187 二度目の冬
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
アルラウネとなってから二度目の冬、そして魔女っこたちと一緒に森で暮らすようになってから初めての冬がやって来ました。
一人でない冬は、アルラウネになってから初めてです。
今年は寂しい想いをすることはなさそうだね。
そんな私は、朝から労働に勤しんでおります。
「アルラウネ、もっと頑張って」
浮遊魔法で空中に浮いたままの魔女っこが、私にエールを送ってきました。
『植物生成』で木のスコップを作った私は、日課となりつつある雪かきを始めます。
去年は大寒波のせいで大雪に見舞われたこの地方でしたが、まさかの今年も大雪になってしまったのです。
異常気象が続きすぎだよね。
みんなで無事に冬を越すことができるのか、正直不安だよ。
それにさすがに去年のような異常気象ではないけど、それでもかなりの雪の量があるのです。
そのせいか、いくら雪を取り除いてもなかなか雪かきが終わりません。
「そろそろ、休憩、していい?」
「だめ。アルラウネは今日も寝坊したんだから、そのぶん頑張らないと」
「うぅ、寝坊じゃ、ないのに……」
違うの!
私、寝坊なんてしてないんだからね!
私を悩ます冬の出来事は雪かきだけではありません。
なんだかね、魔女っこのお姉さんムーブが加速しているのだ。
朝、私が蕾を空けて起床すると、必ず魔女っこはこういうの。
「アルラウネは今日も寝坊したの? 子どもだからしょうがないけど、最近起きるのが遅くなったよね」
こ、これ以上早く起きられないんだから仕方ないじゃん!
頑張って蕾を開かせようとしても、外がまだ暗いから眠っていたいなって思っちゃうの。
冬は日の出が遅いから、人間的にはもう朝の時間になっていても、植物的にはまだ朝ではなく夜なんだからね。
それに暗いうちに蕾を開いても光合成できないんだから、起きても意味ないんだよー!
「それとも、アルラウネはどこか体が悪いの? 最近元気がないみたいだけど……」
魔女っこが心配そうに私の顔を覗いてきます。
魔女っこの白い髪はローブのフードの中に入れて隠しているけど、そのフードの上に白い雪がさらに降り積もっていました。
私は蔓で魔女っこの頭についていた雪を払いながら、「私は、大丈夫だよ」と言いながらニッコリと笑みを向けます。
とはいえ魔女っこにはそうは言ったものの、実はここ最近の私はあまり本調子ではないの。
これだけ寒いと、なんだか夏のように元気が出ません。
外に外にと広げていた根も、最近は大人しくしています。
それもこれも、光合成によって得られるエネルギーが減ったことが原因だと思うんだよね。
日光が少ないの。
光合成、もっとたくさんしたいよう。
そのせいで夏はあれほど無尽蔵に感じられた私の底知れないエネルギーも、今では冬眠してしまったかのように落ち着いています。
そんななかで王都にいるニーナからの頼みで大量の蜜を生成したんだけど、それもかなり大変だったよ。
いったいあんなにたくさんの蜜をどうするんだろうね。
まさか一人で食べるつもりじゃないとは思うんだけど……不安です。
「アルラウネが寒いの苦手なのは知ってるけど、頑張って。これもアルラウネのためなんだから」
魔女っこが言う私のためとは去年の冬、私が雪に埋まってしまったことを言っているのでしょう。
あの時、魔女っこに助けてもらっていなければ、今頃私は枯れていただろうからね。
「わたし思うの。一度にこんなたくさんの雪を取り除けるのはアルラウネだけ。それってとても凄いことなんだから。わたしのアルラウネ、いつも頼りにしているよ」
「私、頑張る……!」
聖女時代もそうだったけど、私はどうも誰かにお願いされると断れない性格のようです。
それにずっと一人で森にいたせいで、誰かに頼られるということだけでも凄く嬉しいの。
なによりも、家族のように大切な存在である魔女っこから頼りにされている。
その事実だけで、元気が漲ってくるよ!
