173 四天王襲来 その3
私を襲った獣人さんたちの主は、獣王マルティコラスで間違いないようです。
なら空から畑ラウネを強襲したのはマルティコラスの可能性があるね。
なぜ魔王軍の四天王が私を襲ってきたんだろう。
きっと炎龍様が忠告してくれた、魔女王と炎龍様の姉君が密会をしたという話と関係があるのでしょう。
でも、今はそんなことを考えている暇はないね。
早く畑ラウネのところに行かないと!
私は『転移』を発動して、畑ラウネの中へと憑依します。
けれども、転移したはずなのに視界が真っ暗になっていました。
これはいったいどういうこと?
畑ラウネ、返事をして!
(ママ、ごめん……)
良かった、生きてたんだね。
なにがあったの?
(空から何かが落ちてきて、あっという間に体が粉々に引き裂かれちゃった)
それで地上の体が壊されてしまったから、視界がなくなったんだね。
私が転移した先は、地面の中に残っていた畑ラウネの根っこ部分なのでしょう。
根が残っていさえすれば、畑ラウネは死なずにまた復活することができます。
何者かにやられてしまったみたいだけど、命まで取られたわけじゃないからとりあえずは一安心です。
子アルラウネの無事に安堵したところで、畑ラウネを倒した何者かが地面から飛びたったのがわかりました。
もしかしたら私のところへ向かっているのかもしれません。
私は元の体に戻るから、その間にしっかり体を癒すんだよ。
(うん……ママ、今までの敵とは何か違うかもしれないから、気をつけてね)
わかった、ありがとう!
私は元の体に戻りました。
その瞬間、空から隕石のように何かが急降下してきます。
視線をあげると、黒い翼の生えた何かが高速回転しながら私に近づいてくるところでした。
すぐさまガジュマルを重ねて、巨大な木の盾を作ります。
精霊の力を使って硬度が上がった木の盾と、空からの侵入者が激しくぶつかりました。
敵は高速に回転しながら、私のガジュマルの防御をみるみるうちに削っていきます。
「硬いなあ」
空から降下してした敵はそうつぶやくと、後方へと跳躍します。
木の盾は芯までえぐられてしまったけど、なんとか敵の攻撃を防ぐことに成功したみたい。
おそらくだけど、ドライアドの力を得て半精霊化したことで私の能力が強化されていなかったら、今の攻撃で私の体は吹き飛んでいたことでしょう。
それほどの衝撃だったのです。
改めて、頭上から降ってきた侵入者と対面します。
そこにいるのはマンティコアと呼ばれる種族の魔族でした。
目は濃い群青、体は真っ赤な血の色をしています。
人型の獅子の姿で、背中には黒いコウモリの翼が生えており、尾の先端はサソリのような尖った針が突き出ていました。
そして獣の王という名にふさわしく獰猛で野性的な表情をしているのに、人間的なその顔はとても整っていました。
これが獣王マルティコラス。
歴史の本に描かれていた通りの姿です。
「やあ、君がアルラウネだね。だが一匹目とは少し違うようだ」
マルティコラスの声は、意外にも艶を帯びた色気のある声でした。
てっきり野太い男性的な声だと思っていたのでビックリです。
殿方にしては少し高めで、不思議と胸の奥に響くような落ち着いた声でした。
「最初のアルラウネよりも反応が良いだけではなく、硬いね。一匹目は今の攻撃で吹き飛んだというのに」
獣王というから血気盛んなイメージをしていたけど、予想外なことにこのマンティコアからは穏やかそうな印象を受けてしまいました。
もしかして獣王じゃない?
一応誰なのか確認してみましょう。
攻撃してきたのは手違いで、案外良い魔族だったりするかも可能性もゼロではないしね。
「あなたは、獣王マルティコラス、ですか?」
「いかにも。ボクこそが獣王マルティコラスさ。まさか森の雑草にまで名前が知られているとは思わなかったね」
やっぱり獣王マルティコラスでした!
まさかここまで話が通じそうな相手だとは思いませんでしたよ。
でも、聞き捨てならないことを言ったね。
私が森の雑草ですって?
この獣王さんは私のお花の美しさが理解できないのでしょうか?
「森にいるアルラウネが二匹に増えているから、部下と二手に別れて同時に襲撃したのだが、血の匂いからするとこちらは全滅して失敗したようだね」
畑ラウネを倒したのはこの獣王マルティコラスで間違いないようです。
それで部下の獣人さんたちが私のところにやって来たんだ。
「アルラウネが一匹のままであれば可愛い部下たちは死なずに済んだというのに……やはり雑草は繁殖力が強くて好かない」
「私は、雑草じゃ、ありません!」
「たしかに地面に這いつくばる雑草はわざわざ自分のことを雑草だとは呼称しないだろう。そう名付けるのは、生態の頂点に位置する我らの役目なのだからね」
──ぐぬぬ。
雑草雑草って、人のことをバカにしすぎだよ!
雑草にだってね、一つ一つに名前があるんだからね!
