176 アルラウネの森
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
逃走した魔王軍の四天王である獣王マルティコラスさんを追いかけるため、『転移』のスキルを使用したところなの。
でも、分身アルラウネを生やすには少し時間がかかります。
新芽が成長している間に魔女っこがマルティコラスさんの餌食になったら目も当てられないよ。
だから念のため、転移が完了する前にマルティコラスさんの動きを止めましょう。
ちょうど良い植物があることだし、あれを試してみるしかないね。
獣王マルティコラスさんの種族はマンティコア。
マンティコアといえば、獅子が強く混ざっているよね。
獅子はネコ科。
そしてネコ科に効力を持つ植物といえば……そう、マタタビです!
実は魔王城の植物園でこっそり捕食した植物の中に、マタタビがあったのだ。
それを今、活用します!
地面からマタタビを生やして、小さな実をつけさせます。
効果を倍増させるために品種改良をして、ついでに私の蜜も混ぜちゃうよ。
そして私が魔女っこの元へと転移が完了する少しの間に、マルティコラスさんは足を止めながらマタタビの実を頬張っていました。
恍惚とした表情になっている獣王マルティコラスさん。
ネコにマタタビとは聞いたことがあったけど、ここまでの効果だとはビックリです。獣王さんもどうやらマタタビはお気に召してくれたようですね。
そうして動きが止まった獣王さんの体に、大量のネナシカズラを突き刺します。
蠢く私の触手に拘束された獣王マルティコラスさんは、マタタビの効果も合わさって行動不能になりました。
そのまま体内からマルティコラスさんのお肉を削り取りながら、こちらへ引きずりこんで、パクリ。
もぐもぐ、ごくりん。
ここまで筋肉質な殿方を食べるのは初めてだったけど、脂肪分が少なくてカロリー的には良さそうだね。
ごちそうさまでした。
終わってみれば、私の被害はほぼゼロ。
体は二度ばかり吹き飛んだけど、森に広がった私の全体から見ればたった一部だけ。
再生も一瞬でできたし、これくらいはもう被害には入らないの。
歴史の本に出てくるような伝説の魔族だと言うのに、意外とあっけなかったね。
世界の広さを知らないと、獣人さんは私に言いました。
けれども、本当に見聞が足りなかったのはマルティコラスさんのほうでしたね。
せっかく立派な両足があるというのに、あなたの見識は大昔から狭いままだったのでしょう。
それに姉ドライアドのことを格下扱いしていたけど、姉ドライアドはかなり強かったのですよ?
きっと魔王軍の仲間内にも奥の手であるあの神樹の力は隠していたでしょうから、おそらくだけど姉ドライアドのほうが強かったのだと思います。
半精霊化したことで私が強くなったということもあるけど、それでも姉ドライアドの強さも規格外だったからね。
獣王マルティコラスさんも破壊力抜群でたしかに凄かったけど、あの域には達していないように思えます。
ストーカー四天王こと黄金鳥人さんはマルティコラスさんよりもさらに下だね。鶏肉おいしかったです。
ともかく、あとは私の中で安らかにお眠りください。
獣王マルティコラスさん、ごきげんよう。
あ、そうだ。
獣王マルティコラスさんを私の元へと送り込んできた黒幕が誰なのか話を聞くのを忘れてたよー!
多分、魔女王と魔王軍宰相である炎龍様の姉君の共謀な気がするけどさ。
まあ仮にそうだとしても、なんで宰相が魔女王に手を貸したのかはわからないんだけどね。
私が一人で考えこんでいると、背後から小さな腕に抱き着かれます。
「アルラウネー!」
木に寄りかかるように座り込んでいた魔女っこが、私の元へと飛び掛かってきました。
魔女っこ、災難だったね。なんとか無事で良かったよ……!
「こ、怖かった……」
涙目の魔女っこです。
よしよーし。
私がいるから安心してね。
なにせ私は魔女っこのお姉さんなんだから!
