185 私はドライアドではありませんよ
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
大工さんたちを追いかけて、転移を使ってツリーハウスの建築現場へと移動してきました。
建築資材として作成したばかりの丸太を地面に置きながら、大工さんたちの姿が現れるのをじっと待ちます。
しばらくすると、私の本体がいた方角から大工さん一行がやって来ました。
「皆様、お待ちしていましたよ」
私は棟梁さんたちに再びご挨拶をします。
私の姿を目にした大工さんたちは、「おい見ろ、小さなアルラウネが生えてるぞ!」「昨日はいなかったのに」と、ビックリしているようでした。
「わたくしのことは、先ほどのアルラウネと、同じ個体だと、思っていただければ、良いですよ」
「どうなってるんだ……!?」
どうやら棟梁さんたちは困惑気味のご様子ですね。
転移の説明をするのは面倒だから、簡単に私が増殖できることだけ教えましょうか。
私は私のすぐ隣に、分身アルラウネをもう一人生やしました。
人形を操るように、手動操作で隣の私を動かします。
目が点になるとはこのことかと思うような、わかりやすい反応をしてくれる大工さんたち。相当驚いているみたい。
ちなみにあくまで私の力を披露するためだけなので、この隣の分身アルラウネは後で種に戻すつもりです。
そうだ。動揺している大工さんたちを見ていたら、良いことを思いついたよ!
せっかくだからこの機会に、森の木を伐採しないでとお願いをしてみましょうか。
説明しやすいように、私は周囲に様々な種類の樹木を生やしていきます。
「このように、私は自由に、植物を生やせます。それだけでなく、この森の木は、全て私の体と、繋がっているのです。ですから、森の木を、無断で傷つけることは、許しません」
「そ、そうか……悪かったな…………」
意外なことに、棟梁さんは素直に謝ってくれました。
なんだか気が抜けてしまいます。
まあ棟梁さんが大人しくなってくれたのは好都合ですし、この際ですから昨日の出来事のことを質問してみましょうか。
「昨日は、森の木を切って、何に使おうと、していたの、ですか?」
建築資材にするには乾燥させないといけないというなら、伐採したばかりの木には使い道がないはず。だから何に使おうと思ったのか気になったのです。
「今回、依頼された建物はツリーハウスだ。木の上に家を造るとなると、足場がないと難しい。だから木を組み立てて足場にしようと思っていたんだが、まさかモンスターと……いや、紅花姫アルラウネと森の木が全て繋がっていたとは思わなかったな……」
なるほど、足場を作ろうとしていたんだね。
そういうことなら、私が何とかいたしましょう。
地面から木を生やして足場にして…………でも、ちょっとまって。
それだと、木の上を歩くことになるから、大工さんたちが作業しにくいよね。丸太のままだと移動するのが大変そう。
なら、木を加工して足場みたいな形に生成してしまえば良いのでは?
これまで私は何度も植物生成を使ってきたけど、普通の形の木しか生み出したことはありませんでした。木の形を変えるという発想がそもそもなかったしね。
それに以前の私の力では、やろうとしてもできなかったと思います。
だけど半精霊となって力が増したいまなら、少しくらいなら木の形を変えることができると思うの。
でもせっかくの機会だし、ちょっと試してみましょうか。
姉ドライアドもモンスター型の木を生み出していたし、きっと私も同じように木の形を変えることができるはずだよね。
私は地面から木を生やして、ツリーハウスの建築現場の周囲に、作業用の足場を創造していきます。
イメージは前世の女子高生時代に建築現場で見た足場です。
歩きやすく、そして作業がしやすいように、足場となる木の形を平らに変化。
落下防止のために、手すり代わりの枝も必要よね。
それでいて、上下に移動しやすいように、蔓の梯子を作ってあげます。
そうしてツリーハウスの建築現場を覆うように、足場となる木を生成することに成功しました。
思ったよりもよくできてるよ!
上手くいって、大変満足です。
しかもこれは、私にとっても大きな意味を持つの。
なぜなら、これからは形をアレンジさせた木を生み出すことができるとわかったからね。色々と試してみたくなってきたね。
「なんだこれは……!?」と、棟梁さんと大工さんたちが感嘆の声をあげました。
えへへ、どうですか?