私はスコップを持った十本の蔓を同時に操って、せっせと雪かきを続けることにしました。
私が雪かきをしていることに満足した魔女っこは、今日も秘密の特訓に行くために浮遊魔法を使って飛び上がります。
冬の間も魔法の特訓を続けているようです。
一度練習の成果を見せて欲しいと思っているのだけど、ずっと秘密にされているの。 どれだけ魔法が上達したのか気になるね。
「特訓、頑張って。寒いから、気をつけて、ね」
「わかった。アルラウネも、去年みたいに雪に埋まっちゃダメだからね」
魔女っこはそう言いながら、森の上空へと浮上します。
けれども空へと上がったはずなのに、どういうわけかまた私のもとへと降りてきました。
「どうか、したの?」
「西の空の方がすごく吹雪いてる」
そういえば今日は連日に比べて特別寒いです。
寒波が近づいてきているのかな。
「なんだか吹雪の雲がこっちに近づいてきてるみたい。アルラウネがまた凍らないか心配だし、今日はここでじっとしていることにする」
魔女っこが見ていた方角には、ドリュアデスの森があります。
そのさらに先には、ガルデーニア王国と魔王軍との最前線の場所である城塞の街があったはず。
そういえば前の森で魔王軍のミノタウロスに襲われた時、あのミノタウロスは城塞の街がある方角からやって来ていたよね。
城塞の街に何かあったんじゃないかと気になっていたんだけど、実際のところはどうなっているんだろう。
今度、伍長さんかドリンクバーさんと会ったときに訊いてみましょうか。
そんなことを思っていると、「向こうから誰か来る」と、魔女っこが呟きました。
森に雪が降り積もっているせいで、私の根っこによる索敵ができなくなっていました。そのせいで森に侵入者やお客さんが来ても気がつくことができなくなっているのです。
雪をかきわけながら進んできたのは、妹分のアマゾネストレントでした。
野菜を作っている野菜畑の雪かきを頼んでいたはずだけど、どうやらお客さんを私のところまで案内してくれたみたいだね。
アマゾネストレントと一緒にいるのは妖精のキーリと、今や街と私との調整役となっている伍長さん、そして森の水やり担当のドリンクバーさんでした。
「こんな、大雪のなか、森に来るなんて、何かあったの、ですか?」
「大雪だから来たんだ。このままじゃ街がもたない」
どうやら伍長さんが領主のマンフレートさんの代理で私のところまで来たみたいですね。
相談があると私に告げながら、さっそく本題へと入ります。
「問題が二つある。一つめだが、雪のせいで街の食料がついに尽きた。このままだと塔の街は冬を越すことはできないかもしれない」
姉ドライアドによるトロール襲撃事件。
あの出来事によって、街のほとんどの食料はトロール化した街の住人たちに食べられてしまいました。
昨年の大寒波による不作のせいもあって、塔の街は食糧問題に悩まされていたのです。
けれども私の野菜と、近隣の街から食料を輸入することによってなんとかやりくりしていたのが、ついに破綻したみたい。
雪で街道が完全に閉ざされてしまって、他の街からの食料が途絶えてしまったらしいです。
私の蜜をニーナへ運んで行った商隊が街から出ることができた最後の人たちだったみたい。あと少し蜜を送るのが遅かったら、蜜が食べられないとニーナが悲しむことになっていたかもしれないね。
「わかりました。野菜の生産量を、増やしましょう」
「今でもかなりの野菜が街に運ばれているが、これ以上増やすことができるのか?」
「安心、なさって、ください。私が、なんとか、いたします」
正直、これ以上野菜を増やすのはかなりきついです。
せめて今が冬ではなく夏だったなら、話は別だったんだけどね。
それでも、私は元聖女。
もう人間ではなく植物モンスターになってしまったけど、困っている民がいたら見捨てることなんてできないよね。
「アルラウネの嬢ちゃん、感謝する……だが、少し困ったことがあってな」
そこで伍長さんが口を閉ざしています。
私に何かを伝えようか伝えないかを悩んでいる様子でした。
それを見かねたキーリが、私のもとへと飛んできながらしゃべりかけてきます。
「街の人間のなかには、アルラウネ様の野菜を食べたくないやからがいるのさ。モンスターが作った物なんて死んでも食べないってね」
プンプンと怒りながら、キーリは街の様子を教えてくれます。
「今の街の人間は、聖蜜を食べてアルラウネ様に友好的な感情を持っている穏健派、モンスターは絶対悪だと信じて決起しようとしている過激派、生きるためならモンスターが作った野菜だって食べるという中立派、そしてまだ少数しかいないけど街を救った英雄であり聖なる蜜を生み出す紅花姫アルラウネ様のことを崇めようとする狂信派がいるみたいだね」
──うん?
なんだか今、変な言葉を聞いた気がするよね。
え、ちょっと待って。
狂信派って、なに?
なんで私のことを崇めている人間がいるのさー!
いったい街で何がおきているのー?
私が蔓で頭を抱えていると、伍長さんが説明を再開しました。
「それで二つ目の問題なんだが、なんだかおかしいんだ」
そりゃおかしいですよ。
私を崇める狂信派の存在なんて、おかしいに決まっています。
「塔の街は高台だからよくわかる。この雪の吹雪、なぜだか西からしか吹いてこないんだ」
──西から?
塔の街から西の方角というと、ドリュアデスの森があるよね。
「しかもその西から、モンスターが大量に湧いてきている。街の冒険者と騎士団は、モンスターから街を守るために頑張ってはいるが、こんな気候だ。そろそろみんな限界が近い」
凍えるような寒さのなかで戦い続けるのは、人間にとっては厳しいことです。植物である私だって大変だしね。
「本当はこれ以上、モンスターであるアルラウネの嬢ちゃんの手を借りるべきではないんだろうが、それを承知でお願いしたい。街を守るため、助力してくれないか?」
魔女っこに続いて、伍長さんたち塔の街の人たちから頼りにされてしまうなんて、私は大人気ですね。
いいでしょう。
元聖女として、街の危機を見過ごしておくことはできません。
「わかりました。それも、私が、なんとか、いたしましょう」
街を救って、塔の街の人たちとさらに仲良くなる絶好のチャンスでもあります。
一石二鳥とはこのことだね。
よーし、久々に森の外でお仕事といきましょうか。
私が街を守るのだ!
冬の森は寒いですよね。
雪が降るとなおさらです。
次回、雪原のアルラウネです。