179 密会のお誘い
私から離れて森の外へと歩いているニーナを、森に広がる木々の根を通して感じ取りながら見送ります。
そしてニーナと入れ替わるように、私の近くの枝に何かが降り立ったのを察知しました。
この感じは前にもあったよね。
頭上に視線を向けると、予想通りの相手が私を見下ろしていました。
ストーカー四天王の妹である、ハーピーのパルカさんです。
半人半鳥の彼女は、炎龍様と私の間を行き来する蜜の配達員。
前に蜜を渡してから何日も経っているから、きっとまた私から蜜を受け取るために森へやって来たのでしょう。
ハーピーさんは私に「こんにちは」と挨拶をしながら、地面へと降り立ちました。
流れるように長くて黄色い髪が、ひらりと宙に舞う光景に私は目を奪われてしまいます。
やっぱり綺麗な子です。これで私のストーカーでなければどれだけ良かったことか。
「アルラウネ殿は今日もお美しいです」
…………このハーピーさんはストーカーさんではあるけど、悪い子ではないと思うの。
しかも私のことを褒めてくれる相手はあまり多くはありません。
森の中にずっと住んでいるから、知り合いがあまり多くないからね。
だからちょっと変わっていても、私は気にしませんよ。
「やはり聖女イリスとそっくりのアルラウネ殿は永遠にその美貌を鑑賞できるように、氷系の魔族にお願いして氷漬けにして冷凍保存するべきですね」
前言撤回です。
やっぱりこの子、ちょっと危ないかも……。
私、氷漬けにはなりたくないよー!
というか、いつの間にか私の呼び方が「アルラウネ殿」になってるし!
私が聖女イリス似だとわかって、気に入られでもしたのかな。
まさか本当に冷凍保存してくるわけではないよね?
とはいえ炎龍様の使者でもあるし、ここは友好的に接しましょう。
改めまして、来客へ挨拶です。
「ごきげんよう、パルカさん。蜜の、受け取りに、来たのですか?」
「いかにも。だが、それよりも……」
ハーピーのパルカさんは、ニーナが去っていった方角に視線を向けます。
「先ほどの人間が此方の兄の羽根を持っていた気がするのだが……」
あら、鋭いですね。
あの羽根は間違いなく、ストーカー四天王であったパルカさんのお兄さんの羽根でしてよ。
もしかして、兄の羽根を取り返そうとしているのですか?
ニーナにプレゼントしたものを今更返してとは言いにくいのだけど、どうしましょう……。
「あれは、私の、です」
「アルラウネ殿の物でしたら、此方にとって何も問題ではありません。きっと兄も、聖女イリス似のアルラウネ殿と一緒にいられて、天上の世界で今頃興奮していることでしょう」
それはちょっと…………。
やっぱり黄金鳥人さんの羽根はニーナにあげて良かったかも。
ニーナ、なんだかごめんなさいね……。
さて、気を取り直してお仕事です。
パルカさんが持っている空の容器に蜜を入れていきます。
口からよだれをたくさん入れているようにしか見えないので、まだパルカさんの前でこれをやり続けるのは少し恥ずかしいです。
魔女っこたちなら慣れているのだけどね。
「なるけど。改めて観察すると、聖女イリスがよだれを垂らすとこんなにも美しく見えるのか。此方は感動したぞ。是非とも兄にも見せたかった……」
ちょっと、パルカさん。
変なことで喜ばないでください。
ねえ、魔王城に他のまともなハーピーはいなかったの?
絶対、普通のハーピーがもっとたくさんいたでしょう。
それなのに、よりによって私のストーカーに当たるとかおかしいです。
まさか魔王城のハーピーは全員聖女イリスのファンだってわけはないですよね。
炎龍様、できれば蜜の配達員を交代して欲しいのですが、いかがでしょうか?
「そういえば森の中に小さなアルラウネを見つけたぞ。もしかしてあのアルラウネは、アルラウネ殿の仲間なのか?」
「私の、家族ですよ」
「やはり……聖女イリスの幼少期を思わせる可憐なお姿だった。是非とも丁重に持ち帰らせていただきたいのですが、よろしいですか?」
「よろしく、ないです!」
パルカさん、あなたは何を言っているの?
あなたに畑ラウネが持ち去られた日には、何をされるのか怖くて気が休まらないよ。
多分だけど、さらわれた畑ラウネは氷漬けにされてパルカさんの家に飾られてしまうでしょう。
だから絶対にダメですからね!
「ダメですか。なら勝手に持ち帰らせていただきましょう」
「…………私のアルラウネに、手を出したら、あなたを強制的に、お兄さんのところへ、連れていきます」
「兄と再会できるのなら、是非ともアルラウネ殿のことを語り明かしたいところですね。それにもし此方を丸呑みされるのでしたら、できればすぐに出して欲しいです。実は一度、聖女イリス似のアルラウネ殿の体内に入ってみたいと思っていたのですよ」
脅したつもりなのに、なぜか喜ばれたのですが!
