175 半精霊のアルラウネ
頭の赤い花から力がみなぎってきます。
自分の体のことが全て手に取るようにわかるような、不思議な感覚に陥りました。
今なら何でもできる気がするね。
私は『神樹』の力を体に再現しようと、意識を集中させます。
「根を破壊してダメならば、根本ごと引き抜くまで」
動きを止めた私に対して、獣王マルティコラスさんが瞬時に私の背後に回り込んできます。
そうして球根の根元を掴んで、「グガァアアアアアアアアアア!!」と、私を引っこ抜こうとしました。
根っこがミシミシと音を立て始めます。やっぱり獣王というだけあって力持ちですね。
ですが、無駄ですよ。
私の根は今や、この森の全ての木と繋がっているの。
すでに女子高生時代の単位で言うと、野球ドーム20個分以上にまで森は広がっています。
それだけ増殖している森の木の全てを同時に引き抜くことができなければ、今の私の体を引っこ抜くことはできないのです。
「獣王様は、思ったより、力が、ないのですね」
「うるさいッ!」
獣王マルティコラスさんが怒り出しました。
力持ちでないと言われることが、ショックだったみたいですね。
私は『大森林の支配権』を使用し、森の植物を自在に操ります。
そして『植物生成』によって、それらの樹木を神樹化させました。
とはいっても、私は半精霊。『植物生成』でも完全に神樹化することはできませんでした。半神樹化というところかな。
とはいえ、強度はこれまでと段違いになりました。
「引き抜けないなら、至近距離で消滅させるまで」
獣王マルティコラスさんの口内に魔力が凝縮されていきます。
「獣王の咆哮!!」
再び、強大なエネルギーが発射されました。
私は『獣王の咆哮』による攻撃を、半神樹化させた『大森林の支配権』によって防ぎます。
──あれれ?
私、今回は防御できてしまっているよ!
半神樹化する前の木の盾は一瞬で溶けてしまったけど、今度は普通に耐えてしまいました。
それでもさすがに私の防御力よりも相手の攻撃力のほうが高いみたいで、『大森林の支配権』による壁は徐々に破壊されていきます。
けれども防御力では劣っても、再生力なら負けないよね。
破壊された場所をすぐに再生させることによって、私は『獣王の咆哮』の攻撃を完全に防ぐことに成功しました。
「信じられない……ボクの攻撃が通らないだと……!?」
動揺する獣王マルティコラスさんへ、私は優しく微笑みかけます。
「これで、満足、しましたか?」
「なんなんだこのアルラウネは……」
獣王マルティコラスさんが空へと飛び上がりました。
もしかして逃げるつもりですか?
そう簡単にお帰りにはなれませんのですよ!
『大森林の支配権』で囲むように森を動かし、獣王マルティコラスさんの退路を塞ぎます。
マルティコラスさんはそのまま樹木の壁を突き破ろうと思っていたみたいだけど、攻撃は半神樹化した私には通じませんでした。
そのまま高速移動をしながら私の攻撃をよけ続ける獣王さん。
結局、諦めたのか地面へと着地しました。
地面に戻ってくるのを、私は待っていましたよ!
獣王マルティコラスさんの足元にネナシカズラの触手を大量に繁殖させます。
蠢く無数の寄生根が、獣王マルティコラスさんの体へとまとわりつきました。
体を半神樹化させる前の攻撃は、獣王マルティコラスさんの強靭な筋肉に阻まれて傷一つ作ることはできなかったよね。
けれども強化したネナシカズラは、いとも簡単に獣王マルティコラスさんの分厚い皮膚を突き破ることに成功します。
「こんなことあるはずが……!」
獣王マルティコラスさんはネナシカズラを切り裂きながら、再度空へと跳躍しました。
今度は私の『大森林の支配権』を避けながら、強引に空へと逃げようとしているみたい。
けれども、お帰りの時間にはまだ早いですよ。
「なんだこれは。ボクの翼に穴が……いったいいつの間に!」
空を飛んで逃げられないよう、ネナシカズラで獣王さんの翼を穴だらけにしちゃいました。
全身をネナシカズラに突き刺されてしまっていたから、気がつかなかったんだね。
さて、そろそろ終わりにしましょうか。
でも一度、獣王マルティコラスさんへ試してみたい植物があるから、最後にそれを使ってみましょう。
そんなことを考えていると、獣王マルティコラスさんは私から離れた場所の森へと着地して、そこから森の外へと走り出しました。
どうやら撤退を選んだみたい。
賢明な選択です。
一人で先に逃げ出すなんて、もしかして鬼ごっこをしたいのかな?
でも、私はあなたをここで逃がすつもりは全くないの。
この森から無事に出られると思ったら、大間違いですよ?
森の中を全速力で駆ける獣王マルティコラスさんの動きを、私は森の木々を通して感知していました。
それと同時に、獣王の進行方向に生物の反応が一つあることを察知します。
何だろうこの生物は。
人間かな。
とりあえず、今この森にいるのは誰なのか考えてみましょう。
ドリンクバーさんは伍長さんたちと一緒に街へ野菜を運びに行ったはず。
妖精キーリと妹分のアマゾネストレントもそれに着いて行ったから、その二人ということもあり得ない。
野生の動物はまだほとんどこの森には住み着いていない。
となると、残るはただ一人。
黒魔法の練習をしに行っている、魔女っこだ。
──まずいよ。
このまだとあと数秒もしないうちに、手負いの獣王と魔女っこが遭遇してしまう!
人間を食べるのが大好きな獣王マルティコラスさんが魔女っこを目にしたら、体力を回復させるついでに魔女っこを襲って食べてしまうかもしれません。
獣王さん……私の魔女っこを手にかけたら、一生許さないんだからね!
そんな私の心の叫びもむなしく、魔女っこらしき人物と獣王マルティコラスさんの二人が遭遇しました。
獣王が魔女っこへと一直線に突進していきます。
魔女っこがいくら浮遊魔法を使えるといっても、獣王マルティコラスさんの高速移動の前では止まっているも同然です。
魔女っこ、絶体絶命だよ!
だけど、ここは私の森。
私にできないことは、あんまりないの。
魔女っこ、安心して。今すぐ助けてあげるからね!
以前の私のままなら、植物である私が魔女っこの元に駆け付けることは不可能でした。
だけど、もう昔の私ではないの。
私は二人の付近の木の幹から、分身アルラウネを咲かせました。
そしてその場所へ転移。
ごきげんよう。
獣王マルティコラスさん、追いつきましたよ。
既にスキルだけでなく、身体能力も精霊並みくらいには強化されているようです。今なら神樹化した姉ドライアドと殴り合いの真っ向勝負をしても、互角がそれ以上に戦うことができるかもしれませんね。
次回、誇り高き獣王の最後の晩餐です。