177 ニーナの出発
獣王マルティコラスさんを撃退してから数日が経ちました。
平和に戻った森で、私たちはのんびりと生活を続けています。
森が落ち着いたことで、私はドリュアデスの森からお友達を呼ぶことにしました。
そう、森サーのみんなだよ!
妖精キーリと妹分のアマゾネストレントにお願いして、私の女騎士ことハチさんとお蝶夫人たちてふてふをこちらの森へと誘導してもらいます。
私の蜜があれば、きっと森サーのみんなは私の森に永住してくれるはず。
その願いが通じたのか、新たに森サーという名の森の住人が増えました!
引っ越し祝いのプレゼントにと久々に蜜を与えながら、ハチさんとお蝶夫人たちと蔓でワルツを踊ります。
歓迎の舞踏会だよ!
ほら、キーリも魔女っこも一緒に踊りましょう。
あそこでキレのあるダンスを踊っているアマゾネストレントを見習いなさいよね。
森サーのみんなは、私の森の一角に住むことになりました。
妖精のキーリがいるおかげで、その辺の誘導はバッチリです!
魔女っこが私の身内だということも覚えてくれたみたい。
森で魔女っこがハチさんに襲われるという最悪の事態だけは起こらなそうで一安心なの。
そんなこんなで森での生活を謳歌していると、ニーナが私の元へ一人でやって来ました。
ちょうど畑ラウネのところから街へと野菜を送る時間だったせいで、キーリもアマゾネストレントも留守です。
唯一残っている魔女っこと一緒に、聖女見習いであるニーナを迎えました。
「ごきげんよう、ニーナ。また会えて、嬉しいです」
私が笑顔で挨拶をすると、ニーナは神妙な面持ちで挨拶を返してくれます。
なんだか様子がおかしいね。
チラリと魔女っこへ目線を向けながら、真剣そうな表情でニーナは告げます。
「紅花姫様とお二人でお話がしたいのですが」
私と二人で?
魔女っこと一度顔を合わせてから、ニーナへと視線を戻します。
そして私よりも先に魔女っこが口を開きました。
「聖女のお姉さんが、わたしのアルラウネに何の用なの?」
キリッとした目つきでニーナを見返す魔女っこ。
なんだか穏やかじゃないね。
「……実は、王都から伝令が来ました。あたしは明日、塔の街を発って王都へ向かわなければなりません」
ニーナが王都に?
いったいどういうことだろう。
魔女っこ抜きでそのことを話したいということは、ニーナは聖女イリスとしての私と会話がしたいということなのかな。
「魔女っこ、大丈夫だから、少しの間、二人きりで、お話しても、いい?」
「…………アルラウネがそういうなら。でも、変なことされたらすぐにわたしを呼んでよね!」
魔女っこはそういうと、森の奥へと飛んでいきました。
きっといつも通り、黒魔法の練習をするのでしょう。
「イリス様、前から思っていたのですが、なぜ魔女の子供と一緒に暮らしているのですか?」
「色々と、あったの、ですよ」
本当に、色々とね。
私がただの森の植物モンスターで、魔女っこが白い鳥さんだった頃からの長い付き合いなの。
「魔女にしては人間にそこまで敵意はないようですが、それでも会うたびに睨まれてしまうようになったので、あたしは嫌われてしまったのかもしれません」
魔女っこは人間嫌いだからね。仕方ないよ。
「それで、王都からの、伝令という、のは?」
「はい。塔の街が四天王に襲われたということは既に王都へ報告済みなのですが、どうやらその件で呼ばれることになったみたいです」
ニーナの話を聞いてみると、塔の街が魔王軍の四天王に襲撃されたという情報を王都に早馬を出していたみたい。
けれどもすぐに四天王である姉ドライアドは私に撃破され、問題が片付いたという報せを続けて王都へと送ったらしいの。
だから四天王の誰に襲われて、どうやって撃退したかという詳しいことはまだ王都へは教えていないようです。
「領主様も王都へなにやらご報告していたようなので、すでに知られている可能性もありますが……」と、ニーナは私のことを控えめに見てきます。
私の存在が領主様を通じて王都へと知れ渡った可能性があるということだね。
今度領主様に会ったら詳しく尋ねてみましょう。
「ともかく女神の塔が壊れたことや、教会の司祭が魔王軍に操られて亡くなられたことなど、報告することは山積みですよ」
「他の四天王も、撃退したことは、王都へ伝えない、のですか?」
「イリス様。他の四天王とは、いったい誰のことですか……?」
なんと、驚くことにニーナは姉ドライアド以外の四天王がドリュアデスの森へと来ていたことを知りませんでした。
ニーナが知らないということは、領主様もまだ耳にしたことがないしょう。
私は黄金鳥人さんこと光冠のガルダフレースヴェルクさんと、獣王マルティコラスさんのことをニーナに教えます。
まさか私が四天王を三人も倒していたなんてと、ニーナは開いた口が塞がらないという様子でした。
「ちなみになのですが、ニーナが王都へ、行くのは、王都の教会からの、命令ですか?」
「その通りです」
ということは、聖女大聖堂にも報告が入るはず。
現在、王国で唯一の聖女となったあのクソ後輩にも、ニーナの報告が知らされるのは間違いないです。
