174 獣王マルティコラス
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
こっちにいるのは自称人間の美食家である獣王マルティコラスさん。
塔の街やガルデーニア王国の民のためにも、私は元聖女としてこの獣王さんを森から外に出すわけにはいきません。
仮に私が無事だったとしても、獣王マルティコラスさんによって外の世界が壊滅させられてしまったら、私は自分を許すことができないと思います。
それに一度でも獣王を逃してしまえば、私は二度と後を追うことができません。
なぜなら私は一人で森の外には出ることができないからです。
後悔したまま国が滅びるのを待つのは我慢できないよね。
なので、全力で戦わせていただくよ!
まずは手始めにガジュマルで絞めつけ攻撃です。
ですが獣王さんは避けようとはせずに、両手を広げてわざと私の攻撃を受けました。
獣人部隊を紙屑のように握りつぶしたガジュマルでしたが、マルティコラスさんの体には通じませんでした。物凄く強靭な筋肉によって守られているみたい。
ガジュマルを爪で切り裂きながら、何事もなかったかのようにアピールしてきます。
「やはりただの雑草か。他の魔族や四天王は倒せても、僕のような真の強者には手も足もでないようだね」
獣王マルティコラスさんのサソリの尾がこちらに向けられました。
尾の先端についていた針が、弾丸のように発射されます。
避けたいけど、避けられない。
『転移』は覚えたけど、私ってまだ不便な体のままだったよ!
木の盾で防御。
けれども、獣王の針の弾丸はそれさえも貫通してきました。
銃の弾のように回転しながら飛んでくる針によって、私のお腹部分がえぐれます。
「しょせんは植物。造作もないな」
獣王から針の弾丸が機関銃のように次々と飛来してきました。
腰の花びらと葉や下の球根だけでなく、私の人間部分の体までもが次々と弾け飛びます。
針の掃射を受けたことによって、私のアルラウネとしての体はほぼ完全に消し飛んでしまいました。
残ったのは根っこ部分だけ。何も見えないし、聞こえないよ。
「たわいもない。四天王を倒したというからどれだけ楽しめるかと期待していたが、やはり雑草は雑草だったな」
獣王が黒い翼を広げて飛び立とうとした頃には、私の視界と聴力は既に回復していました。
超回復魔法によって、私は瞬時に元の体を再生させていたのです。
「これで、終わりですか?」
獣王の視線がゆっくりと私へと向けられました。
私は挑発するように、獣王マルティコラスに微笑みかけます。
「針のような、物が飛んで、きましたけど、もしかして裁縫でも、されていたのですか? 獣王様は、針仕事が、不慣れのようですから、特別に、わたくしが、お教えいたしましょう」
「バカな」
獣王マルティコラスさんが腕を組みながら私のことを観察し始めます。
「たしかに体を全て吹き飛ばしたはず。いったい何が起きた?」
「雑草だから、生命力も、強いのでは、ないでしょうか?」
その雑草に負けるようなことがあれば、獣王の名に傷がつきますね。
「植物の再生能力が高いのは知っていたが、ここまでとは…………どうやら雑草と同じように、根本から破壊しなければならないようだな」
獣王さんは私が死ぬ条件である、根っこを抹消することに気がついたみたいです。
「もっと遊んでやりたいところだが、そろそろ腹も減ってきた。アルラウネに使うのはもったいないが、これで終わりにしよう」
獣王マルティコラスさんの体から、禍々しい魔力が放たれ始めます。
「これを使うのは250年前に魔王様と戦った時以来だな」
獣王マルティコラスさんの体内の魔力が爆発します。
そして口を大きく開くと、牙の間から火花を発する赤い閃光が蠢き出しました。
魔力が口内へと凝縮されていきます。
空気が震え、地面が振動し始めました。
獣王の最大攻撃が、放たれようとしていたのです。
「獣王の咆哮!!」
獣王マルティコラスさんから赤黒い雷光が発射されました。
木の盾を作って防御したけど、紙切れのように消し飛んでしまいます。
地面には、爆撃を受けたかのような大きな溝ができました。
獣王の攻撃は私の森の端どころか、ドリュアデスの森近くにまで届いていたようです。
それだけでなく、私の背後にあった森の半分くらいが獣王の攻撃によって消滅していたの。
規格外のその破壊力によって、私のアルラウネの体は地中の根っこごと消し飛んでしまいました。
炎龍様の光線を彷彿させるような信じられないほどの威力だよ。
本当に驚いちゃったね。
「フゥ……ボクに奥の手を使わせたのだから、雑草とはいえ誇ってよいぞ」
「そんなの、別に嬉しく、ないですよ」
「…………なに!?」
私はマルティコラスさんの背後の地面で、既に体を再生させていました。
アルラウネの根っこは消失してしまったけど、そこから延びていた私の根は、今や森全体へと広がっています。
