書付 女王補佐役の魔女と氷城のお茶会
魔女王補佐のグローア視点です。
私の名前はグローア。
魔女の里で魔女王様の補佐役をしています。
魔女のトップである魔女王様は猫のように気まぐれなお方で、しかも消息不明なことが多いです。
そのため、魔女王様の代わりに私が魔女の里をまとめている毎日です。
仕事ばかりでたまにはお休みが欲しいと思うのですが、それくらいの願いを持つことくらいは良いですよね。
最後に自由な時間を過ごせたのはいつのことだったかと思いながら、私の前方で箒に乗って空を飛んでいる白色の猫耳帽子を被った魔女へと目を向けます。
このお方が魔女の里の女王であり、私を魔女にした張本人でもあります。
私は元々白髪ではなかったのですが、魔女王様の力を多く受け継ぐことができたため、同じような真っ白の髪になってしまったのでした。
魔女王様に次ぐ実力を持つことができたけど、そのせいで魔女の里のナンバー2になってしまったのだから良いのか悪いのかわかりません。毎日魔女王様に振り回されていることで、過労で髪の毛が白くなってしまったのではないかとすら思えますよ。
そんな自由奔放な魔女王様と私は、一緒にとある城へとやって来ました。
ここは一年前の冬まではガルデーニア王国最大の城がある城塞の街だったのですが、大雪によって隔離されたところを魔王軍のドラゴンの部隊によって襲われ、あえなく落城したそうです。
ですので今は魔王軍の城ということになります。
その城は、まだ秋の終わりだというのに氷に包まれていました。
それは、私たちをこの場に呼んだとある人物が、既に待ち構えていることを示唆しています。
氷の城へと入った私たちは、魔王軍のメイドに先導されながら奥へと進みます。
城の上層部にある見晴らしの良いバルコニーへと案内されると、群青色のドレスを着た女性が椅子に座ったまま私たちを待ち構えていました。
彼女は湖の底のような深い青色の長髪を自らの手で払いのけながら、こちらへと声をかけてきます。
「待っていたわよ。早く座りなさい」
氷のように冷たい視線が私の全身を刺すように貫きました。
全てを凍てつかせるようなその瞳を見た瞬間、無意識のうちに体が震えてしまいます。
彼女の姿は普通の人間のようにしか見えませんが、その正体は千年近く生きる恐ろしい氷龍であることを私は知っています。そのせいでしょうか。
「にゃはは、久しいねー宰相ちゃん」
気軽に挨拶をしながら、魔女王様はテーブルの向かいの椅子に着席します。
魔王軍の宰相にこんな馴れ馴れしく話しかけるのは世界広しとはいえ、うちの魔女王様くらいなものではないでしょうか。恐れ多すぎますよ。
ちなみに、私は魔女王様の背後に直立したまま待機です。
このお茶会に招かれたのは魔女王様お一人。私はお付きの従者としてやって来ただけなのです。
魔王軍のメイドがお茶を運び始めると、宰相閣下が自慢するように掌を動かしました。
「どうかしら、良い城だと思わない?」
「さすがはガルデーニア王国防衛の要であった城塞の街、立派なお城だけど氷漬けになっていなければもっと良かったねー。ここ、寒すぎなんですけど、どうにかならないの?」
「私が大寒波を呼んで直々に氷漬けにした城だもの、寒いのは当然よ。とはいえ計画では今頃、この城でガルデーニア王国滅亡の祝賀会を開くつもりだったというのに、慎ましくあなたとお茶会をするはめになるなんて、世の中そう上手くはいかないらしいわね」
城塞の街さえなくなれば、あとは王都まで難攻不落の城はありません。
問題だった勇者は戦う意欲を失い、聖女は死にました。
そのまま魔王軍は本気でガルデーニア王国を攻め落とすつもりだったのでしょうが、予想外の事態が起きたことによって王都へ進むことは中止に終わったようです。
「せっかく五大国で一番攻略が難しいと思われていたガルデーニア王国を最初に討滅できると思っていたのに、残念だわ」
宰相閣下はティーカップへと静かに口をつけました。
ゆっくりと味を堪能したあとで、静かに話を続けます。
「本来であれば、この城を足がかりに四天王である精霊姫フェアギスマインニヒトと光冠のガルダフレースヴェルグがガルデーニア王国を侵略する手筈だったのよ。その計画はどこかの植物モンスターによって水の泡になってしまった訳なのだけど」
「それ、紅花姫ちゃんのことでしょ? あのアルラウネの名付け親はね、なんとわたしなんだにゃ~。凄いでしょ?」
「凄いのはあなたではなくアルラウネのほう。いったい何者なのかしら? ガルダフレースヴェルグはまだしも、あのフェアギスマインニヒトまでやられるだなんて普通ではないのだけど」
「まあまあ、そんな怖い顔しないでよー。前にも言ったでしょ、紅花姫ちゃんは厄介なの。あれを倒せるのはこの大陸にどれだけいるのかわからないよー」