それはあまり嬉しくないことだけど、これはチャンスでもあります。
ニーナを通して、王都の情報を仕入れる絶好の機会かもしれません。
「ニーナ、お願いが、あります」
「イリス様のお願いでしたら、あたしはなんでも聞きますよ。なにをすれば良いのですか?」
「王都に、行ったら、王都の聖女と、勇者さまの、ことを、調べて、きてください」
「あぁ、そういうことですかぁ~。聖女イリス様でも、やっぱり婚約者のことはやっぱり気になるんですね!」
ニヤニヤとしながら私をからかおうとするニーナ。
でもね、違うの。
勇者様のことを考えても、私はもう笑うことなんてできないんだから。
「きっと勇者様もイリス様が生きていると知れば、お喜びになりますよ。灯火の聖女様も……あっ、でも二人は…………」
突如、ニーナが気まずそうにうつむきました。
口をもごもごさせて、何か言葉を飲み込んだように見えます。
「ニーナ、どうしたのですか?」
「……いいえ、なんでもありません」
ニーナの顔がなぜか曇ったように感じられました。
勇者様とクソ後輩のことで、私になにか隠している気がします。
「灯火の聖女様も、イリス様が亡くなられたときはとても悲しんで大泣きしていたようですから…………」
灯火の聖女といのは、あの聖女見習いのクソ後輩の聖女としての通り名のことなのでしょう。
私の婚約者であった勇者様を寝取ったうえに満面の笑みを浮かべながら私を殺しておいて、なにが悲しくて大泣きしたというの?
性悪すぎでしょう。いったいどんな気持ちで嘘泣きをしていたのか、一度訊いてみたいものです。
「……きっと勇者様も灯火の聖女様も、イリス様ご存命の報せを受ければ、飛び上がるほど驚かれることでしょう。勇者様はイリス様を愛しておられたと語られていたようですし、灯火の聖女様もイリス様をお慕いしていたと演説までされていました」
えぇ、きっと二人は飛び上がるほど驚くことでしょう。
殺したはずの聖女がまだ生きていたことを知れば、当然だよね。
「ともかくイリス様はご安心なさってください。イリス様はアルラウネになられてしまいましたが、中身は昔のイリス様のままです。また以前のように王都で人間の暮らしができるよう、あたしが上を説得してみせますから!」
そんな未来、はたして私に訪れるのでしょうか。
塔の街の人間たちとは和解できたけど、それはあくまで森に住むアルラウネとして。
私が塔の街に住み着くとなれば、また話は変わってくる気がします。
誰しも、自分を食べるかもしれないモンスターと共同生活なんてしたくはないよね。
それに、私がまだ生きていると知れば、勇者様とクソ後輩が黙っていないはず。
口封じをするために、刺客を送り込んでくることが目に見えています。
「そういえばずっと気になっていたのですが、イリス様はどうしてアルラウネになってしまわれたのですか? 魔王軍との戦いで命を落としたと聞いていたのですが……」
不思議そうに私に尋ねるニーナ。
そうだったんだ。私が死んだのはそういう理由になっているんだね。
「勇者様も灯火の聖女様も、イリス様が亡くなられた時のことを詳しくお話になってくれないのです。いったい何があったのですか?」
私は婚約者であった勇者様と、聖女見習いの後輩に裏切られて殺されたの。
このことを話せば、きっとニーナは私を信じてくれることでしょう。
だけど代わりに、真実を知ってしまったニーナの命も危ないかもしれない。
「ニーナ……私が、まだ生きている、ということは、王都には、報告しないで、ください」
「え、でも……」
「絶対に、言わないで」
ニーナ、それだけはいけません。
だってその秘密が知られてしまえば、私に安寧の時は二度と訪れなくなるのだから。
先日はたくさんの温かいお祝いのお言葉をくださり、どうもありがとうございました。
申し訳ないことにまだ全ての方にお返事をすることが叶っていないのですが、一つずつ返信させていただきますのでよろしくお願いいたします。
さて、皆さまにここでもう一つご報告があります。
ここで更新頻度を、2日に1回更新から少し変えさせていただければと思います。
理由は二つありまして、書籍化作業が思っていたよりも大変だったということと、私の生活環境が少し変化しまして以前よりも時間が取れなくなってしまったことが理由となります。
寝不足になりつつも変わらず執筆を続けてきたのですが、そろそろ体の限界を向かえそうだったので、少しお休みをいただければと思います。
同時に、これまでは物語の構成などを改めて練る時間もほとんどないまま前に突き進んできましたので、より良い作品となれるよう今後の展開のことも今一度考えさせていただければとても嬉しいです。
ですので落ち着くまでの間は、これまでの2日1回更新から4日に1回更新にさせていただければと思いまいます。
ご了承いただければ幸いです。
これからも皆さまにお楽しみいただけるよう、引き続き頑張って執筆を続けていきます。
次の更新は12月9日を予定しております。
皆さま、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m
次回、私の秘密です。