172 侵入者
森に侵入者がやって来ました。
何者かはまだ確定はしていないけど、ただ者ではないことだけはわかります。
地面を駆けているだけではなく、森の木々の上を飛び跳ねながらこちらに向かってきているの。
その時、前触れもなく空の上から殺気を感じました。
──なにこれ?
殺気が放たれたというよりは、漏れたという感じです。でも、すぐに気配は消えました。
誰かに対して秘めていた殺気が油断によってあらわになってしまったけど、すぐに仕切りなおして気配を消したように思えます。
きっと空の上で誰かが飛んでいるのだ。
上空の謎の殺気に気を取られているうちに、森への侵入者たちは私のすぐ近くにまで近づいていました。
このままだとあと10秒くらいで私と鉢合わせしてしまいます。
来る……!
そう思った途端、前方の森から巨大な斧が回転しながら飛んできました。
斧の標的は私です!
真っ二つにされるのはごめんなので、目の前にガジュマルの木で分厚い盾を作りました。
姉ドライアドの神樹をイメージして『植物生成』をしたので、神樹の硬度まではいかないけどかなりの硬さになったはずです。
飛来する斧を木の盾で防ぐことに成功すると、森の奥から音もなく侵入者さんたちが姿を現しました。
「獣人……?」
獣人の兵士らしき部隊が私の前に現れました。
獣人は、人型の獣の姿をした魔族のことをいいます。
大昔は獣人だけの国があったらしいのだけど、人間の国に攻められていつしか魔王軍の魔族に吸収されるようになったと聖女時代に歴史の本で読んだことがありました。
獣人の身体能力は大陸の生物の中でもトップクラス。
その代わり魔法の適性があまりないのが特徴らしいです。
「ごきげんよう。いきなり、斧を投げる、なんて、レディーに対して、失礼では、ないでしょうか?」
私は質問を投げかけて時間を稼ぎながら、獣人たちの姿を目で認識していきます。
トラの獣人、オオカミの獣人、イノシシの獣人、サルの獣人、ワニの獣人、ヘラジカの獣人、クロヒョウの獣人、ゾウの獣人の計8人。
それぞれ鎧と武器を手にして武装しています。
かなり体格が良い獣人もいるのに、あの速度で走って来られるというのは普通じゃないね。
一人一人が相当の実力者。
少なくとも、塔の街で最強の冒険者であるドリンクバーさんよりも強い気がする。
獣人さんたちを代表して、トラの獣人が小さく呟きます。
「森のアルラウネ、紅花姫だな。お前には死んでもらおう」
トラの獣人さんがそう言ったのと同じタイミングに、空から森の中へと何かが落ちてきました。
おそらくさっきの殺気の持ち主。
しかも落ちた場所は……畑ラウネがいるところじゃん!
そこで私は、体の一部が弾け飛ぶのを感じました。
──え。
うそ、でしょう?
いきなり畑ラウネの気配が消えたんだけど……?
根の先に生えていた畑ラウネの体が消し飛んだように感じます。
いったいなにがあったの……?
畑ラウネのところへ転移したいというのに、目の前の獣人の兵士たちが一斉に襲い掛かってきました。
早く畑ラウネの安否を確認したいのに、こいつらはいったい何なの?
煩わしい……。
「私の、邪魔を、しないで!!」
私は毒花粉を空中に噴射します。
毒花粉で獣人たちの動きが一瞬ひるんだ隙に、サルの獣人を毒茨で捕獲しました。
そのまま反射的に下の口まで引き寄せて、パクリ。
もぐもぐ、ごくりん。
あれ、そういえばこれ、久々の食事だったかも。
この森に引っ越してからはずっと光合成とドリンクバーさんの水やりでしのいできたから、気が付かなかったけど私ってとてもお腹が空いていたんだ。
姉ドライアドと戦ったときの栄養がまだまだたくさん貯蓄してあるから枯れることはなかったけど、それでも食事は必要だよね。
私ったら、お腹ぺこぺこみたい。
獣人たちはなぜか驚いたように私のことを見ていました。
もしかして私のお花が凄く綺麗だから、目が奪われてしまったのかな。
えへへ、もっと鑑賞しても良いのですよ?
ただし私のお腹の中でね……!
