181 密会の行方
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
真夜中の密会で炎龍様からとても難しい選択を迫られてしまいました。
私が魔王軍に加入するか、断って炎龍様と敵対する道か、どちらかを選ばなければならないの。
もしも私が魔王軍に入れば、身の安全は保障されるようです。しかも四天王に取り立てられるかもしれないみたい。
聖女時代に一度、そしてアルラウネ時代に三度も魔王軍の四天王とは戦ったことがあったけど、まさか私がその四天王にスカウトされる日が来るとは夢にも思っていませんでした。
魔王軍の四天王になって私が何をしなければならないのかわからないけど、魔女っこたちみんなとの生活が続けられるならそれにこしたことはありません。
気がかりなのは、ニーナや他の人間さんたちとの交流が絶たれてしまうこと。
モンスターにはなってしまったけど、やっぱり人間への未練は未だに捨てきれてはいないのです。
それに元聖女としては、魔王軍に入ることに全く抵抗がないかと言われれば嘘になってしまいます。
とはいえ今では魔王城に住んだ経験もあるし、前と比べれば偏見はなくなったけどね。
魔王軍は人間の時に思っていたような悪の集団ではなかった。
良い魔族がたくさんいたし、住み心地も良かったです。
それでも、人間とは敵対したくないというのが正直な気持ちでもあります。
だからできれば、魔王軍には入りたくない。
そしてもう一方を選択した場合は、修羅の道が続いていることが目に見えています。
魔王軍と敵対することを選ぶとなれば、今まで以上に安息の日はやってこないかもしれません。
物量では魔王軍には敵わないし、長期的に襲撃され続けると大変です。特に魔女っこたちの身が持つとは思えません。
そしてなにより厄介なのが、目の前にいる炎龍様が敵になることです。
前の森で炎龍様に襲われた時の恐怖は今でも忘れない。あんな怪獣みたいな炎龍様と戦うのは、半精霊となった私にとっても分が悪い気がします。
相性だって悪いしね。
なぜなら獣王マルティコラスさんですら困惑していた植物としての再生力を私は持っているわけだけど、炎龍様にはそれが通用しないかもしれないの。
神とも思えるようなあの炎龍様の火力があれば、地中の私の根っこごと森を灼熱の業火で焼き尽くすことが可能でしょう。
全ての根っこが燃やされてしまえば、私は再生することなく灰となって死んでしまいます。
性格も紳士的で良いドラゴンさんだし、本当なら敵対はしたくないです。
無事に勝てるかわからないし、何より魔女っこたちを守り切れる自信がないの。
聖女としては一度死んでしまった命だけど、せっかく植物モンスターのアルラウネになってまで生きながらえた命です。
できればもう二度と死にたくはありません。
炎龍様に殺されるくらいなら、いっそ魔女っこたちと一緒に魔王軍に入って身の安全を確保したほうが良いのではないでしょうか。
でも、そうしたら森で静かに暮らすという私の願いは一生叶わないかも。
いったいどうしたら…………。
黙って下を向いている私に対して、炎龍様が白い息を吐きました。
季節はもうすぐ冬。
夜中の外気は思っていたよりも寒いようです。
「我の元に来るというのは、そこまで悩むことなのか」
炎龍様が少し寂しそうな表情をした気がしました。
そ、そんなお顔をしないでください!
別に炎龍様が嫌いなわけではなくてですね、魔王軍に入るというのが気がかりでして、それに人間とは敵対したくないですし、自由なこの生活は気に入っていましたし、ですから────
「そういう、意味では、ないのです」
「そうか……」
私と炎龍様の間に沈黙が流れました。
ここで炎龍様が私を見限って、命を狙うようになったらどうなるのでしょうか。
これまで良好な関係を結んできた炎龍様との縁が絶たれてしまう。
それだけでなく、これまでも波乱満載だった日常が、さらに悪夢のような地獄の日々に変わってしまうかもしれません。
私一人の命で済むならまだマシだけど、魔女っこやキーリ、妹分のアマゾネストレントたちを危険な目に合わせるわけにはいかないよ。
それにせっかく私の森に移住してきてくれた森サーのハチさんやお蝶夫人たちにも、危害が及んでしまうかもしれない。
ドリュアデスの森のドライアド様とフェアちゃんだって巻き込んでしまうかもしれません。
本当なら選びたくはないけど、私には選択する自由は最初からなかったのかもしれないね。
みんなのことを想うなら、私は魔王軍に…………。
「其方にとって、我は共にいたい存在ではなかったということか」
「ち、違います! 炎龍様自体は良いのですが、魔王軍に、少々思うところが、ありまして……」
「ふむ。たしかにこれまで其方と魔王軍とは色々とあったからな。そう思うのも仕方あるまい」
私が魔王軍に入るのを躊躇しているのは、私が元人間で聖女だったことが理由なのだけど、炎龍様は勘違いしてくれたようです。