「ええ、厄介なのも認めましょう。なにせ、あの堅物の弟がそのアルラウネにご執心らしいのよ。まさか弟に花を愛でる趣味があったなんて驚きね。しかも自分のメイドにするだけでは飽き足らず、そのまま魔王軍に入れて四天王にしようと企んでいるのだから始末に負えないわ」
「にゃはは。グリューシュヴァンツがそうしようと決めたのなら、そうなるしかないよねー。宰相ちゃんでも止められないんじゃないの?」
「だからあなたの口車に乗って、獣王マルティコラスを使って先にアルラウネを消そうと思ったのに、それも失敗に終わってしまったわ。まったく、使えない獅子だこと」
「並の四天王クラスじゃ相手にならないなんて、そんな植物聞いたこともないよねー」
魔王軍のメイドがせっせと宰相閣下と魔女王様に給仕するなか、宰相閣下が重そうな息を吐きます。
「あの植物の小娘のせいで、我々の計画は大幅に狂ったの。おかげで一年かけて殲滅目標を別の国に変更することになったのだから」
「そんなに腹が立つのなら、宰相ちゃんが直接殺しに行けばいいじゃん?」
「うちの弟が執念深いのは知っているでしょう。まだ恨まれたくはないのよ────そうだ、良いことを思いついたわ。あなたが代わりにやってくれたら、両手を使って祝福してあげましょう。いかが?」
「わたしはグリューシュヴァンツに紅花姫ちゃんに手を出さないと約束させられちゃったからにゃー。ごめんね、宰相ちゃん」
そうは言っているものの、あのアルラウネを消し去りたいと思っているのは魔女王様も同じです。
魔女の里の後継者候補であるルーフェちゃんを、アルラウネの元から取り戻したいと思っているのですから。
そういえばルーフェちゃんは元気にしているのでしょうか。
もう冬になりますが、風邪をひいていなければ良いのですがね。
まあ、さすがに森で野生児のように暮らしているわけではないでしょうから、きっと大丈夫でしょう。
「あそこまで力を持った植物モンスターが現れるなんて想定外。いったいどこから生まれてきたのか、魔女王は何か知っているんじゃないの?」
「にゃはは、わたしが知っているわけないじゃんー」
「仮に知っていたとしても、あなたが簡単には口を割らないのは知っているわ。アルラウネは植物モンスターですし、もしかしてフェアギスマインニヒトの生まれ故郷と何か関係があるのかしら」
たしかに、あのアルラウネの出自はとても気になります。
精霊姫が支配していたドリュアデスの森に突然出現したこと、そして何よりあの容姿です。
魔女王様は気がついているのでしょうか。
「とにかくこの冬は忙しいから最後の四天王をアルラウネへ向けるのも無理。誰か代わりにあの植物の小娘の始末をしてくれないかしらね」
「なら、勇者にやらせれば?」
「勇者は王都に引き籠もっているのでしょう? それに、アルラウネを倒した勢いでそのまま魔王城に聖剣を持った勇者が攻め込んできたら面倒だわ」
「勇者が嫌なら、他の人間にすればいいよー」
「勇者以外の強者なんてガルデーニア王国にいたかしら。一番厄介だったあの聖女は死んだのだし、勇者を除いたら怖い人間は一人もいなかったと思うけど」
「にゃはは、ヴォルフガングという男を知っているかにゃー?」
ヴォルフガング……。
あの狼耳の男ですか。
「聞いたことがあるわ。たしか勇者と双璧だと言われていた人間ね」
「勇者じゃないから聖剣は使えないけど、人間にしてはかなりの力を持っていたよー。そうだったよね、グローア?」
魔女王様、そこで私に話を振らないでください。
頑張って忘れようとしていたはずの記憶を思い出してしまうではないですか。
「ではそのヴォルフガングという男を利用することにしましょうか。あなたにもまた協力して貰うわよ」
「宰相ちゃんの頼みなら断れないねー」
悪だくみをする私の上司と魔王軍の最高幹部。
二人とも頭の中で同じ絵を描いているのか、クスクスと笑い合っていました。
「それで宰相ちゃん、いったいどう利用するつもりなのー?」
「それについては、一つ良いことを思いつきました」
宰相閣下は何物をも凍り付かしてしまいそうな冷徹な眼差しで、塔の街がある方向へと視線を向けます。
「これでもあたくしはグリューシュヴァンツの優しい姉ですからね。たまには可愛い弟の願いを叶えてあげても良いと思うのです」
こうして氷城のお茶会はお開きとなりました。
魔女の里に帰った私は、魔女王様からお仕事を命じられてしまいます。
どうやら私にとっても忙しい冬になりそうですね。
私の休日は、悲しいことに雪解けの季節まではお預けのようです。
ですが上手くいけば、ルーフェちゃんはアルラウネの元から解放されるかもしれません。
その日が訪れることを願って、私は冬の荒野へと一人で旅立ちました。
というわけで、魔女王補佐のグローア視点でした。
今回は炎龍様の姉君も初登場です。
一年前にアルラウネを襲ったあの大雪は、氷龍である炎龍様の姉君がこの城を落とすために降らせたものでした。
次回、家を造りますです。