私を殺しにきた刺客にかける慈悲はないのです。
その代わり、私がお腹の中で優しく溶かしてあげましょう。
うふふと私が微笑すると、獣人たちは私を囲うように移動します。
その際に各々が何か薬のようなものを飲みました。
いったい何を飲んだんだろう……。
そう思っていると、獣人たちは短剣を投てきしながら再び一斉に飛び掛かってきました。
飛んでくる十数本の短剣を全て蔓で叩き落しながら、私はさきほどと同じように毒花粉を噴出します。
けれども、今後はひるむことなく獣人たちは突撃を続けてきました。
さっき飲んだのは毒消し薬だったのかもね。
毒が効かないのなら、物理でわからせてあげましょう。
私は森として生えている周囲の木を全て『植物生成』でガジュマルに変化させます。地中で眠っている根も同じように地上へと出現させるよ!
ガジュマルは獣人たちの足元だけでなく、前後左右全ての方向から突如として伸びてきます。
絞め殺しの木の異名を体現するように、手ごろな獣人たちを握りつぶしました。
ガジュマルの餌食となったのはイノシシとワニ、ヘラジカとゾウの4人の獣人だけ。あとの3人には避けられてしまいました。
でも、無駄です。
ここは私のホームグラウンドなの。私に有利になるようあらかじめ準備しておくのは当然のことだよね。
地面には粘着質の毛を持つモウセンゴケを敷き詰めておいたのです。
だからどこに避けても、もうそこからは一歩も動くことができないのですよ。
全く移動することのできない植物の気分を少しでも味わっていただけたでしょうか?
モウセンゴケに捕まったトラ、オオカミ、クロヒョウの獣人さんたち。
私はガジュマルで捕まえた獣人さんたちをパクリとしながら、モウセンゴケに絡まっている獣人さんたちに少しだけ尋ねることにしました。
「あなたたちは、何者ですか?」
「………………」
沈黙する獣人さんたち。
「大人しく、教えて、くれるなら、命だけは、見逃して、あげても、いいのですよ?」
畑ラウネのことが気になるから、時間をかけるわけにはいきません。
それでも畑ラウネに攻撃したのがこいつらの仲間なのか、そして目的は何なのかを先に知っておきたかったの。
私の質問に答えてくれたのは、トラの獣人さんでした。
「我らは誇り高きマルティコラス様の手足。命乞いをするくらいなら死を選ぶ」
マルティコラス?
どこかで聞いたことがある名前です。
たしかあれは聖女時代だったと思うんだけど……。
私が記憶の引き出しを開け閉めしていると、トラの獣人さんがモウセンゴケに捕まっている自らの両足を剣で切り落としました。
オオカミとクロヒョウの獣人さんも同じように両足を切り落とします。
えぇえええええええ⁉
ちょっと、なにしてんの?
狂気すぎて怖いんですが!
彼らの行為からは、私を絶対に殺すという任務への執着と主への忠誠心が感じ取れました。
それほどまでに、私は誰かに命を狙われているのだ。
だけどそんなことより、私は目の前の三人が哀れで仕方がありません。
自分の命を投げうってでも命令に従うというのは、私はオススメしませんよ。
だってそうしたら死んでしまうんだもの。
死ぬのは怖いし、辛いことです。
経験者だから言えるけど、自分の命はもっと大切にしたほうがいいよ。
腕の力だけで私へと飛び掛かってくる三人の獣人さんたちを、私は茨を使って優しく抱擁してあげます。
足がなくなってしまって痛かったでしょう。
私もね、勇者様を寝取った聖女見習いのクソ後輩に両足を切断されたことがあるから気持ちはわかるの。だから、もう苦しまないように楽にしてあげましょう。
私は3人の獣人さんたちを球根の中へとご招待しました。
この中に入ればもう安心です。
お仕事のことは忘れて、ゆっくりとおやすみくださいませ。
さて、私を殺しに来た刺客は全て消えました。
早く畑ラウネのところに行かないと!
『転移』を発動しようとしたところで、地面に落ちている獣人さんたちの武器が視界に入りました。
獣人さんたちの武器には、黒い翼の生えた獅子の紋章が刻まれています。
その紋章を見た途端、私は「マルティコラス」という名前になぜ心当たりがあったのかを思い出しました。
その名前の主は、過去に幾度となく大陸の人間の国に牙を向けてきたことで歴史の本に書かれるほど有名だったのです。
マルティコラスは何百年も前から大陸に存在する伝説の魔族であり、大昔に魔王と争った末に魔王に服従して部下となったと伝わっています。
それが獣王マルティコラス。
現魔王軍の四天王の一人でもある、魔族の名前です。
ついに三人目の四天王の登場です。
次回、四天王襲来 その3です。