『転移』によって精神を移動させることができるようになったことで、私は直近の根以外の場所からでも再生できるようになっていたようです。
つまり、森の木が一本でも残っている限り、私の体はどこからでも再生することが可能になったのだ。
「まさかボクの獣王の咆哮が効かなかった……? それとも瞬間移動したのか?」
「さて、どちらでしょうか」
さて、今度はわたくしの攻撃の番ですわ。
獣王マルティコラスさんの体が鋼の筋肉によって守られているなら、他の場所から攻撃すれば良いのです。
生き物の体には、弱点となる穴があらかじめたくさん開いているのだから。
ごきげんよう。
わたくしが独自に行っている、四天王さんの定期診断のお時間です。
黄金鳥人さんや姉ドライアドに続いて、三人目の患者様ですね。
ナースアルラウネであるわたくしが、獣王様のお体の調子を調べさせていただきますわ。
まずは触診です。
ネナシカズラの聴診器を獣王マルティコラスさんの体へと近づけます。
診療されるのに慣れていないのか、患者様はサソリの針を発射して私に抵抗してきました。
けれどもそれを無視して、患者様の攻撃を受け入れました。だってわたくしは自分の体をすぐに治療できますの。
獣王マルティコラスさんの体が硬すぎて、私の触手はどこにも刺さりませんでした。硬い筋肉と分厚い皮膚に守られて、一切の攻撃が通じないの。
でも外からがダメなら、針を発射した穴から体内に侵入すれば問題ないよね。
サソリの尾が次の針を装填する刹那の隙を見て、ネナシカズラをマルティコラスさんの尾の先へと挿入します。
「うぅっ……!」
野生の感で避けようとする獣王マルティコラスさんでしたが、突如動きが止まりました。
実はこっそりと、足元にモウセンゴケの粘着質の蔓を包帯のように巻きつけていたの。
逃げちゃだめですよー!
「何かがボクの中に……しかも奥のほうへと食い進んできている!?」
「おいしい、ですよ」
『黄色い吸血鬼』ことネナシカズラの寄生根を使えば、私は相手の肉体を内側から食べることができるの。
今までならこれだけで終わりでしたが、実は半精霊化したことで試したい技があったのです。
ドライアド様が姉ドライアドに操られていた時に私へ使用した、精霊魔法『生命力吸収』です。
私の生命エネルギーを蔦で吸ってきたんだよね。
私は半精霊化したのだし、ネナシカズラを応用すればそれも使えるのではと考えたのです。
いざ、『生命力吸収』発動!
ネナシカズラを通じて、わたくしの中に黄金色の活力の源のようなものが流れ込んできます。
どうやら成功したみたい。
これが生命エネルギー。
栄養満点で、めちゃくちゃおいしいよ!
あら、ごめんあそばせ。
わたくしったら、大切な患者様の栄養を吸収するだけでなく、生命力まで吸い取ってしまいました。患者様から直接点滴してしまったね。
ナースアルラウネになったのはこれが初めてですから、ゆるしてくださいね。
「離せ!」と叫んだ獣王マルティコラスさんは、ネナシカズラを爪で切り落としました。
けれども尾に残った無数のネナシカズラが、獣王の体内を侵食し続けます。
「内側から食い破るつもりか……これ以上はさせぬぞ!」
勇ましいことに、獣王マルティコラスさんは両腕を使って自分の尾を引き抜きました。
尾と一緒にネナシカズラが遠くへと投げ飛ばされます。
そして獣王マルティコラスさんが「ふんっ!」と力を入れると、新しいサソリの尾がまた生えてきます。
なにそれ!
トカゲじゃないんだから、そんな風に再生しないでよ!
「ボクの力を吸取ろうとしたようだが、残念だったな」
いいえ、残念ではありませんことよ。
どういうわけか『生命力吸収』を使用したことで、なぜか頭に生えていた赤い花が活性化をし始めたの。
どうやら姉ドライアドの力を吸収して半精霊化していたけど、まだその力の全てを解放したわけではなかったようです。
今回『生命力吸収』を使ったことで、初めて頭の花にも栄養が回ったようでした。
私は再び自分の体が進化したことを実感します。
『進化の種』を飲み込んで神樹化した姉ドライアドも、こんな感じだったのかな……。
そこで、私はふと思い出します。
あの時、私は姉ドライアドの枝を食べたけど、あの枝は神樹の一部だったはず。
ということは、私は神樹の力を身に宿しているということになります。
半精霊化状態だから完全に神樹化することはできないだろうけど、もしかしたらその一端でも扱うことができるかもしれないよ!
『植物生成』を発動しながら、体の奥底に眠る神樹の力を呼び起こします。
そして私は、知ることになります。
これまで精霊の力やスキルを何度も使用してきたけど、まだその力の全てを扱っていたわけではなかったのです。
精霊の力とドライアドの神樹の力を手に入れていましたが、これまでは能力にリミッターがかかっていたようです。生命力を吸収して栄養満点となったことで、そのリミッターが外れてアルラウネは進化したかのような感覚を味わいました。
次回、半精霊のアルラウネです。