さすがに女子高生時代に見た足場と同じように創ることはできなかったけど、不格好なりに足場として最低限使いやすいによう木を生やしてみました。
これなら作業しやすくなったのではないでしょうか。
「お前は……いいえ、紅花姫様。もしやあなたは花のモンスターではなく、精霊様なのでしょうか?」
「私は、ただの、お花ですよ?」
「いいや、そんなはずはない。こんな神秘的なことができるんだ。モンスターではなく、新しいドライアド様だと言われたほうがしっくりくる。そうに違いない!」
なぜか私のことをドライアドだと力説する棟梁さん。
私は植物モンスターのアルラウネ。
ドライアド様や姉ドライアドのような歴とした精霊ではないのですよ?
勝手に盛り上がっている棟梁さんたちを置いて、伍長さんが私にこっそりと耳打ちしてくれます。
「塔の街で生まれ育った人間は、精霊の姉妹が住むと伝えられているドリュアデスの森を見ながら育つ。だからか、ドライアドに好意的な印象を持つ住人が多い傾向があるようだな。中には信仰心に近い感情を持っている者もいるらしいぞ」
なるほど。精霊が住んでいる森はそうはないし、たしかにドライアドのことを良い風に思う人間がたくさん生まれていても不思議ではないかもしれないね。
「俺の死んだばあさんは子供の頃、一度だけドライアド様と会ったことがあるらしい。その時、ドライアド様は瞬間移動をするように体を移動させ、森の植物を自由自在に操ったという。まさに紅花姫様と同じではないか!」
そう言われてみると、私はドライアド様とだいたい同じことができるね。
もしかしたら、ただの植物モンスターだというほうがおかしいのかも。
というか、棟梁さんのおばあさんはドライアド様と会ったことがあるんだ。
妹のドライアド様と会ったのかな。昔の話なら、もしかしたら姉ドライアドと会っていた可能性もあるよね。
「街を襲った魔王軍を森のアルラウネが撃退したと領主様から教えてもらった。それだけでなく、聖蜜を使ってトロールになった者を人間に戻したとも。ただの植物モンスターがそんなことできるはずがない、きっとアルラウネがドライアド様の功績を奪い取ったに違いないと思っていたが、そうではなかったようだな」
棟梁さんは改めて私のことを見直すと、頭を下げながら大きな声をかけてきます。
「街を救ってくれて感謝している。俺の家族や大工仲間も、おかげで助かった」
まさか棟梁さんからお礼を言われるとは思ってもいなくて、恐縮してしまいます。
姉ドライアドと戦った時は色々あったし大変なことばかりだったけど、こうやって街の人から感謝されると頑張って良かったと本当に思えるね。
アルラウネになってからこういうことはあまりなかったから、なんだか照れちゃいます。
とにかく、これで棟梁さんたちに私の実力を知ってもらうことはできたかな。
「これで、見直して、いただけたでしょうか?」
「あぁ……俺は精霊である紅花姫様になんて失礼なことを…………こんなことでお怒りが鎮まるとは思いませんが、お許しをいただけるよう、依頼された家を無事に完成させたいと思います」
「わ、わかれば、良いのです……」
ちょ、ちょっと。
さっきまでと比べて態度が変わりすぎではなくて?
私の力を見せつけて驚かせるつもりが、逆に私が驚かされているのですが……。
「それでは仕事始めさせてもらいますので、紅花姫様はこちらでお待ちください」
「いいえ、わたくしも。お手伝いします!」
「とんでもない! こちらでお待ちください。ドライアドである紅花姫様のお手を煩わせてしまうわけにはいきません」
棟梁さんはそう言うと、大工さんとアマゾネストレントと一緒にツリーハウスの建築へと取り掛かりました。
そう、私一人をその場に残してです。
どうやら断固として、私に仕事をさせるつもりはないようです。
というか、さっきまで棟梁さんとは険悪な関係だったのに、なぜか尊敬の眼差しで見られるようになってしまったのですが…………。
しまった、私の力を認めてもらいすぎたよ……!
想定していた以上に実力を見せつけてしまったみたいで、逆に距離ができてしまいました。
それに私がドライアドだと誤解までされてしまったよ!
で、でも、仲が悪いままなよりは、今の方が良いよね。
ちょっと寂しいけど、そう思うことにしましょう……。
こうして私は、塔の街に新たな人間の知り合いを得ることができました。
そしてそれから数日後。
ついに魔女っこが住むツリーハウスが、完成したのです。
魔女っこの家を手に入れたことで、森での新生活が始まります。
次回、私の体の一部にツリーハウスが建ちましたです。