それに私はもう人じゃなくて植物だけど、雑草だなんて言われたことはこれまでなかったから頭にきました。
ただでさえ畑ラウネを可愛がってくれたお返しもしなければならないのですから、丁重に接待してあげないとね。
とはいえ、畑ラウネの戦闘力は姉ドライアドと戦う前の私くらいはあったと思うの。
幼女の姿だからあの時よりも弱いだろうけど、大抵の敵なら簡単に倒せるくらいの実力はあったはず。
それなのに、一撃でやられてしまった。
つまりこの三人目の四天王は、姉ドライアドをも上回る実力の持ち主の可能性が高いということです。
「それにしても、この辺りに来るのは50年ぶりだね。あの時は勇者が死んだんだっけか」
50年前?
ということは、魔女王が50年前の勇者たちを陥れた時に現れた魔王軍の四天王というのは、この獣王さんのことだったんだ。
「あの時は魔女王と精霊姫の顔を立てて、塔の街を襲わずに大人しく帰ったんだった。今回は早く仕事を終わらせて食事の時間にしたいね」
「……食事?」
「そうとも。すぐそこの塔の街の人間どもを完食したいとさっきから体が疼いていてね。早く食べたいなあ人間っ!」
ペロリと舌なめずりをする獣王マルティコラス。
その姿を見て、私は王都の図書館で読んだ本の内容を思い出します。
たしかマンティコアという魔族はとても食欲旺盛で、特に獣王マルティコラスが通った跡は一人として死体が残らなかったといわれています。
獣王マルティコラスが300年ほど前に、大陸の西にあったというとある大国を滅ぼしたことでも有名です。
その際、その地には一人として人間が残らなかったと伝わっています。
「塔の街の人間を堪能し終わったら、そのまま王都に攻め込んじゃおうかな。先任の四天王は二人とも失敗したのだから、ボクが引き継いでも誰も文句は言わないと思わないかい?」
「王都に……」
「ガルデーニア王国の人口は何人いるんだろうね。国民を全員食べ終わる頃には、腹が何度いっぱいになるのか今から楽しみだよ」
王都には聖女イリス時代の私の家族が暮らしています。
聖女時代の仲間だってたくさん残っているはず。
それどころかこいつは、王国の民全員を餌として暴食しようとしているのだ。
「若い女の柔らかい肉も良いが、筋肉質の若い男の肉や、成熟しきった大人の肉も悪くない。子供を丸呑みするのも大好きだ。人間食の美食家としては、レアものである王族や聖女なんかもまた食べたいね」
一度は話が通じるかもと思ったのに、私は獣王が言っている事になにひとつ共感を覚えませんでした。
ただ一つ言えることは、私はこの獣王マルティコラスと戦わなければならないということだけです。
いくら私が人間を辞めたといっても、王国の人間を残らず襲うだなんてことは許容できるはずないの。
元聖女として、それだけは許せません。
「あなたを、この森から、生かして返す、わけには、いきません」
「ほほう、ならやってみるがいいさ。雑草ごときが、どこまでできるのか楽しみだね」
獣王マルティコラスは挑発するように、私のことを嘲笑います。
「宰相から聞いたよ。君、これまで四天王を二人も倒したんだって?」
「四天王の、仲間が、雑草ごときに、やられて、怒り、ましたか?」
「全く興味がないね。なにせあいつらはまだ四天王になってから日が浅い。光冠のガルダフレースヴェルクは四天王になってまだ3年、精霊姫フェアギスマインニヒトですらたかだか50年しか経っていない」
だが、と獣王マルティコラスは続けます。
「ボクが魔王軍の四天王になったのは250年前。やつらとは年期も格も違うのだよ」
そうなの、獣王マルティコラスは歴史の本に書かれるほどの伝説の魔族。
魔王軍に加入する前を含めれば、300年以上前から大陸で生きながらえている古の魔族でもあります。
黄金鳥人さんはかなりの実力者だったし、姉ドライアドも想像を絶するほど力を隠し持っていた。
そんな四天王の二人よりも、この獣王は強い力を持っているのかもしれません。
「たしかに君は強い。だが、世界の広さをまだ知らないようだ」
獣王の体が濃縮されて膨らんだような錯覚が私の視界を支配しました。
体内に現存する生命力が核エネルギーのように満ち溢れているのがうかがえます。
私がこれまで戦ってきたどの敵とも違う。
種族として圧倒的な上位種が、私の目の前にいたのです。
「なぜボクが獣王と呼ばれるか、そして真の強者というものがどういった存在なのかを、小さき植物に教えてあげよう」
随分と自信満々のようです。
でも、ひとつだけ私も同意できることを言っていました。
雑草と呼ばれる植物たちは、獣王マルティコラスさんが言うように繁殖力が凄いのです。
硬いアスファルトを突き破ることができるように、植物の生命力は強いのだから。
獣の王だか知らないけれど、地上の生物で最強なのは獅子ではありませんよ。
本当に強い生物というのは、最後まであがいて生き残ることができる者のことを言うのです。
この地上で最後に残るのは獣の獅子なのか、それとも植物なのか。
僭越ながら、植物を代表して私がここで試させていただきましょう。
3人目の四天王襲来です。
元聖女として王国の民を守るために、アルラウネは戦います!
次回、獣王マルティコラスです。