだよ、こういうのだよ!
この台詞はこういう時のために使うんだよね。
けっして私を信仰する狂信派と、私を殺そうとしている過激派が言い争っている時に使う言葉ではないのです。
でも、二人とも仲良くね。
ケンカはよくないですよー。
いまにもフェアちゃんに噛みつきそうな魔女っこを蔓で押さえながら話題を変えるために、私はフェアちゃんとドライアド様に街を襲ったモンスターの説明を始めます。
西の森のモンスターが街を襲った。
きっと森でなにか起きているに違いないと、私とキーリは考えたんだよね。
「西の森の、モンスターは、どうなっていた、のですか?」
「姉の支配下だったモンスターは、ほとんどが野に帰りました。その大半が西の森で大人しくしているはずです」
「それでは、最近、森でなにか、変わったことは、ありません、でしたか?」
「変わったことですか……森についてではないのですが、近頃は西の方から嫌な風が吹いているのを感じます。昨年の大寒波ほどではないですが、かなりひどい雪害ですね」
そういえば魔女っこも西の空がすごく吹雪いていると言っていたよね。
もしかして西のほうでなにか起きているのかな。
「生まれたばかりのフェアは、あまり耐寒性が強くありません。冷害で本体の木が弱らないかと心配なのですよ」
一部を除いて、普通の植物は寒さにはあまり強くありません。
幼木ドライアドであるフェアちゃんも、どうやら例外ではなかったみたいだね。
魔女っこも寒すぎて毎日震えているし、できればこの悪天候はなんとかしたいです。
とはいえ、天候を操作することなんて私にはできないし、どうしようもないのだけどね。
「他は特になにも起きてはいませんね」
ドライアド様は困ったように首をかしげます。
どうやらモンスターについて思い当たるふしはないようです。
「フェアちゃんは、なにか、知りま、せんか?」
「そういえば今朝、森の上を黄色い鳥みたいなのが飛んでいました。この辺ではあまり見かけない鳥だったので、なんとなく目についたのですが……」
──黄色い鳥?
鳥ではないけど、知り合いに似た人物がいるよね。
そう私が思ったところで、根を伝って何者かの気配を感じました。
私の本体がいる辺りの木に、誰か降り立ったみたいです。
これはまずいね。
私は他の体に転移しているだけなので、本体のアルラウネは森で蕾を閉じているだけなのです。だから今の私の本体は無防備状態。
モンスターに襲われでもしたら、無抵抗のままやられてしまうのだ。
「ごめん、なさい。ちょっと、本体のところに、誰か、来たみたい」
私はみんなにこの場を離れることを告げて、『転移』を発動します。
目を開くと、見慣れた私の森が視界に入りました。
本体のアルラウネに無事に戻れたようです。
たしか誰かが木に触れた感覚はあの辺りからしたよね。
私は上を向いて、気配を感じた木の枝へと視線を向けます。
そこには予想通りの人物が、私を見降ろしている姿がありました。
このメンバーの中では、ドライアド様、魔女っこ、フェアちゃん、子アルラウネの順で身長が高いです。
次回、大雪の原因です。