「そういうことなら、別に今すぐに決めずとも良い。できれば其方を無理やり配下にすることは避けたいゆえ、魔王軍に対する其方への印象を変えてからでもいいだろう。それに我は北へと旅立たねばならないからな」
「北へ、ですか?」
「マルティコラスとは古い知り合いだった。あやつが攻略していた大陸の北の地にいる魔王軍を一時的に預かることにした。すぐに戻って来るつもりだが、後任が決まるまでの間は、我が北の魔王軍を指揮することになるだろう」
「なぜ炎龍様が、代わりに?」
「なにせ魔王軍は四天王を短期間で3人も失った。どこかのメイドのおかげで、深刻な人材不足なのだよ」
炎龍様はまだ私のことをメイドだと言ってくれるんだね。
それは嬉しいですよ……。
炎龍様にとって私は魔王軍の敵ではなく、庇護下の一人のアルラウネとして目に入っている。思ってたよりも信頼されているのかも。
もしかしたら炎龍様と協力関係を結んだまま魔王軍に入らないでという第三の道を選ぶことができるかもしれないよ。
「マルティコラスとは長い付き合いだったゆえ、城に残る者の中では我が一番マルティコラスとその部下たちのことを理解している。それにアルラウネ擁護派の我としては、マルティコラスが抜けた穴を我自身の手で埋める必要があるのだ」
炎龍様は私の顔を見ながら、やれやれと言ったように続けます。
「マルティコラスは獣人の軍団を持っていた。だが、あやつの側近もみな其方に敗れてしまったため、軍団の後継者を選定しなければならなくなったのだ。当分は帰れない」
うぅ、なんだかごめんなさい。
私のせいで炎龍様にいらぬご足労を……。
「ゆえに、其方の返答は我が戻ってからで良い。それに当分の間は其方に危害を加える者も現れないことだろう」
「どういう、ことですか?」
「この冬から春にかけて、魔王軍で大きな戦が予定されている。四天王が次々と抜け、その穴埋めをしながら準備をしなければならない中で、姉上や他の魔族が其方を襲う余裕はないだろう」
大きな戦……。
「魔王軍の兵士が束になっても四天王クラスの実力がある其方には敵うまい。其方と戦える者は限られてくるゆえ、戦が終わる夏頃までは時間が稼げる。それまでにゆっくりと今後のことを考えるが良い」
「魔王軍は、ガルデーニア王国を、襲うのですか?」
「詳しくは言えぬ」
もしも魔王軍が本気でガルデーニア王国を落とそうとしていたらどうしましょう。
人間を辞めた身でも、生まれ故郷が戦火に巻き込まれるのは悲しいことです。
「我がこの地を離れている間に、姉上が何か動こうとする可能性もある。もしも我が戻る前に配下になると決めたのなら、パルカにそう伝えるが良い。そうしたら我は約束通り、其方を守るためにこの森まで翼を広げよう」
炎龍様は魔王軍で少数派になってまでも、私のことを守ろうとしてくれている。
そうまでして、炎龍様は私を助けようとしてくれているのですね。
しかもわざわざそのことを私に伝えるために、こうやってお忍びで会いに来てくれて…………感謝してもしきれないですよ。
今の私には、炎龍様の配下として魔王軍に入ると決意することはできません。
でも、誘いを断って炎龍様と戦う覚悟もできていないの。
だから炎龍様のご厚意に甘えて、返事は次の時まで待ってもらうことにしましょう。
お返事をする時になっても、私の気持ちに変化が訪れるかはわからないてますが……。
私は炎龍様に「ありがとう、存じます」と感謝の意思をお伝えました。
本来であれば、王国の聖女である私と魔王軍の幹部である炎龍様は敵同士でした。
でも運命の歯車がねじれたことによって、こうしてこっそりと密会をする程の関係になっています。
もしもの話だけど、私が聖女イリスとして炎龍様に出会うことができていたなら、どうなっていたのでしょうか。
人間の私には蜜が出せないから、炎龍様は私のことを気に入ってくれなかったかもしれません。
それどころか、聖女だからと戦闘になる可能性の方が高いよね。
それでも夢のような話かもしれないけど、聖女として炎龍様と対話ができた可能性もあったかもしれないと思わずにはいられません。
上手くいけば、今の私たちのように手を取り合う未来もあったかと知れないよ。
けれども、私は裏切られて殺された。
仲間であったはずの勇者様と聖女見習いのクソ後輩の手によって。
そうしてモンスターとして生まれ変わって、人間の敵となってしまいました。
もしも植物モンスターのアルラウネである今の私と炎龍様が手を組んだら、いったいどうなるのでしょうか。
二人で協力すれば、どんな相手にだって勝てる気がします。
それこそ、魔王にだって……。
その未来が訪れることがあれば、もしかしたら私の身を脅かす存在はもういなくなるのかもしれません。
お読みいただきありがとうございます。
大変申し訳ないのですが年末で少しバタバタとしていまして、次回の更新は26日にさせていただければと思います。どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m
次回、目指すべき森の姿です。