どうやら獣王マルティコラスさんに食われる寸前だったせいで、かなり怖い思いをしたみたい。
普通、誰かに生きたまま食べられるという経験はしないからね。
たとえそれが未遂に終わっても、これまで体験したこともないほどの恐怖だったことでしょう。
私もお食事を何度もしているから人のことは言えません。
けれども、聖女時代に生きたまま植物モンスターに食べられたから、少しは気持ちがわかるの。
とはいえ、あの時は婚約者であった勇者様と、その勇者様を寝取った聖女見習いのクソ後輩に裏切られたというショックが大きすぎて、食べられる恐怖というのは少し麻痺していたけど……。
それから魔女っこに、私の今の体は分身だと伝えて、本体の元へと戻ってもらうようお願いします。
浮遊魔法で魔女っこが私の元へと飛び立ったのを見送ると、私は分身アルラウネの体を自家受粉させることにしました。
アルラウネの雄花を咲かして、口を大きく開きます。そのまま雄しべを舌で絡めとりました。
そうして子房内の胚珠を目指して花粉管を伸ばし始めます。
これで分身アルラウネは受粉しました。
体が完全に種子になる前に、元の体へと転移します。
本体へと戻ると、私は分身アルラウネが生えていた場所へと蔓を伸ばします。
さきほどの場所へと蔓がたどり着くと、種となって地面に落ちていた分身アルラウネの種を手探りでつかみ取りました。
そのまま私の元まで種を運べば、ほら!
分身アルラウネの種の回収完了です。
その場に人形状態のアルラウネを放置しておくのも不安だし、この手を使えば何度でも分身アルラウネを作り直せるね。
落ち着いたところで、半精霊として覚醒した私の神樹の力を解除します。
供給するエネルギーに余裕ができたことで、その分の力を獣王マルティコラスさんによって破壊された森の回復にあてることにしました。
マルティコラスさんの『獣王の咆哮』によって吹き飛んだ森は、徐々に緑に覆われていきます。
「これで、元に、戻った」
森、完全復活です!
今日も良い仕事をしたね。
それにしても、森の要塞化計画はまだ途中だったけど、この場所は闘いにはかなり有利だね。
言ってしまえば、この森は全て私のテリトリーであり体の一部。
敵を森の中に誘い込むことさえできれば、無双できる気がします。
仮に魔王軍の四天王最後の一人が攻めてきても、勝てるんじゃないかな。
炎龍様が相手なら別だけど、他はどんなに強くとも相性さえ悪くなければ少なくとも負ける気はしません。
ですが森要塞化計画のことはひとまず置いといて、畑ラウネの元へと転移します。
畑ラウネが無事再生しているのを確認すると、すぐに元の体へと戻りました。
魔女っこが帰ってきたからです。
小さな魔女っこの体を、蔓と私の人間の腕で抱きしめてあげます。
「新しく覚えた魔法を使ってあの獣人と戦おうと思ったけど、できなかった……」
自衛しようとしたのは立派だけど、今回は相手が悪かったね。
魔王軍の四天王でなければ、きっと上手く戦えていたはずだよ。
だから魔女っこ、落ち込まないでも大丈夫だからね。
その夜、妖精キーリと妹分のアマゾネストレントが帰ってきました。
話を聞いてみると、獣王マルティコラスさんの攻撃は街まで響いたみたいです。
森の一部が吹き飛んだということが一部で騒ぎになったらしいけど、しばらくしたら森が元に戻っていたので、すぐに混乱は収束したようです。
襲撃者を倒したことは、伍長さんとドリンクバーさんを通じてすぐに塔の街の領主様へと伝わりました。
どうやら街を襲った魔王軍を私が撃退したと勘違いしたみたい。
領主様からは守り神のようにアルラウネを祀ると伝言が届いたのだけど、あまり張り切らないでほしいね。
神輿に担がれるのは聖女時代だけで十分なの。
ともかく、これで森に平和が戻りました。
魔女王たちが直接魔女っこを奪うことは約束によって禁じられているし、四天王が倒れたことで魔王軍のほうもこれでしばらくは落ち着くでしょう。
私を邪魔する者は再びいなくなりました。
これからは思う存分蔓を伸ばして、花を咲き乱れさせましょう。
静かな森で、優雅に暮らすのだ!
思い返せば、この頃からでした。
ドリュアデスの森とは別に、私が作ったこの森のことを別の名前で呼ぶ人が増えたのは。
それを初めに言い出したのが誰だったのか、私は知りません。
けれども塔の街の人間だけでなく、魔王軍の魔族ですらその名前を知っていたの。
不思議なことに、みんな口をそろえて私の森のことをこう呼ぶのです。
『アルラウネの森』
後に、アルラウネの森の名は大陸中に知れ渡ることになるのですが、この時の私はまだそのことを知りませんでした。
お読みいただきありがとうございます。
ここで皆さまにお知らせです。
なんと、書籍化が決定いたしました!!
こうして嬉しいご報告ができるのも、いつも応援してくださっている皆さまのおかげです。本当にありがとうございます!
レーベルや発売日などはまだお知らせできませんが、いずれお伝えできるようになりましたら、また改めてご報告させていただきたいと思います。
今後とも『植物モンスター娘日記』をどうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m
次回、ニーナの出発です。