もう私、どうしたら良いかわかりません。
ストーカーのメンタル、怖いよう。
パルカさんは「もちろん勝手に持ち帰る話は冗談ですよ」と言いながら、蜜が詰まった容器をかぎ爪で掴みます。
ということは、他の言葉は冗談ではなかったということですね……。
パルカさんはそのまま翼を広げて飛び立とうとしたところで、何かを思い出したように私に声をかけてきました。
「そうでした。アルラウネ殿を目にした瞬間に気分が舞い上がってしまったので、すっかり大切な仕事を忘れていました」
パルカさんはかぎ爪を器用に使って、荷物の中から封筒のようなものを取り出しました。
「グリューシュヴァンツ様からアルラウネ殿へお手紙を預かっています」
「炎龍様が、私に!?」
「必ずこの手紙を本日中にアルラウネ殿へ渡すようにと、命じられました」
まさかの炎龍様からのお手紙です。
私が文字を読めることは、メイドとして魔王城で炎龍様のお手伝いをしていた時に知られていたことだから、こういった伝達手段を使ってくるのは不思議ではありません。
もしかして、先日のように何か情報を教えてくれるのかな。
こないだの情報は四天王である獣王マルティコラスさん来訪の予兆みたいなものでした。
なら今度はいったいどんな内容なんだろう。
まさか四人目の四天王が……?
「此方は中を見るのを禁じられています。ですので、何が書かれているかは知りませんのでご安心を」
パルカさんは翼で顔を隠しながら、からかうように呟きました。
「お返事を書くなら早くしてください。蜜を届けるついでに、特別に此方がお二人の文通の伝書ハーピーになりましょう」
え、お返事!?
というか、炎龍様と文通ってなにそれ!
私と炎龍様はお手紙のやり取りをする仲ではなかったはずなんだけど。
元々、私は炎龍様の部下の仇。
私は炎龍様から命を狙われていた。
その後、私の死んだふり作戦によってなんとか子供のアルラウネだと思わせることに成功して、やっと私は炎龍様から命を狙われないようになりました。
それから炎龍様の観葉植物からメイドへとジョブチェンジして、今では蜜を交換することで魔女っこの身を魔女王から守ってもらうというビジネスパートナーのような関係なの。
そもそもの話、本来であれば私は王国の聖女。
対する炎龍様は魔王軍の一員。
いったい炎龍様が何の役職についているのかは未だに謎だけど、四天王の姉ドライアドが敬意を払っていたことから最高クラスの幹部であることは間違いないはず。
その炎龍様が、なぜか私にお手紙をくれた。
それがどういう意味なのか、まったくわからないよ。
「グリューシュヴァンツ様がアルラウネ殿に便宜を図っているのは噂で耳にしていましたが、その理由を此方はついに知ってしまいました。お二人の関係は絶対に言いふらしたりはしません」
理由って、炎龍様は私の蜜が大のお気に入りだということだよね。
私からしたら今更だけど、パルカさんから見たら衝撃の事実だったんだ。
たしかにあの恐ろしく強い炎龍様が、毎食のデザートに私の甘い蜜をいただいているなんて想像できないことでしょう。私もまさかこんなことになるとは、炎龍様と初対面の時には思わなかったよ。
ともかく、お返事を書くなら早くしないとね。
封蝋でしっかりと封印されている封筒を、私は蔓で触ります。
すると私が触れた瞬間に、封蝋が光と共に砕け散りました。
どうやら魔法の封蝋だったみたいです。
送り相手の魔力をあらかじめ蝋に登録しておくことで、その相手以外には開けないようにするという魔法具です。
きっと炎龍様は私の蜜を使って魔法の封蝋に私の魔力を登録したのでしょうね。
魔法の封蝋はかなり高価なうえ、相当貴重なものです。
王国では王族と一部の上流貴族、そして教会の司教様しか所持していなかったはず。
そんなものを私宛のお手紙に使ってくるなんて、炎龍様はいったい何を考えているのでしょうか。
そしてそれを当たり前のように所有していて簡単に使えてしまう炎龍様は、やはりさすがとしか言いようがありません。
私は蔓を使って、封印されていた手紙をゆっくりと開きます。
『夜が更けた頃、蕾を開けて待っているように』
パルカさん、手紙を炎龍様に届けてもらう必要はなくなりました。
どうやらお返事はいらないようです。
だってこのお手紙は、私への密会のお誘いのお知らせだったのですから。
ハーピ-のパルカさんは聖女イリス似のアルラウネに会えるようになったことで、炎龍様にとても感謝しています。そしてこの仕事が他のハーピーに取られないようにと、実は裏で人知れずに色々と頑張っていたりもしていました。
次回、炎龍様と真夜中の密会です。